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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第9章 南都攻防戦 開戦前夜
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9-3 主婦のお仕事

 一時間後に,作戦会議を行う.

 シュウユはそう告げると,各部隊への連絡と装備の確認に出かけて行った.

 確かに,これだけの大規模戦闘では各々が勝手に戦うというわけにはいかない.ユグレヒトやセキシュウも,かなり細かい作戦の素案を練っているようだ.

 予定されている戦闘開始は,現実世界で明朝八時前後.

 土曜日の朝に全プレーヤーが結集して,今度はノルトランドの一大攻勢となるだろう.確実に南都陥落を狙ってくるに違いない.


 それまでぽっかりと時間が空いた.

 

 「シノノメさん,どうするの?」

 未だに目がハートになっているグリシャムはさておき,アイエルはシノノメに尋ねた.

 「うん,予定通りだよ. アイエルも,グリシャムちゃんも手伝ってくれる?」

 「え? ええ」

 「何でもしてくれる?」

 「え? それは,まあ,シノノメさんの頼みなら……ほら,グリシャム,あんたも! ええい,色ボケめ!」

 アイエルはグリシャムの頭をつかんで,無理やり頷かせた.

 「オッケーだって」


 シノノメは辺りを見回した.シノノメ帰還のニュースに湧いてはいるものの,兵士たちには疲れが見える.特に,NPC達には疲労が蓄積しているようだった.


 「じゃあ,やっぱりこの辺の広場でやろうか.炊き出しだよ!」

 「炊き出し?」


 シノノメは軽く右手を振った.‘拒絶の指輪’が輝く.

 「フリーゴ!」

 呪文とともに,地面に水面の様な波紋が広がる.中心部から徐々にせり上がって出てきたのは,エルフの森で地下に沈んだ業務用大型冷蔵庫だった.

 中には迎賓館で山のように拵えた料理が満載されている.


 「これ,皆に食べてもらおうと思って作ったんだよ.エルフの森の食材だから,きっと元気が出るよ」

 「あ,それであんなに作ってたんだ! いいアイデアだね!」

 「三人じゃ食べきれないよ.あとは,あっためる準備と,食卓と……」


 近くに破壊された商店があったので,その軒先を借りることにした.ちょうど,上がりがまちが料理を乗せるのにおあつらえ向きだ.

 隣の桶屋に転がっていた桶を逆さまに伏せれば,椅子席もできる.


 「ミリオンセラー!」

 さらにシノノメは人気の書物の様な呪文を唱えた.

 たちまち店の壁に現れる木のドア.

 もちろんその向こうには,隣家があるだけの筈である.


 「何これ?」

 「ワイン,じゃなくってポーションのセラーだよ.年代物もあるかもね」


 アイエルが木のドアを開けると,酒好きのグリシャムも覗きに来た.

 中は薄暗く,ひんやりしている.何百メートルと続く洞窟だった.

 中央の通路を挟んで両脇には木の棚と樽が並んでいる.棚の高さは5メートル以上.現実世界の,トンネルを改造すればこんな風になるのかもしれない.


 「おお,なかなか理想的な保存環境のワイン貯蔵庫カーヴね.オーパス・ワンオーワンに,シャトー・ルパン三世もある」

 「へー? でも,凄い量」

 アイエルはあまり酒に詳しくないので,銘柄はよく分からないが,何千と言うポーションが棚にずらりと並んでいる様子は圧巻だった.


 「いいでしょ? 飲んだらみんな回復するよね.怪我した人も来てもらうんだ」

 「ここまですると,本当のお店みたいですね! いいと思います!」

 

 色ボケしていたグリシャムが,少し元に戻った.

 南都の街は戦争状態で,民間人は疎開していた.周りの商店や食堂は閉鎖され,兵士たちの口に入るものは粗末な兵糧食しかない,とシノノメは予想していたのだった.


 「いいアイデアでしょ! じゃあ,これに着替えて」

 シノノメは,これまたどこからともなく取り出した服を手渡した.

 受け取って少し広げて見たグリシャムとアイエルの顔は,すぐに赤くなった.


 「えーっ!これ着るんですか?」

 「着替えなきゃダメ?」


 「だって,何でもしてくれるって言ったじゃない!」

 「……」

 グリシャムとアイエルは顔を見合わせた.


  ***


 「はーい! 皆さん! 美味しいお食事がありますよ! エルフの森の元気が出る野菜と,熟成ポーションです!」

 ミニスカートにオーバーニーソックス.白いエプロンのメイド姿になったシノノメが兵士たちに呼びかけた.


 「おいしい食事!? ポーション?」

 「主婦さんの料理ですか?」


 兵士たちが集まって来た.素明羅の軍隊は,基本的に日本と中国の戦闘スタイルが多い.和風の甲冑や中国式の鎧を着た者が,わらわらとやって来る.

 プレーヤーの猫人や,ワーウルフ,武士たちも声を聴きつけて近づいてきた.


 「椅子が少ないので,できれば持参でお願いします」

 

 いつの間にか,商家の看板は‘居酒屋東雲屋’に架け替えられている.

 あっという間に押すな押すなの行列が出きた.


 「俺も入っていい?」

 にゃん丸が忍者部隊を連れてやって来た.猫人の忍者部隊,‘日光十勇士’は,南都内に侵入する敵の監視と,寄せ手がやって来た時の後方攪乱を受け持っているのだ.


 「あ,にゃん丸さん.どうぞ,どうぞ.警備ご苦労様」

 「ありがとう,おじゃましまーす……げっ!」

 

 中に入ったにゃん丸は絶句した.

 店の中には,ずらりと大皿に料理が並んでいる.好きな物をとっていいビュッフェ形式で,温めて欲しいものは温めてくれるという.


 「完全に本物のB級居酒屋を開店してるじゃん……」


 「温めは,いかがですか?」

 「温めって……俺は猫舌だからいいけど……げっ!?」


 振り返ると,アイエルがミニスカートのメイド姿で立っていた.

 恥ずかしそうにもじもじしているので,一層愛らしい.


 「その格好……」

 「シノノメさんが群青で,私がワインレッド,グリシャムさんが深緑なんです.三人のイメージカラーなんだって.現実世界でも,めったにスカートなんて履かないので……おかしいですか?」

 「いやっ!その!その!」

 にゃん丸は真っ赤になった.

 「おお,隊長,青春!」

 忍者部隊の副長,六郎がからかう.

 にゃん丸がしどろもどろしている間に,アイエルは別の客のところに行ってしまった.


 「最高……っすよ」

 アイエルが目の前からいなくなって初めて,にゃん丸は言葉を最後まで言えたのだった.


 「だけど,温めなんて,どうするんだろう?……げっ!」

 にゃん丸は三回目の『げ』を発した.


 店の奥に鎮座まします,見覚えのある機械.

 電子レンジである.

 見ると,周りのプレーヤー全員が目を丸くしている.

 

 「はーい,じゃあ温めますねー」

 傍にはやはりミニスカートメイド服姿の,グリシャムがいた.顔は真っ赤であるが,半ばやけくそという感じもする.

 兵士から受け取った皿を,グリシャムは電子レンジの中に収めた.ワット数と温め時間のボタン,スタートボタンを押すと,庫内が明るくなって調理が始まる.

 加温を頼んだ兵士はNPCらしく,不思議そう目でレンジ内を凝視していた.何せ,中世文明の世界である.こんな謎の道具,目にするのは初めてだ.


 電子音が鳴ったので,グリシャムはドアを開けて,湯気を立てる料理の皿を兵士に渡した.手には猫の手型のミトンをはめている.これも大いにグリシャムの好みから外れるところであった.


 「熱いので気を付けてくださいねー」

 「ありがとうございます,魔女様.凄い魔法ですね」


 恭しく受け取るNPCの男の言葉に頷く,同じくNPCの人々.

 開いた口がふさがらないプレーヤー達.


 「あちち,本当に熱々だ! それにしても,不思議なメイドの格好ですね.グリシャム様は主婦様のお姉さまですか?」

 「ははは,ええ,まあ,違いますけど,もうミニスカという歳では」

 ひきつるグリシャムの笑み.


 「えーと,俺もこれ温めて欲しいんだけど」

 一人の武士が麻婆豆腐の入った皿をグリシャムに渡した.

 「あのー,これ,電気はどこから来てるの?」

 武士はプレーヤーらしい.電子レンジの後ろをじろじろ見ていたが,主電源のコードらしきものが見当たらないので,しきりに首をかしげていた.


 「シノノメさんの,主婦魔法なのでさっぱりです」


 「ああ……主婦さんの.でも,よくサマエルシステムが承認したなあ……」


 確かに,言うとおりだ.この点はグリシャムも不思議だった.

 シノノメの魔法はもともとほとんどオリジナルで,他のプレーヤーは真似できない.しかし,それなりの理論と理由づけがあった.

 エルフの女王エクレーシアに会ってからのシノノメの魔法は,魔法を支える理論や,理屈がない.発想から発現までが,完全に飛躍している.

 まさに,魔法らしい魔法と言えばその通りなのだが……

 エクレーシアに一体何を託され,何を話したのだろう.

 この二日間は移動にほとんど費やされ,十分話をすることができなかった.

 三日間現実世界に戻れず,病院に運ばれたユグレヒトのことを思い出した.

 何か危険な使命でなければいいのだけれど.

 巨大な力を渡されるということは,それが必要なほど巨大な敵と戦わなければならないということではないのか.

 グリシャムは少し不安だった.


 客はどんどん増え,店の中にはとても入りきれないので,道にあふれ,自動的にオープンカフェ形式になった.

 料理も減って来たので,シノノメは店先で新しくアイテムを取り出していた.


 「これは,なんでも,アイルランド神話の伝説のお鍋だそうです」

 お鍋,と言うが寸胴にしか見えない.あるいは,給食のバケツである.

 「無限に食べ物を供給してくれる,魔法のお鍋です! トゥ・アサー・デ・ダナーン!」

 お玉で鍋のふちを叩くと,ボコボコと音がして,底からクリームシチューが湧いてきた.

 「おお!」

 どよめく一同.魔法というより,ほとんど食べ物をネタにしたマジックショーである.

 「第一回目は,シチューです! 二回目はおでんをやります! 三回目は豚汁かなあ?」

 

 わいわいと喜びの声が広がる中,シノノメは頭を小突かれた.


 「いたーい!」

 「こら,いつまでやってるんだ.軍議はもう始まってるぞ!」

 「セキシュウさん!」

 シノノメは頭を押さえて殴られた場所をさすった.さすが達人,背後を取られたことに全く気付かなかった.


 「全く,戦闘前にここまでやると,士気が上がるんだか,下がるんだか」

 セキシュウは嬉しそうに苦笑いした.

 だが,これでいいのかもしれない.

 夕暮れに染まり始めた空の下,NPCとプレーヤーが食事を共にし,酒を――ではなく,ポーションだが,酌み交わす.

 ゲームの中の理想郷はかくあるべきではないのか.

 殺伐とした気風のノルトランドとは違う.

 素明羅はもともと多様な文化と個性を大切にするプレーヤーが集まってできた国だ.ゲームを楽しむということにかけては,この国こそが最も本質を突いているのかもしれない.

 だからこそ集団戦闘や軍事作戦が難しいのだが,今回の戦いは言ってみれば,プレーヤーのイデオロギーの戦いである.

 弱肉強食のデスゲームを望むのか,多種多様な価値観の世界を望むのか.今回の戦いはこの世界の行く末を左右するのだ.


 「ごめんなさい,おーい,アイエル,グリシャムちゃん! 会議の時間忘れてた!」


 シノノメの声を聞きつけ,アイエルとグリシャムも慌てて飛んできた.

 戦場とは思えない,ミニスカートのメイド娘が三人そろい,セキシュウの目は点になった.これではどこかのメイドカフェだ.

 

 「きゃあ! セキシュウさん! 見ないでください! この格好は,あくまで一時的な気の迷いで……!」

 グリシャムは真っ赤な顔をさらに真っ赤にして,アイエルの陰に隠れた.

 まさか迎えに来ているのがセキシュウとは思わなかったのだ.


 「いやいや,コホン」

 セキシュウは一つ咳ばらいをした.

 「グリシャムさん,お似合いです.可愛らしいですよ.さ,急ぎましょう.みんなあなた達を待っています」


 「え? 今,可愛いって言いました?」

 きゃー! 年甲斐もなく頑張った甲斐があったかもー!

 舞い上がるグリシャムの手を引き,シノノメとアイエルはセキシュウの後に続いた.


 「主婦さーん,ごちそう様!」

 「ありがとう!」

 「会議頑張って!」


 兵士たちの声に,シノノメは振り返って手を振った.


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