表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第12章 覇王の塔
56/334

12-1 双剣のグウィネビア

 移動要塞の最上階は,玉座の間と戦艦の艦橋を兼ねていた.

 大聖堂並みの広さで,柱と梁が描く優美な曲線は宗教施設のそれに似ていた.

 しかし,前面と側面の壁にはめ込まれた強化水晶の鎧窓にも,部屋の雰囲気にも荘厳さのかけらもなかった.

 伝声管が縦横無尽に走っており,壁にも天井にも,いたるところに人間の骸骨と甲殻類の体,爬虫類の皮膚をあしらった彫刻が彫られている.おおよそ人間が不気味と感じるモチーフで満たされていた.

 まるでベルトランの内面の狂気を,そのまま部屋にした様である.邪神に使える悪魔の神殿があるとすれば,まさにこの広間のことであろう.


 部屋の中央の玉座は,人間の脊柱と頭蓋骨,そして竜を組み合わせた奇怪なデザインである.ここに,ノルトランドの王にして‘人間の王’ベルトランが腰かけていた.

 ベルトランは玉座の肘掛にもたれて頬杖を突き,窓の向こうに立ち上る南都の煙を眺めていた.彼の隻眼はどんよりと曇っている.目の奥にはどこか狂気を宿しているのだった.


 ベルトランの両脇には,長身の女性騎士と,病的なほど青ざめた,痩身の騎士が立っていた.

 女騎士は両腰にそれぞれ一振りずつ剣を差し,銅色の甲冑を身につけている.顔はすっぽりと兜のバイザーに隠されて見えない.鎧というよりも鉄仮面という印象だ.鋼鉄の騎士の冷たい印象とは裏腹に,兜の後ろには金色に輝く豊かな長髪が波打ちながら腰まで流れ落ちていた.

 

 部屋の右側面には,伝声管と骸骨が組み合わされた,不気味なパイプオルガンに似た機械があった.その前には,黒いベールで顔を隠した喪服の貴婦人が座っている.

 彼女は移動要塞の操舵手であり,ベルトランに戦況を報告する情報官でもあった.

 「陛下,白虎門が陥落しました.現在,ランスロットと騎士達が城内に突入したそうです」

 鍵盤――と呼んでいいのか分からないが――を叩く,と機械にはめ込まれた水晶が輝き,空中に映像が映し出される.

 映像は白虎門の吹き飛んだ扉だった.


 「そうか」

 ベルトランが少しだけ満足そうに頷く.


 「ランスロットは今のところ二心なく陛下に忠誠を尽くし,励んでいるようです」

 女の両手の指には,蛇をモチーフにした指輪がはめられている.インドや中東の‘ペナ’と呼ばれる複雑な装飾模様が両腕に描かれていた.そして,その両手首を彩る腕輪もやはり蛇型である.金色の鱗に,緑色や赤の宝玉で作られた目が輝く.

 手の色つやからすると若い女性の様なのだが,肌は透き通った白を通り越して青白かった.


 「ガウェインも市内に降下したようです……その後報告が無いようですが」


 「あの戦闘狂,頭に血が上ると他のことが考えられないところがある.ランスロットの監視役としては,やはり私めが適切であったのではないでしょうか?」

 痩身の騎士が口を開いた.彼は青銅色の武具を身につけている.腰には細身のサーベルを差しており,幽鬼のように表情が暗かった.目は三白眼でどことなく不吉なものを感じさせる.


 「ひゃはははは,誰が行こうと変わりませんぞ! ノルトランドは皆戦闘狂ばかり!」

 四人の前で寝転がっている男が歌うように叫んだ.

 宮廷道化師ジェスターのヤルダバオートだ.

 道化なので王に対する無礼が許されるというわけだ.たまに鼻歌を歌っている.彼は鈴のついた頭巾をかぶり,獅子の尻尾のついたつなぎ服を着ていた.


 その時,広間の扉が壊れそうな勢いで左右に開けられると,一人の兵士が飛び込んできた.

 「陛下! 本要塞に侵入者であります!」

 兵士は息を切らせて玉座に走り寄り,ひざまずいて王に報告した.


 「ほう……」

 ベルトランはつまらなそうに伝令兵に視線を向けた.

 「侵入者は何人だ? 何者だ?」

 「東の主婦シノノメと,放浪のエルフ,アルタイル.そして,魔法使いとダークエルフの四人であります.要塞城壁部分の守備部隊と上空の防衛部隊が壊滅しました」

 「なんだ,そうか」

 「陛下! パーシヴァル殿と旗下の獣人部隊までもが倒されております! 一刻も早く,ご退去下さい!」


 「陛下に向かって逃げよ,というのか? この無礼者!」

 無表情に報告を聞くベルトランの代わりに,女騎士が叫んだ.


 「め,滅相もございません!」

 強い怒気を孕んだ言葉に,兵士は震えあがる.

 「御身を思っての言葉,何卒お聞き入れください!」

 

 「貴様! この覇道の帝国の主に何を申す! が高いわ!」

 すらり,と女騎士は両の剣を抜き放った.両方とも肉厚の大剣で,女性剣士が良く手にする刺突剣レイピアではない.女騎士の上腕二頭筋が盛り上がった.


 「待て,グウィネヴィアよ.陛下の御前である.血で汚してはならぬ」

 喪服の貴婦人が進み出た.

 「兵士よ.そなた,名を何と申す?」

 「ひいぃ,モルガン様,どうかお許しください!」

 兵士は手を後ろについて後ずさりした.恐怖のあまり腰が立たないのだ.

 「名は?」

 「カ,カルステンと申します……」

 「カルステンよ,恐れるな.今からお主は陛下の御身をずっとお守りするのだ」

 「ひ……」

 カルステンが次の言葉を発しようとした瞬間,モルガンはベールを上にまくり上げていた.

 「お,お許しを……お慈悲……」

 カルステンの下半身から徐々に石になっていく.数秒後,彼は苦悶の顔のまま,石像と化していた.

 

 「パーシヴァルか……」

 ベルトランが呟く.

 「陛下,あのものは所詮我々の中では末席を汚す程度の者.おそらく敵を侮り油断したのでありましょう.東の主婦を殺すことを,私にご命令ください」

 仮面の女騎士グウィネヴィアはベルトランの玉座にひざまずいた.

 

 「ふむ……いいだろう」

 ベルトランは鷹揚に返事をした.


 「ククク,陛下,どいつが行っても同じ,東の主婦には勝てぬのではないですかな? どいつもこいつも,頭の固い騎士ばかり.揚げ足とられて,はい,お終い!」

 ヤルダバオートが頭の飾りについた鈴を振り鳴らしながら笑った.


 「控えよ! 道化め!」

 グウィネヴィアが憤る.


 「ヒッヒッヒ,陛下,ランスロット殿をお戻しになられてはいかがですか? ガウェイン卿までいなくなった今,ここには大した戦士がいないのでは? どいつもこいつも頼りにならぬ! ヒャハハハ!」

 

 「ここに,私もいる」

 幽鬼のような騎士が囁くように言った.

 

 「奴らなど私一人で十分だ,モードレット」

 「念には念のためだ.一人より二人の方が容易かろう.そして,決着が早い方が陛下のお傍にすぐ戻れるというもの」

 「ふん,勝手にせよ!」


 グウィネビアは部屋を飛び出していった.一礼して,モードレットが後を追った.

 ベルトランの視線は,部下たちにはない.やはり遥か彼方,南都の黒煙を眺めている.

 モルガンは要塞の操縦機械から,つ……と離れ,ベルトランに一礼した.

 「陛下,お時間です.またのお戻りをお待ちしております」

 「わかった.暫らく任せるぞ.モルガン」

 「かしこまりました.進路はこのままで固定いたします」

 

 モルガンが再び一礼すると,玉座からベルトランの姿が消えた.

 ログアウトしたのだ.

 後にはあるじのいない玉座が残された.


 「ケケケケケ,終わることのないいくさの渇望! 狂気がユーラネシアを染めていく! ハハハハハハハハハハ!」

 ヤルダバオートはけたたましい声で絶叫した.


  ***

 

 「うわー,何,この不気味な部屋! 悪趣味! キモい!」

 シノノメは入るなり,率直な感想を口にした.

 しかし,シノノメの言うとおりだった.

 内扉を開けたその部屋は,回廊のあるホールになっていた.

 正面中央に二階へと続く階段がある.

 しかし――

 階段の手すり.

 窓枠.

 壁.

 天井の梁に至るまで,すべて人間の骸骨を組み合わせたデザインだった.大腿骨と脛骨を組み合わせた柱,上腕骨と前腕骨を編んで組み立てた壁.所々に頭蓋骨が埋め込まれている.その間を縦横無尽に金属のパイプが走る.

 まるで,人間の骨に蛇が絡みついているようだ.

 悪魔のイラストレーター――ギーガーの絵の様だった.

 ノルトランドで見たベルトランの宮殿の,バロック式の美しい彫刻は見る影もない.

 同一人物の趣味とは思えなかった.


 「確かに,いい趣味とは言えないぜ……」

 アルタイルもうなずいた.

 「ところで,私,着替えるね!」

 「何!? こんな時にか?」

 「だって,着物が破れちゃったもの.新しいのに着替えるよ.だって,ゲームだから,ささっと済むじゃない.どんなのがいいかなあ?」

 「可愛いのがいいと思います!」

 「秋らしいのがいいんじゃない?」


 「お,お前らなあ……今,敵の本拠地に潜入中だぞ……」


 アルタイルの許可など全く無視して,シノノメは空中のウインドウをスクロールし始めた.


 「全く……早くしろよ!」

 アルタイルは頭を抱え,ため息をついた.


 「いいじゃないですか,少しくらい.あなた,何でそんなにシノノメさんや皆に対して,高飛車なんですか?」

 シノノメの絶対擁護者,グリシャムが抗議した.

 「放浪のアルタイルじゃなくって,高飛車のアルタイルです!」


 「高飛車のアルタイル……って,お前……」

 アルタイルは苦笑した.

 「だが……まあ,あれでも昔よりはましか…….最初に会った時は,人形みたいだったからな……」


 「……人形? どういうことですか?」

 グリシャムが眉をひそめる.


 「いや……気にしないでくれ.それよりも……」

 ……うっかり口が滑った.

 アルタイルは悩んでいた.パーシヴァルとの対決のあの時,どうしてシノノメに助けを求めたのか.


 もう時間がない.

 十人の忍者部隊で,押し寄せるノルトランド軍をいつまでも食い止められるとは思えない.この城館――塔の中に,増援の敵部隊が踏み込んで来れば,南都の陽動作戦は完全な無駄に終わる.

 自分たちの侵入が明らかになった時点で,時間との勝負になった.


 ……助けを求めれば,シノノメが駆けつけない筈がないのだ.彼女は’作戦‘や’理屈‘よりも,何よりその時の気持ち,そして仲間を優先する.

 人一倍感情豊か――‘情’がありすぎるのだ.

 それは,今や多くの人を引きつけるシノノメの魅力でもある.素明羅スメラという国は,彼女がいなければ今のようではあり得なかっただろう.

 初めて会ったときは人形みたいに感情が平坦だったのに,思えば随分人間らしくなった.

 基本的なプレーの仕方もおぼつかなかったのに,今ではすっかり最強の戦士などと呼ばれる凄腕プレーヤーだ.

 彼女が変わりゆく様を見てきたアルタイルにとって,シノノメは,言ってみれば生意気で可愛い妹だった.


 『おい,二人とも』

 アルタイルはひっそりとメッセンジャーを立ち上げ,アイエルとグリシャムに話しかけた.


  ***

 

 ややあってシノノメが選んだのは,紅葉柄の着物だった.

 「お待たせ! この,猫の帯留めが可愛いでしょ!」

 「ほんとだ! でも,ゲームだから着物を着るのも簡単だね.私,浴衣の帯もやっとだもの」

 アイエルが言った.

 「そうなの? でも,私,現実でも十五分もあったら着物着られるよ」

 「え! それ凄い! お太鼓で帯が締められるんですか?」

 「帯の種類にもよるけどね.お母さんに習ったんだよ」

 シノノメは着物の上にチュニック風の割烹着を着た.


 「へー,シノノメさんって,京都の人とか?」

 「ううん,小っちゃい時はフランスにいたんだよ」

 「ええっ! マジ?」


 「フランス? ヨーロッパは宗教戦争で,今大変なんじゃないの?」

 アイエルは大学で習っている第二外国語がフランス語なので,普段良く話題にしているのだ.


 「パリじゃなくって,アルザスってところの田舎の方.ハイジみたいだったよ」


 「おいしいリースリングの白ワインができるところですね.シノノメさんらしいと言えばシノノメさんらしいです」

 酒好きのグリシャムらしい感想だった.

 シノノメは現実世界のことをあまり話さない.もちろんVRMMOでは相手の実生活を詮索しないことがマナーだが,やはり親しくなると話題になるのが普通だ.

 少しだけシノノメの素顔に触れられたようで,グリシャムは少し嬉しかった.


 「さあ,行こう! あの気持ち悪い階段登ろう!」

 お色直し?を済ませたシノノメは先頭に立って歩き出した.


 一段目にシノノメの足がかかった瞬間,回廊中央の扉が左右に開け放たれた.

 双剣を手にした女剣士が姿を現す.

 袖のない胴鎧からは,逞しい両腕が覗いているが,胸や肩の幅は厚くない.背が高くすらりとしているので,陸上競技系のアスリートを思わせる体型だ.

 発達した四肢の筋肉が彫刻の様に深い線を作っていた.

 顔にはすっぽりとヘルムをかぶり,バイザーを下ろしているのでその表情をうかがい知ることはできない.鉄仮面の騎士――グウィネビアであった.


 「ここは通さぬ.東の主婦」

 「もー,何でみんな,主婦,主婦っていうかな! 私の名前はシノノメだよ!」

 「クククク,その着飾った服も,女らしい言葉も,何もかも戦いには無駄だ」

 「女の子が女の子らしくて,何がいけないの?」

 「黙れ.ここはノルトランド.剣で語り,押して通れ」

 「えー!」

 「参る! わが名は,双剣のグウィネビア!」

 

 グウィネビアはほとんど落下するようにして階段を駆け下り,猛然とシノノメに突進した.階段や斜面での戦闘は,上にいる者が圧倒的に有利だ.その常識を無視するようであった.


 「グリルオン! 両面焼き!」

 シノノメが叫ぶとともに,天井と床から二つの青い炎が噴き上がる.

 グウィネビアに直撃した.

 が,グウィネビアは双剣で炎を斬り払っていた.

 体をたわませ,そのまま双剣を振りかぶってシノノメの頭と胴を同時に薙いでくる.グウィネビアの腕の筋肉が膨れ上がった.

 兜の端から流れる長い金髪が振り乱れた.

 シノノメも左斜めに移動してこの攻撃をかわす.

 剣が来る方向の外側にかわすので,安全だ.

 しかし,グウィネビアの剣は止まらなかった.

 シノノメにかわされたまま剣は階段の手すりを叩き斬り,さらに一回転してもう一度シノノメの体を追って来た.

 恐るべき膂力である.背筋から腕に繋がる筋肉を総動員させた剛力だった.  流石のシノノメも階段を飛び降りてそれをかわした.

 グウィネビアの剣は,シノノメの立っていた場所――階段の段をも斬り――というよりも叩きつぶし,ようやく止まった.

 双剣の刃には,ルーン文字が彫り込まれていた.うっすら緑色に光る.

 「魔剣,ロムルスとレムス.魔法攻撃すら斬り裂く双子の剣だ.この私に魔法攻撃は効かぬ!」


 鉄仮面の向こうで,グウィネビアの目が炯々と光る.


 「どうかな?」

 シノノメはすでに魔包丁をかまえていた.

 「魔法の五徳包丁,関孫六! お野菜もお肉もお魚も,何でも切れるよ!」

 右手に包丁を構え,ゆっくり左に移動する.

 その恰好だけ見れば「割烹料理屋の女将さん」なのだが,正中線が真っ直ぐに立ち,右前の綺麗な真半身で構えているので,たたずまいはやはり武道家のそれに近い.セキシュウが教えた,小太刀の構えである.

 鉄仮面の奥に,自分を睨む眼光を感じる.

 シノノメの身長が160センチほど.グウィネビアはスーパーモデル並みで,180センチ以上ある.身長差はそのままリーチの差だ.セキシュウの教え通り,シノノメは何とかグウィネビアの背後に移動し,階段の上側の位置を取りたいと思っていた.


 二人とも動かない――というよりも,かすかに右手を,左足を動かしながらプレッシャーをかけている.互いの一瞬の隙も逃がさず,再び攻防が始まろうとしていた.


 ヒュン! 

 高い音が緊迫を破り,矢がグウィネビアに向かって飛んだ.

 「こちらも忘れるな!」

 アルタイルだった.


 「むん!」

 グウィネビアは矢を斬り払う.大剣なので,ややオーバーモーションであった.そこをアルタイルの矢は突く.

 目が覚めるような速射である.

 しかも,寸分の油断をすれば間違いなく急所を打ち抜く,それぞれ必殺の射撃である.

 射手を殺さなければ,止めることはできない.

 そう判断したグウィネビアは階段の前を離れ,アルタイルに向かって走り出した.

 「今だ!」

 アルタイルが叫ぶ.

 「はい!」

 この一瞬を狙って準備していた魔法をグリシャムは発動させた.

 「茨の縛鎖!」


 グウィネビアの足元に茨がからみつく.グウィネビアは双剣で薙ぎ払った.足に細かい傷がつくが,全く気にしている様子はなかった.

 「こんなもの,魔剣には無効だ!」

 しかし,茨の縛鎖は何度も再生を繰り返す.

 草を切り払い,さらに射かけられる矢を切り払いながら,グウィネビアはさらにアルタイルに近づこうと突進した.


 シノノメはグウィネビアの後ろを取ろうと,小走りに移動を始めた.

 グウィネビアが気配に気づき,振り向く.

 

 「敵はこっちだ!」

 アルタイルが再び矢を放つ.

 「ぬう!」

 二方向に分かれた敵に,しばしグウィネビアは躊躇した.


 「行け! シノノメ!」

 「えっ!?」

 シノノメは大きな目を瞬かせた.

 「今のうちに行け! 俺がここは食いとめる! 三人で,行け!」

 「そんな! 皆で協力して……」

 「馬鹿野郎,忍者猫や,南都で踏ん張っている連中の努力を無駄にする気か! 行け!」

 「でも……アルタイルは近接戦闘タイプじゃないし!」

 「馬鹿,こいつくらい俺で何とかなる! ベルトランは,お前じゃないと無理なんだろう!? 行け! 行くんだ!」

 アルタイルは小刻みに立ち位置を変えながら,グウィネビアを射続けた.

 数本は彼女の分厚い筋肉に刺さっているのだが,なおもひるむことなく双剣を振り続けている.

 

 「シノノメさん,行きましょう!」

 アイエルがシノノメの手を握って,階段の上に引っ張った.


 「高飛車さん! お願いします! 茨の縛鎖は,あと二十秒は再生し続けます!」

 グリシャムは持ち場を離れ,グウィネビアの後ろを走りぬけるとシノノメの肩を抱いて階段を駆け上がった.


 「分かった! 緑陰の魔女グリシャム!」

 「……えっ! はい! 放浪のアルタイル! あなたも御武運を!」

 「アルタイル! ありがとう! 私,必ず勝つよ!」

 「おう!」


 シノノメは後ろ髪引かれながらも,アイエルとグリシャムに腕をとられ,階段を上がりきった.三人はもう一度だけアルタイルの方を振り返り,回廊中央の扉を抜けて塔の二階へと向かっていった.


 「あの魔女,鼻っ柱は強いが,いい女かもしれないな.リアルで会ってみたいもんだ」

 アルタイルはニヤリと笑って,次の矢をつがえた.


 「下らんな.女の楯になる気か.格好つけていると,命を落とすぞ!」

 グウィネビアはそう言うと,双剣を両方とも床に突き立て,高速で回転した.強靭な足の力と,魔剣の力で茨の縛鎖を引きちぎり,魔法の効果のある範囲の床を抉り取ってしまった.二十秒保たれるはずだったグリシャムの魔法は,あっという間に破られた.


 「すごいパワーだな」

 「男には負けぬ.このノルトランドでは,力こそが全て.この国ではただ実力だけで評価されるのだ」

 「ふふん,実社会で評価されない鬱憤でも晴らしているのかい?」

 「そういうお前も,端正なエルフの姿をしているが,実は不細工なオタク青年ではないのか? 社会に認められず,現実世界で満たされない何かをここで晴らしているだけでないのか?」


 グウィネビアは双剣を高く掲げた.

 アルタイルは新たな矢を弓につがえ,引き絞る.


「ふん,満たされない何か,っていうのは当りだが,他は全く外れてるね.生憎,あんたとは違う」

「ほう……そうか.兎に角,貴様を屠って奴らの後を追えばいいだけのこと.死ね!」

グウィネビアは突進した.


「させるかよ!」

 アルタイルは叫んだ.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ