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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第9章 南都攻防戦 開戦前夜
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9-2 集結

 シノノメ達は二日がかりでノルトランド軍の進路を迂回しながら飛行し,素明羅の南西国境から南都に向かっていた.


 南都上空に近づくと,遠くからでも黒煙が立ち上っているのが見える.

 何重もの防衛線はすでに突破され,ノルトランド軍は南都の西縁に迫っていた.

 東洋文明が色濃い素明羅の都市は,西洋式の城塞都市ではない.

 南都は主として中国の城塞都市の構造に,日本の戦国時代の平山城の雰囲気を混ぜたと言えば分かりやすいだろうか.ぐるりと街を囲む城壁の西側から南にかけては大河,ヨドン河があり,天然の掘割となっていた.東と北にはこれをひきこんだ堀があり,特に東側の補給ルートは確保されている.おかげで何とか全方位の包囲戦・籠城戦にはなっていない.後方の兵站線はかろうじて維持されてたが,十万の大軍の前では風前のともしびと言わざるを得なかった.


 ノルトランド軍は川縁に布陣し,西の城門を中心に攻撃計画を立てている.

 アームストロング砲の一斉射撃を受け,城壁はすでに穴だらけである.魔法使いの集団が必死に補強を行っていた.

 

 また,もう一つの問題は制空権だった.

 ノルトランドには多数の飛龍ワイバーン部隊がある.

 さらに,飛行戦艦とでもいうべき装甲気球まで繰り出しており,これを迎撃するのが厄介だった.

 南都の素明羅軍は,空と陸,二方向の攻撃に対抗しなければならない.

 ユーラネシア大陸の軍隊は,基本的に中世の陸上戦闘を主目的として構成されている.弓矢と魔法で五百年未来の軍隊と戦わなければならないのだ.まさに,前代未聞の戦闘であった.


 シノノメ達三人が南都に近づいて行った時は,若干戦闘が落ち着いた時だった.夕方の時間を選んだのだ.プレーヤーが食事のためにログアウトすることを計算したのが正解だったらしい.

 ノルトランドの進行ルートを大きく迂回して,回り込みながら箒とデッキブラシの高度を下げ,南都に近づいて行った.


 城壁の上の兵士たちが,反射的に弓を構えた.この時間に集団で防戦に備えているので,雰囲気からしても多分NPCの素明羅軍人に違いない.


「どうします? 敵と間違えて攻撃されちゃうかも」

 グリシャムが片手で杖を構えた.

「魔法でバリヤーを張って近づく?」

「おーい!」

 グリシャム達の心配をよそに,シノノメはいきなり手を振った.


「あっ!」

 兵士たちはすぐにシノノメに気が付いた.

 空気読まない大胆登場,シノノメらしいと言えばシノノメらしい.

 確かに,こんな敵兵はあり得ない.


「主婦殿だ!」

「うおおお! 主婦様が来てくれた!」

「主婦殿!」

「主婦様爆誕!」

「シュッフさーん!」

「御来光!」

「ありがたやー!」

 兵士たちは弓を降ろして一斉に手を振りかえした.

 毎度のリアクションである.

 いつまでたってもシノノメの名前は覚えてもらえないのかもしれない.


「むーん.シノノメだっていつも言っているのに」

 シノノメは歓声を上げる兵士たちを尻目に,南都の中央部にデッキブラシの先を向けた.

 基本的な街の構造は中国の故宮や平安京・平城京に似て,政庁の建物が最北部に配置され,街路は碁盤の目式である.

 東西には門に続く広々とした大通りがあり,町の中心――大通りの交差点にはモンゴルのパオに似たテントが建てられていた.テントの中央には幕で仕切られた本陣がある.これが作戦本部であった.

 街のあちこちから黒煙が上がっていた.飛龍が爆弾を投下して行ったのだ.


「あそこの,中心部に降りるよ」

 三人は立ち並ぶテントのはずれに降り立った.

 テントの設営や馬の世話を投げ出して,兵士たちが集まってきた.


「主婦さんだ!」

「主婦様! おかえりなさい!」

「しゅっふー!」


 観客だか野次馬だかわからない兵士たちに囲まれ,シノノメとグリシャムが,それぞれのアイテムボックスに箒とデッキブラシをしまっていると,見知った人物が走ってきた.


 「シノノメ殿,グリシャム殿,アイエル殿!」

 ワータイガーのカゲトラだ.

 日本式の鎧に身を包み,ガシャガシャと音を立てている.

 久々にモフモフの黄色い手を見つけたシノノメは,早速握手した.

 「こんにちは,カゲトラさん」

 「本当に……よくぞご無事で!」

 虎の顔に似合わず,目には涙を浮かべていた.

 「心配かけたね,ごめんね」

 シノノメは自分の二倍近い体のカゲトラを抱きしめた.

 

 「あ,いいなー 主婦さんハグ……」

 「おれもモフモフ獣人になればよかったかな……」


 何やら周りを囲む兵士たちからそんな声が聞こえたが,シノノメはカゲトラの鎧の隙間,背中や脇の下もモフモフした感触なのを確認していた.カゲトラは,おんおんと泣いている.

 「それで,他のみんなは?」

 「うむ,グスッ.こちらにお越しください」

 カゲトラに案内され,本陣の幕屋に入った.


 「おお! 主婦殿!」

 長髪の黒髪を後ろで束ねた男が床机から立ち上がった.

 中国風の甲冑をつけた,なかなかの美形である.

 「初めまして,南都防衛軍を預かります,シュウユです」


 「醤油みたいな名前だね,こんにちは,シューユさん」


 シュウユの顔は若干引きつっていた.

 当然,彼は三国志の名将‘美周郎’,周瑜をイメージして名前を決めたのだろうが,歴史ものには興味の欠片もないシノノメには分からない.マグナ・スフィアで漢字の名前が付けられるのは,猫人族だけなのだ.

 

 「こら,シノノメ,失礼だぞ」

 そう言って声をかけて来たのは,幕屋の端に控えていたセキシュウだった.


 「あ! セキシュウさん.こんにち……」

 シノノメが全部言い終わるより先にダッシュしたグリシャムは,セキシュウと握手を交わしていた.


 「あ,ああ,グリシャムさん.シノノメが大変お世話になりました」

 「いいえ,セキシュウさんとまたお会いできて光栄ですわ」

 

 グリシャムは上目使いで頬を染め,しきりに髪を触りながらも,セキシュウの手を離さない.

 若干引き気味のセキシュウと握手するグリシャムを,呆れながら見ていたアイエルだったが,幕屋の奥にいる人物に気付いて驚いた.


 黒い着流しに白く染め抜かれた五芒星.髷を結って眼鏡をかけたその人物は,ゆっくり近づいてきた.

 「あー! シノノメさん!」

 アイエルが指差す.

 男は二人の前で立ち止まり,頭を下げた.

 「シノノメさん,ありがとうございました.危うく命を落とすところでした」

 「誰だっけ?」

 「ふふふ……相変わらずですね」

 男は少し落胆したような,それでいてその反応を楽しんでいるような微苦笑を浮かべた.

 「ユグレヒト,改めユウグレヒト左衛門之丞とでも名乗りましょうか」

 「おお! ユーグレナさん! 和風の格好してるから,全然わからなかったよ!」

 またまた植物プランクトンの名前と勘違いしているシノノメだった.


 「体を治した後,一昨日再ログインしました.素明羅に転生というか,亡命させてもらって作戦参謀を志願したのです.新たなジョブは軍師,サブジョブ陰陽師.渋いでしょう,山本勘助を狙う感じですよ.竹中半兵衛,黒田如水,はたまた鬼一法眼,果心居士……ふふふ.」

 軍略マニアのユグレヒトとしては,新しいキャラづくりが楽しいらしい.戦国時代の軍師のイメージなのだろうか.


 「かんすけ? はんべえ? 分かんない.ごめんね,私,歴女じゃないし,選択科目は地理だったので!」

 シノノメが力強く言ったので,ユグレヒトは少し肩を落とした.

 アイエルが横で見て,クスクス笑っている.


 「土方歳三の方が良かったかな……」

 「あ,その人知ってる! でも,写真見たことあるけど,タイプじゃない!」

 さすがにこれには,横で聞いていたシュウユまで忍び笑いをしていた.


 「わあ,お帰りなさい! シノノメさん!」

 「シノノメ!」

 「アイエル,グリシャム!」

 「僕の愛するカワイ子ちゃんたち! 永遠の愛を贈るよ!」


 幕屋に次から次へと人が入って来た.忍者にゃん丸に武士たち,何と遊び人の二人組アキトとアズサまでいる.


 西留久宇土シルクート砦攻防戦の英雄,シノノメが参戦してきた.

 この喜ばしい情報は瞬く間に南都の市内に駆け巡っていたのだ.

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