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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第12章 覇王の塔
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12-5 アイエルの戦い

 アイエルはすでに満身創痍だった.


 スケルトンの騎士がいなくとも,呪いのスキルが無くとも,モードレットの剣はそれ自体がノルトランドで五指に入る腕である.切っ先は鋭く,速かった.

 左の大腿,左の肩.

 何度か刃が貫いてもかろうじて立っていられるのは,刺突剣レイピアの一撃一撃の威力が小さいからだ.

 アイエルが使う諸刃の西洋剣の速さでは,スピードが間に合わない.

 大型の西洋剣術は,レイピア・サーベルの出現と銃の発達によって姿を消したという歴史があるが,まさにその通りだった.

 アイエルは持ち前の素早い体捌きを使い,かろうじて剣の陰に隠れるようにして身を守っている.


 「ホラホラ,どうした? 攻撃して来い!」


 一瞬の隙に突き出した切っ先が,モードレットの右肩に当たった.エルフの女王エクレーシアから与えられた剣は鋭い.モードレットの肩あてを貫き,さらに彼の三角筋を切り裂いた.


 「うっ! フフ,痛いな……」


 チャンスとみて,アイエルは剣の連撃を打ち込む.だが,モードレットはアイエルと同様,身が軽くて前後の出入りが素早い.

 アイエルの追い足をかわし,素早くバックステップして距離を作った.


 「あっ!」

 「お前も,学習しない女だな……呪いよ!」


 レイピアの先端をアイエルに向け,モードレットが呪いの呪文を唱える.

 剣が赤く光ると,アイエルの右肩に深い傷が開いた.


 「あうっ!」


 剣を取り落としそうになるのをかろうじて堪え,左手で肩を押さえた.

 これで,三度目.一度はかなり深い傷を与えたのだが,そのダメージを全て返されてしまう.

 腹と,右の膝と,そして今度は右肩.

 全て自分がモードレットに与えたダメージだったものだ.


 「ハハハ,お前ごときに吾輩が止められると思ったか? 可愛いダークエルフのお嬢さんよ?」

 モードレットが嘲笑う.

 

 「くそっ……」

 アイエルは歯噛みした.

 やらなければいけないことは分かっている.

 なるべく一撃.強力な攻撃で,ダメージを返される暇を与えずに早く倒すこと,完全に倒し切ることだ.

 生半可なダメージでは,その威力を倍増されて自分に送り返されてしまう.

 だが……そんな巨大な威力がある攻撃を放つスキルは,自分にはない.

 腰の後ろにつけた鞄の中に魔法弾や矢がいくつか残っている.

 だが,それは基本的に遠距離攻撃用だ.誰かが足止めをしてくれているところに止めを刺すか,遠距離から敵を狙うために使うための物である.

 魔法はどうだろう.

 風――雷撃系の魔法は,比較的得意だ.

 ダークエルフは,魔法と剣・弓が両方使えるキャラクターだ.

 悪魔とエルフの禁断の恋によって生まれた,という裏設定が好きで選んだのだが,実のところかなり習熟するのが難しいキャラクターである.

 どちらも使える半面,両方とも中途半端になってしまう事が多いのだ.

 アイエルが魔法を発動させるには,どうしても呪文を長く詠唱することが必要だ.

 だから,魔法弾を瞬時に放つことのできる弾弓や,エクレーシアにもらったクロスボウはピッタリのアイテムだった.

 今のアイエルにとって,たった一人の戦いをせざるを得ないこの状況,しかもノルトランド四天王という強敵に対峙するのはあまりにも過酷だった.

 

 モードレットは,すでに勝利を確信しているようだった.

 彼は,確実に勝てる戦い――手順を踏むことを好む.

 だからこそ,念には念を入れて準備をする.

 ウサギを狩るにも,全力を尽くすのだ.

 スケルトンの騎士団に襲わせて,自分が止めを刺す.あるいは,十分に前衛に相手を叩かせてから,進撃する.

 剣技がないわけではない.

 冒険,挑戦をしないのだ.

 アイエルよりも圧倒的に強い力を持ちながらも,それでもなお彼は慎重だった.なので,手足を少しずつ切り刻むような戦い方になる.止めを刺すのは,最後の最後なのである.一か八かの突きや,大きな踏み込みは決して使わなかった.

 丁寧に――アイエルの皮鎧を切り刻んでいた.肩あてが外れ,手甲が壊れ,まるで鎧を脱がせているような嫌な攻撃の仕方だ.

 偏執的と言った方が良いかもしれない.

 だが,これも女性のプレーヤーを脱がせて恥をかかせようというのではなく,剣の刃が傷むのを嫌っているのである.どちらかというと,虫の手足をむしって喜んでいる感じに近い.

 中に鎖帷子は着こんでいるが,手足は剥き出しになりつつあった.まるで,ボロボロになったミニのワンピースを着ているようだ.


 「くそっ! 変態め!」

 「ふん,何とでも言うがいい.これが吾輩のやり方だ.確実に相手の息の根を止める.さあ,どうする.お前に出来ることは防戦のみだろう? お前の攻撃は,全てお前自身に返るのだからな」


 アイエルは,必死で考えていた.

 勝てないまでも,何とか相討ちに持ち込める方法はないだろうか.

 自分の持っているアイテム.

 今持っている――剣に姿を変えている――黒豹のクロスボウ.

 前に使っていた弾弓.

 雷の魔法の弾丸が二発.

 水の魔法の弾丸が一発.

 小型の矢が五本.

 火の弾丸はもう全て使ってしまった.

 鉄球の弾が十発.

 ユルピルパで手に入れた,虫のケープ――短距離を飛べるという.

 どれも役に立ちそうに思えない.

 矢や弾丸は,おそらく剣で弾かれるか,かわされてしまう.


 「お前のような弱い奴が,よくこんな大胆な作戦に参加したな.精鋭部隊なんじゃないのか? 東の主婦,シノノメのレベルも知れるというものだ.お前を捨て石にして,先に進むとはな」

 「くっ……シノノメさんを悪く言うな!」

 「レベルはいくつだ? 75? 笑止! お前が80の吾輩に敵うわけないでだろう!」


 アイエルは一時撤退,シノノメが出した圧力鍋の裏に逃げた.

 がらんとした‘闇の間’の中で,この鍋は幸い遮蔽物になってくれている.

 そんなアイエルの姿を見たモードレットはさらに高笑いした.


 モードレットの反応は,しかし,高レベルのプレーヤーにありがちな態度だった.ゲーム世界のレベルが絶対と信じ,自分よりレベルが低い人間を嘲笑い,能力全てが自分より劣っていると決めつけ,嘲笑する.

 特にノルトランドは武力で序列が絶対的に決まるので,その傾向は強いのかもしれない.主婦も遊び人も,初心者も熟練者も,みんな横並びで対等に付き合う素明羅の空気は,逆に特殊なのかもしれなかった.


 でも,確かに……私がこの中で最弱のメンバーなのは間違いない.


 アイエルは心の中で呟いた.

 誰もが認める最強戦士,シノノメ.

 伝説の弓の使い手,彷徨のアルタイル.

 グリシャムだって,レベルは同じくらいでも凄いスキルを持っている.

 薬剤師としての知識を生かして,新しい薬を合成したり,魔法を考えたり分析したりできる.

 私に何のスキルがあるだろう.

 アイテムに頼らず,自分自身の持っている物.

 現実世界では,親のすねをかじっている大学生.

 英文科で,第二外国語がフランス語.

 理工系なら,何か役に立つ知識があるのかもしれないが,それもない.

 スポーツは好きだ.

 高校・大学とバスケ部で,中学校の時は体操部だった.

 マグナ・スフィアで敏捷に動けるのはそのおかげかもしれない.

 小学校の時に空手の型の大会で優勝したくらい.

 松村抜塞マツムラバッサイの型が得意で,オジイに褒められた.

 飛び込んでの鉄槌挟み撃ちと,諸手突きの連続技が綺麗に決まっているって言われた.

 そのくらいだ.

 シノノメさんだったら,こんな時どうするだろう.

 きっと,圧倒的な魔法と剣で,あっという間にやっつけてしまうのだろう.

 ここに残るべきは,グリシャムだったのではないか.

 でも,駄目だ.

 私では,ベルトランとの対決で役に立たない.

 足手まといになるだけだ……


 「ハハハハ! ダークエルフの娘! もはや,方策がないのだろう! そこにひざまずけ! 一撃で殺してやろう.そうすれば,苦しみはない.我々の戦奴になるのだ! 戦場に華を加えるため,吾輩直属の奴隷兵士にしてやってもいい!」


 モードレットの笑い声は,アイエルを現実に引き戻した.


 「お断りするよ! 気持ち悪い! あんたなんて,どうせ現実の世界でうまくいってないから,こっちの世界で憂さ晴らしをしてるだけなんでしょ!」

 「フフ,それはそうかもしれんな」

 モードレットはあっさりそれを認めた.

 「現実世界の様々なものは俺を傷つけ,奪い,悩ませ,苦しめる.だからこそ,ベルトラン様の理想に共鳴したのだ.すべての汚濁をこの世界にぶつけ,現実世界をより良いものの変えるのだ」

 「あたしは,この綺麗な世界も,現実世界も同じように好きだ! この世界を汚すなんて,そんなの……それは」


 アイエルの脳裏に,ありありとシノノメの姿が浮かんだ.

 自分の弟たち,初心者にも優しく,分け隔てないシノノメ.

 シノノメと一緒に行ったユルピルパ迷宮の冒険.

 ノルトランドの首都,アスガルドに行った時のこと.

 ベルトランの宮殿で,ドレスに着替えさせてくれたシノノメ.

 強くても決して驕らず,誰にでも優しい.

 あんな人に,自分もなりたい.

 シノノメならこんなとき,きっと言う……


 「そんなの,ファンタジーじゃない!」


 アイエルは鍋の裏から飛び出し,叫んだ.

 駄目だ.気持ちが後ろ向きになるのだけは止めなくっちゃ.


 「ククク……ならば,そのファンタジーとやらに殉ずるが良かろう.なに,どちらにせよお前は死ぬのだ.ならば,苦しまない方法を選ばせてやろうと考えたのだが」

 モードレットは剣を立て,剣礼をするように目の前に構えた.


 「ソードスキル,死人花散華クラスターアマリリス!」


 レイピアの先端が高速で打ち出される.

 一秒間に五撃以上,まるでそれは死人花――曼珠沙華の花弁のようにアイエルに降り注いだ.

 アイエルの肌が切り裂かれ,血が飛び散る.

 アイエルは後ろへ後ろへと飛んでかわした.もう一つの遮蔽物,シノノメが残した圧力鍋の蓋がある.鍋の上から姿を消し,その裏に転がってまた出現していたのだ.

 裏返しで,床に斜めに転がった蓋――直径二メートルはあるのだが―の下に飛び込んだ.

 それはまさにモードレットの言うところのレベルの差なのか,シノノメが出した魔法のアイテムは彼の剣を通さなかった.


 「あんたの言うとおりだね! シノノメさんの方がレベルが高いから,あんたの剣じゃ鍋蓋にも勝てないんだね!」

 「おのれ! 蓋ごと突き殺してやる!」


 アイエルの挑発に乗ったモードレットは,意地になって蓋を突いた.

 金属を突く高い音が豪雨のようにけたたましく響く.

 シノノメの魔法は少し不思議だった.

 本人がいなくなっても,アイテムが作動し続ける.

 友達になってわざわざ貸し借りをしなくても,効果を発揮し続けるのだ.

 普通なら,この鍋蓋も鍋もとっくに消失してもおかしくない.

 そう言えば,あの電球もそうだ.

 未だに部屋の真ん中で宙に浮かび,明々と光っている.

 モードレットの言うところの,この‘闇の間’は明るく照らされ,今や‘光の間’になってしまっているのだ.


 「くそ! 出てこい! 何故アイテムが消えずに残るのだ! 本人はこの場所を離れているのに! 普通は運営預かりになるか,本人のアイテムボックスに自動回収されるのではないのか!」

 

 アイエルは,この戦争が始まる前に,‘エルフの森’でグリシャムと話したことを思い出していた.

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