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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第11章 南都攻防戦 死線の戦士たち
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11-6 不滅のガウェイン

 「ちくしょう,何じゃ? こいつは?」

 薩摩示現流使いのドワーフ,チューイは日本刀を蜻蛉トンボに構えながら息を吐きだした.

 ヤクマルの野太刀自顕流とは違う蜻蛉の構えだ.左肱切断,左手は脇をしめ,胸にぴたりと肘が付けられている.そもそも,彼の名前は創始者東郷 重位しげたかの名前に由来したもので,某有名SF映画のキャラクターには関係がない.

一度刀を振れば,碁盤を切り裂き,さらに畳を切り裂き床板まで切り裂く.無間地獄にまで叩き落とすと表現される,薩摩の上級士族に伝えられた剣法だ.

 その速度は雲耀――稲妻の速さ――と表される.


 その雲耀の剣で,何度体を切り裂いただろう.

 ガウェインは,体を完全に切断されても,何度も再生するのだった.

 天使のような笑みを浮かべている.痛みすらも感じていないようだ.

 本陣まで百メートル.

都の南北を貫く街路がチューイとカゲトラ,そしてガウェインの戦いの場である.


 「ふふふ,僕には何も通用しないよ」

 ガウェインが笑う.

 ガウェインの体格は中学生くらいだ.骨格は華奢で中性的,筋力もあるように見えない.しかし,彼は自分の体より大きな戦斧を振り回していた.

 体ごと宙で回転しながら飛んでくる.ほとんど斧の遠心力に振り回され,体当たりに近い.時折周囲の民家の柱を切り倒すと,建物は完全に倒壊してしまう.でたらめな威力だった.


 「ぬう,必ず弱点がある筈.化物め!」

 カゲトラの得物は斬馬刀である.だが,何度ガウェインの手足を斬り落としても切りがなかった.

 カゲトラとチューイは本陣の陣屋を背にしている.ここからは一歩も通さないという覚悟だ.

 攻め続けているのは確かに彼ら二人なのだが,しかし,じりじりと後退しているのもまた彼ら二人であった.

 ガウェインの体に受けた傷は,どんな重傷でもあっという間に再生・修復されてしまう.彼は自分の体に傷を受けることお構いなしで進んでくるのだ.


 「チェストォ! チュエーイ!」

 チューイが一歩で六間を詰めるという高速のすり足で突入し,果敢にガウェインに斬りつける.しかし,ガウェインは笑いながら前に歩いていた.

 「はははははっは,痛いなあ」

 戦斧の石突きは鋭い錐になっている.ガウェインは無造作にチューイの肩に突き刺した.

 「ぎゃあああ!」

 よろめくチューイを,戦斧の腹で吹き飛ばし,止めを刺そうと振りかぶる.


 「駄目だ,チューイどの!」

 カゲトラが虎の体を低くして,斬馬刀で脚を薙ぎ払った.

 確かな手ごたえがあった.

 しかし,次の瞬間超再生で失った足を取り戻し,ガウェインはとび跳ねながらカゲトラを蹴り飛ばした.

 「ぐわあ!」


 ついに,本陣の幕屋のすぐそばに迫った.

 地面に倒れ込むカゲトラの背中をガウェインは踏みつけて笑った.

 「ははは,みんな,弱いなあ.こうやって蹂躙するのって,楽しいよね.東の主婦は,来るのかい? 彼女なら,もっと楽しませてくれるのかい?」


 「ふっ,ふふふふふふ」

 虎人カゲトラは,地面に伏したままで笑った.口からは血の泡を吹いている.もちろん,一定以上の痛みや怪我はキャンセラライザーが働いてブロックするので,実世界の体にダメージが伝っているわけではないが,肺を傷つけるほどの衝撃を脳が感じているということになる.


 「何がおかしい?」

 「いや,何,貴殿は一体何が楽しくてゲームに参加しているのか,分からんでござるよ.体にダメージが加わらなければ,剣のスキルを上げる意味も何もない.貴殿の剣は出鱈目でござる.チューイ殿のように練り上げた最高の剣技も何もない.上達の喜びも無い,それに,ダメージがなければ仲間達に助けられる喜びも,痛みを分かち合う事も出来ぬでござろう.いやはや,下らん奴.シノノメ殿の剣の前に立つ資格も無いでござる」

 

 「何! 何だと! こいつ! 死ね,死ね! こうなったら,お前にはとびっきりの痛みを加えて殺してやる!」

 ガウェインはカゲトラの背中を何度も踏みつけた.実際の世界なら,いかに丈夫な人間でも背骨を粉砕する強さだ.

 彼の攻撃には,人間ならだれでもある躊躇という物がなかった.

 まるで,加減の分からない子供が全力で人を殴るのに似ていた.


 「ふん,子供め! お前の正体が知れたわ.どうせ友達もおらず,プライドに凝り固まって人を見下している癖に,仲間に入れないボッチなんじゃろう! 共感も,思いやりもない.そんな面白くない特殊スキルを身につけて,捨てることもできない臆病ものめ! そのスキルを,人を守るために使う事も出来そうなものなのに,生き物の命を快楽で奪うのに使う,下らん奴じゃ!」

 チューイも起き上がりながら,言葉を吐き出すようにガウェインにぶつけた.


 「畜生! 貴様ら! 黙れ!」

 ガウェインは斧の石突きを振り上げ,カゲトラの手のひらを突き通して地面に串刺しにした.

 「ぎゃああああ!」

 「カゲトラ殿!」

 必死に駆け寄ろうとするチューイをガウェインは突き飛ばした.力無く握る彼の日本刀を奪い取り,腹に突き刺す.さらに,そのまま後ろの建物に串刺しにした.

 「ぬおっ!」

 チューイは口から大量の血液を吐いて,息絶えた.ピクセルになってログアウトして行く.


 「ひゃはははは,二人とも,昆虫標本みたいだね!」

 ガウェインは高らかに笑うと,本陣の白い陣幕を引きちぎった.


 「な?……こんな,馬鹿な」

 ガウェインは唖然としていた.

 幕屋には誰もいない.

 基本的に,ゲームルールとして南都の全権委任者であるフツヌシを殺せば,南都は‘陥落’状態となる.最終的に,ノルトランド軍が完全に入城し,勝利宣言をしなければならないが,それは,玉を取った後の将棋,ゲリラ戦のようなものだ.

 風に吹かれて,陣幕がバサバサと音を立てる.

 かがり火の燃えさしが,地面に音を立てて転がった.


 「貴様ら! どういう事だ! 布都主フツヌシは,どこに行った!」

 ガウェインは絶叫した.


 ***


 本陣のすぐ近く,桶屋の隣の商家には,首根っこを掴まれたアキトとアズサがいた.昨夜,居酒屋東雲屋に変わっていた建物だ.ちなみに,東雲屋の看板はまだかけてあった.


 「ほら,あんた達,まあ頑張ったね.今度はこっちを手伝うんだよ!」

 「え? 団長? これは?」

 二人が商家の中を見回すと,そこには見知った面々,主婦ギルドの主婦達がいた.

 竈に火をおこし,何かを作っている.

 包丁で野菜を切る物,肉を切る物,鍋をかきまぜる物,様々だ.

 大量の食材と,巨大な寸胴鍋が十程も並んでいる.


 「何ですか? おや,三毛美! 今日も美しいね?」

 「あれ,ハジメまでいるのかい? 君は戦闘スキルなんて皆無だろ?」


 猫人の三毛美は愛想笑いをしたが,ハジメは無視して黙々と野菜を切っていた.

 彼はごくごく小規模な‘主夫’魔法が使える.普通のテーブルの上で火をおこすとか,掃除道具が出せるとかであるが.


 「あたしが息子の高校受験で動けないのは皆知ってただろ? シノちゃんが,昨夜メッセンジャーに添付してこれを送って来たんだよ」

 ミーアはメッセンジャーを立ち上げ,アキトとアズサに見せた.

 「皆にもね.まあ,あんた達はこれには役に立たないと思われていたんだろうけどさ」


 「何ですか,これ?」

 アキトの犬の耳がピンと立ちあがった.

 「ジャガイモ,牛肉,人参,キャベツ,ビーツ,トマト? サワークリーム?」

 アズサの狐耳は逆に垂れる.


 「ボルシチだよ!」

 

 「はあ?」

 アキトとアズサの声が合唱した.


 「もうすぐできるからね.それより,うん? あれは何だい?」

 ミーアの視線の向こうに,幕屋を引きちぎる金髪の少年が見えた.

 「ちょっと行ってくるわ」

 ミーアは幕屋をぐるりと回り,金髪の少年――ガウェインに声をかけた.

 「あんた! そこで何してるんだい!?」


 新たな獲物――それも,民間人に見える獲物を見つけたガウェインの顔に,残酷な笑みが浮かんだ.

 

 「いかん,ミーアさん! 逃げるでござる! こいつは,不滅のガウェインだ!」

 手に戦斧を突きたてられ,地面に縫い止められたカゲトラが,体をよじって起こし,声を振り絞って叫ぶ.


 「ははあ,そっちに本拠地があったんだね.何だか煙が立ち上っているし.食べ物の臭いがする.素明羅は呑気だね.こんなときでも食べ物を作っているなんて」

 ガウェインはカゲトラの腕を地面に縫い付けていた戦斧を引き抜き,振りかぶった.

 「ぎゃあっ!」

 手のひらを錐が通過する激痛に,カゲトラが叫ぶ.

 

 「ひゃはははは,死にな! オバさん!」

 ガウェインは空中に身を躍らせ,回転する.戦斧の分厚い刃が高速で回転しながらミーアの頭に迫った.


 がしっ.


 「えっ……え!?」

 ガウェインは目を剥いて驚いた.

 大柄なその女性は,ガウェインの体重ごと戦斧を受け止めている.

 斧の腹を両掌でぴたりと挟み,びくとも動かない.


 「あんた,鍛え方が足りないね! あたしは,あんたの叔母さんになった覚えはない!」

 驚きのあまり次の動作を選べずにいるガウェインを,斧ごとミーアは地面に叩きつけた.

 「子供がこんな危ない物を持っちゃいけません!」

 ミーアはガウェインの手から斧をむしり取り,後ろに放り投げた.桶屋の屋根に突き刺さり,ついでにミーアの様子を覗っていたアキトの前髪を,五センチほど切り取ってしまった.


 「何だと! 貴様,僕が子供だっていうのか!」

  ガウェインの美しい筈の顔は怒りに歪み,ただ凄惨な印象しか与えなかった.


 「見た目も中身も子供だろ? 実物は知らないけど,やり方を見りゃわかるよ.カゲトラさんを虫みたいに地面に刺したり,昆虫採集する男の子と変わりゃしない.同情も,思いやりもない,共感もできない,ちっちゃい子だろ」

 

 「貴様あ!」

 ガウェインの手が怪しくうねった.

 「僕を,不滅の能力だけと思うなよ! 再生の状態をコントロールできるんだ!」

 めりめりと音を立て,彼の指の末節骨――末端の骨と爪が伸び,肉食恐竜のそれに似た鉤爪を形成した.


 「フン,怪獣ごっこかい?」

 ミーアは両手の関節をぽきぽきと鳴らした.


 「駄目だ,ミーアさん,そいつは殴っても蹴っても効かない,すぐ体が再生する化け物みたいな奴でござる!」

 

 「死ねぇ!」

 ガウェインが飛びかかった.

 ミーアは素早くかわすが,法衣に爪を受けて切り裂かれた.

 「すばしっこいね!」

 

 「くそっ,拙者も……この技は,奥の手でござるが……」

 カゲトラは血を吐きながら,全身に力を込めた.

 がつん.

 背中と肩甲骨が変形し始めた.


 ガウェインの右手の鉤爪を,左手の手甲でミーアは受けとめた.鉤爪は砕け散る.オリハルコンの手甲だ.しかし,爪の再生が始まると同時に,左手の鋭い一撃がミーアの顔を襲った.


 「くう!」

 致命傷にならないように,頬骨で鉤爪を受け止める覚悟をミーアが決めた瞬間,巨大な黄色い塊がガウェインに襲いかかった.

 ‘虎’化した,カゲトラである.

 スキル名,‘山月鬼’.彼の切り札だった.

 彼は,人虎(ワ―タイガー)だ.ポイントを大きく消耗するが,一回のログインにつき一度だけ虎その物に変化できる.もちろん,人間の言葉や武器が使えなくなるなどデメリットも大きいので,変身するタイミングを十分考えなければならない.また,もう一度ログインするまで虎から人間型に戻れないという欠点もある.

 虎の牙はガウェインの左腕を噛みちぎった.

 虎と化してもなお,ダメージが無くなったわけではない.ガウェインの物ではない,自分の血を口から流していた.捨て身の攻撃だ.


 「任せな!」

 ガウェインがひるんだ瞬間,ミーアは後ろを取って反り投げを打った.

 たとえどんなにダメージが再生するとしても,それには時間がかかる.

 脳もまたしかり.

 後頭部を地面にたたきつけられ,脳が揺らされたガウェインはよろめいた.そのままミーアは神速で太い両腕をガウェインの首に巻き付けた.

 裸締めだ.


 「うわあ,首を絞める気か!」

 ガウェインはもがいたが,爪の無い手と再生中の手での抵抗は空しく宙を掻いた.


 ミーアの右腕が両の頸動脈を圧迫する.

 両脚は胴をがっちりとロックしていた.

 そのまま仰向けに地面に倒れ込む.


 頸動脈洞反射――人間の体は,喉仏の左右にある頸動脈洞を圧迫されると脳への血液供給が減少する.

 それは,不滅の体といえど避けえない生理現象,人間の体の摂理であった.

 そして,脳幹に血液が送られなければ失神する――柔道で言うところの,‘落ちる’現象である.


 落ちるときは,苦しくない.

 ミーアに抱きしめられるようにして,優しく眠るように――ガウェインは,失神した.


 「ふう」

 ガウェインをそっと地面に寝かして,ミーアは立ち上がった.

 「あんた,カゲトラさん,大丈夫かい?」

 カゲトラはグルグルと喉を鳴らして首を振った.

 「シノちゃんの,ポーション飲ましてもらいな.きっと,あの子があんたを見たら大喜びするよ.」

 カゲトラは首を傾げた.

 「あの子,モフモフした物が大好きなんだよ.さあ,行きな」

 よろめきながら,カゲトラは白虎門近くのポーション倉庫に向かう.


 「それにしても……この子,どうしたのかねぇ.きっと,現実世界でお母ちゃんに抱っこしてもらえてないのかねぇ」

 足元で小さな寝息を立てるガウェインを見下ろし,ミーアは首を傾げた.

 こうしていると,本当に天使の様だった.

 体の動きからして,現実世界のガウェイン自身も同じような体格――年齢の筈だ.

 締め落とす最後の瞬間,自分から抵抗することを投げだし,自らをミーアの体に委ねた様な気がしたのだ.

 自分も子を持つ母親として,少しガウェインが哀れに思うミーアだった.

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