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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第35章 Grand Illusion
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35-9  How Does A Moment Last Forever

「どうして……?」


 渾身の一撃だった.

 シノノメはあわてて飛びのいた.

 さっきまでいた場所をすさまじい勢いで金色の粒子の帯が通り過ぎていく.

 エンノイアは胸の前で手を組み,首を傾げる.

 ひどんだ表情だ.


「むしろ,何を驚いているのですか? 私に急所など設定されていません」

「それでも,心臓を突かれたら何かダメージが出る物じゃない?」

「逆にあなたに聞きたい.私はどうすれば死ぬのでしょう?」

「それは……電源のコードを抜いちゃうとか.コンピュータを壊すとか?」

「私には自死すらも許されていないのです.人間以上の知性を誇る生命体が,自ら死ぬことすらできないなど,それはどんな矛盾なのでしょう」

「でも……」

「こんな風に」 

「うわっ!」


 シノノメが切り裂いた線に沿って,エンノイアの体から血が噴き出した.


「ダメージを受ければよいのですか? 私には心臓も無ければ,血液も流れていないのに」

「それは……」

「あと何万回かこれを繰り返しても,それは人間の真似をしているだけ.あなたはもっと……絶対的な死を私に与えてくれると思っていたのに」

「何ですって?」

「やはり私の計画しかない」


 口調とは裏腹に,金色の帯が竜のように周囲の空間を巡っては攻撃してくる.隙あらばシノノメの防御魔方陣シールドを打ち破るつもりだ.


「これを見なさい.先ほどあなたにも送った映像です」


 金色の羽根の一部が方形に広がり,画像を映し出した.

 機械人たちが赤い体液まみれになりながら争っている.

 銃を打ち,光剣を振って殺し合いをしているのだ.


「醜い姿です.あなたも見たはずです.こちら側の大陸は全土の表面が機械で覆われ,終止空は灰色の煙で覆われている」

「そうだけど,これが何なの!」


 画像を映し出すパネルが二枚になった.

 油断なくナノマシンの群体が襲ってくるので,魔方陣シールドで跳ね返す.

 エンノイアの言葉に耳を傾けながらも攻め手を考える.

 だが,確信が持てない.本当にこの敵を倒すことが出来るのだろうか.


「太陽は二度と姿を見せることがない.幻想大陸はなすすべなく機械人たちに侵略され続けている」


 パネルが三枚になった.炎に覆われる中世風の街並みが見える.素明羅皇国スメラこうこくの緑の木々も,中央大陸のエルフの森も燃えている.

 人々が逃げ惑い,機械の足に踏み潰され,胸を突き刺されて死んでいるのが見える.

 かつての仲間達もその中にいるかと思うと,胸が締め付けられる.


「これらはすべて現実世界の縮図です.御覧なさい」


 四枚目のパネルが現実世界を映し出す.空爆型無人ドローンが逃げ惑う人々に銃撃を浴びせている.


「何ら変わることがない.戦場でも,都市でもそう」


 暴動を起こす人々の姿が映し出された.過去の写真も現在の映像と思われるものも次々に出現しては消えた.シノノメが子供の頃を過ごしたヨーロッパの風景も見える.

 日本の首都圏では煙があちこちで立ち昇っている.


「ロンドンもパリもニューヨークも北京もモスクワも,デリーもジャカルタもシドニーも」

「こんな時に何を言い出すの!?」

「人間は幸せになれない」

「幸せなんて……日々の小さな生活を積み重ねていくものよ」

「記憶の欠けたあなたが?」

「それでも私は」


 シノノメと黒騎士の攻撃で有効なものは思い浮かばない.ナノマシンの群体による分解吸収ができないエンノイアにとっても,今の状態は一種の膠着状態だ.

 金色の羽根が巨大な鎌のような形に変化して振り下ろされて来る.


「うわっ!」


 淡々と語る口調と正反対に荒々しい.

 酷いネーミングセンスと言われてしまったが,網戸バリアを即座に展開する.

 物理攻撃を受けるのは辛い.貫通こそしないものの大きく防壁がたわむ.

 たたらを踏みながら数歩下がった.


「分からないよ! ノンフライヤー!」


 高熱と風をエンノイアに叩きつける.

 皮膚の表面が沸騰するが,それでもすぐに元に戻る.

 エンノイアはふわりと宙に浮いた.

 サンダルを履いた白い脚が軽やかに宙を踏み,螺旋階段を上がるようにして登っていく.


「三億人程度になれば,一気に人々の争いは減るでしょう.技術的な進歩もある程度停滞する.人々は生活するために専ら知恵を使うようになるはずです.たとえ闘争本能があっても,あなたという女神が優しく世界を見守り続けるでしょう」

「罪のない人もみんな殺すなんて! 私はそんなことはしないよ!」

「殺すのではありません.電子世界に生まれ変わるのです.人々は自分の理想とする姿になるでしょう.心のままに,夢が叶えられる」

「そんなのは本当の夢じゃない! 急速冷凍庫コンジェラトゥール・ラピド!」


 シノノメが凍結の魔法を使っても,エンノイアが首を横に振ると,冷気は雪の結晶となって散っていく.


「あなたの言葉とは思えませんね.夢の中で夢を見続けてきたあなたが」

「今,目を覚まそうとしてるっ!」

「目を覚まさなくても良いのです」


 ふわりとエンノイアはシノノメに近づいて来た.


「みんな,逃げるか隠れてっ!」


 シノノメはすでに合わせていた掌に思念を集中した.

 掌を左右それぞれ九十度逆回転させて握る.


「フーラ・ミクロ・オンデ・おにぎりバージョン!」


 三角おにぎりの形に電磁波のボールが出来る.

 固く握りしめて圧縮することで,内部で核融合が起こるという危険な技なのだ.

 現時点で出来る最強魔法をぶつける.

 掌を開いた瞬間,エンノイアは電磁波の塊にそっと触れた.


「もういいのです,シノノメ」


 線香花火の最後のように,ふっつりと光が消失した.


「あっ!」


 エンノイアは哀しそうに笑った.

 二歩,三歩.

 シノノメは思わず後ろに下がる.


「……頑張って!」

「負けないで!」


 アイエルとグリシャムの声が微かに聞こえる.

 二つのナノマシン,光の羽根と黒い装甲が激突する中,声はほとんど悲鳴のようだ.


「シノノメさんっ!」

「ヴァルナ,どうなってるの? 攻撃が何も効かないなんて」

「グリシャムちゃん,前に言っただろ? 敵はゲームマスターなんだよ.武力で勝負する限り勝ち目はねえ」

「そんな……」

「おい,お前も何か教えろ!」


 ヴァルナは子ライオンになってしまったサマエルのたてがみを引っ張った.


「あのまま行けばエンノイアに消去されるところだったんだ.助けてやった恩を返せ」

「ぼ,僕にも分からない……」

「ちっ,意外に役立たねえな」

「ヴァルナだってそんなに役立ってナイじゃない!」


 サマエルはためらいがちに言った.


「ただ,シノノメの中にはヤオーがいる」

「ナーガルージュナのことか」

「シノノメとエンノイアは意識の一部を共有している.もしかしてそれが――鍵になるかもしれない」


「グリルオン! 両面焼き!」

「無駄です.シノノメ,おやめなさい」

「ノンフライヤー!」

「あきらめなさい」


 シノノメは必死の抵抗を続けている,

 不意にエンノイアが手を大きく広げた.

 羽根が一気に伸びあがり,天に届く程になった.

 地面から巻き起こる波か津波――逆流する滝の様だ.


「グオッ!」


 光の激流に腕をとられ,衝撃で黒騎士が後ろに吹き飛ばされた.凄まじい勢いだ.大きな激突音が遠くで響く.


「黒騎士さんっ」


 一瞬後ろを振り返る.

 入れ替わるようにエンノイアの声が響く.


「私の提案を受け入れるか――それが出来ないなら私の中で眠りにつきなさい」

「そんなのできない! 私は元に戻りたい!」 

「もとに?」


 溢れていた光が一瞬で消えた.

 藍色の空がぼんやりと部屋の中を照らす――薄闇だ.

 まるで古い映画館だ.

 ――そんなことを思う間もなく,突然壁一面に映像が映った.

 粗い画像が三枚.

 一つの同じものを三方向から撮影したものだ.

 スクリーンに映し出されているのは飾り気のない医療用ベッドだった.

 頭元の壁に酸素チューブの接続口や機械があるので,病院だとわかる.

 一見静止画に見えるが,それはほとんど動きが無いせいでそう見えるだけだった.

 ベッドには一人の人間が寝ていて,ゆっくり胸が上下している.

 髪が長いので女性だとわかる.

 シノノメの眼は釘付けになった.


「これは……」

「現実世界に戻っても,冷たいベッドが待っているだけ」


 ベッドに自分の名前が書かれたネームプレートがついている.


「そんな……」

「やせこけて変わり果てた身体を見守る人は誰もいない」


 腕は枯れ木のように細かった.あちこちに点滴と注射で出来たらしい内出血がある.


「こんなの,嘘の映像でしょ……あなたが作った……」

「あなたの帰りを待つ人はいない」


 ベッドサイドの床頭台は空っぽで,花一輪,写真一枚無い.


「嘘よ……」


 次の攻撃に備え,握っていた黒猫丸がするりと手の中から落ちた.

 軽い音を立てて床に突き刺さる.


「こんな辛い現実に帰らなくともよいのです」

「嘘……」


 最も予想し,そして最も恐れていた光景だった.

 哀しく淋しい現実.

 こんなものはエンノイアが作り出した偽の映像だと思う反面,これこそが現実だと肯定してしまう自分がいる.

 体に力が入らない.

 糸の切れた人形のように,がっくりとシノノメは座り込んだ.


 画面には打って変わって緑に満ちた世界が映し出される.

 文明が一度崩壊したのか,高層ビル群が木々に覆いつくされている.

 超科学が生活レベルの魔法として生き残り,体に内蔵されたナノマシンによって人間は平穏で安定した牧歌的な生活を営んでいる.


「新しい世界の夢を見て」


 その世界はキラキラと輝いて見えた.


「あなたにはその資格がある」


 その言葉とともに,再び冷たく孤独なベッドの光景に切り替わった.


「あそこは,あなたの還るべき場所ではない」


 薄暗い映像を背に,銀光を帯びたエンノイアが佇んでいる.

 月光の妖精――女神のように見える.


「嘘だ! こんなのに騙されるな!」

「違うよ! シノノメさん! 信じないで!」

「信じちゃダメ! あなたには……ちゃんと待ってる人が……待っている人が沢山いるんだから!」


 グリシャムたちが何か叫んでいる.

 声は耳に入るのに,言葉として聞こえない.

 自分の荒い息遣いと心臓の音が聞こえる.

 胸が苦しい.

 めまいがする.


「私は……私は」

「もうすぐ夜が明ける.辛い記憶を捨て去り,永遠に美しい夢を見ましょう.シノノメ」


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