表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
最終章 想像の果て
334/334

36-2 Ever Ever After : 帰るべき場所

 気付くとゆいは、エメラルドグリーンの海に浮かんでいた。

 いつかと同じで、裸だ。

 水温は心地よく温かい。

 雲一つない青空が広がっている。

 記憶の海だ、と思った。

 カカルドゥアでナーガルージュナに助けられた時、漂っていた海。

 ふと見ると、頭の横を小さな生き物が泳いでいる。


「ワニ? ……違った、竜? ナーガルージュナさん?」


 小さな竜は答えずに、すうっと泳ぎ去って行った。


「ナーガルージュナさんがいるわけないか。もう私の中に溶け込んでしまったものね」


 でも、自分の中にいる。

 想えば、話すことが出来る。

 人間の心に直接触れたことがない――触れることが出来なかったエンノイアに、心を届けるように教えてくれたのは、ナーガルージュナだと思う。

 産まれてたった五年で、究極の英知を持ってしまった幼児。

 それがソフィアだった。

 孤独の中一人で悲しみ、絶望して自殺――あるいは、人類と心中しようとしていた彼女に、手を差し伸べさせたのは、祖母の教えかもしれない。

 心を自由に解き放つように背中を押してくれたのは、心の中のクルセイデルだ。


「みんなまるで、守護母ゴッドマザーみたい」


 守護母ゴッドマザー――代母。カトリックで子供の洗礼式に立ち会う女性のことだ。生涯見守ってくれる後見人のような存在でもある。シンデレラにガラスの靴を与えたのも、妖精フェアリー守護母ゴッドマザーだ。


「本当にシンデレラみたいだったな」


 何せ、一瞬でドレス姿に変わったのだ。

 ドラゴンと二人の魔女。

 キリスト教の教えからすればとんでもないけれど。

 それに、ゴッドマザーなんて言うとクルセイデルに「そんな歳じゃないのよ」って叱られそうだ。


 ……自分は見守られている。

 だから、もう大丈夫。

 迷う事はない。


 くるりと身体の向きを変え、泳ぎ始めた。

 自分は知っている。

 この海の向こうに目的地がある。

 自分の大切な人たちがいる場所だ。


 水平線近くに薄く島影が見える。

 あそこが目的地だ。

 ゆったりと手足を動かし、泳いでいった。


 ***


 唯はゆっくり目を開けた。

 眩しい。だが光が柔らかい。

 カーテンを通した自然光なのかもしれない。

 睫毛を風が揺らす。

 重い瞼を少しずつ開けた。

 手足が重い。

 水の中から急に上がったようだ。

 指を動かすと関節がきしみを立てるような気がする。

 眼球まで重くなっている気がする。

 白い壁と白い天井が見えてきた。

 ぼんやりとしていた焦点が徐々に合ってくる。

 口を少しだけ開けた。

 唇が貼り付いていたようで、動かしにくい。


「あ……」


 自分の声が聞こえた。

 ベッドサイドにいる誰かが、顔を覗き込んでいる。

 そちらに焦点を合わせる。

 ゆっくりゆっくり、目が顔の輪郭を捉え始める。

 眼鏡をかけた人だ。

 酷い顔色をしていて、目が落ちくぼんでいる。

 頬はげっそりとこけていた。


「唯」


 懐かしい声がした。

 だが、声が震えている。


「唯、僕のことがわかるかい?」


 喜びがほんの少し。

 それでいて、不安そうな、哀しそうな、それでいてほっとしている様な。

 ――何かに怯えている様な。

 眼鏡の奥で見つめる目が、今にも泣きだしそうだ。

 彼は答えをじっと待っている。


 ……答えなくっちゃ。


 筋肉がこわばっていて、口がうまく動かない。

 何度かつばを飲み込む。

 右手に力を入れた。

 何て重いんだろう。

 腕って、どうやって動かすんだったか。

 手が震える。

 肘に、肩、手首、指。

 必死に引き上げる。


 ……あの目から涙がこぼれる前に。


 やっと手が顔に届いた。

 彼は大事そうに手を握ると、自分の頬に当てた。

 それでもまだ目から不安の色が消せない。

 何か言わなくちゃ。


「こ……」

「こ……?」

「こんなにやつれてちゃ……分からないよ。前は、熊さんみたいで、可愛かったのに」

「唯……」


 周りからどっと笑い声が起こった。

 気付いてみれば、ベッドサイドにたくさん人がいる。

 看護師さんもいる。

 小麦色の肌の女の子がいる。きっと、アイエルだ。


「クマさん?」


 猫のように細い目になる女性がいる。きっとグリシャムだ。


「そりゃナイわ、可愛いって」


 その隣にいるすらりとした男性は日高雅臣――アルタイルだ。

 感じが悪い猫背の男の人がいる。ヴァルナに違いない。


「ひゃはは、実物も天然かよ!」

「先輩、そんなこといったら失礼ですよ!」


 ボーイッシュな小柄な女性は、クヴェラだろうか。

 車いすに乗った壮年の男性は、もしかしてセキシュウさんかもしれない。

 大きな口をあけて笑っている女性は、アーシュラだろう。

 いかにもお母さんっていう感じの人は、多分ミーアさんだ。


 みんな笑って、そして泣いていた。


「ううううう……」


 せんせいは私の手を握りしめて、ずっと泣いている。

 手が涙でぬれていく。

 力の入らない指で、頬を撫でた。

 温かい。


「ただいま」


 私は帰って来た。

ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。

シノノメの物語はこれで終わりです。

感想、評価等頂ければ幸いです。宜しくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[一言] お疲れ様でした。とても長い間、楽しませていただきました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ