11-8 乱戦
パーシヴァルの放った槍は,衝撃波で移動要塞の甲板を破壊し,黒い軌跡を残しながらシノノメに迫った.
「えい!」
シノノメはモップの先で軽く槍を払った.
槍は大きく軌道を変え,後方の城壁に直径五メートルほどの巨大な穴を開けて飛び去った.
シノノメ以外の全員が呆然と穴を眺める.
移動要塞の最前面を固める強化煉瓦の城壁が,バラバラと音を立てて崩れていく.穴の向こうには進撃するノルトランド軍,そしてさらに遥か向こうに,煙の立ち上る南都の都がかすかに見えた.
「あー,びっくりした」
シノノメは毛先の壊れたモップの先端を外し,‘燃えるごみ’と書かれた紙袋にしまっていた.大槍の衝撃波はシノノメのエプロンと着物に所々裂け目を作り,内側に着ている桜色の襦袢が覗いている.だが,もちろん彼女自身の体には傷一つついていない.
「そんな,馬鹿な……俺の最大奥義が……」
最も衝撃を受けていたのはパーシヴァルだった.ややあっての沈黙ののち,ようやく出た第一声はそれだった.
「だって,ぐるぐる回っていても直線の動きだもの.横から叩かれたら飛んでいくよ」
シノノメはこともなげに答えた.
「あーあ,服が破れちゃった.着替えなくっちゃ」
「すまないな,こいつにかかると,いつもこんな調子なんだよ」
アルタイルが弓を肩に掛けながら説明した.彼はパーシヴァルに少し同情気味だった.気持ちは分からないでもない.さっきまで緊迫のデスゲーム,究極の決闘だったのに,これではギャグ漫画である.
「だ,だが,ここは通さないぞ」
戦士パーシヴァルは,ややみっともなく手をバタバタと振った.一生懸命なのだが,体中の筋肉がズタズタで,特に負傷した脚はもう動かせないのだった.
「と,通るなら,俺を倒して行け! 殺せ! 俺の屍を,越えて行け!」
「えー,時間がもったいないもの」
四人はパーシヴァルを迂回し,ぞろぞろと扉に向かった.
「だけど,追ってこられても困りますね.」
「グリシャムちゃん,何か良い手がある?」
「アリです! 万能樹の種!」
グリシャムが杖を振ると,先から植物の種が飛び出し,コロコロと転がって,パーシヴァルの足元で止まった.
「絞殺しのイチジク!」
万能樹の種は発芽するとたちまち大きくなり,育ったイチジクはパーシヴァルの体をからめ取りながら大木になった.熱帯地方のツル状植物,イチジクなどは他の植物や岩に巻きついて絞殺すようにして成長する.実際に,他の樹木を絞め殺すように枯らしてしまうこともあるという.
「ぐううう! こんな無様な最期など! 認められねぇ!」
パーシヴァルの甲冑がメキメキと音を立てて歪み,彼の体に食い込んでいく.
「だんだん締まっていきます.苦しかったらログアウトしてくださいね.しなかったら,そのうち,ちゃんと屍になるでしょう」
グリシャムは爽やかな笑顔を浮かべて言った.
「ぐ,ぐるじい! いっそ一思いに,こ,殺せぇー!」
「おい,あんた結構えげつない魔法使うな!」
アルタイルが口から泡を吹いて悶絶しているパーシヴァルを見て言った.
「何か文句でも?」
グリシャムがアルタイルを睨む.
「いや……ヒッヒッヒ.俺,こういうの,大好き.グッジョブ! ナイス魔法!」
アルタイルの琴線に触れたらしい.彼はニヤニヤ笑っていた.
「それはどうも.おほめに預かり光栄です」
グリシャムはプイッと向こうを向いたが,少し嬉しそうだった.
「じゃあ,急いで中へ……」
アイエルがそこまで行った時,どよめく軍勢の声と,ガチャガチャという甲冑の音が城壁に反響した.
四人は振り返った.
「うおお,あそこだ!」
「パーシヴァル殿がやられている!」
「急げ!」
パーシヴァルが開けた城壁の穴から,続々と兵士が入って来ていた.
最初に移動要塞の外郭と一層目を守る兵士たちが倒されたため,シノノメ達の侵入は外部にほとんど漏れずに進んでいた.
当然飛龍の異変に周囲の守備部隊は気づいていたので,城門から入ろうとしていたのだが,その城門を開ける兵士たちが全て倒されて(洗濯されて干されて)いる.彼らは助けに駆けつけたくとも,城内に入れない状態だったのだ.
のるかそるかの究極奥義,それでも勝てるかどうかわからない状況だったパーシヴァルは,シノノメに一矢報いることができない場合に備え,保険を掛けたのである.
大槍で城壁に穴を開けること自体が彼の重要な目的だった.
狙った軌道とは違っていたにせよ――緊急進入路を作ること.
ノルトランド四天王の力をもってしても勝てない,強力な侵入者が襲撃していることを,要塞外にいる多くの兵士に知らせること.
本陣の崩れた城壁は,メッセンジャーを持たないNPCにも,目で見てわかる明らかな異変だ.そして,吹っ飛んできた軍団最強の兵士の武器は,紛れもない危機を意味していた.
素明羅の刺客が移動要塞に侵入したらしいことは,今や,本陣防衛軍のほぼ全兵士が知ることとなった.
「パーシヴァル殿の槍が飛んできた!」
「本陣に敵が侵入したぞ!」
「ベルトラン様の救助に迎え!」
「緊急事態だ!」
今や,南都に向かっていた近衛軍一万の兵が,向きを変えて進軍していた.特に魔獣や竜に乗った者は,続々と移動要塞のプラットフォームに上がって城壁の穴に入り,侵入者を撃退しようとしていた.
「うわっ! まずいぞ!」
アルタイルが叫んだ.
城壁の穴からわらわらと二脚竜の群れが侵入してくる.
銃弾と矢が降り注がれる.
幸い,パーシヴァルを取り込んだ絞殺しのイチジクが多少楯になってくれる.
四人は慌てて城館――ベルトランの塔の入り口に飛び込み,扉を閉めた.
「急いで中へ! 扉の材質は木だから,私が魔法でくっつけちゃいます!」
アルタイルが閂をかけ,グリシャムがそれに魔法をかける.
みるみる魔法のツタがからみつき,木製の扉とかんぬきが一体化した.
グリシャムの魔法は樹木の生成,発育をコントロールするのだ.
「これで,しばらく時間稼ぎになると思います」
「ふう」
「でも,銃の弾が当たる音がする! 急いでグリシャム!」
分厚い扉に次々銃弾と矢が当たる音がする.
中は二重扉になっていた.
六畳間ほどの広さの前室があり,さらに奥につながる扉がある.
これも分厚い木材と金属でできた両開きの戸である.
「やっぱり奥へは鍵がかかってますね」
「パーシンバさんと人狼たち,意外と繊細だったんだね.戸締まり,ちゃんとするんだ」
シノノメが変なところに感心した.
扉の中央に鍵穴があったので,グリシャムは扉に向かって開錠呪文の詠唱を始めた.
「だけど,これでもうここからは出られないね.中にいる敵を突破するしか……」
そうアイエルが呟いた矢先,戦斧と戦槌が扉をたたき割りながら先を覗かせた. メキメキと扉に穴が開く.
「うわっ!」
「何だか,すごいパワーの奴がいる!」
穴からニュッと顔を出して覗き込んだのは,牛の頭――ミノタウロスだった.
荒い息を鼻から吹き出し,四人を睨め付けた.
……と,思うと,ミノタウロスは再び,穴から首をひっこめた.
「どうしたんだろう?」
ミノタウロスがぶち抜いた穴から,アイエルとシノノメは外を覗いた.
「ここは,絶対に通さない!」
聞きなれた声が聞こえる.
「おう!」
「にゃん丸さん!」
猫耳の忍者頭巾,間違いなかった.
別働隊,猫人忍者部隊の日光十勇士が到着したのである.
「ここは,俺たちが守る! アイエルさん,シノノメさん,行くんだ!」
にゃん丸の足元には手裏剣が突き刺さったミノタウロスが倒れていた.
「自来也,滝夜叉,召喚獣を呼べ!」
「おう! ドロンドロン!」
自来也と呼ばれた黒猫の猫人が巻物を加えて印を結ぶと,煙が立ち上って巨大なガマガエルが現れた.
ガマガエルは長い舌を伸ばし,兵士を飲み込んでいく.
「出でよ,牛鬼!」
赤い忍者装束の三毛猫――ただし,女性の猫人は猫耳付き人間だ――は,巨大な蜘蛛を呼び出した.糸で兵士たちはがんじがらめにされていく.
本陣の守備部隊はほとんどがNPCで,特殊スキルの持ち主は前線に出ているかベルトランの足下を固めているのだった.多勢に無勢ではあるが,忍者たちは自慢の特殊スキルで次々と倒していた.
副長の六郎は爆薬のついた手裏剣を次々に敵に投げつけている.
「踏ん張れみんな! 隊長の愛のために!」
「愛?」
忍者部隊全員の手が一瞬止まった.
「六郎の馬鹿野郎,こら,こんな時に関係ないだろ! 全員気合いだ!」
赤くなったにゃん丸が背中の忍者刀を抜いた.
「変移抜刀,霞切り! 飯綱落とし! 神風の術!」
クルクルと目まぐるしく跳ねまわり,敵を倒していくにゃん丸.半ば,六郎の言葉の誤魔化しであった.
「ありがとう,にゃん丸さん! 私たち行くね!」
シノノメはにゃん丸に手を振り,扉を離れた.
「ありがとう! みんな!」
アイエルもできるだけ大きな声で感謝の言葉を叫んだ.
だが,忍者たちの返す言葉はノルトランド兵の怒号に包まれて聞こえない.
「みんな,開きました! 急いで行きましょう! 南都を攻めている部隊が引き返してこないうちに!」
開錠に成功したグリシャムが声をかける.
この戦いは,時間との勝負なのだ――シノノメがベルトランを倒すのが早いか,先鋒軍のランスロットたちが南都を陥落させるのが早いか.陥落させればランスロットはおそらく本陣の援護に帰ってくる.そして,彼がベルトランに助力すれば,もう誰も勝てるものはいなくなってしまうかもしれない.
「うん,急ごう! でも,日光十勇士って,お猿さんみたいだよね」
「いや,シノノメ,あれは忍者部隊月光と真田十勇士のミックスだと思うぞ」
アルタイルが引きつった顔で答える.
「さなだ十勇士って,何? 三銃士みたいなもの?」
「ええっと……」
外で獅子奮迅の活躍をしているにゃん丸たちには少々申し訳ないシノノメの質問であった.
明晩12章の最初をアップします.




