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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第11章 南都攻防戦 死線の戦士たち
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11-1 倦怠の戦士

 駿介は、ある意味純粋なゲームプレーヤーだ。


 彼は、熱烈なマグナ・スフィアのファンであり、バトル系ゲームを愛している。しかし、アメリア大陸での機械戦闘――銃から、化学兵器・細菌兵器まで使う戦いには参加していない。何故かというと、アメリアでの戦いは装備が課金によりかなり左右されるからだ。

 もちろん、戦略やアイデア、訓練により習熟すればそれなりの成績は上げられるのだろうが、それではどうにもならない現状がある。


 単純に言えば、金がない。

 ユーラネシア、特にノルトランドの戦いは違う。

 もちろん若干の運不運はあるが、より訓練し鍛えた者こそが勝者となる。

 

 ベルトランとランスロットは憧れの存在だ。

 腕だけで数千万のプレーヤーの頂点に立っているのだから。

 自分もその軍隊の中で、今や四天王,大槍たいそうのパーシヴァルと呼ばれる猛者である。


 現実世界では、普通の会社に勤め、毎日普通の日常が過ぎていく。


 日本人の人口は減ったが、中国で内戦が勃発してから難民が増えた。昔ほどではないというが、通勤ラッシュはあるし残業もある。


 VRMMO、特にマグナ・スフィアはそんな日常を忘れさせてくれる娯楽だ。

 円安で海外旅行に行くほどの金もない。旅行に行くほどの暇もない。

 月々の使用料と加入料、VRMMOマシンのローンだけで楽しめる。

 だが、娯楽というには少々入り込みすぎかもしれない。

 今や、ベルトランに心酔している。

 ユーラネシア大陸を統一する覇道の皇帝。ゴブリンやオーク相手じゃない、本当の戦争に参加できるのだ。


 死ぬことのない戦争ゲームとは、とんでもない娯楽なのではないか?

 わざわざ山の中にこもって、シューティングゲームをする奴だっているのだ。 剣道だって突き詰めれば切り殺し合いのシミュレーションの筈だ。


 ベルトランの理想。

 現実世界の戦争を全てマグナ・スフィアで代行させ、現実の戦争を無くすという。

 面白い。

 それが本当にできるかはわからない。

 ただ、舌の奥がひりひりするような、心臓が締め付けられるようなこの興奮は、ゲームの中にしかないのだ。


 国民健康保険が使える老人達は、半ば国策で筋肉内にマイクロチップを埋め込んでいる.脳からの信号が筋肉内に伝達され,筋電位――筋肉を刺激して動かす電気を増幅させる.筋収縮を活発にして筋力を増大させるシステムだ.さらに,昔でいうところのロボットスーツ――筋力増強服をアンダーシャツに着る老人もいる.駿介の周りにいる,現役で働く八十歳や九十歳の同僚達である。

 彼らは一旦退職した後に再就職するので、給料が自分より高いわけではないが、年上なのでやりにくい。

 勤労老人は基本的に認知症がない――というか、体を活発に動けることこそがサルコペニア(進行性全身性骨格筋量低下症候群)を予防し、脳の委縮を予防するのだそうだが――が、動作のテンポはやはりスロモーで、彼らがいると職場は緩慢で温和な雰囲気になる。

 平和は確かにいいことだ。

 彼女もいる。安定した収入もある。

 だが、ふわふわした現実は真綿の中を生きるようで、逆に現実感がないのだ。

 充足感がない。


 しかし、思う。

 これから二十年、三十年、ずっとこの平和な、倦怠感に満ちた緩慢な世界が続いていくのか?

 永遠に続く平穏。平凡。

 退屈というほどではないが、平穏に倦んでいる。

 現実の生活の中で,学生時代に陸上部の大会で感じた興奮に勝る高揚すら得られることがない。

 だからといって,現在の生活を捨て,本当の戦争に身を投じることもできない.


 そう考えると、行き場のない暗黒に道が続いていくような不安が込み上げてくる。

 これでいいのか。

 それは望むべくもないのだが、特別な自分であることを渇望する。

 いつか何か、誰かが世界を変えてくれるのか。

 誰も教えてくれない。

 分からない。

 もしかしたら,ベルトランが変えてくれるのだろうか。

 少なくとも、彼について行けば戦闘の興奮は楽しめる。


 ノルトランドで大量の銃が生産されるようになった。

 強い軍隊を目指すのであれば、そして世界を変えるのであれば、当然の装備であり変革だろう。

 しかし、槍使いとしての自分のアイデンティティはどこに行くのだろう。

 銃――特に今後改良が進んで、連射式の銃が軍事兵器として普及すれば、槍や弓は一気に廃れていくかもしれない。

 折角ここまでスキルを磨き、上り詰めたこの地位はどうなるのか?

 マグナ・スフィアの世界の中でもそんな不安が胸をよぎる。


 だから、考えることをやめた。

 今は、ただこの戦いの興奮に酔いしれていればいい。

 この陶酔が覚めた時どうなるのか――それは考えない。


 戦いの相手はふざけたことに主婦だという。

 どうせ安定した旦那の収入をいいことに、暇を持て余してゲームをやっている奴なんだろう。

 まあ、いい。

 力の帝国、ひょっとすれば最後になるかもしれないこの俺、最後の戦士が引導を渡してやろう。

 ただ、戦いに没入したい。そのためには,ノルトランドの勝敗も関係ない.

 今だけの、一瞬の快楽と興奮に。

 鉄と血の非日常に浸るのだ。

 俺は戦士だ。


連続更新予定です.

誤字一か所修正しました.(11月14日)

主語修正しています.(11月14日)

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