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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第9章 南都攻防戦 開戦前夜
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9-1 引きこもりの王

和彦は、ゆっくり目を開けた。

 ヘッドギア型VRMMOマシンを頭から外し、部屋の中を見る。

もう昼間だが、遮光カーテンと窓を塞ぐ本棚のせいで、部屋の中は冬の夕方の様に暗い。

布団を這い出して椅子に座り、机の上のPCの電源を入れた。

PC用のアプリケーション、マグナ・スフィア・ヴィジョンでは,テレビの様に異世界の様子を見ることができる。公開されている物のみだが、個別のユーザーの戦いから地図、またIDを入力すれば、現在のステイタスから装備の一覧も見られるのだ。

タッチパネルディスプレイのボタンに触ると、現在のユーラネシア大陸の俯瞰図が現れる。

ノルトランド軍の侵攻状況と、勢力圏内に入った地域を見る。

北極圏に程近い領域から、内陸部、そして東へと。小国連合を併呑し、素明羅の領土を切り取って、その版図は大陸全体の三分の一に近づこうとしていた。


ついに、ここまで来た。


和彦は椅子の背もたれに体を預け、目を揉んだ。

そのまま首を後ろに反らし、部屋の中を見た。中世の戦闘法から、兵器、戦略に関する本が山積みである。もちろん、マグナ・スフィアの攻略本も大量にある。データをストックするための外付けハードディスクと、使い分けしている複数のPCにつなぐためのNAS。

散らばった衣類と、食べ物のカス。

狭い四畳半の部屋の中は雑多なもので満ちていた。

最後にこの部屋に自分以外の人間が立ち入ったのは何年前だろうか。

自分も、トイレと、たまの洗面以外はこの部屋を出ない。

PCとVRMMORPGに必要な物、本はすべてネット通販か、あるいは電子媒体でのダウンロードである。料金は両親の預金口座から引き落とされているはずだ。


会社を辞めてから、ずっとこの部屋が自分の城だ。

両親は腫物を扱うようにして、日に二度部屋の前に食事を置きに来る。

世間でいうところのニート、引きこもりという奴だ。


和彦は自嘲気味に笑った。

和彦が卒業したのは、無名の文化系大学である。卒業したからと言って何か資格があるわけでもなかったので、中堅どころの企業を選んだ。

与えられた仕事を黙々とこなす毎日だったが、次第に孤立していった。

もともと趣味でPC関係には強かったので、そこそこ部内の便利なPC係としては働けていたと思っている。

苦手だったのは、ベタベタした人間関係だ。


愛想笑いや、おべっかができない。

飲み会に付き合って、好きでもない酒を飲む。

メールやSNSでさえ、共感を強制してくるのが、彼には煩わしかった。

ネットゲームでも、直接知っている人間とパーティーを組むのは嫌だった。


笑顔の可愛らしい、派遣社員の女の子がやって来た。

冴島という名だったか。

仕事をテキパキこなす。

コンピュータにも強かった。

契約社員でたまにいる、無責任な感じもない。

愛想もよく、お茶会や飲み会にも顔を出す。


面白くなかった。

自分の存在意義が無くなったような気がした。

彼女が来てから課内が明るくなったと課長は言う。

迷惑だった。

自分だけを置いてきぼりにして、課の雰囲気が変わってしまった気がする。

所詮契約更新期限が切れれば、そんなものは元に戻るではないか。

だったら、同じでいい。


そんな不満は、少しずつ態度に出る。

毎日深夜まで、ネットゲームに没頭してストレスを発散することにした。

会社は遅刻気味になったし、仕事も遅れがちになった。

面倒な処理は冴島に回す。

和彦は思う。

どうせ、自分のやっている仕事など誰がやっても変わらないのだ。

給料が変わらないのなら、楽にやって何故悪い。


ある時、冴島が和彦に注意した。

「この書類は、自分で処理してください」

いいから、俺の言うとおりにやれ、と和彦は言った。

派遣なのだから、正社員の言うとおりにすべきだ。

「私には、権限がありません。課長の許可をとってから命じてください」

冴島の机の上に山積みにした書類を、自分の机に戻された。

腹が立った。

思わず、彼女の二の腕をつかんだ。

「痛い!」

 驚いたのはこちらだ。対して力を入れたわけでもないのに。

 和彦は慌てて手を放した。

 いや、和彦が驚いたのはその感触だった。

 びっくりするほど、女の子の体は華奢だったのだ。

 和彦は女性に触ったことがない。

 それを見ていた、周りの社員が、和彦を一斉に批判し始めた。

 しばらく前からの勤務態度のことまで、非難された。

 自分と彼らの間に、越えようのない溝があるように感じた。

 疎外感。

 孤独感。


 翌日から、出社をやめた。

 何度か会社から自宅に連絡があったようだが、母親が対応したので内容は知らない。

無断欠勤が三か月続いた頃、会社から正式に解雇を通達された。

呆気なかった。

思えば、会社側もこうなることを望んでいたのかもしれない。


その後、半年ほどは職を探した。

ハローワークに行って、再就労の意図があることを示さなければならない。失業手当をもらうためだ。

中途採用だ。当然、前よりも勤務条件の良い仕事は見つからない。

就職が決まらないまま、失業保険が切れた。

現実世界での不満がつのる反面、VRMMOのネットゲームにはますますのめり込むことになった。異世界では、自分は全く違う人間になれる。

それに、自分と同じような境遇の人間も少なからずいることが分かった。


深夜のコンビニのバイトに就いた。

朝4時ころの、客足の途切れる時間が好きだった。

淋しい人たちがやってくる。

皆無口で、口を利かなくていいのが良い。


そして、あの日がやって来た。


ゲーム仲間の間で話題になり、ずっと待ち焦がれたものが発売された。

VRMMORPG マグナ・スフィア。

専用のVRMMOマシン、初期型ナーヴ・スティミュレータを、徹夜で行列して購入した。

これまでとは全く違うバーチャル・リアリティ・システム。

本当に異世界に自分が転送される感覚。

頬を撫でる風、武器を持つ手の感触。

無限とも思える、広大に広がる大地、植物の臭い。

矢が風を切る音。

剣風。

自分の初めて見る、真の別世界がそこに会った。

和彦は没頭した。


戦いの舞台として選択したのは、当然、剣の王国ノルトランドだ。

この世界なら、自分にとっては、王国の頂点も決して手の届かない存在ではない。

前に立ちはだかる魔法使い、剣士、魔獣たち。

全てを剣でねじ伏せるのだ。

ひたすらスキルを上げ、研鑽を積む。

自分の持てる時間の全てを捧げても良い、そう感じた。

アルバイトもやめた。


やがて、和彦は王国の頂点に立った。

全てのプレーヤー達が自分を仰ぎ見る。

人間も、獣人も、魔獣も、亜人もすべてが自分の前にひれ伏すのだ。

思い通りの物が手に入る。


だが,これから何をすればいいのか。

そして、これ以上レベルを上げるためには何をすればいいのか。

頂点に立ってみて,初めて味わう喪失感だった.

もう,目的がない.

目的を渇望した.


その時、彼に出会った。

まさに、自分にとっては道を照らす電脳世界の神だ。

僥倖と言う他ない。


大陸統一の夢。

そして、この異世界で現実世界の代理戦争を行うアイデア。

現実世界の戦争が無くなった時、すべての人が自分を讃えるのかもしれない。

現実世界の革命が、この小さな汚部屋から始まる。

自分がこの偉大な事業を手掛けていることには、誰も気付いていない。

人知れず、世界を変えるのだ。

これまで誰も為し得なかった真の世界平和。


ざまあみろ。

お前たちが、あくせく下らない日常の生活にまみれている間、俺は世界のことを考えて働いている。

全てのことを為し終えた後、気付いて仰ぎ見るがいい。


その思いは、下腹から彼の背骨を突き抜け、脳を熱くする。


 和彦はゆっくり目を閉じた。

 人々が自分に感謝し,賞賛する声が、聞こえてくるような気がする。

 空腹は感じない。

 ひたすら高揚感が体を突き動かす。

 もう一度布団に体を横たえ、VRMMOマシンを装着した。

 目をつぶる。


 ノルトランド国王、‘人間の王’ベルトランの降臨である。

しばらく,物語のリズム上連続アップいたします.

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