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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第11章 南都攻防戦 死線の戦士たち
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11-4 白虎門の陥落

 シノノメ達がベルトランの本拠地に降り立った頃,南都の白虎門はついに突破されていた.

 数十門の大砲は白虎門の魔法防壁を少しずつ削り取り,また,魔法による城壁の補修をたたき壊してしまった.

 普通の木材と石材の塊となった城壁が一旦崩れ始めると脆かった.

 城壁からの攻撃は無い.

 ノルトランド軍は白虎橋を渡り,次々と城内になだれ込んでいった.

 まず先陣を切らされたのは,戦闘奴隷――戦奴達である.

 素明羅の国民だった彼らは,かつては自分の同胞であった筈の獲物を探し,武器を手に突入した.

 自分達の物を取り返すためには,相手を殺さなければならない.

 そのルールはすでに彼らの頭の中には無い.

 初めはその想いで嫌々参加していた筈が,今では戦闘の興奮に酔いしれている.戦闘で得られる興奮を得るための飽くなき戦闘.すでに,高度のアドレナリン中毒となっていたのだ.

 その数,五千.

 すべて,それぞれが一癖もふた癖もあるスキルの持ち主――プレーヤーである.

 彼らは鬨の声というよりも,血と鉄に狂った狂喜の叫び声をあげて入っていたが,門の中に消えた途端その怒号はひっそりと鳴りを潜めた.

 

 「ど,どうしたのでしょう……?」

 騎兵隊の隊長ルドルフは,途方に暮れてフレイドの顔を見た.

 橋の上でもがいていた竜を,一撃で斬り倒したのはフレイドだった.

 ランスロットの片腕として,そして,シノノメをノルトランドから逃がした失態の責任を取るため,フレイドもまた前線に参戦しているのだった.

 フレイドはランスロットの直属部隊の副官である.

 ノルトランド四天王がノルトランド騎士の頂点であるとするなら,それに次ぐ地位にあるのが彼だ.

 「何が起こっているのだろう……?」

 フレイドは眉をひそめた.

 戦奴は方向性を持つ一種の暴徒のような物で,かつて西留久宇土シルクート攻略戦に利用したゴブリンの群れと同じような理屈で操られている.

 戦奴では,難しい作戦行動をこなすのは容易でない.

 「それにしても,部隊が壊滅するには,あまりにも時間が短すぎる」

 「東の主婦が中で待ち伏せしているのでは? 西留久宇土シルクートの攻略戦で,一人で一個師団を壊滅した魔女ですから……」

 「東の主婦……シノノメか……そうだな,確かに.それなら納得できる」

 シノノメの魔法はほとんどが無詠唱呪文で,しかも威力は絶大だ.それにしても,魔女か……実物を見るとどこにその強さがあるのか分からないような,ただの女の子なんだがな……フレイドは苦笑した.

 「斥候を送ろうにも,ヨドン川のあるこの地形では……上空からの部隊は壊滅してしまったし.まあ,飛竜はまだしも,中世世界で空中戦艦なんて,もともと滅茶苦茶なんだが」

 「第二部隊を派遣しましょう! 騎兵で突入させてください.ランスロット様の汚名を雪ぐ名誉を,我々に……」

 ランスロットの部隊は,ベルトランというよりもランスロットに忠義を尽くす部隊だ.彼らは,自分達がノルトランド最高の騎士,竜騎士ドラグーンの直属の部隊であることを誇りに思っていた.

 竜部隊や戦奴,気球部隊は軍中枢部――ベルトランから押しつけられた別部隊である.

 彼らには騎士の矜持があるのだった.


 「俺自ら行こう……」

 「フレイド殿,それは危険です.ランスロット部隊の副官であるあなたが倒れれば,我々はどうしたらいいのか?……正直言って,今のノルトランド軍に本物の騎士など何人いますか.こんな誇りもプライドも無い,殺戮戦闘など我々はしたいわけではない」

 「おい,それは口に出すな」

 ランスロットが黒馬に乗って前線にやって来た.

 居並ぶ騎兵隊と騎士団,全員が敬礼して敬意を表した.


 「フレイド,どう思う? 彼がいると思うか?」

 「そうですね,竜と飛行船に対する作戦を見る限り,可能性は高いと思います」

 ランスロットは暗にユグレヒトのことをほのめかしていた.

 ユグレヒトはフレイドの友人だ.

 表向きノルトランドでは処刑されたことになっているが,二人はシノノメ達が脱出させた事を知っていた.

 「とんだ知恵者を敵にしたものだな.神祇官の器じゃない.俺達の部隊に欲しかった」


 「しかし,ランスロット閣下,誰かが行かなければ始まりません.虎穴に入らずんば,虎児を得ずでしょう.どうかその役目を私にお命じ下さい」

 「ルドルフ,あえて火中の栗を拾う事になるかも知れんぞ」

 「構いません.騎士の誉れ,閣下の御命令とあらば!」

 ルドルフは髭の生えた顔でにやりと笑った.こういう芝居じみた戦いの好きな男である.

 

 「分かった,お前に任せよう」

 「ありがたき幸せ! 隊列を整えよ! よし,突入の準備!」

 百人からなる騎兵隊は,あっという間に見事な四列の隊列を編成し,ルドルフを先頭に白虎門へと向かった.

 各自が銃と剣で武装している.彼らもまたプレーヤーで構成された戦闘力の高い集団だ.自分の意思でランスロットの旗下に集まった兵士たちなので,意気軒昂で,士気が高い.

 崩落した城壁には弓兵はもういない.よしんば,いたとしても攻撃をかわして駆け抜ける速度を持っている.

 ルドルフは勇躍,壊れた門をくぐって突入して行った.

 蹄鉄が石橋を蹴る重厚な音を残して,騎兵隊は門の中に姿を消した.


  ***


 「何だ!? これは?」

 門をくぐって,南都市内に入ったルドルフは目の前の光景に呆気にとられた.

 眼の中に入って来る筈だった,東洋風の街並みはない.

 入った四方――門の正面から中央大通りの部分を除いて,四角い‘コ’の字型の巨大な土壁に囲まれていた.

 高さはわずかに南都外郭の城壁より低いくらいだ.壁面は若干傾斜になっていて,土手といってもいいかもしれない.

 突破したと思った門の中に入ると,逆に自分が土壁に取り囲まれている.

 城内に,もう一つの砦――城がある.

 籠の鳥となったのは,自分だ.

 「いかん! しまった! 退却せよ!」

 瞬時に敵の意図を悟ったルドルフは,部隊に回頭を命じたが,すぐには難しい.

  

 バン! という音がすると,門に続く方向に,鉄条網と馬防柵が合体した障害物が,地中から飛び出した.土系の造形魔法だ.

 騎兵隊は退路を失った.

 「しまった! 矢を射かけられたらひとたまりも無いぞ! 」


 ルドルフがそう言い終わるか終らないかの内に,土壁の向こう側,四方八方から矢が降り注いでくる.

 弾道軌道で山なりに落ちてくるので,銃で射手を狙う事は出来ない.


 「くそっ!中央に集まれ,密集隊形だ!」

 着ている軽甲冑で身を寄せ合い,盾を頭上に掲げて互いを守るしかない.

 一人,また一人と倒れて行く.しかも,NPCでなくプレーヤーなので死体が残らない.どんどんピクセルとなり砕けて消えて行くため,味方の遺体を盾にすることすらできないのだ.

 みるみる人数が減っていく.


 「隊長,敵本陣が見える方向に駆け抜けては!?」

 土壁の切れ目のはるか向こうに,南都の中央広場,敵本陣の幕屋が見える.

 旗差し物が取り囲んではためいていた.

 まさに,ここを通ってください,と言わんばかりの配置である.

 罠が仕掛けられているのは間違いなかった.

 「ぬう,しかし,これしか道はないのか!?」

  

 ルドルフは指示を出し,密集隊形のまま土壁を抜け出すべく南都の中心部に馬を向けた.もはや残る騎馬は十騎のみである.

 馬が駆けだすと,途端に矢の雨がやんだ.


 「何かの罠には違いないが,くっ,奴らの思いのままか……」

 見ると,土壁の切れ目に二人の青年が立っている.

 二人は武装していない.戦場だと言うのに何故かタキシード姿で,一輪の花を掲げていた.頭に耳が生えているので,獣人であることが分かる.


 「くそっ! 蹴散らせ! 突破だ!」

 ルドルフは拍車で馬の横腹を蹴り,スピードを上げた.

 みるみる二人が近づいてくる.

 何か叫んでいる.


 「……この世に愛のある限り……!」

 「戦場に花を捧げよう!」

 

 「な,何!?」

 流石に呆気にとられる騎兵たち.


 獣人二人組は薔薇の花を投げた.

 「サウザンド・オブ・ラブリー・ドリーム!」

 「百万本の薔薇ブリザード!」

 二人の声が土壁に響き渡る.


 吹き抜けるピンク色の風と,薔薇の花弁.

 「ふわああああああああああ!」

 騎兵たちは眠りこけ,全員一気に落馬した.


 「やった!」

 「お見事! 魅了チャームの魔法!」

 「女ったらし!」

 「馬鹿スキル!」


 土壁の外から兵士たちの歓声が湧く.

 両手を上げ,歓声をカッコ良く受けようとする犬人と狐人の二人.

 しかし,彼らの両脚はがくがくと震えていた.

 遊び人,アキトとアズサである.それでも顔がキリッとしているところが凄いと言えば凄かった.


 「大将クラスを見事生け捕りだな」

 セキシュウが笑う.

 「セキシュウ氏! 君が斬り殺しちゃえばよかったんじゃないのか! 僕達の技は……」

 「はいはい,美女たちを眠りに誘うためにあるんだろう.ほら,戦闘奴隷の中に混じっていた女の子達も助かったんだから,おまけに騎兵隊くらい良いじゃないか」

 土壁の裏側では先程の第一次攻撃部隊が眠らされ,魔法使い達によって洗脳の解除が試みられていた.特に,五大の魔女の一人,闇の魔法に通じたリリスが力を発揮しているのだった.


 「素敵です,お二人とも! 今度テレビに出演してくださいね!」

 洗脳が解けた兎人,クリスタは,遊び人二人に手を振った.血にまみれていた先程の様子はどこへやら,すっかり愛らしい素明羅テレビのアイドルに戻っている.


 「ふははははっは! この技は,美女たちのためにあるからね! 銀河の果てまで,ともに行こう! クリスタ!」

 「僕達二人のパワーは,無限だよ! 永遠の愛を無限に語ろう! クリスタ!」

 前髪を軽く撫で,早速格好つける二人組.しかし,膝が笑ったままである.


 「あー,こら,馬鹿! そろそろ二人とも.とっととシノノメさんのポーションを飲みに行け.何が無限だ.MPゼロ寸前じゃないか」

 シュウユが鉾の柄で二人の頭を叩いた.

 「失礼な! シュウユ氏!」

 「失敬だぞ! シュウユ氏!」

 

 二人は頭を撫でながら土壁の裏に回り,木戸を開けた.

 木戸の向こうにはある筈のない巨大な空間,魔法の隧道が広がっている.天井までの高い棚には多くの酒瓶――もとい,ポーションの瓶がズラリと奥まで並んでいた.

 シノノメは,ポーションの貯蔵庫,ミリオンセラーを南都に残していたのだ.敵の本拠地に乗りこむとなると,悠長に冷蔵庫だの倉庫だのを出してポーションを飲む暇などある筈がない.

 彼女は自分が必要とする分だけを水筒に移して持って行ったのだった.

 

 「やはり,シャンパーニュだな! ケロリュッグと,ドンキ・ペロニヨーン!」

 「僕はドンペロ・ロゼだ!」

 アキトとアズサは何故か大量のシャンパングラスを出し,ピラミッド状にわざわざ積んで飲んでいた.無意味スキル,シャンパンタワーである.

 「馬鹿野郎,遊んでないでまじめにやれ!」

 二人は再びシュウユに殴られた.

  

  ***

 

 門の外では,ランスロットとフレイドが帰らないルドルフを待っていた.

 「ふん,やられたか」

 「この速さ,通常戦闘ではないでしょう.何かの魔法攻撃でしょうか?」

 「シノノメか……あるいは,魔法並みに速い技を使う男が一人いるがな」

 ランスロットはにやりと笑った.

 「まろばしのセキシュウですか.昔,ランスロットさんも一緒に戦っていたんですよね?」

 「シノノメも,アルタイルも一緒だった」

 「ビッグネームですね.伝説のパーティー,永劫旅団アイオーンでしたね.……ですが,どうします? このままでは,犠牲が増えるだけです.まあ,素明羅の連中の事だから惨殺とかしないんでしょうけど」


 素明羅のプレーヤーはどこか呑気で,殺伐としたところがない.それはそのままシノノメの性格のようだった.


 「内部に侵入したガウェインの行方が気になるな」

 「奴ですか……奴は,どこまで俺達の事を……」

 「分からん.お目付役,監視役とはいうが,奴も戦闘狂だ.中で戦闘が始まればどこまで俺達の行動に目が届くかな」

 ランスロットは腕組みした.

 「しかし,とにかくこのままではまずい.俺達は南都としっかり戦って見せなきゃならん」

 「ですから,俺が行きます.というか,行かせてください.シノノメさんや,伝説のセキシュウさんと一度戦いたいんです」

 フレイドが剣を叩いた.

 「奴は,強いぞ?」

 「分かってますよ.この中で,剣の戦いを望む者!」

 フレイドが右手を上げて叫んだ.

 

 「うおおおおお!」


 ランスロットとフレイドの部下達,屈強の騎士達が,剣で盾を叩きながら答える.

 「黒竜隊! 俺とともに行くぞ!」


 「おおおおおお! 黒竜隊だ!」

 兵士がどよめく.

 濃紺の甲冑に身を包んだ一団が前に進み出た.

 総勢,十二人.重甲冑に身を包んだ精鋭中の精鋭だ.


 「では,行ってまいります」

 「分かった.頼むぞ,フレイド」

 「御意,お任せ下さい」

 フレイドはマントを翻し,黒竜隊を率いて歩み出す.

 ランスロットは意味ありげに笑った.

 

  ***


 黒竜隊はあえて徒歩でゆっくりと橋を渡った.

 いまや,戦場は静かですらある.

 すっかり面目を失った‘本物の竜’の部隊は,黙って黒竜隊が歩いて橋を当たるのを眺めていた.

 ヨドン川のせせらぎと,甲冑の金属の音が共鳴する.

 フレイドを先頭に,彼らはゆっくりと白虎門をくぐった.

 白虎門の脇には焼け焦げた門の残滓と瓦礫が転がっている.

 よくあの砲撃を耐えたものだ……とフレイドは思った.


 はるか遠く,直線に続く大通りの突きあたりには,素明羅のシンボル,扶桑の木の旗がはためく本陣が見える.


 「なるほど,そういうことか」


 門をくぐると土壁のもう一つの内砦が作られている.

 騎兵や戦奴達,高速で突入すればこの罠の中に入り込んでしまうというわけだ.第一次の地上攻撃,空からの攻撃を撃退してから超速度で作り上げたに違いない.天才的な土系の造形魔法を使う魔法使いがいる――やはり,シノノメだろうか……

 フレイドはゆっくり歩みを進めた.

 彼の忠実な部下達も後に続く.

 素明羅側からすれば,騎兵隊と違って進軍の速度が遅いので,馬防柵を出現させるタイミングが逆に難しいのだ.


 全員が,中に入ったところで,合図の声が響いた.


 「閉じろ!」

 声とともに,土の中から出現した馬防柵が彼らの退路を塞ぐ.

 「撃て!」

 矢の雨が降り注いできた.


 「やっぱりな.各個撃破! さん!!」

 呟くようにフレイドが命じると,十三人の騎士は四方に散った.

 降り注ぐ矢の雨を,剣で斬りはらい,盾で薙ぎ払う.

 あるものは土壁を駆け上がった.


 「うわ,こいつら,矢が効かない!」

 素明羅の一般兵の悲鳴が聞こえる.

 精鋭の騎士達は,ノルトランドのトッププレーヤー達だ.通常の矢の攻撃などものともしなかった.みるみる間に射手と魔法使いが何人か剣で斬り倒された.


 「任せろ!」

 武士が市街側から土壁を駆け上がり,騎士の前に立ちはだかる.

 「我こそは不二才ふにせ組,ヤクマル! 名を名乗れ!」

 「おう! 俺は黒竜隊のガリアン!」

 二人の戦士の顔が輝く.

 戦争ではない決闘.彼らの本当に望んでいた戦いだった. 

  

 ヤクマルは八相の構えに似た構えをとった.日本刀を天に突き上げるように高く構え,腰を低く落としている.重甲冑の騎士には比べ物にならない軽装だ.

 対するガリアンは圧刃の西洋剣を上段に構えていたが,一気に間合いを詰めて剣撃を打ち込もうとする.鎧の性能に任せ,相手の剣など少々当たっても良いという攻撃である.


 「チェストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 ヤクマルの猿叫が土壁に響いた.

 ガリアンは鎧ごと袈裟がけに切断されていた.彼の頭と右腕がゴトリと一瞬胸像のようにずれると,細かいピクセルになって消え去った.

 野太刀自顕流,‘蜻蛉トンボ’からの必殺の一撃である.裂帛の気合とともに地軸までも斬り落とす一撃.幕末に,かの新撰組を震撼させた,必殺の薩摩剣術であった.

 さらにヤクマルは土壁を駆け下り,自ら騎士達に斬りかかった.


 「自顕流だ! 最初の一撃を何とかかわせ!」

 ガリアンの決闘の行方と猿叫から即座に判断し,フレイドは叫んだ.

  

 土壁のリングの中で,ノルトランドの騎士達と素明羅の武士団達の死闘が始まった.

 剣戟の音がそこかしこで響く中,フレイドはゆっくりと歩みを進めて土壁の切れ目に向かっていた.

 

 「待て!」


 タキシード姿の犬人と狐人が立ちはだかる.

 女の子用恋愛ゲームのキャラクターに出てくるような美形だ.


 「君は騎士達のリーダーだな? ここから先は通さない!」 

 「通すのは麗しき女性だけ!」 


 素明羅には面白いキャラクターの奴がいるな,とフレイドは苦笑した.


 「味わうがいい,青春の風,バーニングラブ!」

 「響け,心の鐘! ゴージャスラビングユー!」

 二人から桃色の波動が出た.


 「ははははははは」

 フレイドは爆笑した.

  

 「あれ?」

 「君,なかなかの美形だけど,何で効かないの?」

 顔を見合わせ,フレイドの顔と見比べる遊び人二人組.

 

 「魅了チャームの魔法は,自分よりレベルが高い人には効かないよ.そこをどいてもらおうか」

 フレイドは剣を抜き,二人に切っ先を向けた.

  

 「あわわわわわ……」


 「待て!」

 土壁の裏から,白馬に乗って現れたのはシュウユである.

 「二人とも,裏に隠れていろ!」

 シュウユは馬上から鉾を振り回してフレイドに斬りつけたが,フレイドは軽くかわし,けら首を落とした.返す刀で馬を突く.

 「むっ!」

 シュウユは馬上から飛び降り,剣を抜いて斬りかかった.

 「わが名は南都防衛軍団長,シュウユ!」

 「美周郎,っていうわけだな! 三国志マニアめ!」

 「戦闘力はマニアどまりじゃない!」  

 シュウユはフレイドに剣の連続攻撃を放つが,フレイドは青眼に構えた剣で易々と全ての攻撃を撃ち落とした.

 「く! 西洋風の騎士のくせに,剣道か!」

 「すまんね!」

 シュウユは中国剣術らしく,体をのびのびと使って片手剣を振るう.下段から上段へ,払い,突き,さらには剣のしなりを生かし剣先で頸動脈を狙うが当たらない.

 

 「ぬう!」

 焦ったシュウユは左手の人差指と中指を立てた指剣を突きだし,構えを取った.

 必殺技を放って一気に倒すつもりだ.

 フレイドは青眼の構えを崩さない.


 「行くぞ! 赤壁覇将剣!」

 シュウユの体が赤い光を放った.瞬時,彼の体は加速して剣の颶風がフレイドを襲う.片手剣の超連続攻撃が,ほぼ360度からフレイドを襲った.

 攻撃が終了し,シュウユはフレイドの背後に通り抜けていた.肩で息をし,額には汗が浮いている.対するフレイドは静かに剣を構えているだけだった.

 

 「無念……」

 シュウユはがっくりと膝をついた.

 「わが剣,届かずか……お主……名は……」

 「ただのフレイドだ」

 「ふ,フレイド……既生瑜,何生亮(天は瑜を生まれさせながら,何故諸葛亮孔明まで生まれさせたのか)……」

 シュウユの必殺技を全てしのぎ切ったフレイドの剣は,最小限の動きで的確にシュウユの心臓を貫いていた.

 シュウユは無念そうに歯を食いしばり,細かいピクセルとなってログアウトして行った.

 「強かったぜ,あんた.だが,ランスロット団長の方がもっと強いのさ.技名は,暗殺剣ヨルムンガンド」

 フレイドは,ぽつりとつぶやいた.

 彼の左の頬には,浅い切り傷ができていた.

 

 フレイドはふと振り返った.

 後方では壮絶な戦いが繰り広げられている.

 だが,どの戦士も生き生きとしていた.剣の王国,ノルトランドを選んだプレーヤーが真に望んだ戦いだったのだ.数名,残念だが地に倒れて眠っている.遊び人の魅了の魔法に負けた騎士達である.

 

 「ふふん」

 フレイドは再び歩みを進め始めた.

 前の方には逃げそこない,腰を抜かしたアキトとアズサが座ったまま後ずさりしている.

  どうも調子が抜ける.やっぱりこいつらも一応戦闘員だ.この後突入させるNPCを眠らされたら面倒くさい.こんな弱い奴も一応殺さなきゃいけないのか.

 ふと,シノノメの顔が脳裏に浮かんだ.彼女ならきっと殺す以外のいい方法を知っているのだろう.だが,自分にはこれしかない.

 フレイドは剣を振りかぶった.

 

 「あわわわわ!」

 「助けて!」

 アキトとアズサが二人で抱き合い,震え上がる.犬と狐,それぞれの尻尾と耳までピンと立ちあがって震えている.


 「待ったぁ!」

 

 身長百七十センチ,体重八十キロ.

 両の腕に鋼鉄の手甲をつけた戦士が突然乱入し,フレイドの剣を受け止めた.

 逞しい肩に,厚い胸板,そして豊かなバスト.

 東洋風の法衣――僧服に身を包んだ,お下げの戦士.


 フレイドは呆気にとられた.

 個性の王国,素明羅にはこんな奴までいるのか……?

 しかし,実力は本物だ.フレイドの豪剣を真剣白刃取りにとらえ,びくとも動かない.なんというパワーだろう.粘りのある日本刀ならともかく,自分の西洋剣なら捻り折られてしまいそうだ.


 「この勝負待った! あんた,どうせ剣の戦いがしたいんだろ? この二人なんて戦力外さね.見逃してやっておくれ」


 「団長!」

 「ギルマス!」

 「あんた達,情けない声を出すんじゃないよ!」

 「団長,息子さんの受験は?」

 「馬鹿,あたしがここにいるってことは,うまく行ったに決まってるだろ!」

 「合格,おめでとうござーす!」

 「コングラッツ!」


 「あ,あなたは?」

 フレイドはすっかり毒気を抜かれてしまった.


 「主婦ギルド,マンマ・ミーア団長,ミーアってもんだ」

 

 お,女の人だったのか……という心の声が口から洩れそうになり,フレイドはかろうじて飲み込んだ.


 「あんた,シノちゃんの知り合いだろ? こいつらも,シノちゃんもうちのギルドの団員なんだ.今からこいつらは連れて行くから,御免よ!」


 「シノちゃん……あ,シノノメさんって,主婦ギルドなんですね……」

 「だって,主婦だもの!」


 ミーアは素早いバックステップで剣の間合いを離れ,アキトとアズサの首根っこをひっつかむと,そのまま猛ダッシュで本陣の方向に向かって走り去って行った.犬人と狐人はさながら拾われた子犬である.


 「何だったんだ,あれは……」

 しばし去っていくミーアを見送っていたフレイドだったが,次の瞬間,再び表情が険しくなった.

 ゆらり,と土壁の切れ目の陰に立つ影.

 シルエットで二本差しの侍装束と分かる.


 「次は,私が相手だな」

 白銀の髪に鋭い目つき.

 セキシュウだった.

 立っているだけだが,どこにも隙がない.

 どこにでも打ち込めそうで,どこにも打ち込めない.


 「まろばしのセキシュウ殿とお見受けする.いざ,勝負!」


 フレイドの声に応えるように,セキシュウは左手で鯉口を切った.

しばらく11章の間,話のテンポ上連続投稿します.

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