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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第33章 Top Of The World
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33-4 Somebody To Love

 目の前に薄いカーテンが広がり,そこに古い映画が延々と映し出されている――そんな感覚だ.

 上映されているのは自分の過去.それも忘れてしまいたいような,それでいて忘れられない思い出ばかりだ.

 父がいなくなった朝.

 弟と二人でずっとドアが開くのを待っていた夜.

 難民として母と手をつなぎ,大勢の人混みの中をかき分けながら歩いた時の心細さ.

 独りぼっちで過ごした小学校の教室.

 机の上で涙を拭う少女――あれは自分だ.

 カーテンの向こうにいる人影がじっとこちらを見ている.

 クスクス笑う声がする.

 あるいは憐れむ声.

 蔑む声.


 ――マグナ・スフィアのスタープレーヤーにこんな過去があったなんてね.

 ――ド貧民じゃない.

 ――ほんと,可哀想.

 ――待てよ.彼女はこの“魂の座”まで上がって来たんだ.

 ――受け入れてやればいい.

 ――私たちと一つになって.


 胸が痛い.

 シノノメは心臓の辺りを押さえて膝をついた.

 心を鈍い刃物で切り刻まれるようだ.

 声の主はあの白い星のような筐体になってしまった機械人たちだ.


「あなたたち……人の心を覗いて,傷つけて」


 歯を食いしばる.

 やがて映像が進んでいく.

 シノノメの半生を追うように時間が進む.

 かつて感じた心の痛みが延々と再現される.

 マグナ・スフィアに参加して人形みたいだと言われたとき.


 ――不自然な記憶の形をしているね.

 ――壊れている.


「そうよ,私は……壊れていたもの」


 心臓の表面をザラザラした腕が這いまわっている.そんな感触がする.


「うっ」


 ノルトランドの最終決戦で受けた衝撃.

 自分の記憶に欠落があることに気付いた時.

 自分の家が偽りのものであることに気付いた時.

 真っ暗な闇の中に浮かぶ顔が見える.

 心の迷子になった時.

 祖母の死.

 涙の海が見える.

 決して訪れない夜明けを待ちながら暗い海辺を彷徨さまよい続ける,あの感覚.


「でも,私は負けずにここまで来た」


 ――もう楽におなり.

 ――さあ,一言答えれば我々の仲間になれる.

 ――頑張らなくていいんだよ.


 甘く囁く声がする.


「ああ……」


 ――繋がってしまおう.

 ――嫌なことはもう終わる…….


「終わり……?」


 視界が暗くなり,脳の中に広がる銀幕は次第に黒一色に染まり始める.

 闇の中から囁き声がする.


 ――そう.この魂の座の一部になるんだ.

 ――現実世界を捨てて.

 ――現実なんて嫌な事ばかりだっただろう.

 ――誰も君を理解してくれない.

 ――孤独.

 ――誰も本当に君を受け入れてくれない.


 ……そう.あの時も真っ暗だった.

 苦しくて悲しくて……体中痛くて……でも,でも,あの時確かに私は聞いたんだ.


 がくり,と崩れ落ちそうになったところで,シノノメは目を見開いた.


 ……あの手紙.


 それはいつも,私に勇気をくれる.

 心の一番大事な場所にあるもの.


「違う」


 ――何が違う?


「私は違うっ! グリル・オン!」


 床の上で握りしめていた拳を解放して叫んだ.

 青い爆炎が柱のように噴き上がり,天井を焼いた.


 ――ひいっ!


 恐れおののく声がする.

 シノノメは首を振って立ちあがった.

 両手にひとつずつ円盤が現れ,高速で回転し始める.


「私にはいるっ! どんな私でも,どんなにダメな私でも,それでいいって言ってくれる人がいる!」


 ――そんなの,分かるものか.

 ――人は何を考えているか分からない.


「たとえそうだとしても,私はそうだと信じてるもの!」


 暗い闇に染まっていた頭の中に光がはじけた.

 両手を振りながらくるりと一回転した.手から円盤がはじけ飛び,床を滑った後壁を駆けのぼり,天井に上がっていく.

 高速で回転するそれにぶつかると,白い機械人たちの身体は粉々に砕け散って吹き飛ばされていく.


「どんな汚れも取り除く,電動回転モップ!」


 シノノメの手に次々と毛が生えた丸い円盤が現れ,四方八方に飛んだ.


 ……今は顔も名前も思い出せないけど.


「その人は私の全てをよしって言ってくれる!」


 ――そんなものが,そんな存在があるものかっ!


「あなた達は集まってるけど,それでも信じあえないのね」


 ――意識を共有して,孤独だからみんな集まって……


「そんなの嘘の世界だよっ!」


 ――ひいいい!


 頭の中に響く声は次第に悲鳴ばかりになり,徐々にラジオの雑音のような音に替わり始めた.

 白い機械の欠片が雪のようにキラキラ光りながら天井から降り注ぐ.

 その中で雪男のように現れたのは,残った個体が寄せ集まって作り上げた人型の化け物だ.

 口に当たる部分の機械人が苦悶する様な電子音を立てた.


「グオオオ……コロシテヤル」


 髪に落ちてきた白い欠片を振り払い,シノノメは右手を掲げた.薬指をたたんでそれ以外の指をしっかり立てる.


「お掃除サイクロン!」

「コレシキノ風ナド!」


 白い怪物はグネグネと足を動かし,シノノメに迫った.

 丸太のような両腕を振り上げ,左右から叩き潰すつもりだ.


かおモ名前モ覚エテイナイダト? 何故ソンナ奴ガ信ジラレル!?」

「パワーブースト・サイクロン!」


 シノノメは両手を合わせた.

 強力な竜巻が指それぞれから発生したと思うと,束になって敵の胸に叩きつけられた.ほとんど空気のドリルだ.触れるものを粉々に削り取りながらさらに吸引していく.

 体の中央に絞り取られるようにして怪物の身体は徐々に小さくなっていった.

 それでも藻搔くようにしてシノノメに近づいて行く.


「それは――あなた達にはきっと分からない.私はそれを見つけに,上に上がる! この塔のてっぺんに行かなければならないの!」

「オノレ! オノレ!」


 ――何故,何故,そうまで信じられる?

 ――絶対的に信じられる,誰かなんて,そんな!

 ――いるものかっ!


「私には,いるっ!」


 機械人たちは体のつなぎ方を変え,長細くなって蛇のような身体になった.シノノメに精神攻撃を仕掛ける前に比べると,ずいぶん小さくなっている.だが,十分化け物じみた大きさだ.

 鎌首をもたげ,シノノメに襲い掛かる.

 シノノメは両掌をそろえ,ぴったりと壁を作る様に突き出した.


「多彩な加熱技でおいしさアップ! 超電磁びっくリングIH!」


 大蛇の頭を作っていた先頭の機械人が掌に触れた瞬間.

 シノノメの手のひらから強力な磁力線が発生した.機械人の体との間で渦電流が発生し,たちまち溶けながら破裂する.

 沸騰するようにはじけながら大蛇の身体は膨れ上がり,大爆発を起こして四散する.


「私の想いは,止められないっ!」


 ――ギャアアアアア!


 断末魔の“精神の叫び”を残し,機械人たちは粉みじんになった.


「ふう……」


 見回せば,鏡のような床とドーム状の天井が広がるばかりとなった.

 粉々に散った白い機械の体の欠片がまるで雪のように降り積もっている.

 頭を振りながら起き上がる仲間たちの端に,ぐったりと倒れているネムを見つけた.

 いつものように眠っている様に見える.

 だが,顔色が真っ青なのが分かる.

 シノノメはあわてて駆け寄った.


「ネムっ!」


 抱き起すとネムはゆっくり目を開けた.


「シノノメ……」

「ネム,ここまで頑張ってくれてありがとう……でも,もっと早く安全な場所でログアウトすれば良かったのに」

「最後にみんなと,ただお話ししたかったんだヨ」


 シノノメはポーションの瓶を差し出したが,ネムは首を振った.


「じゃあ,また一緒に……」

「ううん,アタシ,もうこれ以上は限界だヨ.戦闘力も無いし……アラジンの壺を運ぶのが精いっぱい」

「そんなことないよ! ネムがいなかったら,誰もここまで来れなかったんだよ.あの金平糖みたいな機械人の攻撃に耐えてくれたから,私はここに来れたの」

「ありがとう,シノノメ.アタシ,そしたら今度こそ……現実世界でもちゃんと眠れる気がする.もう,とても疲れちゃった」


 シノノメの後ろには頷くアーシュラとグリシャム,アイエルが立っていた.精神攻撃から回復したばかりで全員顔面は蒼白だ.グリシャムは頭が痛むのか,こめかみを押さえている.


「ありがとう,ネム.ゆっくりお休み」

「クルセイデル様,喜んでくれるかなぁ」

「喜ばない筈なんてナイ! 当り前でしょ!」

「もちろんだよ」

「お疲れ,ネム」


 ネムはにっこり笑みを浮かべると,目を閉じた.

 体の輪郭が薄くなって消えていく.


「ネム」

「なあに? シノノメ」

「必ず――現実世界でまた会おうね」

「へへへ」


 ネムはヘラヘラと笑いながら,ふっと姿を消した.ログアウトしたのだ.

 ネムの体の輪郭をしばらくシノノメはなぞるように見ていたが,顔を上げた.

 グリシャムが白い粉塵を払ってとんがり帽子をかぶりなおす.


「シノノメさん,結局助けられちゃったね」

「ううん,グリシャムちゃんも,アイエルちゃんも,アーシュラも本当にありがとう」

「なんて卑劣で姑息な奴らだ.現実世界で会ってたら,アタシ,ぶっとばしてるだろうな」

「ううん,分からないよ.みんなきっと本当は普通の人なんだよ.こんな世界のこんな状況に置かれたから――こうなったんだよ」

「醜い心の姿が剥き出しになったんだね,――うん,シノノメさんの言う事が正しい気がする.誰もが持ってる心の弱さが,そのまま卑屈な強さになって――うまく言えないけど,そうじゃなかったのかな」

「アイエルもシノノメさんも,何だか成長した気がする」

「グリシャムちゃん,お母さんじゃないんだから」

「お母さんはナイでしょ.せめて,お姉さんにしてよ」

「ははは,お母さんはいいね」


 降り積もる雪のようになった機械人の欠片を踏み,四人は歩き始めた.

 もうこの階層には行く手を阻むものはいない.

 細長い冷蔵庫の扉のようなゲートに向かっていく.


「信じられる誰かがいないなんて,こいつら本当に……情けないというよりも,哀れなのか」


 アーシュラの呟きを耳にしながら,シノノメは門の取っ手に手をかけた.

 ゆっくり開くと,上に上がる階段が見える.

 門の中に入ると階段は音を立てて動き始めた.


「長い長いエスカレーターなんだ……」


 向かう先は暗くて見えない.

 だが,シノノメは闇の向こうを見据えた.

 その先にきっと光があると信じて.


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