33-7 Magic Touch
「答えはこれだよ!」
「何っ!?」
シノノメは両手で丸を作って叫んだ.
「美ルックひろびろ! きらめき照明!」
両手の間に現れた光源は,煌煌と太陽のように輝く.
照明魔法だ.
意志一つで温かみのある照明にしたりできる.ただ,両手を組み合わせなければならないので戦闘には全く不向きである.
ダンジョン攻略でも懐中電灯代わりにもならない微妙な魔法なので,シノノメもほとんど使ったことがない.
仮面を外したメムの兵士たちが目を背ける.
アスタファイオスとサバタイオスも目を押さえた.瞳孔の色素が薄いので,光を眩しく感じやすいのだ.
「くっ! 何をする気だ! シノノメっ!」
「グリシャムちゃん!」
「はいっ!」
万能樹の杖で空中に魔方陣を描き,とんがり帽子を震わせて呪文を詠唱する.
「藁と土と草と樹木よ! テウタテス・スケッルス・エポナの名の下にその力を揮えっ! 古エルフ語にてその名を呼ぶっ! 神樹覚醒!」
小さな藁と土のゴーレムを作っていた頃とは違う.今やグリシャムの手には,エルフの女王によって祝福された万能樹の杖がある.
万能樹の杖頼りになっている――シノノメに指摘されてグリシャムは改めて気づいたのだ.
もともと土属性,植物の操作は得意だったのだ.それで森の魔法――ドルイド魔法を研究した時期もあった.シノノメに初めて会った時も,森魔導士の姿をしていた.
グリシャム本来の知識と今の力を合わせればきっとできる――シノノメはそう確信していた.
オノドリム.エルフ語で“樹人”.
名前を呼ばれた樹木は体を震わせて動き始めた.
人工合成物の樹木でも,木は木だ.
機械の塔の中でこれまでグリシャムは十分な力を発揮しにくかった.
だが,ここには疑似とはいえ土がある.
大木が枝を腕のように振り回し,根を地面から引き抜いて歩き始めた.
メムの兵士たちを薙ぎ倒す.
どちらの人格が体を動かしているのか分からないが,暴れる木々に兵士たちも応戦し始めた.
あちこちで銃声が響く.
火炎放射器の火の手が上がった.
火がついた樹人は暴れ狂い,周りの建物に引火する.
「くっ! まさか,仲間の魔法使いにこれほどの力があるなんて聞いてないぞっ!」
「サバト,これもシノノメの“承認”の力だ.彼女が力を与えているんだっ!」
アイエルはその間に次の準備をしていた.
その二つ名を黒豹のダークエルフ.
その由来は,やはりエルフの女王エクレーシアから与えられた“黒豹の石弓”に由来する.
弾弓としても通常のクロスボウとしても使えるこの武器は高ランクの魔法武具だ.
使い手の意志に応じ,その姿を変える.
これまでは剣と弓の形でしか使えていなかった.
だが.
それはできる筈なのだ.
なぜ石弓の先端に黒豹の頭があしらわれているのか.
剣に変化した時に柄頭に黒豹の頭がついているのか.
ダークエルフの黒い肌のモチーフ?
それだけではない.
「ハイ・メタモルフォス! 変化せよ幻獣!」
石弓が大きくなり,全体の形がうねる.
黒豹の飾りに着いた二つの目に赤い光が宿った.
見る見る間に黒光りする装甲を体にまとった黒豹が現れ,咆哮した.
大きい.
体長は三メートルにも達していた.
通常豹は百五十センチほどだが,最大のネコ科と言われるアムールトラより大きい.
アイエルが背中に飛び乗ると,ひときわ高い雄叫びを挙げた.
まるで歓喜している様だ.
今度はアーシュラが叫ぶ.
「アタシもそれじゃっ! うまく行けよ! 出てこい戦車!」
出てきたのは黄金の二輪馬車――戦闘用馬車だ.
自分では料理人と言い張っているが,彼女の職業は剣闘士.当然騎乗戦闘もこなす.ただ,馬を持っていないのでお蔵入りになっていたのだ.
「魔法自動連結機能オン! 上手く行ってよ……」
スルスルと轅の部分が伸び,豹がまとう鎧に連結した.
ガチャンと音がする.
「へーっ,何だか便利家電みたいだね」
「そんなこと言ったって,馬具の取りつけなんてできないもん.仕方ないじゃん.さ,早く行こうよ!」
「ちょっと待って,こりゃナイわ.フラフラする.二日酔いみたい」
「魔力不足だよ! 急いで!」
アーシュラはグリシャムの手を取って戦車に乗せた.シノノメはアイエルの後ろ,黒豹の背中に乗る.
「鎧が邪魔で,折角のモフモフが味わえないな……」
「くそっ! シノノメ! 待てっ!」
「って,そんなこと言ってる場合じゃなかった.お掃除サイクロンっ!」
走り寄ったアスタファイオスは竜巻で吹き飛ばされ,サバタイオスと折り重なって倒れた.
言葉と目の力以外,攻撃能力が乏しいのは先刻承知だ.
「風にたっぷり胡椒と七味唐辛子を混ぜたから,しばらく目と口は開かないよっ!」
地面に倒れた双子は激しく咳き込んでいる.
「シノノメさん,つかまって! レオフォーゼ! 走って!」
ぐん,と体に重力が加わる.
黒豹は背中にシノノメとアイエルを乗せ,さらに戦車を引きながらも素晴らしいスピードで加速した.
目指すは白い山のような建物――“飛翔の塔”だ.
動く樹木と乱闘になっているメムの兵士を軽々と飛び越え,石畳の街路を走り始めた.
銃を持った赤髪の少女――正確にはイマジナリーフレンドだが――が飛び出して来る.
だが,黒豹の前足の一撃で薙ぎ払われ,吹っ飛んで行った.
ぐにゃりと体があり得ない方向に曲がる.彼女たちの体に関節はない.水銀の様な流体金属でできているのだ.
「黒豹さん,強い! アイエルちゃん,いつからこんな技持ってたの?」
「ずっと考えてたんだ.自分の武器が石弓と剣に変わるだけの物なのかって.でもね,それって自分の想像次第じゃないかと思って,色々考えたら」
「召喚獣に変わったんだ」
「正確には召喚獣とは違うけどね.私の相棒の幻獣」
黒豹はしなやかな足取りで隘路を駆けていた.見る見る間に広場が遠くなり,メムの街の奥へと進んで行く.
「わわわ,こっちは舌噛みそうよっ!」
後ろからグリシャムの悲鳴が聞こえる.
戦車は左右上下に盛大に揺れていた.石畳の上で木製の車輪が跳ねるのだ.
「し,仕方ないでしょっ! 古代の戦車にサスペンションなんて無いんだから!」
「サムソンの盾とか,アーシュラが持ってる武器ってなんで中途半端なのが多いのよっ!」
サムソンの盾はオリハルコン製の巨大な盾だ.巨人仕様なので手に入れても全く役に立たなかった代物である.
「船に金かけたくって,馬買うのがもったいなかったんだよ!」
「カカルドゥア人はこれだからっ!」
「それより本当に口を塞ぎなっ! そろそろアタシの仕事が始まる!」
黒い軍服を着た兵士が忍派の様に家の屋根を走りながら追って来ていた.
屋根と屋根の間を飛び移るたびに,体が不自然に伸びる.
パルクールの競技者のそれとは違い,美しいというよりもただただ不気味でしかない.
アーシュラは戦車の床に向かって片手を振った.
ズラリと武器が並ぶ.
「わわっ,走りながらだと作業しにくいっ」
「泣き言言わない! 踏ん張れグリシャム!」
「手袋して,しかもちっちゃい種とか葉っぱをちまちま槍に糊付けするのは.そうは言っても」
「来たっ!」
二つ後ろの家の上.
茶色いショートカットの少女が銃を構えている.
アーシュラの右手が素早く動いていた.
投げ槍が閃き,見事に少女の胸に突き刺さる.
少女は槍を抜こうとしたが,抜けない.
わずかに首を傾げた.
崩れた重心のせいで倒れそうになるが,何とかバランスを取り戻すと,取り落としかけた銃を再び構えた.
「駄目か?」
そう言った瞬間,ひどい絶叫が聞こえた.
屋根の上の少女が自分の胸を抱くようにしてうずくまっている.
声の主は少女ではなかった.野太い男の声だ.
彼女の体に寄生した宿主――移住者の男が叫んでいるのだ.
「成功! グリシャム,何をくっつけたの?」
「効くかどうかよく分からなかったから,とりあえずイラクサの一種とヒマラヤン・ブラックベリーを盛りだくさんで」
「イラクサ? ヒマラヤン・ブラックベリー?」
「オーストラリアのイラクサ科植物,ギンピ・ギンピは触れるだけで激痛が20年以上続き,痛みのために自殺者が出るとか」
「ひえーっ」
「あと,ヒマラヤン・ブラックベリーは鋭い棘があって体を切り裂くのよ.槍が刺さった瞬間に発芽して,流体金属の体に深く食い込んでいく……はず」
「それで抜けなくなるのか!」
「グリシャムちゃん! 恐ろしい子!」
「グリシャムって,怒らせちゃいけないタイプだよね」
「ええい,人聞きの悪い……でもこれで分かった.移住者には生き物の部分があって,そこには毒が効くのね」
「それに,やっぱり思った通りだったね.ここには自動車やバイク,乗り物が無いんだ」
「エンジン音がしなかったからね.それでも電気自動車とかあったらまずいと思ってたけど」
「奴らは走って追ってくるしかない! 来たっ!」
五人の少女が街路に飛び出して来た.裏道を通って先回りしてきたのかもしれない.
全員が愛らしい顔立ちをしている.
士官服を模した黒い軍服をまとったその姿は場違いに華麗で,女性アイドルグループの様だ.
だが,全員が必殺の武器を手にしている.
「まな板シールドっ! 金属タイプっ!」
レーザー光線を反射させ,銃弾を受け止める.
銃弾は例によって対魔法弾だ.空中で一瞬動きを止めるが,それでも進んで来る.
「アーモンドチョコになっちゃえっ!」
止まった瞬間,弾丸がお菓子に変わった.バラバラとそのまま地面に落ちる.
黒豹が突進する.
防御魔方陣で受け切れない銃弾が装甲をかすり,跳弾が戦車に当たる.
「させるもんかっ!」
魔方陣越しに次々とアーシュラが槍を投げる.
全て移住者が寄生する胸狙いだ.
槍が当たると内部で植物の棘がはじける.
何とか槍を引き抜こうとする少女が道に倒れた.
壊れた玩具の様にもがいている.
……可哀想.
シノノメの心がチクリと痛む.
宿主たちを癒すために作られた人形の様な存在.この戦闘行動も彼らにとっての安住の地を守るための行動には違いない.
「こいつら,とどめは?」
「動きを止めるだけでいいよ! 駆け抜けよう!」
「了解っ!」
だが,気づいた.
二人の少女は完全に動きを止めて道路に倒れている.
「あの人面瘡のところ……急所なんだ」
「そうね,弱点なんだわ.アーシュラの槍が胸に正確に刺さった子は死んでる……宿主――移住者たちのための存在だから,宿主が斃れれば壊れてしまう――どこか憐れな人形……」
かつて自分も人形のような存在と言われていたのだ.
シノノメは唇を噛んだ.
この電脳世界の生き物に,どうしても感情移入せずにはいられない.ゲームの存在と割り切ることが出来ない.
……だけど.
「私も行かなくちゃならないの!」
感傷に浸っている暇はない.
やがて荘厳にすら見える白亜の山――飛翔の塔が近づいて来た.
緑の木々と機械の歯車が回る一本道の向こうに,その麓が見える.
「振り切ったか?」
「ならいいけど!」
グリシャムの舌の根も乾かぬうちに,道の両側がボコボコと盛り上がってきた.
戦闘馬車を追うように細長い畝が出来上がる.
「何だ?」
「モグラ?」
「ううん,違うよこれはっ! みんな,注意して!」
蛇の様に地面を盛り上げる“それ”は行く手で交差し,土砂を吹き飛ばして地中から飛び出した.
「やっぱり! 出た!」
二条の巨大な銀の大蛇――いや,砂虫が鎌首をもたげる.
巨大な蚯蚓,あるいは幻想大陸の砂漠にすむ砂虫にそっくりだ.
「シノノメさん,こいつは!?」
「銀蛇! メムの学院に巣食ってた化け物だよ!」
砂虫の不気味な口吻はゆっくりと四つに開き,アスタファイオスとサバタイオスが中から姿を現した.
血の色をした四つの瞳は不気味な光を帯びてシノノメ達を見下ろしていた.




