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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第33章 Top Of The World
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33-13 Sweet But Psycho

「誰が何と言ったって,行かないよ」


 アスタファイオスとサバタイオスの言葉と目――扇動者の魔眼は危険だ.

 シノノメは目を逸らしながら首を振った.


「ならば……残念ながら,ここで死んでもらうしかない」


 アスタファイオスはゆっくり片手を挙げた.

 シノノメ達を取り囲むMEMの兵士たちが銃を構える.

 手を振り下ろせば一斉に数十の銃が火を噴く.


「どれも君たちの言葉で言う魔弾マジック・バレットだと思ってもらおう.魔方陣を突き破るだけでなく,当たった物の意識を遮断する.――現実世界の脳活動は停止する」


 淡々と告げるアスタファイオスとは対照的に,サバタイオスはケラケラと笑いながら言った.


「正確には大脳半球だけだがね.植物状態っていうのが近いのかな.マグナ・スフィアでも眠り続ける.それは二度と醒めない眠りさ」

「二度と醒めない……」


 シノノメは歯を食いしばった.

 今ですらそれに近い自分はどうなるのか.


「こんな風にして君を手に入れたくはなかったんだ」


 手に力を籠める.まな板シールドを帯状に巡らせれば,何とかしばらく銃弾の雨にも耐えられるかもしれない.


「魔法かい? 下手に動くなよ」

「それでもまだ投降するなら許してやるぜ.寛大な僕たちに感謝してくれよ」


 指先にも視線が集中しているのが分かる.シノノメの魔法は指で組む一種の印で発動する.知っている者が見れば手の形で何の魔法が発動するのかもわかる.

 銃口を睨みながらグリシャムが低い声で言った.


「……よくも騙してくれたわね,リュージ.これでどんなご褒美がもらえるのよ」

「俺は違うぞ! 見ろ,あいつら俺にも銃を向けているだろう!」


ココナが憤った.


「リュージ様はそんなことしないわ!」


 リュージの表情を見ていれば,それは分かる.

 どういう心境の変化があったのかは知らないが,彼は本当に協力してくれたのだと思う.

 以前は人の表情なんて全然わからなかったのに……

 不思議なものだ,とシノノメは思った.

 とにかく考える時間が欲しい.

 この絶体絶命の状況をひっくり返す何かの方法を見つけなければ.

 ゲートは自分の背中の後ろにあるのだ.ツルツルした柱のどこかに入口があって,入れるはずなのだ.


「サバト,一つだけ質問させてよ.どうやって私たちがここに来るって分かったの?」

「ほう? 謎解きがしてほしいのかい?」

「サバト,調子に乗るな!」

「いいじゃないか,アスタ.少しはお話の時間も必要だろうさ?」


 サバトの方が軽佻浮薄だ.そう思って声をかけて正解だったとシノノメは思った.

 そっと指を丸め,着物の裾に入れていく.洋服で言えば“萌え袖”のように隠すのだ.


「リュージの言っていることは本当だよ.そいつからの情報じゃない.それにしても,お前も分からない奴だな,リュージ.どうしてみんなみたいにイマジナリー・フレンドと一つにならないんだよ」

「一つになって……どうするんだよ.現実世界でも会えなかった理想のパートナーだぞ」

「だからこそ,と思うんだけどね.二人別々だと喧嘩もすればすれ違いもあるだろう? そのココナの何代前か忘れたけど,ずいぶん君は暴力をふるったりしていた時期もあったじゃないか」

「それは……前の話だ」


 ココナはリュージの腕を抱きしめた.


「我々の言う通りにしていれば君もこちら側にいられたのに.何度もこの塔に登ろうとして失敗してたね.落伍者の谷を抜け出したい気持ちは分かるけど」

「く……」


 リュージが燃えるような目でサバタイオスを睨んでいる.


「私の質問が先だよ.どうやって知ったの?」

「ああ,そうだった.別に教えてくれた移住者がいたのさ.ヒヨリ!」


 立ち並ぶ兵士の後ろからおずおずと少女が姿を現した.MEMの学院の制服を着ている.学生服に似たカッターシャツの上に,魔法使い風のローブを羽織っている.

 長めの前髪に隠れた陰鬱な瞳に,グリシャムは見覚えがあった.


「あなたは!」

「誰だっけ,グリシャムちゃん?」

「シノノメさんと二人でMEMの学院に行った時に会ったじゃない!」

「えーと,あ! あの校長室みたいな部屋の外にいた!」


 思い出した.アスタファイオスたちと会談した時に,じっと部屋の外にうずくまっていた少女だ.すらりとした美青年のイマジナリー・フレンドがしきりに声をかけていたのに,見向きもしなかった.

 執務室から出たシノノメを幽鬼のような目で見ていたのだ.それはある種の憎しみの様な――嫉妬の様な羨望の様な――剥き出しの負の感情が込められていて,ぞっとしたのを思い出す.

 その時何か直感的に感じたものは――そうだ.

 “MEMの移住者”というシステムの根底にある歪み――無理,理不尽といったものだったと思う.

 サバタイオスはヒヨリに笑いかけた.


「ありがとう,ヒヨリ.君はどうしてもパートナーを受け入れてくれなかったけど,やっぱり僕たちの賛同者なんだね」


 だがヒヨリの目はサバタイオスを見ていない.暗い瞳はずっと一つの方向を見つめている.

 シノノメはその視線を追った.


「あなたは……」


 ヒヨリはゆるゆると歩いて行く.

 そこで初めて気づいたらしい.視線の先にいた人物――アスタファイオスはハッとしたように彼女の顔を見た.


「ありがとう,ヒヨリ」


 ヒヨリはどこにそんな表情を隠していたのか,というような満面の笑みを浮かべた.

 歩く速度がわずかに上がり,アスタファイオスに近づいて行く.


「君のおかげだ.君にはまた必ず素晴らしいイマジナリー・フレンドを作って……」


 その言葉が出た瞬間,ヒヨリの顔が険しく歪んだ.


「あっ!」


 次に起こることを知っている.シノノメにはそんな気がした.

 ローブの裾が翻る.

 光る物が見える.

 ヒヨリの身体がドンとぶつかった瞬間,アスタファイオスが絶叫した.


「ぐわああっ!」


 彼の胸には深々と剣が突き刺さっていた.

 柄の模様に見覚えがある.

 水の魔法使いフィーリアを突き刺していた魔性の剣――ケツアルコアトルの魔剣だ.

 アスタファイオスが血の泡を口から吐いた.

 剣の柄から手を離し,崩れる体をヒヨリが抱きしめる.

 ヒヨリ自身の体も血まみれだ.


「何で,どうして……?」

「私は,あなたがいいの.あなたがどうしても手に入れたいの.あなた以外の人じゃ駄目なの」

「馬鹿,な……」

「な,なんてことを……」


 サバタイオスが慌てて駆け寄り,ヒヨリの身体を引き離そうとした.だが,できない.

 ヒヨリは自分に倒れ掛かるアスタファイオスを固く抱きしめている.それによって剣はさらに突き刺さり,白銀の切っ先がついに背中から突き出ていた.


「今だっ! ディスポーザー!」


 裾から手を出し,シノノメは両手をサバタイオスの足元に向けた.

 二メートルほどの黒い穴がぱっくりと開き,凄まじいモーター音が響く.

 台所のシンクに取り付けられる生ごみ処理装置である.中ではターンテーブルが高速で回転しており,ハンマーと刃が飲み込んだものを粉砕してしまうのだ.

 アスタファイオスの血でずるりと足を滑らし,サバタイオスが落ちた.


「うわっ! しまった! お前たち,助けろ!」


 超再生能力を持っていても,粉々にされてはたまらない.必死で縁につかまっている.

 顔を見合わせながら兵士たちが穴の周りにわらわらと集まる.

 まるでシノノメ達の存在を忘れてしまったかのようだ.

 いや,実際にそうなのだろう.

 サバタイオスとアスタファイオスの命令通りに動いてきた彼らは,何をしたらいいのか本当に分からないのだ.


「飛翔の塔の中は銀蛇ウロボロスが入れないんだっ! 馬鹿,早く手を伸ばせ!」

「お掃除サイクロン! 逆転!」


 竜巻が発生する.上に吸い上げるのでなく床に向かって叩きつける強風は,兵士たちを吹き飛ばしてディスポーザーの中に叩き込む.


「お,お前たち,反撃しろっ!」

「もう遅いよ! スーパーサイクロン! 風神バージョン・ツー!」


 広間の中を荒れ狂う竜巻は全ての兵士を洗いざらい吹き飛ばした.まさにシノノメのつけた名の通り,大掃除である.

 流体金属人間の体が宙を舞う.

 くるくる回っては,ディスポーザーに紙でできた人形の様に叩き込まれる.

 落ちるたびに凄まじい音がする.


「ちょっと残酷な気もするけど! みんな液体金属とかだし,大丈夫だよね! このまま下の下水溝に繋がってるはずだから!」

「あっ! ああああ!」


 次々に降って来る兵士の体に押され,サバタイオスはついに穴の奥へと落ちて行った.


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