30-14 The Final Countdown
「死ね,貴様ら全員!」
バトーは叫びながら無造作に腕を振った.
仏像の光背のようにバトーの背中が輝く――いや,無数の光の点が出現した.
「いかん!全員伏せろ!」
「! まな板シールド!」
ランスロットの指示が飛ぶ.
直感だけでシノノメは防御魔方陣を展開した.
「殲滅斬光!」
バトーの機械的な声とともに,光の点は線となり,放射状に伸びた.
まるで花火だ.
「ぎゃっ!」
「ぐっ!」
光の放射が止んだ時,黒龍隊は盾を掲げたままその場に崩れ落ちていた.
伏せるのが間に合わなかったのだ.鎧に丸い焦げ跡ができ,中から白煙が上がっていた.
見る間にピクセルにボロボロと崩れていく.
「な,何?」
「……ビームの手裏剣だ」
フレイドが呻くような声で答える.
シノノメの“まな板シールド”に守られた左右五名ほど――グリシャムとネムもいる――は,無事だったが辺りの凄惨な光景,そしてその壮絶な威力に圧倒されていた.
おそらくペンほどの大きさか――小型の光剣を無数,無差別に周囲にはなったのだ.
倒れているのは騎士達だけではない.辺りで戦っていたバトーの配下の者達も巻き添えになっている.
「ひどい……」
「こんな時は,無差別攻撃は便利ダ.これで敵が減ったナ.みんなで協力? 馬鹿馬鹿しい.この強欲の塔の中で,上と下,強者と弱者以外にあるかヨ」
「あなた,許せない!」
「俺は滅多に使わないゼ.これを乱発して虐殺を繰り返しながら上に上がったエゲツナイプレーヤーがいたらしいガ」
「なんて自分勝手な! グリシャムちゃん,やっぱりもう,許せな……」
シノノメが言いかけた瞬間,ものすごい勢いで回転する何かがバトーにぶつかった.
「お前! さっきの攻撃ハ!」
「効いたさ! けど,僕を殺すには足らないね!」
攻撃を受け止めたバトーの腕が歪んでいる.
巨大な戦斧を握るのは,小柄な少年だった.
金色の巻き毛に透き通るような白い肌,一見西洋絵画の天使のような容貌に,軽装のライトアーマーに身を包んでいる.
体のあちこちから湯気のような物が立ち上っている.
見れば,片目からもだ.ダメージを受けた彼の身体が急速に回復しているのである.
「痛みは倍返しだっ!」
「このガキめ!」
戦斧を担いで地面に降りたかと思うと,車がかりにぐるりと回転して金属の胴に叩き込んだ.
同時にバトーの光剣が左腕を焼く.
だが,少年は軽く瞬きをしただけで全く動じていなかった.
体の損傷を気にもかけず,小さな体を疾風のように動かしながら,機械人の将軍と五分に戦っている.
「何? あの子?」
尻もちをついていたネムを助け起こしながら,シノノメは尋ねた.
「不滅のガウェイン」
「ランスロット?」
「“不死身”のユニークスキルを持つ戦闘狂だ」
「私,あんな人知らないよ」
「シノノメさんが留守にしてた南都を危機に陥れた,油断のならぬ戦士でござる」
「カゲトラさん,無事で……」
「ちと,無事ではなかったですが」
カゲトラの頭からは血が流れ,両腕は傷だらけだった.
シノノメから“狩穂”と書かれた日本酒ポーションを渡され,一気に飲み干した.
「かたじけない,助かるでござる」
巨神階には緑色の靄が立ち込めている.辺りは見渡しづらいが,そこら中から聞こえていた戦闘音がずいぶん減っている.
「戦いが……」
「ああ,奴は自分で自分の首を絞めた.指揮系統がバラバラだったんだな」
ランスロットが頷く.
「機械人は我々の様にポーションで身体を治すシステムじゃないらしい.体が丈夫な代わりに,“修理”のプロセスを経ないと戻れないんだ.にゃん丸さん!」
にゃん丸が影のように飛んで傍にやって来た.
「見参!」
すっかり忍者としての立ち居振る舞いが板についている.
忍者頭巾が破れ,にゃん丸の耳が飛び出していた.モフモフしたくなるシノノメだったが,さすがに今はやめておいた.
「戦況は?」
「さっきのオールレンジ攻撃で,奴の軍は壊滅.こちらもダメージを受けたけど,三十人は残った」
「黒龍隊は……口惜しいことをしたが」
ランスロットは一瞬唇を噛んだが,頭を振って切り替えた.素早く指示を出し,生き残った仲間を集結させる.
「よし,みんな集まれ.このまま上の階層に突っ切るぞ」
シノノメとグリシャム,ネムを囲むようにして方陣が出来る.
「この塔の頂点まで.何とかシノノメを送り出そう」
「けど,ランスロット,あの人まだ粘ってるよ」
光る剣が大小の弧状の軌跡を描く.
ガウェインの猛攻に関わらず,バトーは地面に根を生やしたように出口の前から動かない.
見れば,脚からスパイクが生えて地面に突き刺さっていた.これでは動かないはずだ.
「畜生! この馬野郎! そこからどきやがれ!」
ガウェインが叫ぶ.不死身と言えど少しずつ消耗しているのは明らかだ.
「ランスロットさん,フレイドも! 援護は?」
「グリシャム,ここからだと,どんな技もガウェインが巻き添えになる」
「そんな」
「ここまであのビーム剣の切り裂く風が伝わってくるでござる.下手に近づけない」
「二人の動きが激しすぎて,助太刀できないよ.魔法だと完全にあのガウガウさんだっけ? 破壊天使みたいな子も巻き込んじゃう」
光剣の軌道が不意に変化した.
「ガキめ! これでどうダ!」
バトーが吼える.二つの光剣が地面すれすれを走り,ガウェインの両脚を切り裂いた.
「ぎゃっ! 畜生!」
地面に倒れながらガウェインが悔しそうに叫ぶ.
さらに光剣をガウェインの体に突き立てながらバトーが怒鳴った.
「ここは,誰も通すモノカ.お前たちなど,絶対に通すモノカ!」
「ひどい!」
シノノメが怒る.
それをあざ笑うように,バトーの背中から突き出した大きな腕が伸び,光の粒を帯び始めた.小型の光剣を射出する技の準備が出来たのだ.
「リキャストタイムが終わったかっ!」
「貴様ら,死ね.現実世界に希望を持つやつなど,下らん.死ね.死ね.死んでしまえ!」
「くっ……止むをえんか」
ランスロットが腰の詠唱銃に手をかけた.状況は変わったが,シノノメの言葉通りこの距離ではどの魔法弾を使ってもガウェインを巻き込んでしまう.
「死ねぇ!」
光の粒が大きくなり,一斉に炸裂しようとした.
「呂布奉先戟狂風!」
うねりを上げた長槍がバトーの腕を貫いた.金属の腕を易々と貫き,もぎ取り,縫い留めるように串刺しになっている.
湾曲した刃が槍の横脇についた中国武器,方天戟である.
「海王渦流撃!」
三又の槍がさらに追撃をかける.これはバトーの右肩に深々と突き刺さった.
六本の腕を持つバトーは稼働させる肩のパーツが大きい.一見死角が無いように見えるが,互いの腕がぶつからない為にわずかな遊び――腕の届かない空間があるのだ.
そのわずかな虚を突いて槍は放たれていた.
どちらの武器も宝物級の強力な武器だ.バトーの特殊装甲を貫通して内部の駆動系を完全に破壊していた.
「ちぃっ!」
バトーの背中から放たれた光の束は狙いを失って天井に向かって放たれた.
花火の様に打ち上げられた小型の光剣は急上昇すると,梁の様に渡された構造物を壊して爆発した.
上から瓦礫が落ちてくる.
巨人型機械人に合わせて作られた巨大な柱が,パイプが落ちてくる.
「あぶないっ!」
ランスロットとシノノメ達が慌てて身を伏せる.
崩れた瓦礫が門の前に積み重なり,地面に倒れていたガウェインの上に降り注ぐ.
バトーは上がらなくなった右腕の光剣をかろうじて振り,自分の周りの空間を保っていた.
緑の靄と土煙が入り混じり,まるで煙幕だ.
「オノレぇ!」
バトーが叫ぶ.
積み重なった瓦礫の向こうに,かろうじて保たれた出口のスペースが見える.
ほとんど暗い洞穴だ.
「何者だッ!」
バトーの声より早く,槍の主はその背後に移動していた.
「武の極致と武器の頂点を用いれば,鋼鉄の肉体であろうと怖れるに足らず!」
そう言いながら男は金色の甲冑を輝かせ,横殴りの大槍の一撃をバトーに叩き込んだ.
さらにそのまま強烈な肩からの体当たり――ショルダータックルを放った.
ズタズタの体になったガウェインが,男を見上げながらよろよろと立ち上がる.
「今頃登場かい! パーシヴァル!」
「助けられて感謝しろ,ガウェイン! うぬっ!」
駆けつけたのはノルトランド四天王の一人,大槍のパーシヴァルだった.
大腿を光剣が焼くが,それでも流れるように動く大槍の石突は,バトーの右膝の関節を裏から打ち砕いていた.
バトーの態勢がガクリと崩れる.
「今! 全員! 進め!」
パーシヴァルの怒号が耳朶を打つ.
思い出したかのようにランスロットは手を挙げて前に振った.
「作戦司令はランスロット、貴様だが,ここは俺が引き受けた!」
体を元の場所に無理やり戻そうとするバトーにパーシヴァルが必死で抵抗する.
パーシヴァルも二メートル近い長身だが,バトーはそれ以上に大きく,しかも機械なのだ.ミシミシとパーシヴァルの身体が悲鳴を上げたが,彼はそれでも歩みを止めなかった.
両大腿と右肩を光剣で抉られながら,ラグビーのスクラムの様に足を踏ん張って少しずつ進み続ける.
無理やりだ.こうなると技も何もない.
単純な力と――意志の力だ.
「僕もまだやれるぞ!」
ガウェインがバトーの壊れた脚にしがみついた.
小さな体が重機の様な機械に翻弄され,揺れる.
だが,バトーの片足はきしみを上げた.
ズズ,とずれるようにして,バトーの体はついに門と瓦礫に押し付けられた.
門に背中を預けながら,じわりと機械の体が横にスライドする.
パーシヴァルの背中側に人一人程が通れるくらいの道が出来た.
「行け! 行け! われらの勝利のために! われらの世界のために!」
「走れ! この機を逃すな!」
一列になったランスロットたちは走った.
一人,また一人と出口に向かって走り抜ける.
「かたじけない! パーシヴァル殿! ガウェイン殿」
「ありがとうでござる!」
「行きます!」
「行け! 進め! 同士よ!」
「クソ! こんな,時代遅れの騎士風情に,餓鬼に負けてたまるカッ!」
「うおっ! おおおおおお!」
ぐるりと回転したバトーの光剣が,パーシヴァルの肩を甲冑越しに貫いた.そのまま胸へとじわじわ進んでいく.
もう一本の機械の手を乱暴に振り回す.崩れた瓦礫を引き裂き,壊れた柱が転がっていく.
金属の塊がガウェインの頭にぶつかり,髪の毛と脳漿がはじけ飛んだ.
「急げ! わが同胞よ!」
パーシヴァルは歯を食いしばりながら言葉を絞り出していた.
口から血の泡が噴き出す.光剣が肺に到達したのだ.
すれ違いざま,ふとシノノメと目が合った.
熱に焼かれながら体を切られるという激痛に耐えながら,槍使いの騎士は笑顔を作って見せた.
「さらばだ! 東の主婦! またいつか,尋常な勝負で立ち会おうぞ!」
真剣な澄んだ瞳だ.
初めて会った時の,どこかよどんだ暗い光は微塵もない.
シノノメは思わず一瞬立ち止まった.
「ありがとう! パーシンバルさん! でも,私の名前はシノノメだよ!」
胸を貫いた光の剣が不気味に回転する.バトーの抵抗だ.
パーシヴァルは血を吐きながら豪快に笑った.
「がははっ! 俺の名はパーシヴァルだっ! この世界を頼むぞ! シノノメ殿!」
ランスロットに手を引かれ,グリシャムが肩を押す.
パーシヴァルの笑い声を背に,シノノメは暗い出口に飛び込んでいった.




