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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第33章 Top Of The World
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33-9 Laugh Now Cry Later

 ゲート“飛翔の塔”がそびえる台形の山が近づいて来る.

 自然の地形の様にみえるが,人工的な違和感を拭いきれない.強いて言えば,遊園地のアトラクションとして作られた建造物に似ている.

 人間の営みが生む生活感,リアリティが無い.

 今のところ追手は来ない.

 アーシュラの爆弾の名残――黒い煙がモクモクとたなびいている.

 塔の中に飛びえるもう一つの塔――飛翔の塔は漏斗を伏せたような形をしている.

 真っ白で,屋内ジェットコースターの建物みたい,とシノノメは思った.

 麓かららせん状の溝が塔の外壁に刻まれている.そこだけ見るとドリルの様だ.


「あれは塔を登る道なのかな?」

「分からない.つるつるだし近づいてみるしかナイよ」

「ひとっとびで頂上まで行ってみよう」


 シノノメは空飛び猫を,グリシャムは魔法の箒の高度を上げた.アイエルはグリシャムの腰に手を回してつかまっている.

 見渡す限りの緑の大地は全て作り物なのだ.おそらく地面の下にはあの銀蛇ウロボロスが蠢いているに違いない.

 次第に白い外壁が近づいて来た.

 つるつるとした表面が人工の太陽光を受けてキラキラと輝いている.

 らせん状に塔の周りを飛びながら,高度を上げる.

 やはり塔の外周に見えた溝は人が通れるようになっていた.長い階段タラップが取り付けられている.点検用階段か岩山の登山道とでもいったような粗末なつくりだ.


「こんなところを歩いて昇るなんて,ぞっとするなあ」


 あと数メートルまで近づいたところだった.

 塔の頂上から黒い煙――雲のようなものが現れた.


「雨雲?」

「いいえ,あれは……鳥だわ!」


 スズメほどの大きさの機械の鳥の群れだった.ムクドリの群れを思い出す.

 弾丸の様なスピードで,シノノメ達の方に降って来た.

 飛ぶというよりも,まるで雹だ.翼を畳んだ鳥がずんぐりとした黒い機械の体で突っ込んで来る.


「わわっ! お掃除サイクロン!」


 鳥の群れの一部をもぎ取るように吹っ飛ばした.だが,散り散りになった群れが再び集まって襲ってくる.

 キイーン,という甲高い音がする.

 機械鳥の鳴き声らしい.


「うわ,うるさい!」


 アイエルが元々の手持ちアイテム――細身の剣を振り回している.だが鳥たちは執拗に追いかけてくる.


「シノノメさん,これじゃ近づけないよっ! グリシャム,回避飛行!」

「わかってる!」


 高度を落として一旦逃げるしかない.鳥たちはそれでも追いかけてきた.

 魔法使いのとんがり帽子を金属のくちばしが撃ち抜き,つばが千切れる.

 シノノメの着物も肩口を切り取られ,振袖に穴が開いた.


「しつこい! えーい,鳥だったら! ノンフライヤー!」


 シノノメの手から超高温の熱風が吹き出した.

 油を使わなくても唐揚げが出来る魔法だ.相手は機械なのでカラリと揚がるというわけにはいかない.火花と炎を吹き出し,弾けるようにして落ちて行く.


「フライドチキンになっちゃえ!」


 機械の鳥たちはひるむことなく襲って来た.

 雷光を帯びた砲弾が止むことなくシノノメめがけて降り注がれる.

 白亜の塔に近づく者に対する天罰――神の怒りとでもいう様に,それは執拗で狂暴な攻撃だった.


「ノンフライヤー! お掃除サイクロン!」


 空飛び猫で縦横無尽に飛び回り,黒い雲の様な大群の三分の二程を何とか撃退しただろうか.

 高度を下げると鳥たちも距離を取り,しばらくの間膠着状態となった.

 どうやら塔の頂上と一定の距離になった時に攻撃するようにプログラムされているらしい.

 ほっとため息をついたシノノメが振り向くと,グリシャムとアイエルの乗った魔法の箒がよろよろと落ちて行くのが見えた.


「グリシャムちゃん! アイエル!」


 何とか高度を保とうとしているらしい.ガクリガクリと折れ線を描くようにしながら,わずかに上がったかと思うと大きく落ちて行く.


「魔力切れだ!」


 すぐに思い当たった.ドルイドの“森の魔法”で樹人を目覚めさせてからずっと魔法の使いっぱなしなのだ.魔法の箒で空を飛ぶのはかなり魔力(MP)を消耗する.サーフィンの様に箒を操る炎の魔女ヴァネッサなどは例外中の例外である.

 このまま行くと地面に叩きつけられるのは時間の問題だ.地上に降りれば再び銀蛇の猛攻が待っている.


「ラブ! 二人の所に急いで!」

「にゃおっ!」


 銀縞の空飛び猫は弾丸のように飛ぶと,急速に落下するグリシャムたちに追いついた.

 グリシャムの顔は真っ青だ.アイエルはグリシャムの背中に手を当て,必死にMPを補充している.魔力付与だ.


「し,シノノメさん! だめっ! もたないよ!」

「下は人工樹の森だよ! あそこはきっと,あの銀色のミミズもどきがいるよっ!」

「グリシャム,しっかりして!」


 ポーションを投げ渡そうかと思ったが,手を離せば箒は浮力を失って真っ逆さまに落ちる.グリシャムに手放し飛行はできない.


「どこかに降りる場所は……あれは!」


 美しい飛翔の塔の裏側に,青黒い領域があった.

 そこだけ岩が剥き出しになり,谷状に落ちくぼんでいる.

 何かねじ曲がった機械が無秩序に置いてある.資材置き場か――もしこの“ファンタシア・エクス・マキナ”が遊園地に例えられるとすれば,バックヤードだ.

 その場所だけは人工の光もろくに当たっていない.

 吹き溜まりの谷――.

 シノノメの直観に響くものがあった.


「あそこなら!?」


 もうグリシャムは限界だ.ゲームオーバー寸前に違いない.このまま地面に叩きつけられれば終りなのはもちろんだが,それまでにMPが切れればお終いだ.

 時間がない.


「シノノメさん,どうする気!?」


 アイエルが目を丸くした.シノノメの右手は薬指を畳んだ手形――風魔法のサインだ.

 答えずにシノノメは手を振った.


「お掃除サイクロン!」

「きゃあああああああああ!」


 アイエルとグリシャムはきりもみしながら盛大に吹き飛ばされた.

 落ちて行く方向は青黒く窪んだ谷だ.


「急がなくちゃ! あったか手作り!」


 シノノメの左手に,白い箱の様なものが出現する.


「超超早焼きモード!」


 四角い箱を抱えたまま,シノノメはグリシャムたちの落下速度より早く飛んだ.

 グリシャムとアイエルが地面に激突する瞬間,叫ぶ.


「パン・ド・ミ!」


 パカリと四角い箱が開き,体育マットのような分厚い白い塊が飛び出した.現れたのは巨大な食パンだった.シノノメが咄嗟に取り出したのはホームベーカリーだったのだ.


 ボスン!


 香ばしい香りとともに,グリシャムとアイエル,そして魔法の箒はその上に軟着陸した.

 空飛び猫はふわりとその隣に降り立つ.

 焼きたての特大パンはホカホカと湯気を立てていた.


「う,うーん」


 グリシャムは目を回して倒れている.

 アイエルは頭を振りながら起き上がった.


「まさか,パンのクッションなんて……」

「良かった,間に合った」


 シノノメはアイテムボックス――エプロンのポケットからポーションを取り出した.


「グリシャムちゃん,これ飲んで!」

「うーん……何これ?」


 グイっと飲んだグリシャムの顔が真っ赤になった.


「どう? 爆弾ハナタレ小僧.焼酎風だよ」

「ゲホゲホ,頭がしびれるう……」

「ちょっと度数が高かったかしら? 魔素四十四パーセント」

「うげっ! 半分アルコール,じゃなかった魔素じゃない!」

「エルフ印の精霊酒スピリタスとか九十六パーセントだから,それほどでも……」

「こんなのもアリアリ.急激にMPが上がると体がポカポカしてくるよねぇ.へへへ」


 ニヤニヤ笑ってパンのクッションの上に立ち上がったグリシャムは,完全に千鳥足だ.


「おっとナイナイ,パンを踏んだ娘は地獄に落ちるのよ」


 地面の上に飛び降りたもののフラフラしているので,慌ててアイエルが支えた.


「完全に出来上がってるじゃん! しばらく酔い覚まししなくっちゃ」

「梅酒風くらいにしとけばよかった」

「ちっちっち,それはナイわ,シノノメさん.梅酒なんてジュースよ」

「駄目だこりゃ」

「とりあえずここには敵は来ない……かなあ.そんな感じがしたんだけど」


 シノノメは辺りを見回した.

 三十七階層の他の区域とは全く雰囲気が違っていた.

 まず,人工の光が十分当たらないらしく,全体が薄暗い.近くにそびえ立つ”飛翔の塔“が白く輝いているのと比べると嘘の様だ.

 地面は青黒い岩が剥き出しで,ところどころ機械の部品が露出している.下草や樹木は見当たらない.

 谷を形作る壁面には折り重なった機械が埋もれ,まるで化石の様だ.


「資源ごみの収集センターみたい」

「それを言うなら,スクラップ工場かな.ここは一体何なんだろう」

「吹き溜まりってとこかしら.シノノメさん,このパンでガーリックトーストとか作れない?」

「グリシャムちゃん,お腹がすいたの?」

「肴が欲しくなったのよ」

「グリシャム,しっかりしてよ! シノノメさん,うっちん茶無い?」

「うっちゃっちゃー?」

「あー,ウコンのお茶だよ.オバアが乾杯の前に飲めって.沖縄だとスーパーとかで売ってるの」

「さすがに持ってないよ」

「泡盛も美味しいよね? 久遠くおんとか北谷長老ちゃたんちょうろうとか」

「瑞泉とか菊の露じゃない銘柄が出てくるところが,流石グリシャム……って感心してる場合じゃないよ.ホント,しっかりしてよ」

乾杯カリー! 春雨!」

「うわぁん,ここに酔っ払いがいますよう! ユーラネシアとアメリアの最終決戦だっていうのに!」

「ごめんねー,アイエルちゃん」


 どうにもこうにも,グリシャムの回復を待つしかない.

 シノノメはパン切り包丁を取り出して料理でもすることにした.


「お酒のつまみだったら,アヒージョかしら」


 ふと,背中に気配を感じる.

 シノノメは腰を落とし,素早く振り向いた.


「あなたは!?」


 そこにいたのは,小柄な長い黒髪の少女だった.


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