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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第12章 覇王の塔
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12-6 シノノメのように

 エクレーシアの私邸の東屋で,アイエルとグリシャムはシノノメを待っていた.

 庭には四季の花が咲き乱れ,妖精と蝶が戯れている.理想郷を実現させたような,美しい庭だ.

 エルフの女王エクレーシア自らがここにシノノメを連れてくるから,待っているように,と言われたのだが,彼女はなかなか来ない.

 ノルトランドでシノノメが連れ去られてから,ずっと心配していたのだ.

 それが,ようやく会える.

 シノノメはほとんどアイエルの目前で拉致され,その後軟禁されてしまった.

 せっかく素明羅スメラの代表としてシノノメ自身に指名してもらったのに,彼女を守ることができなかった.

 そのことに,今でも自責の念を感じている.


 もちろん私の力じゃ,シノノメさんを守るなんておこがましいのかもしれないけれど……

 会ったら最初に,何て言えばいいんだろう?


 待っている間,二人とも女王から与えられたクエストをこなしていた.


 レベルアップできた自分たちを見せたい.

 特にグリシャムは,魔法使いの進化‘変節’を遂げたのだという.

 気になったアイエルはグリシャムに尋ねた.

 「ねえ,グリシャム,変節して,シノノメさんの主婦魔法は,使えるようになったの?」

 「いや,あれはさっぱり」

 グリシャムは苦笑した.

 「えー? でも,素明羅スメラに来たのは,それを研究するためでしょ?」

 「まあ……多少は分かったんだけど」

 「お! 凄いじゃん.あれ,瞬時に無詠唱で発動するよね?」

 「それは,絶対に無理!」

 グリシャムはきっぱりと言って首を振った.

 「あ,やっぱり」

 「でも,シノノメさんの理論はこうなの.彼女は,あり余る魔法のエネルギーを使って,右手の指にそれぞれ地水火風空の五大元素,左手の指に土火木金水の五行を宿らせて,運行させているわけ」

 「おお!? 凄い凄い! さすが! なんだかんだ言って,分析できてるじゃん!」

 「……分析だけはアリだよ.……だから,例えば,あのグリルオンの火をつける魔法あるでしょ?」

 「ふんふん,あのガスレンジみたいな名前の……」

 「そう,ネーミングセンスがちょっとナイけど,あれを発動するときはこう……中指と薬指を折りたたむわけ.それで,手首をひねって循環させる」

 グリシャムは自分の手でやって見せた.もちろんそれだけで魔法は発現しない.

 「風の魔法なら,風と空の指を曲げて,使うの.だけど,こんなの普通無理だよ.ナシです」

 「じゃあ,何ならアリなの?」

 アイエルはグリシャムの口癖をまねて尋ねた.

 「まず,私たちがやるなら,しっかり呪文を詠唱して,魔素を充満させないと無理でしょうね.例えば……こうかな」

 グリシャムは近くの地面に向かって杖を振り,呪文を唱え始めた.

 「火の元素よ,火蜥蜴サラマンダーよ,我とともにありて,我の杖に宿れ.風の妖精シルフェよ.我の肩に宿りて,我の杖に降りよ.ともに向かう先は,我の望む先なり.発現せよ! グリルオン!」

 最後に唱えながらシノノメの手の真似をすると,ポン!と音がして草むらに小さな青い炎が現れた.

 「おお! やったじゃん!」

 「でも,これだけ時間がかかって,この威力じゃ意味ないよ」


 ところが,意外や意外,青い炎は強力だった.

 庭園の草むらをメラメラと焼いて広がり始めた.


 「あ! まずい! エルフの女王様の庭に放火しちゃう!」

 「あわわわわ!」


 二人は慌てて水の呪文を唱えて消火し,グリシャムは誤魔化すため焼け焦げ跡に草を生やして偽装した.


 「とにかく,これだけ大変ってこと.これをシノノメさんは一瞬でやってるの」

 グリシャムは汗を拭きながら言った.

 「じゃあ,私たちが同じことはできないのかな?」

 「……うーん,もしかしたら……」

 グリシャムは考えながら言葉を継いだ.

 「シノノメさんがそばにいて,魔力を借りれたらできるかも.あるいは,その魔力が伝わる状態にすれば……もっとも,詠唱はそれでも必要だと思うけど……」

 「じゃあ,シノノメさんにやってもらった方が早いじゃん!」

 「そりゃそうよね.うん,それ,アリだと思います.でも,私たちでもできるってことは,いつか私たちの力が彼女に届くこともあるってことじゃないかな」

 「いつか……」

 「そう,せめてシノノメさんの背中を守れるくらいに」

 グリシャムはにっこり笑った.

 彼女は彼女で,自分の失言によってシノノメを窮地に立たせたことをずっと気にしていた.

 いつかシノノメの背中を守る,それはグリシャムの決意表明のように聞こえた.

 「グリシャム,私もきっと,そうなってみせるよ!」

 「そうだね!」


  ***


 切り裂かれた腕の傷が痛む.

 なまじ深い傷よりも,擦り傷の方が痛いのと同じだ.

 見ると,リストカットを何度もしたような,虎の縞模様の様な酷い傷になっている.

 鍋蓋の陰から,アイエルは外を覗いた.

 すぐにモードレットの剣が顔をかすめる.


 「くっ!」


 慌てて顔をひっこめた.


 まるで亀だ.無様だが,少しでもモードレットを自分の方に引き付けなければ.シノノメを追わせてはならない.

 だが,どうやって?


 「隠れん坊は終わりだ.いいことを思いついた.闇の軍団をもう一度呼び寄せ,お前を血祭りに上げよう.手足を押さえさせ,身動きできないところをなぶり殺しにするのだ」

 モードレットは踵を返し,宙に浮かんだ電球の方に向かった.

 「くだらん.こんな物,この戦いの世界で冗談か?」


 さっきアイエルが言った,「シノノメのアイテムすら破壊できない」の言葉を気にしているのだろう.モードレットは剣を振り上げ,宙に浮かぶ電球を一気に叩き割った.


 「きゃあ!」


 破裂音がして,ガラスが飛び散る.

 モードレットは再び暗闇に帰った部屋でゲラゲラと笑った.

 いや,正確には,完全な暗闇ではなかった.

 電球のフィラメントが残って,青い火花を発している――スパークしているのだ.

 「あ……!」

 青い光が,鍋蓋に反射する.アイエルはその時,あることを思いついた.


 これは……

 これなら,出来るはずだ.

 本当にできるだろうか?

 いや,やるしかない.

 それしかもう手はない.

 何とかしてモードレットを倒すのだ.この危険な男をシノノメのところには行かせてはいけない.


 アイエルは,何度もそれの手順を頭の中で反芻した.


 「ふん.まあ,良いか.闇が戻って来た.もう一度軍団を呼び戻してやる」

 モードレットは懐から水晶玉を出し,何かをボソボソと囁いていた.どうやら術者に連絡を取って,闇の中に骸骨の軍団を送ってもらっているようだ.


 「メタモルフォス!」


 今のうちに――アイエルは剣をクロスボウに変えた.

 薄闇の中で,カバンの中を探る.

 指先が感覚を覚えている.

 雷の弾丸は,金平糖の様な星形.

 水の弾丸は,水滴状.

 そっと鍋蓋から這い出て,膝立ちでクロスボウを構えた.


 「おや? 黒猫が這い出て来たか? どうした,その弓で狙う気か? 見ろ,闇の中の気配を感じるか?」


 闇の中に小さな緑色の光――スケルトンの目が現れてきているようだ.


 だが,気にしない.

 アイエルは手元に集中した.


 できる.

 自分を信じよう.


 「えい!」


 一発目は,モードレットを狙って引き金を引く.

 当然モードレットは剣で弾丸を振り払った.


 「ははは! よく狙えよ! お?」


 水の弾丸だった.水風船を切ったように,辺りに水が飛び散る.

 モードレットの体も水に濡れた.


 「えい! えい!」


 二発目,三発目.


 雷の弾丸だ.

 これも,モードレットの剣に弾かれて左右の壁に飛んでいった.

 壁に当って,雷を発する.電気の光花がバチバチと壁に伝って広がった.

 天井付近と,左右の壁.これで三つの電気の閃光,スパークが生じた.

 ‘闇の間’が少し明るくなる.


 「ははあ,なるほど.吾輩を感電させようということか? 残念だったな! この程度の雷で俺は殺せないぞ.いいだろう.やってみろ.この後でお前に全てダメージを叩き込んでやる! ヒャハハハ,さすがに死ぬんじゃないか?」


 モードレットはお手並み拝見,とでもいうように,剣を降ろして嘲笑った.

 慎重なはずの男は,すっかり増長して傲慢になっていた.


 アイエルには,モードレットが一発や二発の雷の弾丸では死なないことなど,分かりきっていた.何せ,炎竜よりはるかに強い相手である.


 そんなものは私の狙いじゃない……


 アイエルは,黒豹のクロスボウを床に投げ捨てた.


 「おお? あきらめたか?」


 モードレットの言葉を無視して,呪文の詠唱に集中する.


 「地水火風空,五大元素の精霊よ,右手に来たれ.土火木金水,五行の働きよ,五芒星よ,我の左手に宿れ……」


 「ほう,今度は魔法か! やってみろ! お前の魔法,俺に通用するかな?」


 出来る! 

 絶対!

 何故なら,私は,誰よりもシノノメさんの傍にいたから!

 ずっと,見ていたから!

 あの人のように,なるんだ!

 せめて,あの人の背中を守れるくらいに!


 アイエルは両手を重ね合わせ,叫んだ.


 「ともに,我とともにあり我に力を貸したまえ!」


 大きく息を吸い込み,叫ぶ.


 「……フーラ・ミクロオンデ!!」


 両手の間に,青い雷の球が発生する.

 光が宙を伝い,アイエルの体を覆い,さらに壁で火花を起こす雷へとつながっていった.雷はさらに広がる範囲を増やし,ついにシノノメの残した電球につながった時,それは起こった.


 ‘闇の間’の天井が,壁が,床が,すべてが放電し,爆発的に輝き始めたのだ.


 「な,何だ! これは! こんなもの,見たことがないぞ! 吾輩は,こんなもの,どうすればよいのだ!」


 モードレットはうろたえていた.彼の慎重さは,新しい物事が起こった時に対処する能力の低さ,臆病さの裏返しでもあった.

 要は,彼は想定外のことが起こるときに柔軟に対応することができない人間なのだ.彼が社会に傷つけられると感じてしまう原因は,まさにそこにあった.

 どんな時も自分のやり方を押しとおし,他者に押し付けようとする.

 言ってみれば,社会が彼を排除するのではなく,彼自身が頑なに社会を拒絶するために,孤立していくのだ.さらに,傷つけられるのが怖いので他人から離れようとする.

 彼に良き理解者がいれば,そんな風にはならなかったかもしれない.

 だが,モードレットはひたすら現実世界を拒絶し,マグナ・スフィアの戦いに逃げ続けた.

 逃げる者と,立ち向かい,挑戦する者.それこそがアイエル達とモードレットの大きな違いだった.


 もうすでに,闇の間ではない.光の間でもない.

 ――‘いかずちの間’である.

 闇の中に潜んでいたスケルトンの軍団は,すでに高熱により消滅していた.


 シノノメの最大最強魔法の一つ――‘電子レンジ’の魔法,フーラ・ミクロオンデ.

 密閉された空間に異常なほどの雷――電気を発生させ,マイクロ波を敵に叩き込む必殺の魔法だ.


 「お,おのれ! それを止めろ! やめろと言うのだ!」


 アイエルは,両手をモードレットに向けてかざした.


 「千ワット,1分間!」


 だが,ここで計算違いが起きた.

 シノノメのように,発現した魔法の効果がモードレットに向かっていかない.


 く……やはり,何かが足りないんだ.

 それはもう分からないが,手に帯びた青い雷が暴れ狂うのを感じていた.


 「くそっ! やめろと言うのだ!」

 モードレットは剣を振りかざし,アイエルに突っ込んできた.


 その時,アイエルの体は自然に動いた.

 剣をかわしてモードレットの懐に飛び込み,両手の鉄槌――握った拳で同時に三枚――肋骨下方の急所を挟み撃ちした.さらにその手が一瞬で変化し,もう一度同じ場所に両の正拳を叩き込む.


 諸手打ちの二連撃.

 ――沖縄小林流空手おきなわしょうりんりゅうからての型,松村抜塞マツムラバッサイの大技である.


 「ぎゃああああ!」


 諸手打ちの効果は,内部に浸透する.

 衝撃が体内――体の軸でぶつかって倍増するのだ.普通に打たれても呼吸ができなくなる.だが,さらにアイエルの拳はフーラ・ミクロオンデの強烈な雷撃を帯びていた.

 モードレットの体内,体の奥深くに巨大なマイクロ波が叩き込まれ,互いに激突した.細胞の水分子が一斉に振動する.

 モードレットの体は,風船のように爆発した.


 「ぐぎゃあああああああああああああああ!」


 バラバラになって床に落ちたモードレットの体が,徐々にピクセルになって消えていく.

 それでもアイエルはずっと挟み撃ちの姿勢のままである.猫足立ち――前になった右足は猫のように爪先立ちで,後ろ足の左足にほぼ全体重がかかっている窮屈な姿勢だったが,彼女の体は硬直したように動かなかった.


 「はあ……」


 やっとため息をつくと,体が小刻みに震えはじめ,そのまま床に倒れ込んだ.

 極度の緊張と疲労,これまでのダメージによるものだった.

 ふと見ると,モードレットの頭が横に転がっていた.

 虚ろな目で何かを呟いている.


 「嫌だ……嫌だ……あの世界に帰るのは嫌だ……みんなが俺を傷つける……一人は嫌なんだ……」

 「あんたも,友達を作ればいいのに……」


 そんなアイエルの言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか,モードレットは口元にかすかな笑みを残して消えて行った.


 「うう……動けるかな」

 ボロボロになったアイエルは,ゆっくり立ち上がって進み始めた.

 闇の間は再び真っ暗になった.シノノメとグリシャムが出て行った出口に向かって歩く.

 グリシャムに合流して回復してもらうか,シノノメさんにポーションを飲ませてもらえれば……何とかまだ戦える……

 だが,もうフラフラだ.

 そして,ついに闇の間を出たところで――アイエルは力尽きた.体力ゲージ――HPもMPもゼロになったのだ.


 不意に視界が真っ暗になった.

 

 ゲーム・オーバーの文字が見えた.


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