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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第10章 南都攻防戦 開戦
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10-2 白虎門の攻防

「八時だ.来るぞ」

 シノノメ達を送り出したシュウユは,白虎門近くの鐘楼から遠眼鏡でノルトランド軍を観察していた.

「ならば,そろそろ俺たちも作戦開始だ」

 諸葛孔明よろしく,白羽扇を持ったユグレヒトが,隣で頷く.

「回廊の上から,一旦兵士を全員退避させろ!」

 シュウユが水晶玉に向かって叫びながら鐘楼の階段を駆け下りた.


 ***


 ノルトランド軍はユグレヒトの予想通り,西の主門である白虎門の正面突破を狙っていた.

 先制攻撃を行う部隊は隊列を整え,ヨドン河の向かい,白虎橋の袂に地響きを立てながら集結している.

 ヨドン河の川幅は約五十メートル.

 白虎橋は,幅二十メートルほどの堅牢な石造りである.平時は商人の馬車や旅人の乗り物が往来する南都の大動脈であった.


 主攻撃部隊は魔獣の戦車で構成されている.トリケラトプスの様な四足型の竜は鋼板の鎧で覆われ,背中には鋼鉄の大砲と銃座が取り付けられていた.

 原始的なようで,その実ユーラネシア大陸の実情に合っている.

 キャタピラや車輪よりも,荒れ地に強い.しかも,大気中の魔素濃度のせいで,内燃機関が動作不良を起こしやすいこの大陸では,てっとり早い攻撃兵器の作成方法だった.

 体長十メートル以上ある竜たちが五頭,扇状に横に並んで白虎門に照準をつけている.もちろん,門は魔法で防御力を強化してあるが,一気に破壊し,そのまま橋を渡って突入する作戦だ.

 装甲魔獣,魔獣戦車なら橋を渡るところを狙い撃ちにされても問題ない.

 橋を爆破されるとまずいのだが,それは夜通し橋を見張って工作がないことを確認している.それに,頑強な石橋を爆破するだけの爆薬は素明羅には錬成できない.魔法で攻撃されることは想定済みで,対魔法戦用の魔法使いが控えており,また万が一魔法使いが城門の上に登った場合には,狙い撃ちできるように狙撃部隊が控えていた.

 

 「おかしい.素直に狙いを定めさせる気か? それとも攻撃しても無駄だと思っているのか?」

 ノルトランド前線の将兵,メルロンは首を傾げた.

 彼は魔獣戦車部隊を編成する隊長である.彼自身も指揮を取るために背中にこぶがある,白い四足竜に乗っている.現実世界の軍隊風に言えば,指令戦闘車とでも呼ぶところだろうか.メルロンは当然,第二次大戦中のドイツ国防軍戦車をこよなく愛するプレーヤーである.


 「城兵の姿が見えないな……」


 弓矢での一斉射撃を行えば,少なくとも大砲の準備の邪魔か嫌がらせぐらいにはなるはずだ.

 城壁の上には素明羅のシンボル‘扶桑の木’の旗がはためくばかりで,守りの兵士がいない.もちろんいたところでノルトランドの銃で蜂の巣にされるのが落ちだが,無防備と言えば無防備すぎる.

 城門の中でじっと息を潜めているのだろうか.にしては,八時になる直前の鬨の声,笑い声.戦意は十分と思われたが……


 各部隊の連絡は,NPCは水晶玉で,プレーヤーはメッセンジャーで行っている.

 『フロイド様,どうしますか?』

 メルロンはメッセンジャーを立ち上げ,上官であるフロイドの指示を仰いだ.


 『敵にも何か考えがあるのだろうが,ここは作戦通りいくしかないだろう』

 攻撃部隊でランスロットの副官を務める,フロイドは返事した.


 『了解しました』


 「砲弾装填!」

 メルロンは頷き,魔獣を操る将兵に指示を出す.魔獣の上,銃座に座っている兵士たちは大砲の後端にあるドアを開け,弾丸を装填した.

 ガチン,とドアを閉めてロックする音がする.

 

 「撃ち方始め!」

 

 轟音とともに,一斉射撃が始まった.

 もうもうと黒煙が上がる.

 着弾した白虎門の戸は,緑色の光を放った.魔法防御である.


 「続けて二射目,撃て!」

 再び爆音が響く.魔法防御は連続して攻撃されると必ずしも強くない.

 もうもうとした砂埃が上がる中,メルロンは門の状態を観察した.

 両開き式の門扉がわずかに開いている.かんぬきが壊れたように見えた.


 「しめた!門扉が壊れている! 突入だ!」

 

 メルロンの号令で,角笛が吹き鳴らされる.

 四肢を踏ん張り,大砲の衝撃に耐えていた魔獣たちは,戦槌で思い切り尻と尾を叩かれ,進撃を開始した.


 「ぶおおおおおおおん!」

 竜が吠える.


 「続け! 歩兵部隊!」

 「進軍! 進軍!」


 とはいえ,橋は竜達には狭すぎる.一匹ずつ並んで橋を進んでいった.その脇を固めて銃を持った歩兵が進み,その後ろを騎馬が続く.

 

 「うおおおおおおおお!」

 先鋒が鬨の声を上げ,石橋を突進した.

 先頭の双角の竜は,比較的足が速い.唸りを上げて砂煙の中,門に体当たりした.

 

 ガシャーン!

 ビリビリと空気が振動する.城塞都市の城壁全体が震えているように感じる.わずかに開いた隙間を押し広げるように,門の中に竜は頭と前足をねじ込んだ.


 どん.

 「ギャアアアアアアアアン!!」


 大きな鈍い音がしたかと思うと,突っ込んだ竜は絶叫して巨大な悲鳴を上げ,いきなり門の前に倒れた.


 「うわぁ!」

 先頭を走っていた兵士が慌てて止まろうとするが,次から次に後ろからやって来る兵士に押されて,橋から転げ落ちた.何人かは竜の下敷きになった.


 竜は体につけられた装甲と大砲が邪魔になって,自力で起き上がれない.前足が大きく折れ曲がっており,骨折しているようだ.殺されたのならば,魔石になって消えるのかもしれないが,生きたままジタバタともがく巨大な生き物は,橋の上で進軍を阻む厄介な障害物になってしまった.


 「竜には哀れだが,しばらくここで寝ていてもらおうか」

 土煙が少しずつ晴れていく.煙の中にゆらりと動く人影が見えた.男は和服姿で,袴を穿いているようである.


 「馬鹿もの! 構え筒のまま,二頭目,ヤークトティーガーを進めよ!」

 

 二番目に続く緑色の甲皮を持った竜は頑丈で大きかったが,歩みが遅い.

 竜に隠れながら進軍する兵士たちは,崩れた隊列を整えようとしたが,何分狭すぎる.ともすれば端の方の兵士は川の中に転落してしまいそうだ.

 「押すな,押すな!」

 そう言っている矢先,五人ほどが川の中に落ちた.大きな水音がする.


 兵士達が何とか隊列を整えた頃には砂煙はおさまって来ていた.しかし,銃の照準が向かう先には巨大な竜が背中を向けてもがいている.

 門はその向こうでわずかに開いているらしいが,上端が少し見えるだけである.

 「何を狙えばいいんだ……?」

 銃の一斉射撃では,今倒れている竜を殺す威力などない.

 「メルロン様! いかが致しましょうか!?」

 「むう,……草竜ヤークトティーガーで,角竜ブルムベアを川に押し出すか……それとも,そうだ,いっそ大砲で殺してしまうか?」


 「そうだな,それしかないが,それは困るな」


 メルロンは振り向いた.いつの間にか銀髪に鉢金をつけ,和服を着た二本差しの武士が竜の腰の上に座っている.メルロンが座っているのは,白い竜のこぶの上に設けた鞍だが,不安定この上ない.にもかかわらず,男はものともせずに正座しているのだ.

 「お,お前は!?」


 「御免!」

 武士――セキシュウは大刀を抜きざま,一刀のもとにメルロンを切り捨てた.ついでとばかりに,飛び降りながら白竜に斬りつける.白竜はセキシュウの一振りで,白い魔石になって消えた.


 「メルロン様!」

 「貴様,何者だ!」

 バタバタと周りの兵士が集まり,セキシュウに銃を突きつけたが,発砲できない.この距離では同志討ちは必須である.

 隊長を失って次の行動に迷っているほんの数瞬の間に,セキシュウは間合いを詰めた.

 「うわあ!」

 「接近戦だ!剣を抜け!」

 セキシュウはあっという間に兵士達を撫で切りにした.

 兵士達が剣を抜く暇も銃を構える隙も与えない.鎧の隙間に的確に日本刀の刃を差しこみ,致命傷を与えて行く.


 「くそっ! たった一人など!」

 「死ね!」

 五人の剣士が剣を抜いて踊りかかった.彼らはプレーヤーらしく,一般の兵士よりは腕が立つ――剣速も早いのだ.

 しかし,セキシュウはものともしない.一見無造作に刀を振ると,鋭く体を切り裂く音だけが五回した.

 ノルトランドに与したプレーヤーは橋の上に倒れてログアウト――まさに,刀の露のように消えて行った.

 セキシュウの刀は脇の下,大腿の付け根,手首,そして頸動脈など,甲冑で守られた部分を外して斬っていくのだ.さらに,剣の攻撃を刀の峰で受けることもしないので,刃こぼれすることも無い.最も合理的な最小限の動きで,敵を斬り倒して行くのだ.

 剣と剣を合わせない.

 後の先,あるいは先の先,防御と攻撃を一撃で行う,刀による究極のカウンターアタック,‘音無しの剣’である.


 「くそ! 化物か! 構わん!撃て!」

 メルロンの乗っていた白竜の後ろ,四頭目の竜に乗った男は,部隊の副官だった.

 「しかし,ケッテンクラート様! 味方に当たります!」

 「撃て!」

 とは言え,狭い橋の上で,さらに二頭の竜の間に挟まれた狭い空間である.角度的に狙う事が出来る兵士は三人程度であった.彼らは何とか慌てて銃を構え,セキシュウを狙った.

 「てぇ!」

 銃声が轟いた.

 

 「ふん」

 セキシュウは銃弾の軌跡を避けたばかりか,あっという間に発砲した兵士の横に立っていた.


 「馬鹿な! 銃弾を避けるなんて!」

 驚愕した兵士はあっという間に斬り倒された.勢いで数名川に落ちる.


 「お前達,植芝盛平を知らんのか」

 「うえ……?」

 セキシュウはあっという間に竜の上に場を移している.ケッテンクラートは名前を全部言えないまま,内頸動脈を切断されて絶命し,ログアウトしていった.


 合気道開祖,植芝盛平(故人)は,銃弾で狙われる軌跡が見えたという.『銃弾に先んじて光のつぶてが飛んでくる.その後に遅れて弾丸が飛んでくるので,それを避ければ,弾丸は当たらない』と.


 「人間は鍛えれば,そこまでの境地に到達できるのだ.安易に飛び道具に頼りおって.さて,敵兵の‘撹拌’は,これで十分」


 セキシュウは刀を振って鞘におさめ,悠々と門に戻って行った.

 主を失った竜が二頭と,倒れた竜が一頭橋の上に残された.

 後続の歩兵たちはどうしていいか分からない.指揮系統を失っている上に,命令された橋の突入は出来なくなってしまった.

 

 「くそ!奴を狙え!」

 「無理です,角竜ブルムベアが邪魔になって狙えません!」


 セキシュウが城内に戻ると,壊れたかに見えた門はゆっくりと閉ざされた.

すべては偽装だったのだ.


 「おのれぇ!」

 竜部隊に後続していた騎兵隊の隊長,ルドルフは,歯噛みして悔しがった.

 「竜が邪魔になって,攻撃できないではないか! くっ.一旦下がれ!」

  騎馬隊は狭い橋の上であたふたと向きを変えて後退した.

  魔獣の戦車部隊は狭すぎて向きを変えるどころか,うまく後退ができない.

  のろのろとバックしていると,突然鬨の声が上がった.

  

 「おおおお! 今だ!」

 

 南都の城壁の上に隠れていた兵士達が,一斉に矢の雨を降らせた.

 陰陽師の式神と,魔法使いの降らせる火の玉も落ちてくる.


 橋の上で逃げ遅れた兵士達は矢の餌食になるか,慌てて武器を放り出して川の中に飛び込むしかなかった.


  ***

  

 「よし,一合目はこんなものかな.セキシュウさん,お疲れさまでした.ありがとうございます」

 

 門の中では,ユグレヒトがセキシュウを待っていた.

 セキシュウは汗もかいていない.

 土産に取って来た白い魔石を,近くにいた琉球武士ルーチューブサーの少年に与えた.少年は大喜びだ.

 「ありがとうございます! セキシュウ様!」


 セキシュウは笑みを返した.

 子供たちも参加している.この戦いは負けられない.

 だが,正直’戦争’で人を斬るのは嫌なものだ.それでも,自分の中で割り切るしかない.彼の笑みはすぐに消え,ため息に変わった.

 

 城壁の上ではシュウユの指揮で弓兵が矢を放ち続けている.これも,石橋の上の部隊を掃討すれば一旦下げる予定である.

 寡兵の素明羅である.銃で狙撃されればひとたまりもない.少しずつ敵の勢力を削り,シノノメの突入を援護するのだ.


 「これでしばらくの間,時間稼ぎになります.まろばしのセキシュウ,流石の技です」


 「何,ユグレヒト君,技というほどの物ではないよ.しかし,竜が哀れだぞ.足を折られたまま橋の上に置いておかれるのは」

 セキシュウの気にするところは微妙に違っていた.こんな所も流石,天然娘シノノメの師匠と言えるのかもしれない.


 「まさか,蹴りの一撃で竜の足を折るなんて,思ってもいなかったんですよ.しかも,失礼ですが,あんな地味な低い下段蹴りで」


 「あれは斧刃脚だ.そもそも足底で敵の脛や膝を踏み折る技だ.みんな大体派手な高い蹴りばかり出しすぎなのだ.中国拳法でも古流の空手でも,実戦派と言われる流派の基本の蹴りは,低い前蹴りか横蹴りだ.

 徒手格闘技として,ムエタイやキックボクシングは疑う事なく実戦的だが,武器を相手にした戦闘を考えた時に金的を敵にさらすのは危険すぎる.少林寺拳法は金的をガードしながら高い蹴りを放つが,CQBと呼ばれる軍隊格闘技で想定しているのは,主に前蹴りだ.

 昔の古い空手家は,蹴りは帯から下と言ったものだ.つかめば蹴れ,掴まれれば蹴れ,ともな.近接戦闘で使う前蹴りこそ威力を発揮する.テコンドーの蹴り技は派手で見栄えはするが,実戦で使うとなると,自分の体重を乗せて蹴ることができる,こういった蹴りこそ有効だ」


 ユグレヒトが軍事マニアなら,セキシュウは武術オタク.セキシュウも武術に関しては一家言あるので,こんな話をすると止まらないのだった.


 「……ええっと,分かりました」

 少し話題の振り方を間違えたと反省するユグレヒトだった.

 

 「どうやら次が来るようです」

 ユグレヒトが水晶玉を取りだし,空を見上げた.

 南都の街で一番高い尖塔に,物見の兵士を配備してある.その兵士から連絡が入ったのだ.

 『接近する,飛行物体あり』と.


 セキシュウもユグレヒトの視線を追い,空の彼方を睨む.

 「あれか」


 落花生ほどの大きさのものが雲を追い越し,近づいてくる.

 「……敵は,五隻です」

 装甲飛行船団だった.高密度の魔素を気球に詰め,それに装甲を施した空中戦艦である.

 「やはり,ですね.では,手はず通りにウェスティニアの五大の魔女に協力を依頼します.ただ,その間……」

 「そうだな,同時に城門突破を狙うだろう.レベルの高い剣士なら,あの竜を殺すことができる.障害物を除けて,必ずもう一度城門に迫ってくる.波状攻撃でな」

 ユグレヒトは頷いた.

 「俺も急いで所定の位置につきます.ここは,セキシュウさんたちにお願いします.すべては手筈通りに……」

 「分かった」


 まだ戦いは序盤なのだ.

 長い一日が始まった.

次はシノノメサイドに続きます.

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