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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第6章 囚われの主婦
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6-5 ユグレヒト救出作戦

読んで頂いてありがとうございます

アスガルドの夜はとっぷりと暮れている.

空には高々と赤い月が昇り,未だ素明羅使節歓迎の祝宴は宴たけなわであった.

会場に大臣たちを残してユグレヒト救出の別動隊は動き始めた.


 「はっはっは,シノノメ,こうやって二人で腕を組んで歩けるなんて,僕は幸せだよ.このまま地平線の果てまで歩いていこうか」

 「地平線の果てまではしんどそうだね」

 「大丈夫,いざとなれば僕が抱いて行くよ」

 「遠慮するね,空飛び猫で飛んで行けるから」

 「じゃあ僕はそれをどこまでも追いかけて行くんだ」

 「立派なストーカーだね.ついて来ないでいいからね」


シノノメはそんな会話をしながら,タキシード姿の狐人,アキトと二人で腕を組んで歩いている.

宮殿の裏側に当たる庭園である.軍事教練場となっている前庭に比べると,裏庭は良く整えられた植栽や噴水が設けてあった.ここでも催し物が行えるようになっているのかもしれない.

ちょっとふらふらしながら歩いているが,これは酔っぱらっているという演技である.


数歩後ろには,アイエルと犬人アズサが同じようにして歩いている.

 「アイエル,この出会いは,運命だと思わないかい?」

 「え!? ええっ?」

 「この任務が終わったら,バカンスに行かないか? 二人だけで無人島に行くんだ.そしてずっと愛を囁き合おう」

 「いや,ちょっとそれは……」

二人に慣れているシノノメに比べると,アイエルは押され気味だった.

犬の耳としっぽが付いているが,長身の超がつく美形男子がずっと手を取って甘い言葉をささやいてくるのである.こういういい加減なキャラクターと分かっていても,恥ずかしくて死にそうだった.

 「ふふ,君は純真だね.怖がることはないよ.僕のエスコートに任せて」

 「……あー,もう……」

 始まったら始まったで大変なのだが,ユグレヒト救出作戦が早く始まる事を心から念じているアイエルだった.


 迷ったふりをして薔薇のアーチをくぐり,庭園を左に抜けると牢獄である北の塔に続く庭に出る.

 ここは客が入ることを想定していないのか,芝生も生垣もなく,押し固められた石畳の地面が殺風景にがらんと広がっているだけだった.


 「おい! お前達,何をしている!」

 何せ宮殿の敷地内である.当たり前だが歩哨の兵士がやって来た.

 松明を持って,軽装備の甲冑をつけている.中肉中背で,少し気弱そうな顔.いかにも一兵卒という印象である.

 「何だ? 貴様ら?」

 「あー,兵隊さん,酔っ払っちゃった.ここどこ?」

 「あ,ああ……祝宴のご客人ですな?」

 少し態度が改まる.

 「こちらは裏庭です.御客人が来るところではない.引き返してください.」


 「はーい」

 酔っ払ったふりのシノノメは,手を振った.

 合図である.アキトの目が光った.

 「ドリーミング・ラブ」

 アキトが技名を唱えてウインクすると,歩哨はその場に崩れ落ちて眠り始めた.

 とても幸せそうな顔をしている.気持ちよさそうな寝息だ.


 「おー! 見事,魅了チャームの魔法!」

 「本当は女の子たちのためにある技なので,あんまり男の人に使いたくないんだけどなあ……」

 「いや,こんなの女の子に使ったら犯罪だよ」

 「つらい時悲しい時,幸福な眠りに誘う技なんだけど」

 アキトは前髪を軽くかきあげた.


 「とりあえず,この調子で行こう.にゃん丸さんの話だと後5人ほどかな?」

 と言っている間に,次の兵士が走って来た.

 仲間が地面で寝ているのを見て,異常を感じたようだ.


 「おい! そこで何をしている!」

 「大変です! ここに兵隊さんが倒れていますよ!?」

 シノノメは驚いているふりをした.

 四人のうち二人は女性でパーティーの衣装,どうみても全くの丸腰で,剣一本たりとも帯びていない.まさか彼らが何かしたとは思えない.

 仲間が病気か何かで倒れたのかと思った兵士は,駆け寄ってしゃがみこんだ.

 仲間は幸せそうな顔でひたすら深い眠りについている.

 「何だ,こりゃ?」


 「メルティ・ハート」

 アキトがふっと兵士の首元に吐息を吹いた.

 兵士は体がくたくたになって仲間の上に倒れ込んだ.目はどこかをさまよっている.

 「魅了チャームの魔法その二だね」

 「これは,いったい今どうなってるんですか?」

 焦点の合っていない兵士の目を見てアイエルが尋ねた.

 「とろけるような恋の思い出が走馬灯のように走って,今を含めて前後の思い出がふっ飛んでいるよ」

 耳にかかった髪の毛を軽くかきあげるアズサ.


 「うわ,この人たち犯罪者!」

 「なんて事を言うんだ,僕たちは女の子に技でアタックしたりしない,心でアタックするんだよ」

 二人は決めポーズをとるが,そんなものを眺めている暇はないのである.あっさり無視してシノノメとアイエルは先に進んだ.

 北の塔の入り口は五段ほどの石の階段を上がって鉄の扉になっている.鉄の扉の脇にも一人兵士が立っていた.

 二人は生垣に隠れて様子を覗く.

 「弓で気絶させましょうか?」

 「いや,証拠が残ったらいけないからね.はい,お二人さんお願いします」

 

 アキトとアズサは隠れることもなく堂々と歩いて行く.

 「何だ?お前達?」

 「サマーナイトドリーム!」

 「ローズストームラブ!」

 二人の複合技が炸裂した.

 兵士は扉の前に倒れて胸を押さえ,もだえ苦しんでいたかと思うと泡を吹いて気絶した.


 「これはどういう?」

 あまりの威力にびっくりしたアイエルが質問した.

 「恥ずかしい夏の恋の思い出にさいなまれ,胸の痛みに耐えかねる技」とアキト.

 「百万本の薔薇の嵐に包まれたようになって,胸が切なくなり何もかも忘れてしまう技」とアズサ.


 「凄いんだけど,何だか恥ずかしい技だなあ」

 にゃん丸が姿を現した.門番が腰に着けていた鍵束を取り,確認する.


 「恥ずかしいとはなんだ,にゃん丸氏!」

 「失敬な! にゃん丸氏!」

 アキトとアズサは一輪のバラをにゃん丸に突きつけて抗議した.

 「はいはい,よし,これで大丈夫」

 仕事人にゃん丸は黙々と仕事をこなすのが信条である.二人の抗議を無視して扉に合う鍵を見つけ出し,鍵穴に差し込んでゆっくり回した.

 扉をそっと開けて隙間を作る.

 「入って右に一人守衛がいるよ.催眠薬とか煙玉を使うのも手なんだけどなあ.でも,今回証拠を残すなってのがネックだよなあ.」

 にゃん丸は袋から取り出したネズミを放った.

 アイテム忍びネズミ.

 魔法の使い魔,式神や護法童子とはいかないが,獣遁の術である.にゃん丸の指示に従い,ネズミはチョロチョロと中に走り込んで守衛の仕事を邪魔した.

 守衛が気を取られている一瞬の間に,アキトとアズサが中に入った.


 「ファイナル・ストロベリー・ラブ!」

 「ギャラクシー・ロマンシング・ハート!」


 何だか牢屋の中で「かっ」と光った気がしたが,気のせいだった.

 辺り一面に昔の少女マンガみたいに花束が見えたような気がするのも,きっと気のせいに違いない.


 「俺,見てて恥ずかしくなってくるよ」

 にゃん丸は顔を両手で隠した.

 「いろんな意味ですごい技名ですよね」

 「あれ,本当は何を言っても関係ないんだよ.魅了チャームの魔法のボリュームの上げ下げしてるだけなの」

 シノノメがネタばらしをした.


 三人は一階に侵入した.扉はそっと閉めておく.

 北の塔――牢獄の一階は,左右が牢屋になっていた.丈夫な石組で,少しかび臭い.

 一つの部屋に複数の囚人が入っていたが,どの囚人もうっとりとしながら眠りについている.

 扉の裏にいた見張りの兵士は,槍を抱えたままちょっと切ない顔をして気絶していた.

 にゃん丸は再び兵士の腰にぶら下がっている鍵束を確認した.

 「よし,この鍵で多分三階の牢は開くな.じゃあ,このまま奥に抜けるよ.奥に階段があるから」

 にゃん丸に先導され,一同は上に上がった.

 二階の兵士は見回りのためかいなかった.幸い,階段は独立した構造になっていて二階を通り抜けずにそのまま三階に上がれる.

 にゃん丸が安全を確認し,全員を誘導した.

 「あっ!」

 牢の中,鉄格子の向こうに人が倒れている.

 明かり取りの小さな窓から,月光に照らされているだけで良く見えなかったが,まぎれもなくそれは人のシルエットだった.

 「ユグレヒト!」

 アイエルが声をひそめながら声をかけた.

 「ユグレヒト!」

 もう一度声をかけたが,ユグレヒトは体を動かさない.


 「急ごう,ちょっと待って」

 にゃん丸は鉄格子の鍵を開け,ゆっくり音がしないように開けた.

 役に立つのか分からないが,一応階段の見張りをアキトとアズサに任せてシノノメ達三人は牢の中に入った.

 強い獣の臭いがする.もともと獣人か何かを閉じ込める場所だったのだろうか.壁には大きな引っかき傷があり,太い鎖の束が転がっていた.血が付いている.前の囚人の扱いがどんなものだったか予想できた.シノノメは眉をひそめた.


 「大丈夫,生きてる.間違いなくユグレヒトです」

 アイエルが顔を見て確認したので三人がかりで抱き起こし,肩を貸してユグレヒトを牢から運び出した.

 「よいしょ,重いなあ.牢から出たら男の人たちにお願いしようよ」

 「つっ……」

 シノノメの言葉に反応したように,ユグレヒトは目を開けた.

 「ああ……シノノメ殿」

 げっそりと頬がこけている.今頃彼の現実の体もこうなっているのかもしれない.

 牢の前の廊下に一度降ろし,アキトとアズサに運び役を交代して貰う事にした.

 その間にシノノメは回復用のポーションを用意しようとした.

 「あっ!」

 メニューバーのアイコンに,アイテムが表示されない.

 「本当だ! アイテムが使えない.これはどこまで?」

 「透明肩掛けは使えたから,持って入れば大丈夫なのかも.とにかく,この階にいる限りアイテムの出し入れはできないよ」

 にゃん丸が解説した.

 「この,牢に仕掛けがある,というより,そういう部屋を設定してあるんだ.多分,上位のシステム……ゲフ,ゲフッ」

 ユグレヒトは声を絞り出すようにして話した.

 「急ごう! とにかく早く出なくっちゃ!」

 アズサとアキトはシノノメの指示でユグレヒトに肩を貸した.

 「僕たちの腕は女の子を抱きしめるために……」というお決まりの愚痴を言っていたが,すでに耐性ができてきたアイエルにも簡単にあしらわれている.


 とにかく,ここまでうまくいったのだから後は迅速さが命だ.

 まだ階下の見張りと囚人たちは眠っている.全員早足で塔を出た.

 にゃん丸は念入りに証拠を消し,鍵をかけて鍵束を全て見張りの腰につけておいた.

 これでユグレヒトは煙のようにいつの間にか姿を消したことになる.


 「凄腕の追跡人トラッカーとかなら足跡が追えるかもしれないけど,まず大丈夫だろう.急ごう!」

 にゃん丸に先導されて裏庭の反対側をたどり,あらかじめ調べておいた車着き場に向かう.アズサとアキトはヒーヒー言いながらではあるがユグレヒトを運んでいる.アイエルとシノノメは一応戦士なので殿しんがりを守りつつ,ドレスの裾をたくし上げて走った.


 来賓客に混じって素明羅の忍者達が偽装した馬車を用意しているはずだ.

 「二頭立てで,目印は扶桑樹の若芽だ」

 扶桑樹は素明羅の首都,斑鳩いかるがのシンボルだ.


 ほどなく見つける事が出来た.

 駐車場の中ほどやや後ろで,光があたりにくいところ.目立たなく,それでいて分かりやすい.忍者達の見事な連係プレーだ.馬車の屋根には屋根飾りに見せかけた,見慣れた扶桑樹の小さな葉っぱがついている.


 「急げ,急げ」

 ユグレヒトをみんなで馬車のキャビンに押し込み,シノノメは透明肩掛けをかけた.

 あとは祝宴の終了に合わせて,さりげなく走り出せば良い.

 「シノノメさん……」

 ユグレヒトがか細い声でシノノメの名を呼んだ.

 「なあに?」

 「ありがとう……」

 「いいから,早く逃げて休んで.これ回復のポーション,’ウゴウゴの月’ね.死ぬ場合も,必ず斑鳩で死んでね.そしたら斑鳩の大神宮で復活できるはずだから」

 シノノメはさっき出せなかったポーションを渡した.外見は日本酒の小瓶そっくりだ.

 「わかった……シノノメさん」

 「何?」

 「ヤルダバオートに,気を付けて……」

 何のことだろう.あのNPCの道化がそんなに危険なんだろうか? シノノメは透明肩掛けでユグレヒトを温かく包み,馬車を離れた.

 「よし,これであとは皆が会場に戻れば仕事は終わりだね」


 「じゃあ,なるべく普通の感じで,みんな散ろう」

 にゃん丸は御者役だったサスケと交代し,サスケが燕尾服に着替えてキャビンに乗り込んだ.獣人が迫害されているノルトランドであるから,にゃん丸が使用人役をする方が自然だ.サスケはあらかじめ来賓の商人に変装している.本当の商人は今頃自宅でぐっすり眠っているのだった.

にゃん丸はいつでも馬車を出せるように慎重に手綱を持って構えた.


 全員,バラバラになりながらゆっくり会場に帰る.

 シノノメが一番最後だ.

 アズサとアキトがいち早く宮殿内に入っていったのを見計らい,ゆっくり歩いていく.アイエルの足が来客用通用口の敷居にかかった.

 シノノメもゆっくり歩きだす.


 「おう,シノノメ」

 ぬっと柱の陰から一人の男がシノノメの前に立ちはだかった.


 「ラ……ランスロット!」


 ランスロットはいつも通りの完全武装である.大剣エクスカリバーを背に負い,黒い甲冑に黒いマントだ.夜闇の中から不意に現れたように見える.一番会いたくないタイミングで,一番会いたくない人間に出会ってしまった.


 「こんな時間に,こんな所でゲストが何をしてるんだ?」

 「ちょっと夜風にあたりたくなったので」

 「ふむ? 何やらお前の友人が集まっていたような気がしたが.個々のレベルは ともかく,さすがは人材の宝庫,素明羅というところか」

 ランスロットが意味ありげににやりと笑った.どこまで知っているのだろう.

 さすがのシノノメも鼓動が早くなる.


 ゆっくり背後で馬車が動き始めた.

 ランスロットの気を引かないように,自然を装ったスピードだ.あまりゆっくり過ぎても,急いでいるようでも不自然.状況を判断して,にゃん丸が発車させたのである.


 しかし,それに気づかないランスロットではない.

 眼球だけがゆっくりと馬車を追うのがシノノメには見える.

 緊張が高まる.

 ランスロットは腕を組んだままだ.大剣の柄には手をかけず,半身の姿勢でじっとシノノメを見ている.

 シノノメはゆっくり右手の親指と中指を合わせた.炎の魔法を一瞬で発動させる準備だ.


 「やあ,やあ!」

 宮殿から,甲高い声を発して別の人物がやって来た.

 「不思議,摩訶不思議ですなあ!」

 宮廷道化師ジェスター,ヤルダバオートだ.

 後ろに白銀の甲冑を着た騎士を四人連れている.


 にゃん丸がいればおそらく警戒したに違いなかった.西留久宇土シルクート砦の攻防で,プレーヤーの動きを止めてしまう謎の技を使った騎士たちである. 戦争終結後,にゃん丸とカゲトラはこの騎士たちが脱皮のように甲冑を脱ぎ捨て,姿を消したことを知っている.

 しかし,その時はゴブリン軍団の掃討に忙しかったシノノメが知るべくもなかった.

騎士たちは長柄の鉾の様な,不思議な武器を持っている.先端には赤い宝玉がついており,何かの儀式に使う祭具のようにも見える.


 「何やら宮廷の中から煙のように姿を消してしまった者がいるようだ.ヒッヒッヒ」


 「何のことかしら?」

 ランスロットもヤルダバオートを睨んでいた.不快そうだ.味方同士のはずだが,この二人は仲が悪いのだろうか.さっきユグレヒトが言っていたのはどういうことだろう.


 「いえいえ,これは独り言.おや,何だか向こうに急いで帰る馬車がいますなあ.せっかくの祝宴がま だ終わらないというのに」

 道化はおどけた様でユグレヒトを乗せた馬車を指差した.

 流石のシノノメも動悸が早くなる.


 「お前たち,お連れ戻ししなさい」

 道化が言い終わるや否や,白銀の騎士たちは馬車に向かって疾駆し始めた.

 速い.

 中に人が入っているとは思えない速さだ.


 「待ちなさい! そちらには行かせない!」

 シノノメが走る.

 ドレスにヒール姿とは思えないスピードで,四人の前に立ちはだかった.

 親指と中指を合わせ,炎の魔法を発動させようとする.

 「グリル……!」

 その瞬間ときだった.


 「ヒヒヒ,主婦殿,これがお嫌いでしたなあ」

 一瞬でシノノメの間合いを破り,眼前に現れたヤオダバールトは口を開いた.

 舌の上に,何かがいる.

 黒い虫.

 ゴキブリだ.


 「きゃ……!」

 本能的な嫌悪感がシノノメの背を走る.

 時間にして,ほんの数秒.

 シノノメの動きがとまったその瞬間に,騎士たちはシノノメに向かって謎の武器の先端を向けた.


 「あ!」

 体が動かない.

 目も口も,手足も何もかも.

 周りの風景がスローモーションのようにゆっくり流れて,暗黒になっていく.

 カーテンが降りるように,闇の中に落ちていく.

 意識が遠くなる.

 最後にシノノメが見たのは,自分の方に駆け寄ってくるランスロットの上下逆さまになった姿だった.


                *****

 

 意識を失ったシノノメをランスロットは横抱きに抱えていた.

 「こいつは俺が預かっていくぞ」

 「何と! 王に何と申したものやら!」

 「どうせ最初からユグレヒトを餌にしてこいつを捕まえるつもりだったんだろう? 明日の処刑では誰を代わりに処刑する気だ?」


 「ほっほっほ,さすがは竜騎士ドラグーン,お見通しですな」

 「これで,シノノメだけが失踪したという筋書きか.部屋の準備ができるまで逃げないように俺が捕まえておくと言っておけ.どうせ監禁する気だろう?」


 「ランスロット殿,主婦殿にご執心ですな! 恋心ですか?」

 ヤルダバオートはニヤニヤ笑うと,道化らしく大げさに両手を振った.

 「ふん,本当に執着しているのは誰かな? 俺か? 王か?」 

 「ヒッヒッヒ!」


 「お前だ」

 一拍おいてランスロットは言うと,宮廷道化師を睨んだ.


ヤルダバオートの顔から表情が消えた.


 宮殿の上に上った電脳世界の月は,ただ白々と下界の喧騒を照らしていた.

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