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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第33章 Top Of The World
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33-3 Run the World (Girls)

 白い異形の怪物が迫る.

 眼も口もない.ヒトデのような形をした機械人の集合体である.幼い子供が訳も分からずブロックを寄せ集めて組み上げた強いて言えばニンゲンの形をしている物体.

 全身についているセンサーが目であり,さらに全身が頭脳でもある.

 人型にこそなって移動しているが,歩いているのではない.パーツが次々移動してナメクジが蠕動するように前進しているのだ.

 振り上げた腕――これも腕というよりもフジツボの貼り付いた岩の塊のようなもの――の下には,床に手をついているダークエルフ,アイエルがいる.

 ギラギラした視界に目を回し,嘔気を必死にこらえている.

 脳――精神に干渉され,攻撃されている.

 彼女の場合は慕っていた祖父の死を何度も体験していた.

 死そのもので受けた衝撃と,その時見た親戚同士の骨肉の醜い争い,幼い彼女に容赦なく投げつけられた心無い言葉が,頭の中でこだまの様に反響している.


「く,くうっ」


 頭を振りながら何とか立ち上がった.


 ――死ね.心も体もズタズタになって.

 ――レベル八十台でここに上がってくるなんて,分不相応なんだよ.


「だからといって,ヒトデみたいな体になって身を寄せ合っているなんて」


 ――何がおかしい?

 ――一緒にいれば安心だよ.

 ――情報のやり取りこそが人間の喜び.それをもっと直接的にしているだけじゃないか.

 ――気持ちのいいことも笑いも人間同士のコミュニケーションの産物.心を共有すれば,それがもっと気持ちよくなる.


「自分をなくすなんてっ……メタモルフォス!」


 石弓を剣に変え,杖のようにして体を支える.

 頭上を岩石のような怪物の拳が通って行った.避けたというよりもふらついているのが正解だ.身体のあちこちが震える.


 ――田舎者.

 ――虚勢ばかり.

 ――酒飲み爺さんのご機嫌取り.

 ――金をよこせ.

 ――コロすよ.

 ――お前,たっくるすぞ.


 足がもつれて倒れた.すぐそばには白目をむいているネムがいる.


 ――死ね.


 もはや,自分の記憶の中の声なのか機械人たちの声か分からない.

 視界がグラグラと揺れた.

 再び白い岩のような拳が迫る.


 まるであの時みたいだ――アイエルの脳裏に記憶が蘇る.

 たった半年くらい前なのに,もうずっと昔のような――.


「グリル・オン」


 ボカンと出鱈目な爆発音がした.

 ドーム状になった天井にグワングワンと反響する.

 視界は一瞬で真っ白になり,前髪が爆風で揺れた.


 ――ヒイイイイ!

 ―――キャアアア!


 頭の中の声が一斉に叫び声に替わり,消える.

 青い炎に包まれて燃え上がる白い機械人がいる.

 アイエルは自分に背を向けて立っている懐かしい後ろ姿を見つけた.

 爆風に揺れる亜麻色の髪.

 殺伐とした戦闘空間にまるでマッチしていない和服姿.

 はためくエプロン.

 左手には冗談のようにフライパンを握っている.


「サンゴのお化け! あっちに行きなさい!」


 砕け散ったヒトデの様な筐体をシノノメは踏みつけた.


「むっ」


 パキン,と格好良く砕け散るかと思ったら,柔らかい草履の靴底がフニャリと曲がっただけだった.


「えい,えい!」


 シノノメは何度か踏んづけてみたが,やっぱりダメだった.

 気持ち悪い星形の機械は草履の角に弾かれ,ツルツルした床の上をツーッと滑っていく.


はかまでブーツにすれば良かった」


 白いサンゴの化け物――ブロックか粗いポリゴンでできたゴーレムのような敵は,次々と天井から降りてくる.


「百万度ポワール! イン・ジーニオ!」


 シノノメはフライパンを振った.カチリと手元で音がすると,手の中に柄だけを残して鉄鍋が飛んで行く.鉄鍋は真っ赤に赤熱化している.

 鉄鍋はゴーレムの胴に巨大な穴を開け,さらに天井に大きな焦げを作ったかと思うと,くるくる回転してシノノメの手元に戻って来た.

 カチリ,と音がして柄にくっつく.


「熱々のままテーブルへ! さらにフリスビー機能付きだよ!」

「シノノメさん……」

「ありがとう,アイエルちゃん.それに……ネム.ネムは大丈夫?」

「さっきまで白目をむいて泡を吹いてたけど……今は寝てるみたい」

「みんな,ここまで私を連れて来てくれてありがとう」

「助けに来たつもりが助けられてちゃ格好がつかないけどね」

「アーシュラもありがとう」

「こちらこそ遅くなってごめん」

「シノノメさん,大丈夫だった?」

「……うん,グリシャムちゃん.もう大丈夫.グリシャムちゃんの方がひどい顔色だよ」

「シノノメさん,手を休めないで.こいつら隙があれば精神攻撃を仕掛けてくるの」

「精神攻撃? そうか,それで……」


 シノノメはマグナ・スフィアの中での進行状況をパソコンで見たりすることがない.

 他のプレーヤーの様にVRマシンを通じてゲームに参加しているのではないのだ.

 “アラジンの壺”で運ばれてきたゲーム内の階層ステージに戻ってみれば,友達三人が床に倒れて苦しんでおり,そこに不細工な機械の塊が襲い掛かっていた――そんな感覚なのである.

 どこにも怪我がないように見える友人たちが苦しんでいる理由にようやく納得したのだった.


「とりあえずハイパーグリル十連発!」


 ドドドドドドドドドン,と青い火柱が二列立ち上がる.天井に噴き上がった炎は星形の機械人を粉々に砕く.


「あの小さい奴,一個一個が一人の機械人なの!」

「ブロックみたいに合体してるの?」

「情報のやり取りをして,一つの集合体になっているのよ!」

「トイレかお風呂にこびりついたカビみたいだね.ところどころチカチカ光ってる」

「あの光のパターンは危険……だけど」


 明滅する光で催眠効果を引き出したり,脳に異常な電流を発生させたりするのだ.だが,九十六階層の薄暗いドームだからこそその効果が発揮できる.部屋の中は今シノノメの爆炎のせいで妙に明るい.


「ちっ! バラバラになって飛んで来たよ!」


 塊になっていては攻撃の的になると考えたのか,分離して宙を移動し始めた.

 その数,数万.白い鳥の大群だ.


「うーっ! うじゃうじゃいる! ぞわっとする!」


 早速アイエルが石弓で狙ったが,個体を壊すだけでダメージが与えられない.


「空飛ぶ白いヒトデの群れ……っていうか,カビムンムン! お掃除サイクロン! そしてカビキラー!」


 シノノメは除菌スプレーを吹き付け,竜巻の魔法で吹き飛ばした.

 バラバラになっていると吹き飛ばされる.再び機械人たちは小さな形を繋ぎ合わせ,巨大な蛇のような形になる.

 シノノメは除菌洗剤を拭きつけた.

 ブクブクと長い体の上に白い泡がブクブクと降りかかる.

 アーシュラが目を丸くしながら感心した.


「何で洗剤ぶっかけるのかアタシには分からなかったけど,そういうことか! あれならチカチカ光っても見えないよね! 流石シノノメ!」


 分かってないなあ,とグリシャムが首を振った.


「……アーシュラ,それは買いかぶりすぎよ」

「私もそう思う.多分お掃除してるだけのつもりだと思う」

「だってほら,武器が浴室用の電動ブラシに替わってるもん.あれは流石にナイわ」

「バス・ポリッシャーか.アタシ家に一個欲しいなあ.あれって気持ちよく掃除ができるんでしょ.風呂の天井とかも」

「むーっ,何だかみんなにバカにされてるような気がする」


 天井一面にこびりついて群体を作っていた機械人たちは,今やぞろぞろと集まり,大蛇の形に収斂していた.

 背後に扉――上階層に向かうゲートが見える.


「だけどどうやらボスキャラっぽい形になったじゃん」

「さんざん精神的外傷トラウマをひっかきまわしてくれたお礼をしなくっちゃ」

「グリシャムはこういうの根に持つタイプだよね」

「人生経験が長いと傷つくことも多いのよっ!」


 シノノメを先頭に自然に四人は嚆矢の陣をとるような隊形になっていた.

 一点突破の陣だ.

 ブロックで出来たようなごつごつした表面の大蛇は,全体で見ると動きは気持ち悪い程艶めかしい.

 眼はなく,全身に振りかけられた泡の間から光る無数のカメラアイこそが目だ.

 口を開け,鎌首をもたげる.


「洗浄ラクピカ!」


 シノノメは両手をクロスして振った.

 水の塊が空間に発生し,大蛇に叩きつけられる.

 洪水のように敵を押し流す――そのつもりだった.


「駄目だっ! これは悪手だよっ!」


 アーシュラが叫んだ.

 機械人は一瞬にして接続を解き,体中に隙間を作って水をやり過ごすと,あっという間にまた一つに戻った.

 体に被っていた泡がきれいに洗い流されている.

 ギラギラ.

 蛇の全身が銀の鱗のように明滅した.

 シノノメの視界が真っ白になり――次第に金色の膜に包まれる.

 泣き声が聞こえる.

 すすり泣く声と,子供の声.

 時を遡ったように幼かった日の記憶が蘇る.


 ……この目線.ドアの向こうのこの光.


 それは――父が自分を捨てた日の光景だった.


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