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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第12章 覇王の塔
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12-3 咆哮のアルタイル

 「どうした,それで終いか?」

 グウィネビアの大腿,下腿,そして上腕には矢が刺さっていた.

 各所から血が滲むが,それでもグウィネビアは双剣を持ってアルタイルに近づいてくる.

 大きな深手を負っているのはグウィネビアの筈である.アルタイルはわずかに左の大腿に浅い刀傷を負っているにすぎない.

 しかし,実際に追い詰められていたのはアルタイルだった.

 「くそ,わざと体で受けやがったのか……」

 アルタイルの額に汗がにじむ.

 彼の矢筒にはもう1本しか矢が残っていなかった.

 今弓につがえている矢と合わせて,残りは2本しかない.

 アルタイルの矢筒はマジックアイテムだ.外れた矢,命中して相手を屠った矢は自動的に回収される.しかし,相手に刺さったままの矢は当然回収されない.

 グウィネビアは,それを察して,あえて体の急所にならない場所で矢を受けたのである.

 もちろんそれぞれが太い動脈や神経,急所を狙った必殺の矢であった.

急所を逸らして自分の体に当てさせることができるのはつまり,グウィネビアがアルタイルの弓技を完全に見切ってしまったからに他ならない.

 体の動きにわずかなよどみが生じてはいる.しかし,こうなると圧倒的に不利な立場になったのはアルタイルだ.

 もともと,アルタイルの戦闘スタイルは遠距離攻撃と一撃離脱である.

 ところが,彼の今の目的は,シノノメのところにグウィネビアを行かせないことである.ここから逃げ去るわけにはいかないのだ.彼のスキルは,相手をその場所に釘付け,足止めすることに関しては,極めて不向きな能力と言わざるを得ない.

 

 すでに逃げ場なく,アルタイルは壁の前まで追い詰められていた.


 「さあ,どうする? 降伏するならば,許してやってもいい.我が靴に接吻するがいい」

 「ふん,お断りだね.残念ながら女の靴にキスする趣味はないんでね」

 「軽口を叩けるのも今のうちだぞ.喰らえ!」

 矢が刺さったまま,双剣を両肩に担いでグウィネビアは突進した.

 「ままよ!」

 アルタイルは矢を放った.

 矢は,鉄仮面の目の部分に向かってまっしぐらに飛んでいった.

 鏃はオリハルコンだ.いかな兜でも貫く威力を持っている.

 しかし,矢の軌道を読んだグウィネビアは,顔をわずかにそむけた.

 矢は兜の脇をかすめ,後方に飛んでいく.

 アルタイルは一瞬次の矢を放とうとしたが,遅かった.

 グウィネビアの双剣は,アルタイルの首の両脇めがけて同時にはすに打ち込まれた.

 当れば胸像の様に首が切り取られる軌道だ.

 アルタイルは咄嗟に弓で両剣を受けた.

 精巧な銀細工が彫り込まれた白い聖樹の弓に,刃がめり込んでいく.

 メキメキと音を立て,次第に弓はいびつに曲がり始めた.

 「くっそ!」

 アルタイルは弓を離し,ななめ前に前転してグウィネビアの脇をすり抜けた.

 再び距離を取る.

 これで,二人の場所は入れ替わり,壁を背にするのはグウィネビアになった.

 グウィネビアの足元に,三つに切断された弓が転がった.

 それと同時に,鉄仮面が落ちる.

 アルタイルの矢は仮面の蝶番を破壊していたのだ.

 グウィネビアの素顔が現れた.


 豊かな金髪の似合う,碧眼の美女だった.頬骨が高く,肉感的な唇で,ややコケティッシュな印象である.

 「へえ!」

 「ぬう……」

 グウィネビアは右の前腕で顔を一瞬隠したが,無駄であることに気付いて手を下げた.再び双剣を構える.

 「別嬪じゃねえか!」

 「うるさい.こんなもの,何の役にも立たない.ノルトランドでも,現実世界でも」

 グウィネビアは美しい顔をゆがめてアルタイルを睨んだ.

 「その口ぶりだと,あんたホントに美人なんだな.へえ! 得してるじゃねぇか!」

 「お前みたいなやつに何が分かる.誰もが,私自身の能力を見ない.外見ばかりで判断する.外見が美しければ,中身がないと決めつける.あるいは,中身がなくてもいいと思っている馬鹿な女がいる」

 グウィネビアは,双剣を握ったままの手で,両脚の矢を引き抜いてへし折った.

 「外見に負けたくなけりゃ,自分を磨けばいいさ」

 実際,芸能人である日高雅臣としてのアルタイルはそうだった.大学時代にファッションモデルから芸能活動をスタートしたが,すぐに容姿だけでは生き残っていけないと感じて,様々な勉強をしたのだ.小説家やカメラマンに教えを請うたり,音楽家とも親交を深めて楽器の練習を欠かさない.我ながら,意外と地味で真面目な奴,と思う.


 「うるさい! 問答無用!」

 グウィネビアは美しい金髪をなびかせて躍りかかった.

 双剣が間断なくほぼ丸腰のアルタイルに襲い掛かる.

 飛び,駆け回り,ある意味無様に逃げ回った.

 彼に残された武器は矢が一本と腰の後ろに差した小さな短剣しかない.


 「ぐわっ!」

 右の脛をグウィネビアの剣がえぐった.

 あと一歩で完全に切断されてしまうタイミングだ.

 「次は,腕だ!」

 グウィネビアは楽しんでいた.口元に凶悪な微笑が浮かんでいる.

 自分よりも不利な立場にある敵を追い詰めることは,彼女にとって得も知れぬ快楽なのだった.

 「うっ!」

 壁沿いにサイドステップしてかわそうとした時,左腕を剣がかすった.


 「痛いだろう? この剣は,ただ斬るだけではない.切ったところに地獄の苦しみを与える.言ってみれば毒の刃だ.これが,魔剣の魔剣たる所以なのだ.通常のダメージではなく,痛みによって敵の動きが鈍くなったところに止めを刺す.それまで,痛みに恐れ苦しみながら死の舞踏が続くのだ」


 「くっ……まともじゃないな,サディストめ.男性社会に復讐したいキャリアウーマンあたりが正体かよ?」

 「ふん,勝手に想像しろ.ベルトラン様は,この世界を変える戦いをしているのだ.現世のすべての戦いをこの幻影の世界で行い,現実の戦いを無くす.戦いに支配された男性社会も終わるだろう.戦争で常に蹂躙されるのは女子供なのだから」

 「くだらないね,あんた方の勝手な思い込みだろ.世の中そんなにうまくいくかよ」

 アルタイルは全身を襲う激痛に耐えて蒼白になりながら言った.

 「アルタイル,お前こそ,そもそも戦闘を好むプレーヤーだろう? 何故素明羅スメラに加担する? 戦争を楽しみたいのなら,ノルトランドに来るべきだ.私の旗下で働くがいい」

 「ふん,俺は,俺の好きなように生きるのが好きなんだ.だから,彷徨のアルタイルって呼ばれる.素明羅につこうが,ノルトランドにつこうが俺の勝手にさせろ!」

 「馬鹿め.どうせ,私との一騎打ちに負ければお前はノルトランドの戦奴だ.私たちのために働くがいい」

 「一平卒は嫌だね.誰かの指示に従うのも嫌だね」

 「そういう奴を,従わせるのが面白いのだ.現実でも,この世界でもな.粋がっている男が,私にひざまずいて哀願を乞う……ククク」

 グウィネビアは屈折した笑みを浮かべた.


 アルタイルは,会話を続けながら必死に考えていた.

 どうすれば,こいつに勝てるのか?

 武器は……

 矢が一本,短剣一振り.

 アイテムボックスの中……失った‘銀月の弓’より強いものはない.そもそも,矢は一本だ.弓を出しても,もう意味はないのだ.それに,アイテムを取り出している暇も与えてくれないだろう.

 接近して,短剣で喉元を掻き切るか,心臓に向かって垂直に鎖骨の後ろから矢を突き刺すか.

 いずれにしても,何かダメージを与えるかして,近づかなければ勝ち目はない.

 ……召喚獣オルフェウスを呼ぶか?

 天馬オルフェウスはマグナ・スフィア最速の乗騎の一つだ.

 ……無理だ.騎馬戦闘には向かない.馬の蹄で襲い掛かっても,奴は簡単に斬り倒す.しかも,この部屋の天井の高さでは十分な距離がとれない.


 「ほら,どうした?」

 グウィネビアは嘲笑しながら,両手を広げて見せた.

 「自慢の弓の,絶好の的だぞ?」


 ……逃げるか?

 瞬時,そんな思いが脳裏によぎる.

 馬鹿だな.格好つけたら,最後まで格好つけ通してやるのが俺の筋だ.

 シノノメに勝たせる.

 この戦いに勝利する.

 絶対不利なこの状況で,最強の助っ人が来てやったんだ.


 「所詮,素明羅スメラの戦士などこの程度か.主婦が最強などと,ふざけたことだ.家の中でヌクヌク生活しているような職業に負ける戦士どもなど,この程度なのだな」

 「ふん,あれで意外と強いんだぜ」


 アルタイルは壁に身を預けながら,ズルズルと体を引きずる様にしてグウィネビアから距離を取った.

 グウィネビアはあざ笑うようにそれを眺めている.手負いの獲物をいたぶる肉食獣のようだった.


  ……シノノメなら,こんな時どうするだろう.

  あいつは馬鹿だからな.

  仲間のために,後先考えずに突っ込んで戦うんだろうな.


 「クク」

 アルタイルは苦笑した.


 弓矢を教えてやったけど,あまり上達しなかった.

 初めて会ったときは,人形みたいに感情が平坦で……

 間違いなく,訳有りのプレーヤーだと思ったが……

 ……セキシュウによくなついたな.


 ……セキシュウなら,こんな時どうするだろう.

 武術オタクの,何歳だかわからない,ベテランプレーヤー.

 あいつなら……

 体術があるか?

 俺も少し習ったけど,近接戦闘は性に合わなかった.


 弓もない……矢もあとわずか.

 中学校で和弓,高校・大学と洋弓アーチェリーをやった.

 セキシュウも……古式の弓道をやったことがあるって言ってたな.


 畜生,体中が痛くて考えがまとまらねえ.

 このまま終わるのはナシだ.

 あのコンプレックスの塊の,馬鹿女に,一泡吹かせてやらないと気が済まない.


 だが……

 弓……

 弓……

 弓が無い……

 無い弓……!


 その時,アルタイルの脳裏に,かつてセキシュウと交わした会話が昨日のことのように蘇ったのだった.


  ***


 エルフの森の郊外に広がる中央平原は,様々なモンスターが生息している.

 しかも,危険度があまり高くないものが多いので,初心者の練習やポイント稼ぎに向いていた.

 中央平原には,大きく美しい夕日が落ちる.

 永劫旅団アイオーンのメンバーは,ウェスティニアの迷宮に向かう旅の途中でここに滞在していた.


 アルタイルが所属していたパーティーの名前,永劫旅団アイオーンは,旅団とついているが軍隊で使う旅団の意味ではない.

 軍隊用語での旅団は,千五百名以上の軍団を指すが,‘永遠に旅を続けるパーティー‘という意味でつけられた名前だった.

 魔法院きっての魔法使いカタリナ,後に竜騎士ドラグーンとなる西洋剣術の使い手ランスロット,そして,セキシュウとアルタイル.

 時々その他のメンバーが入れ代わり立ち代わりしていたものの,この四人はほぼ固定メンバーだった.

 たまたま立ち寄った,プレーヤーが最初にログインしたときに訪れる(出現する?),’始まりの街’.

 そこで偶然出会った,表情に乏しい少女――それがシノノメだった.

 彼女はカタリナに拾われる――保護されるようにしてパーティーに参加したのだ.


 高原を見下ろす高台で,シノノメはセキシュウに剣を習っていた.

 シノノメの武器で一番長いのはパン切り包丁だ.白いエプロンをつけたシノノメが,波打ったギザギザの刃を持って,セキシュウの日本刀を受ける稽古をしている.

 アルタイルは草むらに寝転がって夕日とシノノメを交互に眺めていた.

 「馬鹿だな,お前は,何で主婦なんて職業を選んだんだ?」

 「それしか,浮かばなかったの」

 アルタイルが声をかけると,シノノメは手を止め,首を傾げて言った.

 「いや,なかなかシノノメは筋がいいぞ.アルタイル,お前も剣を覚えたらどうだ?」

 セキシュウも束の間剣を止めて言う.だが,もちろん隙はない.

 「いや,俺は暑苦しいのは苦手なんだ.ナイフ・ファイティングくらいで十分」

 「そうか.では,シノノメ,今日はこれでお終いだ.お前は家に帰らなければいけないんだろう?」

 「うん.セキシュウさん,ありがとう.でも,今日はもう少し大丈夫なの」

 そう言うと,シノノメは岩の上で自分たちの稽古を見ていたカタリナの隣に座った.疲れたのか,シノノメは子供の様にカタリナに体を預けて寄りかかる.カタリナも何も言わずににっこり笑ってシノノメに寄り添った.

 カタリナは白い魔女の服に身を包み,シノノメは白いエプロンなので,白いフクロウが二羽くっつき合って岩の上にとまっているようでもある.二人は本当の親子か姉妹のように見えた.


 「しかし,お前,弓矢が無くなって,近接戦闘に持ち込まれたらどうする気だ?」

 セキシュウが刀を鞘に納めながら尋ねた.

 「その時はその時さ……ていうか,逆にセキシュウ,俺も訊きたいんだ」

 「ほう? お前が? 珍しいな」

 セキシュウはアルタイルの隣に座り,夕日を眺める.


 巨大な夕日は赤く熟した柿のように,その形を歪めながら平原の向こうに沈もうとしていた.


 「俺は,現実世界で和弓も洋弓も一応,結構長くやった」

 「ああ,そうだったな」

 「……あんた,まあ,こう言うのもなんだが……物知りっていうか,武術の達人だよな? だから,教えてくれ.究極の弓技って,何だと思う?」

 少し照れながらアルタイルは訊いた.

 「達人か……俺にしても,死ぬまでそこを目指していく身なのだが……剣なら無念無想,無心で繰り出される技ということになるんだろうがな」

 「弓矢でそれを言われてもな……」

 アルタイルは苦笑した.

 「なるほど……いや,お前が言わんとすることは分かる.だが,そう言われると,俺はあの話を思い出す.」

 「あの話?」

 「中島敦の,名人伝という小説を読んだことがあるか?」

 「名人伝?」

 セキシュウは,語り始めたのだった.


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