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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第32章 A Kind Of Magic
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32-4 In Doubt

大量販売ホールセール!」


 拒絶の指輪から青い帯状の光があふれる.

 砂埃を被った床が割れ,せり上がる.

 四角いフレームが伸びあがり,あっという間にカゲトラの背の高さを越えた.

 一つや二つではない.

 次々に現れ,天井へ天井へと伸びていく.


「これはっ! 何でござるか!?」

「ビル!?」

「いや,棚か!?」


 大きさは建築物並みだ.しかし,金属の骨組みが幾重にも積み重なったその構造は整理棚に似ている.

 無数のフレームが並んで空間を埋め,塞ぐ.

 床からはさらに四角いものが出現した.

 パレットに乗った無数の箱だ.箱が続々積み上がっていく.

 棚にもずらりと箱が並んだ.


「遮蔽物……どころじゃないぞ,これは!」

「まるで巨大倉庫だ」


 並び立つ箱と棚の群れで,巨大な巻貝のようなガンバレットの身体どころか,がらんとしていた八十階層の向こう側の壁も見えない.

 棚が複雑に入り組み,迷路になっている.

 シノノメを除く全員が呆気に取られている.


「こんな馬鹿でかい倉庫なんて」

「いや,倉庫っていうよりも,迷宮ダンジョンができた……?」

「ふう,ふう……遮蔽物,どう?」

「シノノメさん,大丈夫?」


 膝に力が入らない.身体をグリシャムが慌てて支えた.


「遮蔽物っていうか,天井まで品物が埋め尽くしてる……しかも,大量に.電池一パック二百個? 何かの鍵に,工具に洗濯機,スーツケース,時計にパソコン?」

「あっちを見るでござる.人間の頭くらいあるパンが,三十個袋詰めで売られているでござるよ!」

「売る?」

「……値札が貼ってあるでござる……お買い得,って」

「これ全部商品なのか!?」

「こっちは電子部品と映画館並みの大きさの有機液晶ディスプレイが二個セットだって.うわ,簡易物置に家具,バスケットボールのゴールポストまであるよ」

「ウキキ,ロボットの手が百個パックで売られてる! 機械人の筐体かな……あっちはキャタピラ,そっちはタイヤだ?」

「銃や砲弾みたいなのも見える.だけど,何だこの量は?」

「高級機械オイル百リットルセット? こちらはドラム缶と一斗缶の山が出来てる.とにかくモノで埋め尽くされて敵が見えないよ」

「売り子ロボのソルティ君がお料理してるヨー.試食かナー」

「ソルティ? 携帯ショップに立ってるあれが? いくらなんでもそれはないでしょ」

「ほら,見てヨー.機械人が行列してるヨー」

「……うっ……ほ,本当だわ.靴底みたいに分厚いステーキを焼いている……」

「ちょっと食べたくなるよネー」

「拙者もあのプルコギの山にかぶりつきたくなるでござる」

「オイラはあのマグロの寿司がいいな……おい,何で機械人が並んでるんだよ.あいつら消化できるのか?」


 スネイルが突然,狂ったように笑い始めた.

 さっきまで破損した自分の甲殻に潜り込んで逃げようとしていたのに,両手に品物を握りしめて頭を左右に振っている.


「ヒヒヒ! これだッ! ここに俺の欲しかった高性能センサーがアル! これさえあれば,敵なんて怖くネエ! しかも,この値段! 糞みたいに安いじゃネーカ! こちらは高機動ライフル弾,フルメタルジャケットに,高性能バッテリーも!」


 電子音の不気味な高い笑い声はあちこちから聞こえていた.

 商品の山に隠れて姿が見えないが,棚の向こうや棚の上の方からも声がする.

 シノノメの肩を支えながらしばらく辺りを見回していたグリシャムだったが,ようやくこの光景に似た物を思い出した.


「これ……会員制の倉庫型卸売量販店だわ」

「アメリカ生まれの奴だネー」

「シノノメ,これは一体?」


 シノノメは一息つくと,グリシャムの肩を固辞して背筋を伸ばした.

 ……まだいける――もう一度,回復すれば,あれをやるだけの力は残っている.


「名付けて,卸売ホールセール,コストコダンジョン」

「ば,馬鹿な」

「何だ? そりゃ」

「ほら,海外から来たお店って,すごく大きいのがあるでしょう? コストコとかイケアとか」

「価格を安く抑えるために大量仕入れして,ディスプレイにかけるお金を最低限に――倉庫のままにしているのが売りでござるからな」

「あれって,中で迷ってしまいそうにならない?」

「うーん,確かに.通り過ぎると,後で買おうと思っていた品物がどこにあったか忘れてしまうことがある」


 グリシャムが頷いた.


「だから,つい要らないものまで買っちゃうのよね……」

「この倉庫みたいなお店には,機械人の誰もが欲しい物が沢山そろっているんだよ.欲しいものがすぐそばにいっぱいあったら,殻の中に引きこもっていられなくなるでしょ? 隠れるところもいっぱいあるから私たちは通って行きやすくなるし」


 カゲトラとにゃん丸は顔を見合わせた.


「うーむ,相変わらずシノノメ殿の説明は説得力がある様な無い様な」

「まあ,毎度のシノノメさんだよな」

「シノノメといると,いっつもこんなだよネー」

「こんなのもアリかな,って,私たちはちょっと慣れてるかも」

「だからといって,迷宮を一個作ってしまうなんて……」


 モルガンが声を震わせながら高い塔のようになった陳列棚を見上げた.


「何という馬鹿げた力……膨大な魔力……魔法理論を超越している……これがシノノメの空想力――想像力か」

「全ての勝負を制する者は,この世で最強の想像力を持つ者である――そもそもそれがゲーム“マグナ・スフィア”の謳い文句だ」

「ですが,ランスロット様――」

「物欲を刺激する迷宮か……大量購入,大量消費――資本主義の極致だ.すでに互いに殻に隠れることも忘れてむさぼり始めたな」


 ランスロットが見上げた先には,棚の上に登って気勢を上げる機械人がいた.背中に長大な砲身の銃器を背負っている.


「コレハ俺のダ! お前たちになんて,渡すモノカ!」

「何ダト! 俺のものダ!」


 下からよじ登って来た機械人が銃を乱射する.たちまち撃ち合いが始まった.


「急ごう.シノノメ,道は分かるな」

「うん,私たちの所からはまっすぐ行けば良いはずだよ」


 見れば,ここまで盾にしてきたスネイルは,部品の山に顔を埋めて絶叫している.

 すでにシノノメ達のことは眼中にない.


「オレのものだ,これはオレ一人のモノだッ!」

「さっきまであんなに憶病だったのに……人が変わった様ですわ……まさに,狂気」

「モルガン,行くぞ.気にするな」


 榴弾が風を切る音がした.倉庫のあちこちで戦闘が始まっていた.

 膠着状態にあった狙撃者たちの戦場は,物欲を刺激されて混乱のるつぼに変わったのだ.

 爆発が聞こえる.

 銃声がする.

 レーザー光線が閃き,破裂する音がした.


「うわ,ちょっと,ここまでになるなんて思ってなかったよ.みんなお買い物を始めて,私たちのことを忘れる,ってだけのはずなのに」

「機械人たちの物欲が最大限に刺激されたんだ.所有欲が尽きつめられれば,独占欲になる!」


 ランスロットが叫ぶ.

 陳列棚をすり抜け,シノノメ達は走り始めた.

 ズラリと並ぶ棚の間を横目で見ると,火花を散らして争う機械人たちがちらりと見える.

 遮蔽物が多いので狙撃銃はほとんど役に立たない.

 本来その装備がないので,醜い近接戦闘が始まっていた.

 至近距離でライフルを乱射し,直接相手の機械の腕をむしり取る.

 オイルが飛び散り,電子部品が火花を散らしている.

 災害時に起きる食料品店の暴動に似ている.

 子供の時に脱出してきたヨーロッパ暴動の記憶がシノノメの頭をよぎる.


「大丈夫か? シノノメ?」

「だ,大丈夫……」

「顔色が悪い.早く出口ゲートを抜けて,回復しよう」


 ランスロットはいつも兄の様に接してくれる.それが面白くないのか,ノルトランドの魔女がしかめ面を…….


「オルガンさん!」


 黒衣で気づかなかったが,モルガンの左手の先から血がしたたり落ちている.正確には血液に似た色をした細かいピクセルなのだが,左肩から首筋にかけての輪郭が曖昧で,削り取られたようになり始めていた.

 先頭を走っていたにゃん丸が出口ゲートに到達した様だ.戸惑う声がする.


「これ,どうやって開けるんだ? 鍵穴があるけど,開かないぞ? 鍵なんてどこにあった?」


 カゲトラが辺りを警戒しながら続いて扉にとりついた.


「にゃん丸殿,泥棒のスキルで何とかならぬでござるか?」

「やってみる! えい,畜生!」


 機械人の罵声と爆発音が響く.

 にゃん丸はピッキングの道具に似た魔法具を取り出した.鍵穴に突っ込み,鍵解除の呪文をかける.


「くそっ! ユーラネシアの鍵と仕組みが違うんだ!」


 バリバリバリ.

 焦るにゃん丸の背後にあった倉庫をぶち抜き,砂煙とともに二枚貝のような形の機械人が現れた.二枚貝を縦にして毛ガニの脚を取り付けたような滅茶苦茶な造形をしている.

 この階層の機械人としては奇妙なことに,どこにも銃眼や砲身が見当たらない.

 カゲトラが,ランスロットが剣を抜いた.

 二枚貝がバクリと開いた.中には小型のマニュピレータ―が並んでいる.

 それぞれがドリルであり,鍵のようでもあり,小さなハサミのようになっている物がある.

 銀色の機械が鋭く光る.まるで歯科医の道具箱だ.

 倉庫に穴を開けたのはどうやらこの細かい機械の腕らしい.

 蛇のような形の首がノロリと伸び,先端のカメラアイがチカチカと光った.


「チートで鍵を開けるノハ,誰だ? 七つの持ち鍵をソロエなければ開かないのダゾ」


 不気味な機械音声と主に,数十はある小型のドリルが一斉に高い音を立てて回転し始めた.


「私ハ,トッド.八十階層唯一の近接型機械人.ゲートの最も近い位置を占拠するモノ.

 機械人をスナドル者」


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