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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第32章 A Kind Of Magic
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32-1 Sound Of Silence

 第八十階層に向かうエレベータは,木目調の硬質樹脂と白壁で作られ,鉄の鋲が打ってあった.昔の家具――階段箪笥や船箪笥に似ている.

 誰もが無口だった.

 七十八層では大軍勢だった幻想大陸ユーラネシアの仲間達も,今やたった九人になっている.

 シノノメ.

 グリシャム.

 ネム.

 剣皇ランスロット.

 魔眼の魔法使いモルガン.

 猫人忍者のにゃん丸と六郎.

 人虎ワータイガーのカゲトラと,人猿ワーエイプのハヌマーン.


 シノノメはふと気づいた.


「あれ……ランスロット,フレイドさんは? そんなにダメージを受けてるようには見えなかったけど」


 フレイドはグリシャムやアイエルの元パーティーメイトで,ランスロットの右腕ともいえるノルトランド騎士団の雄だ.最近はセキシュウに習ってさらに剣の腕を磨いているという.


「ああ,奴は一旦ログアウトさせた」

「え? どうしてですか?」


 グリシャムが瞬きする.戦力を敢えて減らした意図が分からない.


「いざという時の用心さ」


 ランスロットはそう言って小さく笑うと,シノノメの頭を撫でた.シノノメはすぐに振り払う.


「ちょっと! 子供じゃないんだから,失礼な!」

「はは,すまない」

「ぐぬぬ」


 モルガンがぞっとするような目でベールの向こうから睨んでいる.

 おっかない.石にされてしまいそうだ.

 シノノメは肩をすくめた.

 やがて,エレベータが振動とともに止まった.


「着いた……第八十階層」

静寂音サウンド・オブ・サイレンスだっけ.鬼が出るか蛇が出るか」

「フフフ,また俺様の忍法が炸裂だにゃん」

「あまり調子に乗るなよ,六郎」


 ゴトゴトと音を立てて扉が開くと,まずあったのは壁だった.高さこそ三メートル近いが,外観は家の玄関前に作られた目隠し,あるいは風よけそっくりである.


「壁? 入口にいきなり?」

「沖縄のヒンプンみたいだな」

「何か解説が書いてあるとか?」


 ランスロットが表面に触れ,砂埃を払った.


「ここに……何だ? タイムカウント?」


 デジタルの数字表示がある小窓がついていた.シノノメ達が到着した瞬間は三百だったらしいが,カチカチと数字が動いて今は二百七十を示している.


「秒数として……どういう意味だ?」


 ランスロットは顎に手を当てて考え始めた.

 シノノメはそっと壁の脇から先を覗いてみた.


「がらんどう……?」


 見事なまでに何も無かった.


「コンサートをしていないアリーナというか,試合のない室内競技場というか」


 金属の床の上には黄土色の砂埃が薄っすら積もっている.まるで砂漠だ.


「埃がいっぱいで掃除したくなるよ.でも,どうなってるんだろう」

「静かだネー」

静寂音サウンド・オブ・サイレンス……とはよく名付けたものね」


 グリシャムはレラから託された地図を見ながら確認した.しかし,上層階ほど到達するプレーヤーは少ないので,情報は限定的だ.この階については何も書き込みが無かった.


「別名,臆病者カワード.他の階は何となく名前からイメージできるんだけどなあ」

「ひたすら静かだね」


 換気音なのか,ヒュウヒュウと高い風を切るような音が聞こえるだけだ.


出口ゲートは……随分分かりやすいや.どう見ても反対側のあれだよな」


 にゃん丸が指さす先には,装飾の欠片もない白いパイプが天地を貫くようにして突っ立っている.


「ひとっ走り偵察に行ってこようか?」

「いや……危険だ.床の上を見てみろ」


 ランスロットの言う通りだった.

 砂埃の積もった床には足跡すらない.強いて言えば何かを引きずったような跡が所々についている.枯山水の庭の様ですらある.


「空飛ぶ機械人が主流なのかな」

「それにしてはその形跡もないよ.……何せ,音がしない」

「あまりに静かで不気味でござるな.しかし,ここでじっとしてるわけにはいかんでござる.何としたものか」


 人虎ワータイガーのカゲトラが首を傾げる.

 こうしていると忘れそうになるが,機械人たちは刻一刻と幻想大陸ユーラネシアに進撃して占領しようとしている.惑星マグナ・スフィア全土が機械人に掌握されるまでもう幾日も余裕はないだろう.

 シノノメは目を細めて辺りを観察していたが,ところどころに妙なでっぱりがあることに気付いた.


「待って,よく見て.あそこ,ドームみたいなのがある」

「ていうか,亀の甲羅デショ」

「それを言うならネム,伏せたお椀だよ」

「流石主婦だネー」


 猫人忍者の六郎がアイテムボックスから遠眼鏡を取り出して観察し始めた.

 竹筒をいくつもつなぎ合わせたような形で,スルスルと伸びる.

 シノノメは自分も似たようなアイテムを持っているのを思い出し,ポケットを探った.


「あ,それいいな.私もどこに入れたっけ」

「ふっふっふ,結構レアな忍具だにゃん.型はレトロだが暗視装置付き.主婦さんのオモチャとは訳が違うぜっ」

「失礼な!」

「まあまあ,シノノメさん,六郎に花を持たしてやってよ.たった二人生き残った忍者なんだしさ」

「そんなこと言っても,にゃん丸さん」

「半球を伏せたような形で,ところどころに黒い穴が開いている…….あれ? ゆっくり動いてるにゃ」

「ほんとにカメさん……なはずないよね?」

「何を下らないことを言っているの? 東の主婦,ここは機械大陸アメリアの最終ステージ,全てが機械で出来た欲望の塔.幻想大陸ユーラネシアに住んでるような,古代の巨大亀に似たモンスターがいるはずないであろう?」

「それはそうだけど,オルガンさん」

「私の名前はモルガンだっ」

「進んでいる? いや,黒い穴が徐々にこちらに向く……回転してるんだ」

「建物? それにしては小さいだろ.あれじゃオイラ一人分しか入れないぜ.ハヌマーンやカゲトラさんなんか一人で定員オーバーになっちゃう」

「イヌイットの氷の家の様ですわね,ランスロット様」

「家……か? というよりも,もしかして」


 ランスロットははっと何かに気付いたように,顎から手を離した.


「六郎さん,頭をひっこめろ!」


 六郎は望遠鏡を握りしめたまま,いきなり後ろに吹っ飛んだ.


 望遠鏡のレンズが粉々に砕け散り,そのまま片目にぽっかりと穴が開いている.残された反対側の目の光はなく,すでにこと切れていることは明らかだった.身体がたちまち細かいピクセルとなって砕けていく.


「銃眼のある丸い建物,それは!」

「トーチカかっ!」


 カゲトラが慌ててはみ出していた半身を壁の陰に引っ込めた.

 遅れて反応するように,壁の縁に火花が散る.

 プシュッ,プシュという小さな音がする.


「わわっ! 銃撃だ!」

「すーちか? 沖縄料理の豚の塩漬けみたいな名前だけど,何?」

「トーチカ.ロシア語だ.コンクリートで作った防御用陣地――小さな軍事基地とでもいうべきか」

「銃声がしないよ!?」

消音機サイレンサーを使ってるんだ」

「これじゃ敵の方向が分からない!」

「方向が分かっても長射程過ぎる.こちらから反撃できない」

「くそっ,この射角,かなり高い位置からも狙撃されてるぞ」

「そうかっ! 静寂音サウンドオブサイレンス……あるいは臆病者カワード! 狙撃手たちの階層なんだわ!」


 全員が壁の裏にすっぽりと隠れると,銃撃が止んだ.

 にゃん丸が消えていく六郎の体を見ながら,唇を噛んだ.


「長距離射撃か…….幻想大陸ユーラネシア側プレーヤーからすれば,もっとも敵にしたくない部類の敵だよ」

「こんな時にアルタイルがいれば……もうっ!」


 アルタイルはユーラネシア最速と異名をとる弓の名手だ.グリシャムがとんがり帽子のつばを握りしめながら言った.


「これじゃ壁の向こうに行けないよ.出たら蜂の巣になっちゃう」

「ウキキ,ゴリアテの盾で一方向なら防御できるよっ」

「防御の魔法陣を四方に張っていく? シノノメさんほど強力じゃないにしても,何とかなるかも」

「対戦車ライフルを持っていないという保証はないぞ」


 その時,けたたましいブザーが鳴った.

 見れば,壁の数字が十を切っている.


「アラーム?」

「カウントダウン?」

「どういう意味?」


 ランスロットがちらりと上を見て,すぐに叫んだ.


「全員すぐに伏せろ!」

「な,なあに!?」

「壁が沈む!!」

「そんな!」


 高さ三メートルほどの壁がすさまじい勢いで地面に吸い込まれていく.


「くっ! 壁は初めて上がって来たプレーヤーへの,せめてもの温情でござったか!」

「とにかく,盾の陰に隠れて!」

「逃げる場所は!?」

「身を隠すところは?」

「遮蔽物がない!」


 狙撃手たちの冷徹な目が,動揺するシノノメ達を音もなく観察していた.


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