31-6 No Easy Way Out
巨大な鎧武者――型機械人の口がガクンと音を立てて開き,喉の奥が赤く光った.
瞬時に光が炸裂する.
運動会の玉転がしの玉が,そのまま炎の塊になったもの――火炎弾,火球とでも呼ぶべきだろうか.
次々に火球は放たれ,執拗にシノノメ達を襲う.
空気が焦げるにおいがする.
「鍋蓋シールド!」
鍋蓋シールドに弾かれ,火球が飛散する.
シノノメの魔方陣は強力だ.エネルギー体,実態を問わず弾き飛ばす.
しかし,このままでは――.
「また撃って来たヨ!」
「負けるもんか!」
「でも! シノノメさん!」
悲鳴に似たグリシャムの言葉の意味はよく分かっている.
MPが刻一刻と消費されていく.
このままではこの強力な長距離兵器に対して,徒手――体術だけで戦わなければならなくなる.
「ひゃあっ! 今度は上から!」
「鍋蓋シールド,もう一枚!」
ブン,と音を立てて円形の魔方陣が閃く.
シノノメの両手の先で二つの魔方陣が輝いた.
頭上から垂直に降下してきたのは,屠ったはずのソーマが持っていた空飛ぶ斬馬刀だ.
柄尻から火を噴き,自在に空中で軌道を変える.しかも刃先は超音波メスの様に高速震動しているらしく,魔方陣に衝突して高い悲鳴のような音を立てた.
「あっち行け!」
鍋蓋を傾け,刃の向きを逸らす.ずるりと魔方陣の上を滑り,斬馬刀は高速ですっ飛んでいった.
バキャン,と大きな音がして五重塔に似た建築物が両断された.
輪切りにされた塔が崩れ落ち,地響きがする.
「なんて威力! こんなのナイヨー」
「わ,私の口癖を真似してないで,ネムも何とかしなさい!」
ネムは毛糸網の鞄から編みぐるみを出した.
「ピンクのクマちゃん六号は力持ち!」
ムクムクと大きくなった編みぐるみはすっくと二本の足で立ち,両手を掲げて「がおーっ」と吼えた.
瞬時に火球がそれを捉え,あっという間に消し炭になった.
「あー,クマちゃん! ほら,あたしの魔法じゃ無理だヨー」
「危ない!」
シノノメは自分めがけて突き出された“それ”を反射的に左の掌で払った.
「痛っ!」
掌に血の玉が浮かぶ.
歯を食いしばる.だが,かわすことはできた.突き出されてきたのはやはり高速で震度する“槍”だった.
槍の主は瓦礫の中に潜んでいた.赤――というよりも朱色の伸びる腕に,光る不気味な単眼――現れたのはもう一人のソーマだった.
「もう一人っ!?」
「このっ! 鳳仙花の徹甲弾!」
グリシャムの杖の先が爆裂した.
無数の黒い種が散弾銃の様に叩き込まれる.
だが,赤備えの武者に似た機械人の装甲は軽くへこんだだけだった.
剣士,チューイのレベルは75だった.彼の必殺の一撃でようやく切断された装甲は並ではない.植物の魔法で容易に突破できるような硬度ではないのだ.
「グリシャムだってダメじゃん!」
「分かってるわよ! 必殺,絞め殺しのイチジク!」
万能樹の杖の先がパカンと開き,ころりと飛び出たのはイチジクの苗だ.
機械の床に根を張ってたちまち伸びあがり,ソーマを絡めとった.
ベキベキと音がして装甲をつぶしていく.
イチジクの木は寄生するように他の植物を締め付けて養分を奪い,成長する.機械部品の中に根を張り,膨張しながら粉砕するのだ.
だが,成長スピードが遅い.
ソーマは伸びる腕を振り回し,火焔を魔方陣で受け止めるシノノメの首筋を狙って来た.
「機械の床じゃ栄養分が足りないんだわ!」
シノノメは前方の火球を受け止めるのに精いっぱいだ.
「グリシャム! 柿出して!」
「何で!?」
「いいから,おバーちゃんが食べるようなジュクジュクの奴!」
ネムはグリシャムから柿の実を受け取ると,木と一体化しつつあるソーマの顔に叩きつけた.シノノメを主に狙っているので,その動きは意外に単調なのだ.
熟れ過ぎなくらい熟れた柿は装甲のスリットに挟まり込み,ぐちゃぐちゃになってへばりついた.単眼が見えなくなる.
ソーマは手でそれを拭おうとしたが,刃物になった機械の指ではペースト状の柿を上手くとることが出来ない.
「目つぶし成功!」
「シノノメさん! 今のうちにいったん引きましょう!」
「うん……あっ!」
目をつぶされ,木の枝に緊縛されたソーマの脚がゾロゾロと伸びていた.
先端は光る刃物――光剣になっている.
鞭の様にシノノメに伸びる.しかも,正確だ.
「見えないんじゃないの!?」
前方からは巨大な火の塊,後方は機械の刃.
さらに頭上から空飛ぶ刀が襲う.
絶体絶命だ.
「こんなところで……」
まだまだ上に登らなければならないのに.
レラが犠牲になり,ヴァネッサが命を賭し,パーシヴァルやガウェインも…….
シノノメは唇を噛み締めた.
魔方陣の直径が小さく――縮んでいる.
MPゲージがもうすぐ黄色になる.
「ウゴオオオオオオオオ!」
巨大鎧機械人が吼える.
ガチャガチャと下顎の中で何か作動音がした.
ゴウ,と音がして火が口いっぱいに広がる.だが,今度は様子が違っていた.そのまま炎の舌になり,伸びてくる.
火炎放射器だ.
「ヴァネッサさんみたい!」
「あんなきれいな炎じゃナイよ!」
今とあの時では状況が全く違う.
あの時は――どうやって勝ったんだったけ.
「お待たせっ!」
飛び跳ねながら巨大な白い影がシノノメの前に立った.
すっぽりその身体が隠れるほど大きな四角い金属――盾を構え,ドンと地面に突き立てた.
盾が炎を受け止め,炎が二筋になって左右に分かれていく.
左右で引火した建物が二つ,爆発した.
すっかり黒いシルエットになった白い獣人がクルリと振り向き,愛嬌のある顔を見せた.
「お猿さん!」
「お猿じゃないよ,お猿だけど,ハヌマーンだよ」
赤い顔を一層赤くして,人猿はニヤリと笑う.
大きな盾は魔法金属オリハルコンで出来ている.もともとアーシュラが手に入れた物だがあまりに巨大で重く,役立たずアイテムとして放置されていたものだ.だが,二メートルを超える人猿にとっては格好の得物だった.
「はにまんさん,ありがとう.ボスキャラは何だかいっぱいいるみたいなの」
「そのカラクリはどうやらにゃん丸さんたちが突き止めたよ」
「にゃん丸さんが?」
「おっと!」
ハヌマーンはくるくると大きな盾を器用に振り回し,上から降って来た刀を弾き返した.
「忍機兵っていう下っ端の黒い忍者機械人の間に,赤い機械人が混じってるから,変だって話になってね」
「ランスロットさんが……そう言えば,個々の戦力に差が随分あって不自然とか言ってたっけ」
「うわ,来たっ!」
瓦礫と建物,炎と煙を飛び越えて襲ってきたのは赤備えの機械人だ.
全く同じ“ソーマ”型の機械人とでもいうべきだろうか.
五人が各々別々の武器を手にしている.
シノノメは魔包丁を構えた.
もう魔法はほとんど使えない.武術で突破するしかない.
白い襦袢の裾をからげ,腰を落とした.
「任せるにゃん!」
女性の声とともに,突然目の前に白い塊が飛んで来た.
塊はふわりと広がり,網になった.
ソーマ達の手足に網が絡まる.
「これは?」
「忍法なら負けないにゃん!」
建物の上から飛び降りてきたのは,丸い頭に角が生えた牛ほどもある蜘蛛だった.
背中には赤い忍装束に身を包んだ猫人の忍者――くノ一がいる.
「それっ! 土蜘蛛! ドロンドロン!」
「召喚獣だ!」
蜘蛛は樽ほどもある腹をぐるりと動かし,白い糸を次々と飛ばした.
見る見るうちにソーマ達は糸にまみれて糸玉になった.
「月光十勇士が一人,滝夜叉姫見参!」
白い糸の塊がもがいている.やがて一部が赤熱化し,にゅっと赤い機械の腕が飛び出した.
「爆裂忍び玉!」
「火遁の術!」
たちまち燃え上がったソーマ達のそばに,五人の猫忍者が飛び降りた.
「にゃん丸さん!」
「やっと合流できたよ! ……六勇士になっちまったけど」
「にゃん丸さん,カッコいい! ここにアイエルちゃんが……」
「ちょっと,それは言いっこなしだよ,シノノメさん.それより,何て格好してるんだい?」
「恰好?」
そう言われてシノノメは自分の姿を改めて見た.
ボロボロのすすだらけになった白い襦袢一枚で,襟元も裾もずれて白い脚と胸元が露になっている.
にゃん丸は視線を逸らせているが,僧形の猫忍者である晴海と伊佐は目じりを下げて顔を赤くしているし,黒猫の六郎は変にジロジロとこっちを見ている.
「わわっ! はしたなし,しどけなし!」
「大変だったな」
慌てて手で身体を隠すようにすると,聞きなれた声が後ろから聞こえた.
声の主はマントを広げ,シノノメの体を覆った.
「無事か? シノノメ」
「ランスロット……」
黒い鎧の騎士は乱れた前髪を整えながら小さく笑いかけた.
甲冑のあちこちに高熱にさらされた痕と削られたような傷がついていて,ここまでくる間の激闘を物語っている.後ろに静かに控えている彼の部下――ノルトランドの精鋭騎士,黒龍隊もたった二人に減っていた.
「ちっ!」
「天然のジゴロやでー」
「カッコいいところ全部持っていきよるにゃ,あの男」
「これっ! あなた達! もてない男たちのひがみは止めるニャン」
「おいおい,急いでよ! こっちだってそんなに長くはもたないんだから」
ハヌマーンは盾で火炎を防ぎ続けている.
「ちょっと,上! 危ない!」
再びシノノメめがけて刀が垂直に落ちてきたが,ランスロットは一刀のもとにそれを切り落とした.
砕けた刃が地面に突き刺さる.ロケット推進の刀をほとんど見ることも無かった.
「来やがったぞ! ランスロットさん,指示をくれ!」
和風の建築物が屋根を連ねている.その上をにゃん丸が指さした.
屋根の上にずらりと並んだのは全く同型の“ソーマ”達だった.不気味な赤い単眼が光っている.ざっと見て五十人はいる.
シノノメ達を上から包囲する形になった.
「あんなに?」
「左側の大きめの建築物を確保した.いったん中に退避! ハヌマーン君は盾を持ったままゆっくり後退してくれ」
「うきっ! 了解!」
ランスロットが剣で差した方向を見れば,時代劇で言う江戸の商家のような建物がある.
中から手招きしているのは人虎のカゲトラだ.鎧姿の足元には黒装束の機械人が倒れていた.
屋根の上から一斉に射撃が始まった.剣界ではどうやら連射銃が使えない設定になっているらしい.単発銃の弾丸と,電撃を帯びた矢が飛んで来る.たった六人になってしまった忍者猫人軍団が手裏剣と網攻撃で対抗している.
網はなかなか有効で敵を捕らえるとかなりに確率で行動不能にしていたが,いかんせん数が多すぎる.
「踏ん張れ滝夜叉!」
「忍法,時雨吹雪の術にゃん!」
ロシアンブルーの耳を持つ滝夜叉が手で印を結ぶと,土蜘蛛がクワっと口から糸を吐いた.粘着力のある糸が屋根のソーマを捕らえる.だが,腕を拘束しなければ伸ばして銃を撃ってくる.
シノノメは思わず右手に力を込めた.
「鍋蓋シー……」
「だめだ,シノノメ,力を温存していったん回復させろ」
「でも,ランスロット!」
「ふふん,みっともないわね」
コロコロと球を転がす様な艶のある声が聞こえた.
「東の主婦ともあろう者が……」
「って,誰!?」
ペキペキと異様な音を引き連れながら,黒衣の女が悠々と道の真ん中を歩いて来た.
顔は黒いベールで覆われているが,ロングドレスで肉感的な体を包んでいる.大きく開いたスリットが胸元から腹まで縦に入っていて,そこから見える青白い素肌には緻密な呪文がタトゥーの様に浮かび上がっていた.
異教の喪服に身を包んだ未亡人.あるいは邪神に使える巫女.そんな印象だ.
時代劇風のダンジョンにおおよそ相応しくない.
「そんなぼろ布,ランスロット様のお目汚し.早々に退避して着替えなさい」
「ぼ,ぼろ布はないでしょ」
「し,シノノメさん,それより後ろを見て……」
グリシャムは女の背後を見て戦慄した.
通って来た道――そして,両側の建物がすべて灰色に変わっている.
気付いてみれば,火焔を食らっているのにその辺り一帯だけ火がついていない.カゲトラが手招きしている建物も薄い灰色である.
「どういうこと? これは……何?」
「カチカチになってるネー」
「石化魔法よ! しかも,こんな広範囲に!」
木材や漆喰の壁に似せた合成樹脂の建材も,よく見れば屋根の上の忍機兵までが灰色――石に変わっているのだ.石であれば燃えないのは道理だ.
「あなたは……」
「かつての好敵手,よもやお忘れではないでしょうね?」
黒いベールを軽く上げ,のぞいた赤い唇を少し曲げて女は笑った.
「えーと,私が布団にしちゃった魔法使いの人! 名前は……演奏が上手な……そう,オルガンさん!」
「……」
ノルトランド最強の魔法使い,邪眼のモルガンはシノノメの言葉にわなわなと震えた.