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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第11章 南都攻防戦 死線の戦士たち
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11-2 大槍のパーシヴァル

 パーシヴァルはゆっくりと四人の敵を睥睨していた.

 弓使いが二人.

 主婦――魔法使いで剣士という、妙な奴.

 魔法使い.

 妙な組み合わせだ.

 槍の穂先を持ち上げ,構えを取る.


 「ここは,通さん」

 パーシヴァルは重々しく言い放った.

 城郭一階部分の守備部隊はほとんど全滅して,城壁の上で倒れている.シノノメが‘洗濯’して‘干して’しまったせいだ.


 「四対一だぞ,道を明け渡した方がいいんじゃないか? それとも,外から援護を呼ぶか?」

 アルタイルは矢をつがえながら言った.


 「ほう? お前,もしかして放浪のアルタイルか.これは何とも,対峙できて光栄だな」

 「ロングレンジ攻撃の出来る人間がここに四人そろっている.常識的に考えればお前が圧倒的に不利だぞ. 四方向からの攻撃に対応できるのか?」

 「ふふん.心配には及ばんよ.この甲冑はオリハルコン.そこらの矢は通さない.そして……」

 パーシヴァルは槍から右手を離し,手を挙げた.左手は油断なく槍を握り,四人に切っ先を向けている.


 グルグルグル……


 不気味で低い唸り声が城館の扉の向こうから聞こえて来た.

 開け放たれた暗い空間の中に,丸い緑色の光が六つ見える.

 ゆっくりそれは外の光の中に姿を現した.


 人狼ワーウルフだった.

 体毛はそれぞれ黒と,銀と,白色である.


 「ノルトランド北部の凶獣,ティンバーウルフの人狼だ.俺の直属の部下でな.俺一人でも十分だが,こいつらにもお前らの肉を味わわせてやってくれ」


 黒い人狼が,牙の生えた口をグニャリと歪めて笑った.手には,モルゲンシュテルン(モーニングスター)と呼ばれる,棘のついた金属球に持ち手がついた武器を持っている.

 銀毛が,三日月刀.

 白毛が,戦槌.

 それぞれ敵の肉を叩きつぶし,食らうための凶器である.強靭な体を持つ人狼にダメージを与えることは容易でない.肉弾戦に持ち込まれれば,容易ならざる相手だ.

 「これで,人数は互角.だが,戦闘力はどうかな?」

 パーシヴァルは不敵に笑う.

 人狼達は,じりじりと間合いを詰めた.

 魔法使い――グリシャムと,ダークエルフ――アイエルにはわずかに動揺が見て取れる.


 「さて,俺の相手は誰がしてくれる?」

 パーシヴァルは自分の前に立つ四人を観察した.

 と,いうよりも選別,見定めとでもいおうか.

 もう少し近づけばステイタスが見られそうだが,その間合いには流石に入って来ない.その代わり,これまでの戦闘で培った鑑定眼を働かせる.


 魔法使い.あっという間に叩き潰せそうだ.

 ダークエルフ.弩(いしゆみ,クロスボウ)は面倒くさい武器だが,見たところ連射式ではない.近接戦闘に持ち込めば体格差で圧倒できるだろう.

 アルタイル.流石だ.動揺せずにぴたりと自分の右目に狙いを付けて放さない.

 もう一人は……エプロンを着た,卒業式風の少女.

 東の主婦か.

 どう見ても戦う格好ではない.

 それにしても,この主婦という奴は妙だ.見た目,ちっとも強そうに見えない.リアルなゲームであるマグナ・スフィアでは,体格と強さは基本的に相関する.もちろん,魔法のスキルが高い小柄な戦士という物はあるにしても,これが東の素明羅最強というのはどういう事だ.

 そもそも,素明羅が今みたいな大国になったのは一年ほど前からだ.もともとは,まとまりのない和風キャラ好きの人間が集まってできた小国だったと思う.

 

 やはり,あいつか.

 最も戦闘の興奮が味わえる敵.

 おそらくは,俺と同様のスリルを味わう事に懸けている,中毒ゲーマー.

 伝説のプレーヤーに勝って,さらに大槍のパーシヴァルの名を上げるのだ.

 

 ――パーシヴァルの中で,’自分の敵’が決定した.


 「参る!」

 巨体とは思えぬ素早さで,パーシヴァルはアルタイルに突進した.

 アルタイルが矢を放つ.

 矢は,まがう事無くパーシヴァルの眼に向かった.

 「ぬう!」

 体をねじり,ギリギリの位置で矢を見切ってかわした.

 次々矢を放つアルタイル.

 恐るべき速射である.しかも,確実にパーシヴァルの鎧の隙間を狙っている.

 顔,脇の下,肘・膝の関節側.

 しかし,パーシヴァルは三メートルの大槍を振り回し,全てを払いのけた.そのまま遠心力を利用して,穂先の横についた斧でアルタイルの頭を薙ぐ.

 アルタイルは体を低くしてかわしたが,さらに斧を回転させ,今度は足元を狙った.

 斧の軌跡を飛んでかわしたアルタイルは,飛び上がりざま,前方に回転してパーシヴァルの右わきに飛び込んだ.

 槍の間合いの外である.

 アルタイルは前転して膝立ちになり,さらに弓を構えた.パーシヴァルの脇を狙っているのだ.

 しかし,狙いを察知したパーシヴァルは槍の回転を止め,再び元の構えに戻って脇をしめた.


 「ふふん……やるね」

 アルタイルがニヤリと笑う.自分と同類のプレーヤーであることを,この一合で察したのである.

 「おぬしこそ……」

 パーシヴァルも笑っていた.この興奮こそ,彼を戦闘に駆り立てるものなのだ.


 ***


 自分の上官の襲撃に合わせ,三人の人狼も戦闘を開始していた.


 黒い人狼――シュヴァルツはダークエルフに飛びかかった.

 猛然と突進してくるシュヴァルツにアイエルは矢を放つ.

 矢はシュヴァルツの喉元を狙って飛んでいったが,獣人の俊敏さで首をねじってかわす.

 「ふふっ! これで終いだ!」

 シュヴァルツはモルゲンシュテルンを振りかぶった.

 「メタモルフォス!」

 アイエルの呪文とともに,クロスボウは両刃の剣に姿を変えた.

 「ぬうっ! しまった! マジックアイテムか!」

 振りかぶったせいでガラ空きとなったシュヴァルツの胴を,素早くアイエルは剣で薙いだ.

 「ぐおっ!」

 皮鎧ごと剣が肉を両断する.血液が噴き出したが,頑丈な人狼は崩れた体勢からアイエルの右腕に牙を突きたてて来た.前腕のライトアーマーと,着こみ(鎖帷子)に牙が食い込む.

 「くっ!」

 アイエルの手首にちぎれそうな痛みが走る.

 凄まじい力で地面に引きずり倒されたが,咄嗟に左手に剣を持ち替え,首に突きたてた.

 「ぎゃあっ!」

 シュヴァルツはバラバラのピクセル状になってログアウトした.仕留めたのである.アイエルは荒い息を吐き出しながら,何とか立ち上がった.


 「グリシャム!?」


 慌ててグリシャムの方をアイエルは振り返った.彼女は魔法使いだ.呪文の詠唱に時間をかければ強力な力を発揮できるが,近接戦闘には一番向いていない.

 見ると,グリシャムは銀色の人狼――ズィルバーンに押し倒されていた.ズィルバーンは黄色い牙が並んだ顎を開けてのしかかっている.グリシャムは杖を横にしてつっかい棒にし,何とか牙が届くのをしのいでいたが,泡交じりの涎が顔に垂れそうになっていた.

 「うわーっ! 助けて! キモイ!」

 ガチガチと音を立てて牙が杖に当たる.一応エクレーシアに貰った杖なので,人狼の牙ぐらいで傷がつくことはなかった.


 「今行くから!」

と言っても,右腕がうまく動かない.アイエルは左手で剣を握り,駆けつけようとした.


 「お掃除サイクロン!」

 その時,よく通るシノノメの声が響いた.

 突風が起こる.


 「ぎゃあああああああああああああ!」

 もう一匹の白い人狼――一応彼にもヴァイスという名前があるのだが――が眼を回し,空から真っ逆さまに落ちて来た.

 いつの間に上空に飛ばされていたのか,誰にも分からない.

 ヴァイスの頭はズィルバーンに直撃した.

 高度二十五メートルからの,人狼の頭突き――ダイビング・ヘッドパッドである.

 ヴァイスもズィルバーンも,四肢を痙攣させて失神した.

 慌ててグリシャムはズィルバーンを押しのけ,杖で殴って止めを刺した.

 「エクスプロード!」

 さらに爆発の呪文が炸裂し,二匹の人狼は仲良くログアウトして行った.


 「おお,シノノメさん,この魔法は?」

 「お掃除サイクロン! 吸引力の落ちない,ただ一つの掃除機魔法だよ!」

 

 シノノメは自在に竜巻を起こすことができるのだ.呪文とともに巻き起こる十六個の竜巻が,取り囲んだ対象物を虚空に吸い上げてしまう.ちなみに,いつもは吸い上げたままなので,敵がどこに落ちたかシノノメにも分からない.


 「アイエル,回復しなきゃ! 万能樹の杖,癒しの光!」

 グリシャムが杖でアイエルの右腕を撫でると,薄緑色の光が宿り,右手が再び動くようになった.

 シノノメはアイテムボックスから水筒を出し,回復ポーションを飲んでMPを補給した.シノノメはいちいち小瓶に入ったポーションなど,ガラスが割れたらいけないと言って持たない.ちょっと頬が赤くなるので,酒を飲んでいるように見えた.

 「丸玉梅酒味のポーションは,効くなあ. これじゃあ,キッチンドリンカーみたいだね」

 「あ,それ,私も味見してみたいかも」

 酒に目がないグリシャムも,少し分けてもらった.

 「あ,これは,まったりとしていて甘すぎず,後味爽やか,良いお酒ですね.アリだと思います」

 三人を見ているとほのぼのまったり,横でアルタイルとパーシヴァルが死闘を繰り広げているとは思えない.


 「おーい,アル,こっちは終わったよ! そちらはまかせて先に行ってもいい?」

 「馬鹿,じゃあ,こっちも手伝え!」

 「え? まだ終わらないの?」


 見ると,アルタイルは城壁を走り,地面に転がって槍をかわしながら矢を放ち続けていた.ちなみに彼の矢筒はマジックアイテムなので,外れた矢はすべて自動的に回収される.

 対するパーシヴァルは,とにかく動きが早い.巨漢とは思えない.大槍の先端の速さは残像を残すほどである.

 また,槍の動きは極めて巧みで繊細であった.ヘルベルトの先端の斧と鉤を,日本の宝蔵院流の十文字鎌槍に似た使い方――引っかけたり,斬り裂く使い方――をすると思えば,中国の槍法でいうところの纏絲勁――捻りながら螺旋軌道を描いて突きだすこと――により,ドリルのような使い方をする.

 単純に,叩き伏せる,突くというだけではなかった.

 変幻自在,生き物のような動きをする.

 特に槍先が一定の速度を超えると特殊スキルが発動するらしく――いわゆる必殺技であるが――,壁や甲板までもぶち抜いていた.


 「こいつ,流石に四天王というだけあって,タダの木偶の坊じゃないぞ! 強い!」


 パーシヴァルはにやり,と笑った.

 「俺は相手が四人同時でも構わないが?」


 「じゃあ,お言葉に甘えて!」

 アイエルは早速治った右手でクロスボウを構え,顔めがけて矢を放った.速射で二連発.合図したかのようにアルタイルもほぼ同時に矢を脇の下めがけて放った.

 「万能樹の杖,爆裂鳳仙花!」

 グリシャムの杖に紫色の花が咲き,さらに花弁が散って実ができたかと思うと,はじけて無数の弾丸――種がパーシヴァルに向かって降り注いだ.さながら,散弾銃である.

 別方向からの長距離攻撃.これは,どんなに凄腕の槍使いと言えど,苦手とする攻撃パターンの筈であった.


 カイン!

 高い音がして,三本の矢は全て弾き飛ばされた.

 一本は右手で.

 二本目も,右手で.

 三本目は,左手で.

 グリシャムの放った無数の種は‘二本の’槍の回転で吹き消されてしまった.


 「そんな馬鹿な!」

 全員が,一斉に声を上げた.

 そこに立っていたのは,背中合わせで二人になったパーシヴァルだった.


 「ユニークスキル,ドッペルゲンガー.槍法だけで,ここまでのし上がって来れたと思っているのか? この姿を見て生き延びたのはランスロットだけだ」

 二人の口が同時に開き,同じ言葉を発する.

 二人は同じ笑みを浮かべ,同じ巨大な槍を構えた.


 「さあ,来い.来ぬなら,こちらから行くぞ!」

 二人のパーシヴァルは二本の大槍を風車のように回転させ,四人に迫った.

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