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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第11章 南都攻防戦 死線の戦士たち
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11-3 対決の主婦

 「床掃除セット! 簡単拭くだけお掃除ラララ!!」

 シノノメは体を左に開いてパーシヴァルの突進をかわしながら叫んだ.

 右手に長柄の赤いモップが現れる.

 

 パーシヴァルは大上段からヘルベルトを振り下ろしてきた.斧の刃で叩き切るつもりだ.空気を裂く鋭い音がする.

 シノノメはモップの柄でけら首にそっと触れた.

 弧を描く様に柄の先端を動かすと,大槍は大きく軌道を変えた.

 「う,うおお!」

 パーシヴァルの体が大きく前に泳ぐ.

 そのままモップの先端――ブラシを顔に当てて視界を奪い,さらに腕と槍に柄を絡めて縦回転させた.

 「うわっ!」

 パーシヴァルの巨体は一回転して地面に転がった.

 地響きを立て,甲板が揺れる.

 パーシヴァルは何とか立ちあがろうとしたが,頭を強打していた.兜の中で脳が揺らされてしまったらしく,膝が笑ってまともに立てない.何度も膝をついた.


 「え,ええっ!」

 意外な展開に,グリシャムとアイエルが思わず声を上げた.

シノノメとパーシヴァルの体格差は,ほとんど大人と子供だ.筋骨隆々の巨漢が,微笑を浮かべた少女に投げ飛ばされたのだ.魔法以上に魔法のようだった.


 「セキシュウさんに習った,棒縛りだよ! あれ? 華車はなぐるまっていう技だったっけ? 忘れちゃった」


 琉球古武術の棒術の技であった.

 シノノメの動きは舞を舞うように軽やかで,正中線がぶれない.棒を力強くぶつけあうのは見栄えがするが,それは京劇や殺陣のアクションシーンの話.実際には触れることによって力を受け流し,歩法や体さばきによって相手を倒すのが最も効率的な棒の使い方なのだ.

 特に,槍止めは‘つ’と触れること,という口伝は古流武術の諸流派に口伝としてある.


 「おのれぇ!」

 アルタイルを追っていたはずのもう一人のパーシヴァルが,槍で突いてきた.

シノノメがモップで槍に触れて防御すること,わずかに二度.ほぼすべての攻撃を体捌きだけでかわしていた.空中に飛んだりなど,決してしない.する必要がないのだ.

 わずかな身体操作で,体を左右に開いてかわすのである.傍から見ると,シノノメの姿勢は真っ直ぐに立ったままでクルクル回転しているので,それこそ一人でダンスを踊っているように見える.


 「く,くそっ!」

 想定外の展開に焦ったパーシヴァルの槍がスピードを上げた.

 三段突き,五段突きと加速するが,それでもシノノメには当たらない.


 「突きはね,肩のあたりで動作の起こりが見えやすいんだよ」

 シノノメはモップを離し,倒れ込むように,体を高速で前方に滑らせた.右足の‘膝を抜く’ことにより,地面を蹴らない高速の体移動が可能なのだ.


 「くそっ! せやっ!」

 パーシヴァルの渾身の突きが繰り出された.しかし,力んでいるためにやや大ぶりとなっている.


 あっという間にパーシヴァルの左手の手元にシノノメは移動していた.

 長い髪が揺れ,エプロンが翻る.


 その瞬間,シノノメは左手首を‘そっと’押さえていた.

 差しいれた右手を上に,左手を下に回転させながら,体の向きを前後に入れ替える.合気道でいうところの,‘転換’動作だ.

 パーシヴァルは自分の突きの威力で,甲板に倒れ込んだ.

 ここまで数秒.

 シノノメが手を離したモップは,まだバランスを保って立ったままだった.

 再び手にしたモップを,シノノメはすかさずパーシヴァルの顔にねじ込んだ.


 「ホコリをキャッチしたら逃さないよ! モップの先は毎月リース交換です!」

 パーシヴァルの顔はモップに吸着され,そのまま地面を二転三転,転がった.

 行く先にはいつの間にかモップ専用の据え置き型掃除機が置いてある.

 ブンブンと鈍い音を立てて,パーシヴァルを吸い込もうと待ち構えているのだ.


 「ぐおっ」

 パーシヴァルはモップの毛を顔からむしり取り,自ら後ろに転がって体勢を整えた.肩で息をして,目を大きく見開いている.顔の皮膚の一部が,モップに吸着されて剥がれていた.

 ‘主婦’の‘小娘’がこんなに強いとはまさか想像もしていなかったのだ.しかも,ほとんどの技はアイテムの力ではない.純粋な体術,スキルである.


 「つ……強い……!」

 「シノノメさんって,魔法がなくてもこんなに強かったんだ!」

 グリシャムとアイエルはシノノメの華麗な体さばきに思わず魅入っていた.

 初めて会った時に一度だけ,二人はシノノメの剣(包丁)さばきを見た事がある.あの時は突然現れた謎の少女の割烹着姿に驚かされるばかりだった.

だが,こうして,間近で見るシノノメの動きの切れ,冴えは完全に常人離れしている.

 「VRヴァーチャル・リアリティゲームの天才……」

 月並みだが,そんな言葉が,グリシャムの脳裏に浮かぶ.

 いったい,どのような訓練と才能がこのような動きを可能にするのだろう.

 数ミリ単位の正確なボディ・イメージ,そして内部モデルと呼ばれる‘動作の回路’が脳内に完璧に出来上がっていなければ,出来るはずがない.薬剤師という職業柄,脳神経作用薬の研究会や学会に出席することがあるが,シノノメの脳の情報処理速度,コンピュータで言えばクロック数とでもいうものが,自分たちと全く違うとしか思えなかった.


 「チャンスだ! 二人とも,見とれてないで複合攻撃しろ!」

 アルタイルは言いながら矢を放った.


 「ぐわっ!」

 先に倒された方のパーシヴァルがよろめきながら分身の援護に回ろうとしていたのだ.見事アルタイルの矢は膝裏を貫いた.

 二の矢,三の矢がアイエルのクロスボウからも放たれる.

 二本目がアキレス腱に命中した.

 両脚を負傷した一人目のパーシヴァルは歩けなくなった.

 

 モップで顔の皮膚をちぎられた方が,ようやく息を整えて駆け寄った.大槍を振り回し,さらなる攻撃から自らの分身を守った.

 すでに華麗にかわす余裕はない.

 甲冑の装甲部分を四人に向け,必死の防戦態勢だ.見栄をきって上げていた兜のバイザーを下ろしての完全防備である.

 

 「くそうっ! ……俺としたことが,完全に油断した……」


 「あなた,ぱぁシンバルさんだっけ,二人にならない方がいいよ.二人になると攻撃のパターンは複雑になるけれど,一個一個の技の威力が落ちるし,雑になるもの.一度に二人分の動きを処理するって,左手と右手を別々に動かす様な物なんでしょう?」

 シノノメはモップの先端のゴミ――パーシヴァルの顔の皮膚も含まれているのだが――を掃除機に吸わせながら言った.


 悔しいが,その通りだった.パーシヴァルはかつて,それをランスロットに看破されて,決闘で敗れたのである.いずれにしろ,今や一人の分身は足手まといにしかならない.

 だが,どうするか.一人に戻れば槍の技の精度は上がるし,威力は若干上がるかも知れない.しかし,無傷の方まで脚に受けたダメージを負うことになる.

 いずれにせよ,このままでは勝機はない. 


 パーシヴァルは考えた末,再び一人に戻った.

 矢を受けて伏していた方の姿が薄くなり,消える.

 必死で後方に走り,城館の扉を背にする位置に移動した.

 歩くだけで目がくらむような痛みが足に走る.足さばきはもはや捨てることにした.

 自らが楯,あるいは不動の障害物になる覚悟だ.

 

 ベルトランを,本陣を守る礎石となる.

 そのために,絶対ここは通さない.せめて,一矢報いてやる.

 ……そうだ,こちらの方がスリルが味わえるよな.

 パーシヴァルは心の中で呟いた.

 弁慶じゃないが,倒れるなら敵の矢の雨を浴びて,派手に倒れてやる.それとも,あの主婦の奴を道連れだ.


 自分の倦怠を紛らわせるための戦闘だと,ずっと思い続けていた.

 自分がこんなにノルトランドという組織に忠誠,愛国心を抱いているなんて思ってもみなかった.

 東の主婦シノノメ.奴との戦闘は,とてつもない興奮だ.武器はふざけているが,間違いなく最強の敵だ.


 ヘルムの中で,パーシヴァルの口元にはいつの間にか笑みが浮かんでいた.


 じりじりと四人がパーシヴァルに向かって距離を詰める.

 アルタイルの矢は,バイザーの隙間を狙って顔に照準を向けている.

 アイエルは心臓まで打ちぬける,脇の下だ.もちろん脇をしめて防御されているが,一瞬の隙を突くつもりだ.

 グリシャムはアイエルの後方で杖を構えている.杖の先には再び紫色の鳳仙花の実がなっている.

 シノノメは床を掃除しながら,すたすたと散歩のように歩いてくる.


 パーシヴァルは,彼らの真ん中に立つシノノメに穂先を向けた.

 全身の気とパワーを槍の先端に込める.

 ……俺にはもう一つやることがある.

 痛む左右の膝を曲げ,ぐいっと捻った.

 右足の親指から,足首へ.さらに膝から股関節へ.

 腰椎を辿り,たわむ肋骨を通して肩関節へ.

 足の裏で作られた螺旋の力が徐々に進んでいく.

 肩関節から肘へ.肘から手首へ.

 そして叫んだ.


 「究極奥義! 螺旋大槍独角破トルネードヘルベルト!」

 パーシヴァルは全身の筋肉を螺旋状にうねらせ,もてる力のすべてを込めて槍を投げた.

 全身の筋線維が悲鳴を上げ,ブチブチとちぎれる音がする.

 槍の穂先が巨大なドリルとなり,周囲の大気をかき混ぜて巨大な竜巻となった.

 雷光すら帯びた槍は,衝撃波を伴ってシノノメに突き進んでいった.

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