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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第10章 南都攻防戦 開戦
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10-1 開戦

 二〇五〇年X月XX日、午前七時。


 VRMMORPGマグナ・スフィアには五千万人以上のユーザーが参加している。今回の大規模な戦争は現実世界の、一般のニュースでも報道されていた。

 今後のマグナ・スフィアのあり方、去就を決める決戦である。半年以内にゲームシステムをハード込みで海外に販売していく方針の政府も、協賛する各企業も注目している。

 サマエルシステムの真実など、誰知ることはない。

 実際に戦闘を行うプレーヤーに、ゲームの行く末を託す戦いをさせるという、斬新な試みに、ただ世間は無責任な興味を向けるだけであった。


 ノルトランドと素明羅スメラのどちらが勝つか、ゲーム関連の電子掲示板では憶測が飛び交い、また賭博の対象にもなっていた。

 政府公認のブックメーカーや、VRMMOカフェ、スポーツパブなどがパブリックビューイング会場を提供していたが、どこの会場も多くの人が集まっていた。

 個々の戦士、特にシノノメの勝敗も賭けの対象になっている。

 ノルトランド王ベルトランとの直接対決はあり得るのか。

 しかし、素明羅とシノノメの勝利に賭ける者は少なく、オッズ比は100倍近くである。

 かたや最強の騎士を要する軍事大国と、職業ジョブ‘主婦’が最強戦士という平和な文化の国。客観的に見て、勝負にもならない、というのが大方の予想であった。

 

 ***


 開戦三十分前,シノノメ達は素明羅軍本陣に集合していた.

 シノノメとともに敵本陣の突入部隊として選ばれたのは,アイエルとグリシャムだった.


 シノノメは編み上げブーツを履き,桜模様の振り袖に小豆色の袴を着け,和柄の紐でたすき掛けにしていた.ハーフアップの髪型で,これだけなら明治・大正の女学生がこれから薙刀の練習を始めるところ,といった出で立ちなのだが,その上に白いエプロンをつけているので,大正浪漫の珈琲店カッフェーの女給のようだった.

 グリシャムは,深緑色に色は変わったが,いつもの魔法使いの正装をつけ,杖をしまって箒の準備をしている.ホウテン山という山を迂回してベルトランの移動要塞に近づくためだ.

 アイエルは豹頭の飾りがついた黒い柄の剣を腰に差していた.これは実は,彼女のクロスボウが姿を変えたものである.エクレーシアが彼女に与えたクロスボウは,戦いの状況に応じ剣と弓に変化する武器であり,闇魔法と剣の使い手であるダークエルフに適したものだった.


 「セキシュウさんは,行かないの? こういう時は,一番強いメンバーで行かないと」

 シノノメが少し不安そうに尋ねた.


 「それについては,俺たちの間でも意見が分かれたんですよ」

 軍師ユグレヒトが説明する.

 「本陣を急襲する人間が必要とするのは,二つの条件があります.一つは,山地を迂回して後ろに回り込むので,飛べる人間であること.もう一つは,シノノメさんの言う通りで,絶対的に個人の能力が強い――つまりは,レベルが高い者でなければなりません」


 「私は,飛ぶ乗り物や召喚獣を持っていないからね」

 セキシュウが言った.

 「そんなの,グリシャムちゃんの箒に二人乗りすればいいじゃない」

 これを聞いたグリシャムの顔は真っ赤になった.

 しっかりつかまっていてくださいね,セキシュウさん……そう,このまま放さないで.どこまでも飛んでいきましょう……

 脳内に妄想があふれる.


 「いや,それじゃあアイエルさんが移動できません.にゃん丸さんが八咫烏を使えるらしいですが,戦闘力の質が違いますし」

 にゃん丸は忍者なので,暗殺には向いているが突入作戦向きではない.

 グリシャムはユグレヒトの追加説明を聞いてがっかりした.


 「それに,ランスロットを,足止めできるのは私だけだ.南都の門前に,彼らを釘づけにしなければならない.奴がベルトランに合流すれば,強さは何十倍にも跳ね上がるだろう.そうしたら,この作戦は全く意味がない」

 セキシュウがさらに説明を補足する.


 「そうか……でも,女の子三人だよ」

 相手は推定レベル96,一国の王でありかつて最強の騎士だった男.

 さらに,人間を操らんとする狂気の人工知能がついている.

 流石のシノノメも,慎重にならざるを得ない.


 「いえ,他にも手は打ちました.昨夜のうちに別働隊として,にゃん丸さんの忍者部隊が,今頃敵陣深くに潜り込んでるはずです.」


 「それに,私の代りにあいつを呼んでおいた.まったく,いつものこととはいえ,こんな大事な時にまた遅刻するとは,仕方がないな」

 セキシュウが眉をひそめた.


 「遅れて悪いね,忙しいもので!」

 音をたてて本陣の幕を跳ね上げ,若草色の服を着た金髪のエルフが入って来た.

 「よう,シノノメ,来てやったぞ!」


 弓の名手アルタイルだった.

 セキシュウと今は敵となったランスロット,そしてシノノメの,かつてのパーティー仲間である.弓の射程距離・威力,機動力,戦闘力,どれをとっても最強クラスだ.しかも,彼の騎乗する天馬オルフェウスの速度はユーラネシア最速の呼び声が高い.

 ゲームにめったに参加しないため,伝説のプレーヤーとか彷徨のエルフと呼ばれている.長距離攻撃系,エルフを選択したプレーヤーのあこがれの的だ.

 その正体が実は俳優‘日高雅臣’であることを,シノノメはエクレーシア――実はマグナ・スフィアの総管理システム,ソフィア――から知らされたばかりである.


 「うわっ! 私,お会いするのは初めてです! 宜しくお願い致します!」

 アイエルが緊張する.

 「こんにちは! お噂はかねがね伺ってます!」

 グリシャムも慌てて帽子を取って頭を下げたが,アルタイルは挨拶も詫びの言葉もそこそこに,ずかずかとシノノメの前にやって来た.


 「えーっ! アル? アルって,セキシュウさんと違って何か偉そうだし,いっつも,忙しい,忙しい,って言ってすぐいなくなるんだもん.今回も作戦の途中でいなくならないかなあ」

 「お前,こっちは折角来てやったのに! 大丈夫だ,今日一日はオフだから.大体お前,この前助けてやっただろう」

 アルタイルがそう言いながらシノノメの広めのおでこを小突いた.


 伝説のプレーヤーの,予想とは違う尊大な印象に,グリシャムとアイエルは思わずムッとしていた.プレーヤー間の噂から,孤高の戦士というか,冷静沈着で口数少ないクールなキャラクターを二人とも予想していたのだ.もちろん,エルフなのでちゃんと美形ではある.


 「こら,喧嘩はよさないか.もうすぐ時間になるぞ」

 セキシュウがたしなめた.


 「念波放送が入ります」

 通信兵役の呪禁道士が,シュウユに声をかけた.本陣の真ん中に据えられた水晶玉から,陣幕に映像が映しされた.念波中継の水晶玉は,各部隊が通信のために持っており,魔法使いが管理している.


 「皆の者,この度は迷惑をかける」

 素明羅国王だった.もともと心臓に病気を持っているが,一層顔色が悪かった.四大国の盟主の中で唯一,ノルトランドの覇権に異を唱えた王である.横には愛娘,木乃花咲夜コノハナサクヤ姫が寄り添っている.


 「素明羅はもともと平和と礼を愛する国.魔獣や亜人を撃退するための,最低限の武士団しかない.このような大戦の準備は持っていない.ゲートから援軍を送っているが,それでも一万人がやっとじゃ……」


 全員がじっと耳を傾けていた.


 「ウェスティニアやカカルドゥアの様に,恭順の道を選ばなかったのは,わしの我儘かもしれん.しかし,我々にこそ正義があると信じている.最後は,この老体もこの国と運命を共にする覚悟じゃ.すまぬ」


 国王が頭を下げる.

 兵士を奮い立たせる,いわゆる檄文とは違うが,この誠実な王の心からの言葉だった.


 「全員,王陛下に雄叫びを聞かせよ!」

 シュウユが叫んだ.


 彼の命令は水晶球を通じて南都防衛軍全員に伝えられ,南都全市に鬨の声が満ちた.本陣の将軍たちは,水晶玉に向かって頭を深く下げた.双方向通信なので,こちらの様子は国王のところにも届くのだ.


 片手を軽く上げて歓声に応える国王の顔が,わずかにほころんだ.

 が,隣にいたコノハナサクヤ姫が,父王を押しのけ,突然水晶玉に向かって突進してきた.


 「あーっ! シノノメ様! お戻りになられていたんですね! 私,シノノメ様の事が心配で夜も眠れなかったんですのよ! どうして誰も教えてくれなかったの! でも,シノノメ様なら,ノルトランド軍なんて,きっとチャチャッとお料理してしまうに決まってますわ! きゃー,シノノメ様! こっち向いてくださーい!」

 「こ,こら,姫,こんな時によさないか!」

 慌ててサクヤ姫を羽交い絞めにする父王と,慌てふためく大臣達.

 サクヤ姫は東の素明羅最強戦士,シノノメの大ファンなのだ.素明羅国民なら誰でも知っているという,周知の事実である.


 「と,とにかく皆の者,健闘を祈る!」

 プツン,と念波放送は切れた.

 素明羅らしいと言えば素明羅らしい.最後は兵士達の爆笑で包まれた.

 

 ***


 午前七時四十五分.

 アルタイルを先頭に,シノノメ達四人は南都を出発した.

 東の青竜門を密かに出ると,低空飛行してまず南へ.そして,徐々に進路を西に変更しながら移動していくのだ.

 シノノメは空飛び猫ラブ,グリシャムとアイエルは二人で空飛ぶ箒に乗っている.魔法のデッキブラシは,シノノメのMPをかなり削ることが分かったので,最後の決戦に温存しておくために,召喚獣に乗っていくことにしたのである.

森の木を避けながら,低空飛行で進んでいくが,さすがに天馬は早い.ともすればシノノメ達はついていけなくなる.


 『ねえ! 少しはスピードを緩めて,こちらに合わせてよ!』

 シノノメはメッセンジャーでアルタイルに呼びかけた.

 『電撃作戦なんだから,そっちが急げよ』

 『もー,いっつも自分勝手なんだから』


 ラブは召喚獣なので,ある程度敏捷に障害物を自分で避けられる.しかし,魔法の箒を操縦するのはグリシャム自身だ.ポーションはすぐ出せるものをいくつか用意してきたが,グリシャムのMPをあまり消耗させたくない.


 シノノメの頭にあるアイデアがひらめいた.

 メッセンジャーをグループチャットモードに切り替える.出発前にこの四人をグループ登録しておいたので,喋れば全員に伝わる設定である.


 『ねえ,待ってよ,日高さん!』

 『な,何!』

 メッセンジャーのウインドウがビリビリと揺れた.動揺のしるしだ.

 『お前,エクレーシア様から,何を聞いた?』

 『えー,別に.楽屋で携帯端末いじって,エッチな画像見てるとか?』

 『な,何だって!?』


 『ねーねー! アイエル,日高雅臣って,どう思う?』

 『は? 突然どうしたんですか? シノノメさん?』

 『別にー.ただのガールズトーク』


 アルタイルが慌ててスピードを落として近づいてきた.

 ちょうど森が切れた.湖の上だ.ヨドン川の支流が作るセンバ湖である.

 この湖を川沿いに進めば,ホウテン山の裏側に抜ける.

 四人が横並びで,水面の上を進んでいく.

 アルタイルはしきりにシノノメを睨んでいる.


 『日高雅臣ですか? ええ,カッコいいですよね.曲もいいし,エッセイ書いたり,写真撮影もするんですよね.多才だし,ハンサムだし.私の周りにも,ファンが多いですよ』

 『へー,そんなに?』

 『うちの八十のオバアから,姪の小学生までみんな大好きですよ』


 世間一般的な彼の評価ではある.しかし,そうは言っても自分の評判が良くて嬉しいらしい.手で隠してはいるものの,アルタイルの口元はほころんでいた.


 『グリシャムちゃんは?』

 『日高雅臣? あれのどこがカッコいいんですか?』

 『え?』

 ズバリと言い放つグリシャムに,シノノメも目を丸くした.

 なんだかんだ言っても,ハンサムはハンサムだと思っていたシノノメである.


 『あんなチャラい優男,どこがいいんですか? セキシュウさんを見てください.あの包容力,知性.男は渋くないとだめですよ』


 『ひ……日高さんも,もう四十歳過ぎてなかったっけ?』

 日高本人,アルタイルから控えめなコメントが届いた. 


 『そ……そうだよ,実際会ったら,いい人かもしれないよ?』

 グリシャムがあまりに断定的に発言するので,シノノメまで思わずかばってしまった.


 『はははは! 無駄に歳を重ねていますね.どうせ中身は空っぽで,人に会えば威張り散らすような,上から目線の偉そうな男に決まってます! そう,その辺にいるような! 男は質実剛健,プロレスラーの高久さんなんかも素敵だな!』

 グリシャムは澄ました顔で,箒のスピードを上げた.遮蔽物が無くなったので,飛行しやすくなったのだ.明らかにこの言葉は日高雅臣だけでなく……といっても本人なのだが,アルタイルを意識したものだ.知らないとは恐ろしい.


 シノノメも慌ててラブの速度を上げた.

 何故か日高,いやアルタイルが遅れ気味である.


 『無駄に歳を……』

 天馬の上で,がっくりと肩を落としたアルタイル.

 彼の乗馬オルフェウスまで哀しそうにいなないている.乗り手を慰めているようだ.芸能週刊誌にいい加減な悪口を書かれた事はあっても,ここまで痛烈に面罵されたことは今までなかったに違いない.


 『ま,世の中いろいろな人の意見があるからね,元気出してね』

 一応シノノメは慰めてみたが,アルタイルはしばらく落ち込んでいた.


 川沿いにホウテン山を迂回すると,山向こうに黒い鳥のような飛行物体の群れが見えてきた.

 ノルトランド本陣,ベルトランの移動要塞の後方を哨戒する飛龍ワイバーン群である.

 時々甲高い奇声が聞こえる.

 「見えてきた!」


 ノルトランド軍の南都攻略は,おそらく,白虎門への砲撃と,それにつながる石橋への突入から始まるとユグレヒトは読んでいた.

 砲撃の轟音を合図に,シノノメ達も行動開始だ.飛龍の防空部隊を突破して,要塞に飛び移るのだ.

 シノノメの魔法で飛龍を倒すことはたやすいかもしれないが,彼女にはベルトランとヤルダバオートを倒すという大きな仕事がある.極力MPを温存させなければならない.


 「メタモルフォス!」

 アイエルは剣の鞘を叩いて,呪文を唱えた.腰に差していた剣はたちまちクロスボウに変化する.

 グリシャムの肩越しにクロスボウを構えた.カバンから取り出してセットした弾丸は,フレシェット弾.中に小さな矢が沢山詰め込んである.発射されると飛び散って複数の敵を撃破する弾だ.

 緊張で手が震えそうになり,アイエルは唇を咬んだ.

 もう,あんな思いはしない.

 横目で,空飛び猫の上にまたがるシノノメを見る.

 大の虫嫌いにもかかわらず,弟たちのために迷宮攻略に協力してくれたシノノメ.

 その彼女は,自分がほんの少し目を離した隙に,ノルトランドに誘拐されてしまったのだ.ほとんど目の前と言ってもいい.

 悔しかった.

 素明羅の公使一行にまで抜擢してもらったのに,何も恩を返せていない.

 きっと,シノノメはそんな恩義など何も気にしていないに違いない.

 恩人なんて言ったら,きっと笑い飛ばされるだろう.

 この世界で出会った,大事な,大事な,友達だ.

 今度こそ,彼女を守ってみせる.

 そのために,エクレーシアの試練に耐え,おぞましいヴァンパイア達と戦ってこの武器を手に入れたのだ.


 アイエルはクロスボウの照準を先頭の飛龍にピタリと合わせた.

 はるか後方で爆音が聞こえた.

 ゆっくりと人差し指に力を籠め,引き金を引いた.

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