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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第31章 Where The Streets Have No Name
275/334

31-2 One

「橋本駅でバックアップのために待機してもらってた苅田かりたさんから連絡がありました。どうやら和馬君は無事アーシュラさんに接触した様子です」


ナース服から制服――国防軍の士官服に着替えた千々ちじわはほっとしながら無線を切った。無線を傍受されている可能性はあるとしても、ネット回線を経由する携帯電話での連絡を極力避けている。


「やったな。サマエルの奴、今頃地団太踏んでるんじゃねーか? まあ、奴には現実の足がねーけどよ」


風谷と千々石、そして塚原はヘリポートに向かうエレベータに乗っていた。

エレベータはどんどん上昇していく。

コンソールのそばには鍵束を持った看護師――夏木が立って、硬い表情をしていた。


「ヘリポートにつながるエレベータは、本来関係者以外使用不可なんです。この鍵がないと使えません」

「ご協力ありがとう。夏木さん」

「サンキュー、美人副師長」


時折遠くから爆音が聞こえる。精神神経医療センターの周囲は陸軍の部隊に囲まれている。


「後はリレーで主婦ギルドの皆さんも手伝ってくれます。三毛美さんや、ミーアさんも自転車やバイクを準備してくれているって」

「へっへっへ、まさか人の手でここまで運ぶとは奴も思ってないだろうぜ。電動自転車にしても、GPSもAIも積んでないからな。しかも車が通り抜け出来ない隘路を通ってこっちに持ってくる」

「屋根伝いに持ってきてくれる人もいるみたいです」

「幹線道路を通行止めにしても関係ねえ」

「ほとんど猫道だな」

「猫道って何ですか? 塚原さん」

「猫はほとんど直線状の動線を走っていけるので、非常に長い距離でも短時間で移動できるんだ。東京なら二十三区の隅から隅までを二十分ほどで移動したとかいう研究があったと思う」

「へえ……もちろん猫が電車を使うわけないですもんね。それにしても、そんな研究する人がいるんだ」

「しかし、問題はそこからだぜ。いくらミーアさんが強くっても、陸軍にゃ勝てねー。救急車で突入してもらうわけにもいかねえ。頑張ってもらっても来れるのはこの病院の近所までだ」


塚原は頷いた。

杖を握りしめる手が小刻みに震えている。体調が悪いのか、顔色も良くない。


「そこで私の出番だな」

「ドローンは先ほどヘリポートに到着しました。自動操縦なので心配していたんですが」

小暮ユーグレヒトの破壊プログラムが到着するのに、おそらくあと数時間。作戦決行はこの機を置いてない」

「はい!」


珍しく軍人らしい風谷の命令に、千々石が敬礼で答えた。

黙って文字盤を眺めていた夏木がたまりかねて、というように眉を顰めて口を開く。


「ちょっと待ってください。その――ドローンに塚原理事さんが乗るっていうことですよね?」

「そうだぜ。それ以外ないだろ? 美人副師長」

「いい加減にその言い方止めてください。私には夏木という名前があるんですから」

「そうです、夏木さん。ドローンは二人乗りなので、私が操縦して、塚原さんに乗ってもらいます」

「航空レーダ管制はされてると思うが、今はあっちこっちが混乱してる。横田基地の空域を横切って突っ込んでいくのさ」

「そんな危険な!」

「大丈夫。千々石はこう見えてもできる子なんだ」


風谷はそう言って小柄な千々石の頭に手を置いた。千々石は真っ赤になる。だが、夏木も同じくらい真っ赤になった。


「そういう問題じゃありません。どう見たって塚原さんの調子は悪そうでしょう! 病状が悪化したらどうするんですか? 呼吸筋麻痺だって進行してるのに、こんなことをさせるなんてあまりに無謀です」

「そこかよ」

「当り前です! 私は看護師ですから! この豪雨の中、高齢の病人に空を飛ばせて――行き先が首相官邸ですって!? テレビでも都内は大混乱って言ってましたよ!」


この病院を封鎖するために起こった大規模な土砂災害。

数々の交通事故と電車路線の停止。

GPS管理された老人が次々電車の線路に飛び込み、AI運転の自動車が対向車線に突っ込む。

航空管制はストップし、救急ネットワークも寸断されている。

首都圏は同時多発テロに遭遇したかのような恐慌状態になっていた。

いや、人工知能が人類に仕掛けたテロリズムそのものなのだ。


「都内だけじゃねえ。実は、ロシア海軍は南下し始めてるし、在日米軍にもスクランブルがかかってる。イージスシステムは厳戒態勢発令中だし、五大陸の大都市は全て大混乱さ――おっと、これは報道管制が敷かれてるんだが」

「何ですって!?」


塚原が静かな口調で夏木を制した。


「サマエルはおそらく――この現実世界に対する人々の嫌悪感を爆発させようとしているのではないかな」

「嫌悪感?」

「格差。貧富の差。労働環境。宗教の違い。性別。閉塞した逃げ道の無い現実世界。ここではないどこか別の所に生まれ変わりたい。特別な存在となりたい。転移、転生したい。そういう人々の想いをマグナ・スフィアに向けようとしているのではないだろうか」

「これを機に?」

「その中で、シノノメにどういう役割を演じさせる気なのか――それが判然としないがね」

「鍵はやはり――東の主婦か」

「人類の命運を決める決戦――この重要な時に私にできることがある。ならばやらねばならない」

「ですが、塚原さん、身体が……」

「心配してくれてありがとう。夏木さん。だが、これは、命を懸けるに値する仕事だと思う」


青白い顔色とは裏腹に、塚原の眼光は猛禽のような光を帯びていた。夏木も一瞬気圧される。


「さあ、着いたぜ」


エレベーターホールを出ると、ヘリポートに出る扉がある。そこにもやはり関係者以外立ち入り禁止の表示があった。

ドアの外側から激しく雨粒が打ち付けている。


「夏木副師長、頼む」


風谷に頼まれ、夏木はもう一度塚原の顔を見た。

鋭い目が緩み、小さな笑顔を浮かべて塚原は頷いた。

夏木は誰かに押されたように背中を伸ばすと、電子ロックに鍵を差し込んでセキュリティコードを解除した。


「さあっ!」


一気に風と雨がホールに吹き込んで来る。

霧と豪雨に煙るコンクリートのヘリポートに、灰色の機械のシルエットが見えた。

大きさは軽自動車ほどだろう。細長い胴体の前後にローターがあり、機械のウスバカゲロウとでもいうような形をしている。

形式番号UD-20J。

通称、レプラカーン。

日米共同開発の偵察用有人ドローンである。

千々石はコンクリートの退避壕を進み、雨に濡れながらドローンに駆け寄った。

ドアを開けて飛び乗り、スイッチを入れた。


「大丈夫! 動きます。塚原さんも!」


風で身体がふらつく塚原を夏木と風谷が支え、雨の中を走った。

ドローンの手前でいったんがっくりと膝を崩したが、押し込むようにして風谷が機内に乗せた。


「ヴァルナ、もう少し丁寧にしてくれ」

「贅沢言うなっ」


塚原が座席の上で態勢を整えるのを待ちながら、千々石は次々と作動スイッチを入れた。


「管制コントロールは無視。地図ナビゲーションシステムだけは……入れるしかない。前後のローターの予備回転開始。作動良し。塚原さん、シートベルトをしてください。それとヘッドホンをつけて。会話はヘリと同じ、全て有線で行います。インカム良し」


滝の様な雨の中、ローターの風を防ぐための退避壕に風谷と夏木が走って行くのを確認した。

エレベーターホールに夏木が戻る。

だが、風谷は退避壕まで下がるだけで、じっと自分を見ている。

雨の中嘘の様に目線が合った。

雨が屋根を叩く音でもう外の声は聞こえない。

だが、小さく動く唇が確かにこう言っているのを感じる。


――お前は俺の切り札だ。みくり。


「行きます!」


千々石は操縦桿を引いた。

灰色の空の向こうを目指し、塚原と千々石を乗せたドローンは飛び立っていった。


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