11-5 転(まろばし)のセキシュウ
再び,フレイドは剣を青眼に構えた.
シュウユの指摘通り,フレイドは西洋剣を使い,技名も洋風の名前だが,剣技は剣道の物である.
セキシュウは,諸手の右上段,八相の構えである.日本刀の剣先は真っ直ぐ天を向いていた.
現代剣道の考え方から考えると,一見フレイドの構えの方が合理的であると思われる.しかし,セキシュウの構えは古流剣術のそれだった.
青眼の構えは,相手を切るためには一度刀を上げて下げなければ切ることができない.セキシュウの構えならば,斬るという動作はただ振りおろすだけの物だった.ツーアクションと,ワンアクション.実際に人を切る事を考えた構えである.しかし,現代剣道のスピードとテクニックは決して侮れるものではない.
二人は足指をじりじりと尺取り虫のように動かし,間合いを徐々に詰めて行く.
キリキリと緊迫の空気が辺りに広がっていく.
いつしか,戦っていた剣士たちは手を止め,二人の戦いに見入っていた.
戦いと言っても,激しい動きは何もない.ただ剣を構えて二人が立ち会っているのみである.
やがて,二人の間合いが激突する距離――間境に入る.
「てえええぃ!」
フレイドが気合を入れる.
「ええええぃ……」
唱歌のようにセキシュウの気合が低く響いた.相手の心を映す,映の気合である.
「キエエエエエィ!」
フレイドの後ろ足が地面を蹴った.
裂帛の気合とともに放たれたのは,突きである.
セキシュウは決して地面を蹴らない.すり足で踵をつけたまま,フレイドの右脇に移動すると脇下――腋窩に向かってするりと刀先が滑り込んだ.
「うむっ!」
フレイドはバックステップと体をねじる動作で,刃先をかわす.彼は重厚な鎧を着けているので,刃が通る場所は限られている.反射神経のなせる技だった.慌てて距離を取る.
つ……強い……
フレイドはじっとりと汗をかいていた.
ランスロットには,決闘という形で何度か稽古をつけてもらったことがある.彼も間違いない強者だ.
しかし,セキシュウは全く底が読めない.
ふつふつと汗の玉が額に浮く.
しかし,もし胸を借りるとするならば,思い切りかかっていくしかない.
フレイドは,連撃に懸けることにした.
再び地面を蹴る.
「えい,えい,えい,えい」
突きの連撃,小手,小手から上段へ.
全てが空を切る.
いわゆる,剣道の試合におけるテクニックが全く通用しない.
体さばきがスポーツのそれと全く違う.
体の動きに予備動作がない.
捻らない,たわまない.力をためない.
つまるところ,一つの動作に居付くことがない.
何ということだろう.
二十一世紀も半ばを過ぎ,鹿島神流の圀井善弥のような達人,実戦名人はもういなくなったとずっと思っていた.
あるいは,大東流の佐川師範,御殿手の上原師範,合気道の塩田師範.
もう,動画サイトのデジタルデータで出会うしかない達人達.
型だけではない古い実戦の武術を伝える名人に,まさか電脳の世界で会えるとは.
感動,感慨にそれは近い.
セキシュウは静かな湖面のような目で,じっとフレイドを見つめている.
達人とは,これほどのものか……
おそらく,セキシュウは自分から仕掛ければ容易く倒せるのかもしれない.だが,何故かゆっくりこちらの様子を見て――勝負を引き延ばしているように見える.
――そうか!
脳裏に稲妻が走った.
セキシュウの意図を,フレイドは一瞬で悟った.
俺達をここに釘付けにしたいんだ――
ランスロットとベルトランの合流,合力を防ぐために.
おそらく,決死の突入部隊がベルトランの本拠,移動要塞に向かっているのではないか.それはおそらく,今ここにいない,セキシュウの一番弟子だというシノノメだ.
だが,こちらにもこちらの事情がある.
フレイドは,最大の必殺剣を放つべく,ゆっくり青眼から上段に構えを移した.
――狼の咆哮,フェンリルハウンド――
体内の全エネルギーを剣に集中し,爆発させた.
少し短いのですが,ご容赦ください.
連続投稿です.