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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第33章 Top Of The World
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33-10 Something Just Like This

 人形のように整った顔立ちの少女だ.

 長い睫毛の先が震えている.瞬きもせずにシノノメ達を見つめている.

 顔色が紙のように白く,表情が固い.

 着ている服のデザインはマギカ・エクスマキナの軍服に共通したところがある.

 しかしよく見れば下は学生服に似たプリーツスカートで,羽織っているのはインバネスに似たローブだ.

 かつてウェスティニア共和国を侵略したMEMマギカ・エクスマキナの“学院”の制服である.

 アイエルは慌てて酔っぱらったグリシャムをパンのクッションの上に放り投げた.


「むぎゅっ!」

「シノノメさん,下がって!」


 アイエルは弾弓を構えた.黒豹のボウガンは失われたが,元々使っていた武器だ.弓の弦を引く右手には鉄球が握り込まれている.


「待って,アイエルちゃん.この子,武器も何も持ってないよ」


 シノノメは腰を落とした戦闘姿勢を解いた.


「でも,この恰好どう見てもメムの仲間だよ」

「この子だけじゃないよ.周りにまだいるよ.囲まれたみたい……でも,敵意を感じない」

「えっ!?」


 三人が落ちた場所を囲むように,いつの間にか人影が現れていた.

 スクラップの山に身を隠すように,あるいは青黒い岩に隠れるようにしてこちらを覗いている.気配だけで十人前後と言ったところだろうか.


「包囲された……」

「違う……攻撃する気はないわ」


 少女が口を開いた.

 良く通るきれいな声だったが,少し震えている様にも感じる.何かに怯えているのか.

 シノノメは気づいた.


「あなた,どこかで会ったことがある……」


 シノノメが思い出す前に,ムクリと起き上がったグリシャムが指さした.


「ミラヌス攻略の時に,合成獣のロボットに乗ってた子よ! イマジナリー・フレンドの!」

「あっ! そうだ.名前は……えーっと」

「ココナ.私の名前はココナ」


 少女は形のいい顎を引いて頷いた.

 イマジナリー・フレンドとは,電脳世界への移住者を慰撫するために作られた理想のパートナーだ.


「あなたの相手は確か……」


 そう言いかけてシノノメは言葉を飲み込んだ.代わりに胸元から肩口をじっと見る.移住者たちは心の安寧を求めたがために,彼らのパートナーと一体化してしまっているのではなかったか.


「違うぞ.俺は取り込まれていない」


 傍にあったコンテナの様な塊の後ろからガチャリと音がした.

 背の高い赤髪の青年が不格好な機械の塊を抱え,シノノメに狙いをつけている.何となく銃の様に見えるのだが,何かの機械を寄せ集めたもので,それらしいとしか言えない.

 アイエルが弓を引き絞り,青年の額に狙いをつけた.


「リュージ,危険よ.熱線銃ブラスターは暴発するかもしれない」

「そうだ.あなた,メムの学院で,携帯電話作ったりロボット作ったりしていた器用な人でしょ」

「リュージ,危険だわ.彼女たちの武力は……」

「ああ,分かってるよ.デモノイドに乗っても勝てなかったんだ」

「なら……」

「お前に武器を向ける奴は許せない」

「アイエル,武器を仕舞って」

「でも,シノノメさん,こいつら流体人間だから全身武器だよ」

「たぶん大丈夫」


 アイエルが弓を下ろすと,リュージは機械の塊をゆっくり下に降ろした.


「私たちを追って来たんじゃないの?」

「アスタファイオスたちから命令は来たが,俺は聞く気がない」


 リュージはため息をついた.以前見たときとは随分違って,やつれて見える.


「じゃあ何で出てきたの?」

「こちらからしたら,はた迷惑さ.何でここにやって来たんだよ」


 質問というよりも抗議か苦情の口調だった.アイエルは弓を片付ける代わりに鉄球を右手の中にいくつか握り込んでいる.指弾――鉄球やコインを腕のスナップで飛ばす武技の準備だ.


「それはこっちの台詞.戦う気がないなら,出て来なければいいでしょう!」

「攻撃的というか,どこまでも前向きな奴らだな」

「世界の運命を決めるっていう戦いなのよ?」

「俺はやり過ごしたかった.ダークエルフ,お前がココナに弓を向けたから出てきただけだ」

「ひねくれた奴! その子がメムの格好で私たちの前に出てきたからでしょ!」

「武器も持ってない奴を攻撃するのか」

「ウェスティニアを侵略したのは,あんた達じゃない!」

「俺は異世界転移でスローライフを楽しみたかっただけだ」

「どこが! さんざん好き勝手やってたくせに!」

「異世界転移したら楽しむのが定石だろうよ」

「わじわじする! どこまでひねくれてるの?」

「そっちはどこまで真っ直ぐちゃんなんだよ?」

「リュージ,待って」


 ココナがアイエルとリュージの口論を遮った.ココナの視線はシノノメの後ろに向けられている.グリシャム――ではなく,グリシャムが寝そべっているマット――パンを見ている.


「お願い,東の主婦.そのパンをちょうだい」

「え?」

「どういうこと?」

「リュージは当分まともな食事をとっていないの.お願い」

「まともな食事って……?」

「俺は移住者だ.電子情報なんだから,飯は要らない.言っただろう,ココナ」

「ううん,ダメよ」

「ご飯を――食べて無いの?」

「この谷にいる者の役目は,ユーラネシアの戦略物資を作ることで,上の人たちのおこぼれしか回ってこないの」

「九十七階層なのに?」


 リュージはうるさい,とでもいう様にぶっきらぼうに応えた.


「ここは落伍者の谷.アスタファイオスとサバタイオスの指示に従わない人間たちの吹き溜まりなんだよ」

「落伍者の……」

「落語?」

「違う違う,シノノメさん,落ちこぼれってことだって」


 落ちこぼれ,という言葉に反応して,リュージがアイエルを睨む.

 シノノメは少しだけ辺りを見回して納得した.欲望の塔の階層同士,さらにその階層の中で強いものが弱いものを叩く――これまで見てきた他の階層と同じだ.一体どこまでこの構造が続いているのだろう.


「いいよ.あげる.でもとっても大きいから,傷まないうちに食べてね.あと,グリシャムちゃんは食べないで」


 グリシャムはパンの上で大の字になって寝ているのだ.オープンサンドイッチの具のようになっている.


「ありがとう.じゃあ,みんな」


 ココナが片手を挙げると,同じような姿の少女――イマジナリー・フレンドが物陰から出てきた.五,六人集まってパンの縁を持つと,グリシャムごと持ち上げ,運び始めた.


「グリシャムちゃんが目を覚ますまで,私たちもついて行っていいよね?」

「好きにしろ」


 リュージは面白くなさそうに肩をすくめた.


 ****


 巨大食パンが運び込まれたのは谷の端の方だった.

 “落伍者の谷”は三日月状に口を開けた窪地で,その三日月の尖った先に居住区が設けられている.

 四角いコンテナの様な家が縦横に折り重なり,煙突とパイプがあちこちから突き出して湯気と煙を吹き出している.


「何だか,工場の中に家があるみたい」

「まさにそうなんでしょ」

「ねえ,アイエルちゃん,思い出さない?」

「何を?」

「ドワーフの工房のある洞窟とか」

「ああ……そうだね.そう言えば」


 エルフ,ドワーフ.

 それらが登場するファンタジー.

 もともと,指輪物語の作者トールキンが古いヨーロッパの伝承と英国の階級社会をもとに作った世界観だという.

 滅びゆく美しい人々――貴族.

 人は良いが粗野な鍛冶職人たち――労働者階級.


「でも,それよりずっと……何て言うんだろう,頽廃した――スラムみたいな感じがする」

「……ファンタジーじゃないね」


 コンテナの家についた窓から,シノノメ達を覗く目が見える.

 イマジナリー・フレンドの少女たちは少し開けた広場まで行くと,シートを敷いてパンを下ろした.

 手がぐにゃりと変化して波のようにうねった刃がついたナイフに替わり,パンを切り分け始めた.

 いつの間に,というくらい周りに人が集まっている.

 二十人くらいだろうか.皆無口で顔に疲れが見えた.パンを受け取ると,その場で食べ始める者,両手いっぱいに受け取ってコンテナの家に戻っていく者,様々である.


「これみんな,移住者たち……」

「うーん,我慢できないや」

「シノノメさん?」

「ちょっとあなた達,パンだけだと栄養が偏るでしょ? 何かはさんだりしようよ.あー,もう,ムズムズする」


 シノノメはアイテムボックスからずん胴鍋を取り出し,お玉で縁を叩いた.


「トゥアサー・デ・ダナーン!」


 鍋がブルブルッと震え,あっという間にクリームシチューが湧き出して来る.一個師団の軍隊の腹を満たすという魔法の鍋なのである.


「ほら,パンと一緒に食べても良いし,パンシチューにして中に入れてもいいから! 早く器を持ってきて!」

「あーあ,シノノメさんの主婦さんスイッチが入っちゃった」


 ココナは大きな目を見開いて一層大きくした.


「何で……」

「いいから,もう.こんなにお腹を空かせた人がたくさんいるなんて,見てられないよ.イマジナリー・フレンドの人も,どうせ食べて無いんでしょ?」

「私たちは食べなくても……」

「いいの! 早く容器を持って来て」


 有無を言わせぬ口調に,ココナが慌てて金属のボウルを沢山持ってきた.

 湯気を上げる温かい料理が次々に配られる.表情の乏しかった移住者の口元が緩んでいるのが見える.ある者はボウルを大事に両手に包み込み,ゆっくり味わっている.またある者はパンと一緒にスプーンで掻きこんでいる.


「慌てなくても,魔法の鍋はどんどんお代わりが出るよ」

「シノノメ……貴女は何故? 何者なの?」

「何者って? 私はプレーヤーだよ」

「違う……あなたは,この物語の主人公のはず.でも,何故?」


 ココナの言っていることの意味が分かる様で分からない.だが,何故と言われればそれは自分がそうしたいからというしかない.

 ゲームの中のキャラクターだろうが誰だろうが,人が人を傷つけ,飢えているのは嫌だ.


「きゃあっ!」


 悲鳴を上げたのはグリシャムだった.目を覚ますとナイフを持った少女たちに囲まれていたのだ.


「大丈夫だよ,グリシャムちゃん.それはパン切り包丁だから」

「シノノメさん……? 一体これはどうなってるの? 私,もしかして寝てた? やだ,これじゃまるでネムみたいじゃない」


 食パンはグリシャムがちょうど寝ていた形だけ残してくり抜かれていた.


「わー,すごい.クッキーの型みたい.魔女型パンだ」


 シノノメが無邪気に驚くと,移住者たちがクスクスと笑った.

 “落伍者の谷”に,静かで温かい,小さな人の輪が出来ていた.


「ああ……どうも」


 感謝の言葉にはできないまでも,シノノメの差し出すシチューの椀におずおずと頭を下げる者もいた.

 辺りを見回したグリシャムは概ねの事情を理解してため息をついた.


「はあ,シノノメさんはいつものシノノメさんか」


 頭を軽く振り,シノノメの隣に座る.椅子ではなく切断されたパイプだ.加工中なのかあちこちに資材が転がっている.


「だいぶ回復したみたいだね」

「おかげさまで.ちょっと強烈だったけど」

「シノノメさん,今度から水割りにしてよ.グリシャムが酔っ払ったら大変なんだから」

「そうなの?」

「ちょっと,アイエル! それは内緒にして!」


 シノノメは空を見上げた.

 断崖の向こうに白い塔がそびえ立ち,谷に影を落としている.優雅な曲線を描いてすっと天に向かった立ち上がる姿は白鳥の首の様で,この谷とはあらゆる点で対照的だった.


「お前は……お前たちは飛翔の塔を登る気なんだろう?」


 沈んだ声で話しかけてきたのはリュージだった.

 シチューのせいか頬にわずかな赤みが差している.ココナと肩を寄せ合うようにして座っていた.よく見れば制服の裾にほつれが見え,あちこちに焼け焦げや擦れた跡があった.


「うん,でも飛んで行ったら鳥の大群に襲われたの」

「だろうな」


 リュージは小さく頷いた.


「ちょっと待って.あなた,あそこを登ったことがあるの?」

「……それ以外にこの状況を抜け出す方法は,何がある?」

「教えて! あそこはどうやって登ったらいいの?」


 真っ直ぐなシノノメの視線を受け止めきれず,リュージの目が宙を泳いだ.

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