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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第32章 A Kind Of Magic
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32-3 I Dreamed A Dream

 シノノメの腕の回転を追うように,長い板状の魔法陣がぐるりと横になった.

 ぐん,と長さが伸びる.

 ランスロットが爆裂弾を叩きこんだトーチカに先端がゴツンと当たる.

 青い橋が突き刺さったようになる.


「湖の盾!」


 ランスロットの腕にひときわ大きな流線型の盾が現れた.


「急ぐぞ! グリシャム,ネムは盾の影に入れ!」


 ランスロットが走り始める.

 シノノメは左手をまな板シールドに沿わせながら,伝うようにして続いた.

 ハヌマーンは丈夫が取り柄の“ゴリアテの盾”を右頭上に掲げ,カゲトラはモルガンが出した石棺の盾を頭の上に乗せた.

 全員がひと固まりとなり,盾の陰に隠れて走る.

 まな板シールドの表面で火花が散った.銃の連射だ.

 榴弾が放物線を描いて空から落ちてくる.

 爆風が体を揺らす.


「急げ! 走り抜けろ!」


 ポイポイと焙烙玉をにゃん丸が後ろ向きに放り投げた.黒い煙幕が立ち上る.

 だが,煙幕越しに銃弾が飛んで来る.夜間暗視装置スターライトスコープも装備しているのだ.


「にゃん丸さん,こだわるな! 今は速さがすべてだ!」

「ふぎゃっ!」

「ネム,立って!」


 グリシャムとシノノメがネムを助け起こし,ひたすら走る.

 心臓が爆発しそうだ.

 まな板シールドに沿って走ること二百メートル.

 シノノメ達は表面が焼け焦げた半球トーチカにたどり着いた.


「ハヌマーン殿,しばしよろしく!」

「よしきた!」


 ハヌマーンは石棺の盾を受け取り,背後を固める.その間にカゲトラはトーチカの縁に手をかけた.


「えいやっ! 超力招来!」


 カゲトラは半球状の装甲をごろりとひっくり返して立てた.

 壁を背に,階層の中心に半球の先が向かうように引き起こす.

 ランスロットが倒れないように手伝うと,ちょうど半円形の防壁が完成した.


「シノノメ,シールドはもういい! 陰に隠れろ!」


 まな板シールドをたたみ,代わりにハヌマーンの掲げる盾の後ろに入った.


「ふう」

「向こうから見たら,四角マル四角で,ゾウさんの顔みたいだろうネー」

「何を呑気なことを言ってるの,ネム」


 横に引き起こされたトーチカは,たっぷりカゲトラの背を隠すだけの直径があった.

 ひとまず安心,シノノメは嘆息しながらトーチカの“腹”を眺めた.


「それにしてもこれ,気持ち悪いね」

「亀というより,カブトガニだネー」


 トーチカの裏側にはキャタピラと節足動物の脚を混ぜたような小さな脚が密集して生えていた.もぞもぞと脚が動いている.

 亀の甲羅のような半球の“背中”側に着弾するたびにビクリと脚が動きを速める.


「ランスロットの魔弾の直撃を受けてもまだ死なないなんて,何て丈夫なの」

「そのおかげで防壁が出来るわけだが」

「で,次は?」

「情報を手に入れる」


 ランスロットは亀の腹――円形の中心部分に剣を差し込んだ.ぐるりと引き回すと,金属がはじける音がする.丸い金属板が浮き上がり,ずれて地面に落ちた.マンホールとかハッチのような構造になっているらしい.

 地面に落ちた蓋からへその緒の様にコードがつながり,引きずられるように人型をした小さな機械の塊がたたらを踏みながら出てきた.

 体長は一メートルもない.

 ヤドカリの中身を想起させる.


「コノ!」


 機械人はL字型の道具を握っていたが,あっという間に手首ごとランスロットが切り飛ばした.


洗濯紐コルト・ランジェ!」

「鍵縄縛り!」


 にゃん丸もシノノメと同じことを考えたらしい.トーチカの“中身”の機械人はあっという間にロープでぐるぐる巻きになった.

 双眼鏡に似た形の頭部がイヤイヤをするように左右に動く.


「クソ……魔法使いダの,騎士だのに俺が不覚を取るトハ」

「それを言うなら,私は主婦だよ.この子は編み物師」

「ヘヘヘ」

「畜生,コロセッ!」

「そうはいかんでござる.このまま我々の防壁として一緒についてきてもらう」

「その間にこの階層について話してもらおう.まず,あんたの名前は?」


 パーティーはゆっくりと進み始めた.

 ハヌマーンが後ろを固めながら,カゲトラが機械人の甲羅を転がしていく.

 にゃん丸は捕縛した機械人の“中身”を確保する係だ.

 緩く湾曲した壁に向かうようにして進む.背中側からの攻撃を最小限にするためにはこれしかない.

 異様な進撃に攻めあぐねたのか,銃弾の嵐は少しだけまばらになっていた.

 ランスロットは“湖の盾”を背負い,“雷撃の短剣”を機械人の首筋に突き付けている.

 雷撃の短剣は時折火花を散らし,機械人は痙攣をおこしたように震える.

 一種の拷問である.


「うわーっ,ランスロットもなかなか悪い手を使うね」

「やりたくはないが,手段を選んでいられない」

「狡知に長けた,とでも言いなさい,主婦! この清濁併せ呑む姿がランスロット様の素晴らしいところ……」

「オルガンさん,褒めてるならもっとはっきり言わないと.語尾がもぞもぞして聞こえないよ」

「きいっ! この鈍感女」

「鈍感はナイです.シノノメさんのは天真爛漫」

「そーそー」

「この,魔法院の能天気」

「何ですって!? ノルトランドの黒魔術師!」


 機械人はわなわなと震えた.


「畜生,畜生,フザケヤガッテ! ナンデ俺がこんな目に……」

「ふざけてなんかないよ」

「ぐぬぬ」

「ギギギ……」

「屈辱的と思うなら,さっさと質問に答えろ.ログアウトして楽になりたいんだろう」

「ヒヒ,ログアウトしても楽な事なんかネエ.糞みたいな仕事と,糞みたいな生活が待ってイル」

「いや……オイラも結構なブラックな職場だけどさ.この殻の中が天国とでも言うのかよ?」


 にゃん丸はちらりとトーチカ状の装甲の中を覗いた.へその緒の様に機械人とコードで繋がっている.半球状の内壁を埋め尽くす精密機器とモニター,そして銃のトリガーらしきものが見える.


「ドウセ殺すなら,中に戻してくれ! ここにイレバ,この中にイレバ,永遠に幸せなのに!」

「永遠の幸せ?」

「ずっと夢見てイラレル! 俺は見られる側ジャナク,見る側にナレル! 世界に監視されるのでなく,世界の看視者ダ」

「どういうこと?」

「戦っても戦わなくても,安住の地にイテ,ずっと好きな夢が見らレルンダ」

「夢の中の夢……」

「マグナ・スフィア――アメリアの中の,もう一つの世界.自分の理想の世界にずっといられる――それがこの欲望の塔のもう一つの面らしい.欲望の塔は上の階層に上がれば上がるほど,プレーヤーの欲望を叶える」

「でも,そんなの,嘘の世界だよ」

「嘘の世界の何がワルイ.現実よりも,マグナ・スフィアよりも美しい嘘を夢見て何がワルイ」

「ウキキ……これこそが今――現実世界でサマエルがやろうとしている事なんだなぁ」


 ハヌマーンは少し言葉遣いが子供っぽい.高校一年生なのだが,シノノメは知らない.ただ何となく年下なのだろうと思っている.その子供っぽい口調の中に硬さ――ある種の緊張感を感じる.


「お猿さん?」

「マグナ・スファイアへの移住者たちは,永遠に夢を見続ける――肉体を社会に提供し,その意識――魂は理想の世界に移住するんだってね.台湾移住局の宣伝文句だよ.どこの国も同じだよ.モノを作るのに,もう人間はそんなに要らない.移住者が増えれば,食べ物を作る必要だって減る」

「人間は増え過ギタ.現実世界に本当に必要な人間なんて,そんなに要らないノサ.俺たちがイタって,世界ノ何が変わる? 格差は広ガル一方で,もうそれが埋まることなんてネエ.俺たちには底辺の将来が待ってるだけナノサ」

「だからといって……夢の中でずっと夢を見続けているなんて」


 シノノメは軽いめまいを感じた.

 この長い夢から醒める方法を探している自分とは,真反対だ.

 ――お前なんて,夢の中で夢を見ている様な物じゃないか.

 かつてサマエルの分身,ヤルダバオートが自分を揶揄して言った言葉が,それだ.

 ハヌマーンやランスロットたちの話を聞いていると,空恐ろしくなる.

 永遠に眠って夢の中で居たい―――そう望む人たちが沢山いるなんて.

 現実がそんなに嫌なのか.

 現実の世界で良い事ばかりではなかった.むしろ同世代の人間より苦労している方かもしれない.

 目覚めれば,冷たいベッドの上で寝ている干からびた自分がいるかもしれない.

 恐ろしい.

 だが,夢の中の夢に埋もれて生きていく――それはあってはならないことだと思っている.


「欲望の塔で各階層が与える架空の夢――それで満たされない望みを持つ者のみが,上に上がる――そういうことだろう」

「ソウダ,俺は意志薄弱,こんなところでチープな夢に満足している小さな男サ」


 機械人は電子音でケラケラと笑った.

 自棄になったのか,徐々に饒舌になっている.ランスロットの電撃剣で責められなくとも,軽口を叩いていた.

 機械人の名はスネイル.

 現在この階層にとどまっているプレーヤーは八十体ほど.

 全員ほとんどが亀の甲羅かヤドカリのような甲殻を持つ機械体からだになって,牽制し合い,膠着している――スネイルはそう語った.


「そんな状態でも……楽しいの? 私も,ゲームの中にずっといられたらな,って思うことはあるよ.でも,それで……」

「主婦様は能天気だな.俺にしたらお前たちユーラネシアの奴らが分からナイ.お前たちはよっぽど現実世界が充実してるんダロウヨ」

「そんなことは……」

「甲殻の中の俺ハ,スベテガ手にハイル.戦闘モードの合間,レストモードにある束の間の白昼夢――万能の俺はスベテヲ手にしているんダ.無敵の俺,有り余るタベモノ,武器,カラダ……」

「ホームセンターか,デパートにいるみたい……」

「ヘヘ,ホームセンター最高ダネ.上の階層に行ったヤツラは,さらに理想のパートナーまで約束サレルってイウゼ」

「機械仕掛けの魔法――マギカ・エクスマキナ――メムの流体金属人間ヘルメス・トリスメトギスだわ」

「あそこまでのレベル上げは望めネエ……だが,アソコまでいくと,現実世界に帰る意味なんて,アルノカヨ?」

「あんなのは違うよ……」

「ドウ違う? 主婦?」

「それは……!」

「シノノメ」


 ランスロットがシノノメに向かって首を振った.

 スネイルの言葉に耳を貸すな,というメッセージだ.

 飲み込まれそうでグラグラ揺れる――だが,迷ってはならない.

 シノノメは息を吐いて口をつぐんだ.

 落ち着かなければ.

 甲殻を転がすように押していたカゲトラが立ち止まった.


「ランスロット殿,どうやら次の敵が見えてきたでござるよ」

「スネイルより格段にごついな.ブロック型の装甲――リアクティブアーマーだろうか」

「リア充? サザエのつぼ焼きみたいに見えるけど」

「NATO軍が採用してる,反応装甲だよ.敵の攻撃に対して内部で爆発を起こして衝撃を相殺するんだ.すごい丈夫,っていう意味」

「へー,お猿さんもだけどにゃん丸さんも男の子はやっぱりそういうのに詳しいね.でも,納豆?」

「北大西洋条約機構……説明は後だ」


 ランスロットの顔が険しさを帯びた.カゲトラが頷く.


「そういうことだな,思ったより少なすぎるのでござるな」

「どうしたの?」

「スネイルたちの装甲を利用しながら,ピンボールの様に敵の“甲殻”伝いに移動していくつもりだったが,この数平方キロの階層の中にたった八十のプレーヤー……少なすぎるんだ」

「遮蔽物を繋ぐようにジグザグに進んでいく作戦だよね.だけど,あいつの位置取りがマズすぎる.ちょうど真ん中.ここからあそこにオイラ達が行ったら,背後はがら空きだよ」

「蜂の巣にされちゃう」

「あいつ,自分の装甲によほど自信があるのでしょうね」

「石棺は増やせないの? モルガン?」

「強度がもう限界でしょうね.集中砲火にこれ以上耐えられるとは思えない.枚数はもう増やせないし」

「案外役に立たないのね」

「それを言うなら,魔法院の植木職人や編み物師は何か手はないの?」

「ううっ.森を生やす魔法はあるのよ.でも,こんなに正確に狙撃してくる相手にうまく隠れられるほどの森になるとは思えナイし……」

「火をつけられると厄介だしな.逆にこちらが火のトンネルを通らなければいけなくなる.それに,機械の床の上だとあまり大きな植物が出せないんだろう?」

「ええ.空間に森を発生させる,漆黒樹森シュヴァルツヴァルトっていう術もアリだとは思うんですけど,それで道を作るほどの大きさはとても作れません」

「MP消費が激しいよね.雷球サンダーボールの階で,ジャックの豆の木を生やしたときも倒れそうだった」

「あれの五倍くらいの距離の森でしょう? できたとしても,長さを伸ばせば,木と木の間が空いてしまう」 

「あたし,防弾線維の編み物なら編めるヨー」

「それ,良いんじゃない?」

「駄目だ.それも考えた.ネムが言ってるのはケプラーとかだろう? 銃弾は通さなくても,衝撃を殺すことはできない.頭蓋骨骨折や肋骨骨折を負えば,動けなくなる」

「それに,ライフル弾みたいな弾速が速い銃弾は貫通しちゃうよ.あいつらが装備してないとは思えない」


 スネイルの甲羅の裏についたモニター越しに観察すると,サザエのようならせん状の甲殻のあちこちから棒が突き出している.四方八方に銃撃できる構造なのだろう.

 シノノメはふと後ろを振り返った.

 まだ入って来た入口ゲートが良く見える.周囲を固めながら亀のように進んできたのだ.まだ一キロも進めていない.

 ずっと奥にはっきり出口が見えるというのに,歯がゆくてならない.


「出口まで行くには,何が必要かな?」

「だから,さっきからランスロット様が仰っているでしょう? 東の主婦,一にもに二も遮蔽物に決まってるわ」

「隠れる物っていうこと?」

「だけど,それなりの強度が無ければならない」

「隠れるっていっても限界だよ.そろそろ壁に貼り付いてる奴が狙撃してくる」

「頭の上からも狙われるってことね」

「おい,スネイル,お前ならどうする?」

「お,オレカ?」


 スネイルは虚を突かれたらしく,慌てていた.さっきの饒舌と打って変わって落ち着きがない.


「オ,俺はここまで来たことがナイ.奴は……多分ヨーロッパのプレーヤーで,確か名前はガンベレット……あの銃身は対戦車ライフル……ダ.オイ,俺も直撃シタラヤバい」


 言う先からガンベレットの銃身が火を噴いた.

 カゲトラが必死でスネイルの甲羅を支える.

 凄まじい衝撃だ.半球状の装甲がびりびりと震え,スネイルは悲鳴を上げた.


「ヒイ!」

「狙撃力より火力で押してくるタイプでござるかっ!」

「俺は,入り口付近でぽっと出の初心者をたまに撃ち殺してタラ,それで良かったノニ!」

「今更泣き言言うな!」

「あうっ!」

「モルガン!?」

「油断した……だが,石棺の隙間を狙って来た! ランスロット様,向こう側の壁の上の方にへばりついている甲殻がいますわっ!」

「もっと密集するんだ! シノノメ,頭の上にシールド展開!」

「うんっ! 鍋蓋シールドっ!」

「くそっ! スネイルの甲羅に亀裂が入り始めたぞ!」

「ヒイ! 嫌だ! 爆殺ナンテ,嫌だぁ! 俺は,うまいメシを食って,モノに囲まれていれば,それで良かったノニ!」


 スネイルは縛られたまま暴れて,それでも亀裂の入った甲羅の中に逃げ込もうとしている.


「スネ夫さん!」

「な,ナンダ!? 東の主婦! この洗濯紐,ホドキヤガレ!」

「みんな,あなた達は,モノに囲まれていれば幸せなのね?」

「ダカラ,ナンダ!? 悪いカヨ? 理想のパーツに最強のボディ,ソレサエあれば」

「分かった!」


 どこまでも相容れない.自分が求めているのは――自分の帰る場所は,あの温もりなのだ.

 だから,今できる最大の事に賭ける.

 背中を支えてくれる仲間が,友達がいるのだから.


「拒絶の指輪!」


 シノノメの薬指が青い光を放った.


「シノノメさん,それはっ!」

「……ログアウトはいいの」

「え?」


 グリシャムはシノノメの呟きに耳を疑った.

 ただでさえ暴走しやすい今,大規模な魔法を使えばMP切れになることは明らかだ.ゲームオーバーにならないにしても,一旦のログアウト――休眠が必要になる.それはシノノメにとって,あの嫌な思い出の残る架空の家に帰ることに他ならない.


「いくよ! 大量販売ホールセール!」


 足元に四角い光がほとばしり,縦横無尽に蒼い線が走った.


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