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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第30章 A Kind Of Magic
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30-12 Say You Will

 窓の外には滔々(とうとう)と流れる富士川が見える。

 のたりのたりと流れる川面をしばらく眺めた後、和馬は大きなあくびをした。


「遅い列車だなぁ。ゆいレールとどっこいなんじゃねぇの?」

「そりゃ、いくら何でも失礼だろ。路線の長さが全然違うよ」

幸誠こうせい、こんな電車よく知ってたな。さすが優等生」

「優等生は関係ないよ。東京都内に入る路線を全部調べたんだ。やろうと思えばすぐさ。どの路線が運行してて、どれが止まっているかなんて」


 幸誠は鼻から滑り落ちた眼鏡を押し上げた。

 二人が乗っているのは身延線である。静岡県富士市の富士駅と山梨県甲府市の甲府駅を結ぶ山岳路線だ。電車の最高速度は時速八十五キロ。鉄道としておよそ早いとは言えない。


「だけど、すごい大回りだな。三時間もかかるんだろ? 東京から遠ざかって、これじゃ逆に遅くなっちゃう」

「それを一気に解決するのが甲府駅からさ」

「リニアかぁ……俺、初めて乗る」

「僕もだよ」


 静岡県から神奈川県、さらに神奈川県から東京に行く経路はほとんど塞がれている。幸誠が見つけた移動手段は、甲府市から抜けて神奈川の橋本駅につながる中央新幹線だった。


「上りの路線は全部だめだと思ってた」

「名古屋から東京への予約は全部とれないよ。こんな短い区間でリニアを使うなんて、サマエルは想定してなかったのかもしれない」

「そう言えばリニアの切符って、ネット予約――カード決済だけだろ? どうやってとったんだ?」


 三十日前予約とかでない限り、リニアの切符は飛行機よりも高額なのだ。幸誠の小遣いでどうにかなる値段とは思えなかった。


「佑太にとってもらったのさ」

「佑太が?」

「正確には佑太のオヤジさん名義で、佑太がチョコチョコッとな」

「あー、そういうことか」


 和馬はくしゃくしゃと頭を掻いた。

 佑太は、沖縄有数の大手食料品店チェーンの御曹司である。

 三人は今でこそバラバラの場所で生活しているが、子供の時からの友達である。


「親父さんがJRの株主優待カードを持ってて、優先席予約ができるらしい。佑太がこっそりそれを使って」

「アキジャビヨー」

「パスワードは佑太の名前と誕生日さ」

「でーじ愛されてるな」

「ということで、切符の名義はオヤジさんと佑太なんだ。甲府駅から俺たちは親子ってわけだ」

「ばれないかな……」

「QRコードは転送してもらってるし何とかなるだろ。雰囲気がまずそうなら、お前だけ佑太ってことで走れ」

「佑太と俺……似ても似つかねーぞ」

「JRの人には分からないよ。改札も顔認証システムじゃないし。それより、神奈川県駅――橋本からはどうなるんだ?」

「俺にも分からねー。ユーグレヒトさんが他の仲間と連絡を取ってるらしい」

「実感ないけど、なんだかえらいことになって来たな」

「そういや、シノノメさんはどうしてるんだろ」

「任せろ。マグナ・ビジョンをインストールした端末持ってきたからさ」


 幸誠はデイパックからA4ほどの大きさの薄いノート型端末を取り出した。


「あ、いいな。これアイオーンのシンクノートじゃん」

「合格祝いに買ってもらったんだ」


 マグナ・スフィアの世界を見ていれば、三時間などあっという間に過ぎそうだ。

 二人は仲良く並んでディスプレイを覗き込んだ。


 ***


 巨人の残骸に身を隠しながら,ランスロットは靄の向こうを睨んでいる.

 黒い甲冑に身を包んだ男たちがひざまずいてランスロットの指示を待っている.まるで黒い石像のように静かだが,甲冑の上に羽織った黒いマントの内に溢れんばかりの闘志が満ちているのが伝わってくる.

 静かに音を立てないようにゆっくりと戦士たちは移動していた.

 嚆矢の陣を作っているのだ.

 攻撃的布陣の中央に,シノノメは立っていた.

 隣にはグリシャムとネムがいる.

 深い靄の中で全てを見渡せないが,三人の両翼,そして後ろにもユーラネシアの戦士たちが並んでいる.

 全てはシノノメを上に送り届けるため.

 その一念で終結した者達だ.

 アイテム“アラジンの壺”にデータセーブすることにより,シノノメとともにここに運ばれてきた同志たちである.

 ふと右を見ると,大鎧を着たワータイガーと目が合った.

 素明羅スメラの武将,カゲトラだ.

 カゲトラは虎の顔でニヤリと笑った.

 その隣には見覚えのある髭の小男がいる.

 小男と言っても,頑強な胸板と太い二の腕を持っている.筋肉を押し固めたような体型なのだ.

 薩摩示現流を操るドワーフ部隊の長,チューイである.

 チューイはシノノメと目が合うと,目だけで笑って見せ,すぐに前方に視線を移した.

 ランスロットが右手をゆっくり挙げていくのが見える.

 それと同時に靄の中に低い金属音が響く.

 仲間たちがゆっくりと刀の鯉口を切っているのだ.

 ランスロットの手があるさらにその先に,機械人たちの背中が並んでいるのが見える.

 ケンタウロスのような半人半馬の機械人サイボーグが,陣形を作っている.

 ランスロットの手が,ついに頂点まで上がった.


「進め!」


 勢いよく手が振り下ろされる.

 それと同時に雪崩のような鬨の声が緑色の靄を吹き飛ばした.

 第七十八階層の大気が震える.


「抜刀!」


 怒涛の勢いで全員が走る.

 一斉に頭上に掲げられた刀槍が鋭い光を放った.

 巨人型機械人の巨大な亡骸を迂回し,あるいは乗り越え,幻想世界の剣士たちは一斉に機械人の軍勢に襲い掛かった.


「な,ナンダ!?」


 機械の顔に動揺の色が見える.

 あわてて方向転換する機械人の手に,光剣ビームソードが光る.


「ちゅえええええええええい!」


 袈裟懸けに振り下ろされた日本刀が,瞬く間に機械の腕を切り飛ばした.

 続く二の手,三の手が装甲の間を貫き,とどめを刺す.


「せやっ!」


 斬馬刀が地面すれすれに振り回され,機械馬の脚が切断される.

 動力パイプが切断され,循環する体液エネルギーリキッドが吹きこぼれ,電子配線が火花を散らした.


「出来るだけ関節部分を狙え! スキル上位者も油断するな! 刃こぼれを起こすと攻撃が続かないぞ!」


 ランスロットが剣を振りながら指示を出した.


「鉄砲隊!」


 巨人のむくろの上に密かに陣取った鉄砲隊の銃が火を噴く.

 マスケット銃なのだが,組になった魔法使いが銃弾の威力を増大させる魔法をかけているのだ.

 圧倒的に硬度が高く,有利なはずの機械人の体に次々と穴が開いた.


「クソッ! 下がルナ!」


 ランスロットが進むその先には機械人四軍の将バトーと,そびえる巨大な門――七十九層につながる扉がある.

 ランスロットの周りを囲むようにして黒い甲冑の剣士たち――黒龍隊が進む.


「侮ったな,バトー!」

「どこに隠れていタ! ランスロットめ!」


 バトーの四本の腕が大きく展開した.半人半馬の姿は,まさにヒンズー教の神像のようである.

 修理された腕には緑色の光剣が握られている.

 グルグルと回転して光の皿のような形を作り始めた.人間の手首でないので完全に一回転できるのだ.四つの回転鋸がついている様な物だ.


「お前タチの原始兵器になど,負けるモノカ! 左右に展開,押し包んで敵を斬れ!」

「切り込み隊は近接戦闘開始! 長射程の光学兵器を恐れるな! 懐にこそ活路がある!」

「小癪ナ!」

「弓隊!」


 ランスロットが剣を振った.

 放物線を描いて落ちる矢は,バラバラと機械人に降り注いだ.

 鉄の矢尻が機械の体に刺さるはずがない.

 高い音を立てて跳ね返され,地面に滑り落ちていくだけだ.

 時折魔法の矢尻が火を噴き,雷撃を放つが決定打は与えられない.


「こんなもの,効クか!」


 機械の重槍部隊が並んで飛び出してくる.

 光る槍先は甲冑を貫き,たちまち数名の戦士が細かいピクセルになって砕け散った.


「グリシャムちゃん,あれ!」

「シノノメさん,押さえて! 私たちはとにかく扉の方に進むの!」


 仲間の危機だ.本当は飛び出していきたい.

 だが,ランスロットはすべてここ――この戦場を自分たちに任せるようにと言ったのだ.

 思わず唇を噛み締める.

 機械人たちは光学兵器を応用した超高熱の刃物を持っている.それと対等に渡り合うには,よほどプレーヤー自身のレベルが高くなければ無理だ.

 素明羅の示現流ドワーフ部隊が奮戦している.小柄な体を武器に,潜り込むようにして強力な一撃を機械人に浴びせかけている.

 果敢に戦場を走り抜けているが,次々倒されて数が減っているのは一目瞭然だ.


「われらの意地を見せよ! 死にがまるぞ!」


 チューイが言葉の通り血を吐きながら敵を斬り飛ばしている.彼の日本刀は刃こぼれでのこぎりのようになっている.


 後ろ髪をひかれるようにして扉に近づいて行くシノノメに,二メートルほどの機械人が立ちはだかった.


「ここは通さねェ」


 アンバランスに右手だけが大きい.どうやら巨人型プレーヤーの身体を解体して自分に取り付けたものらしい.

 パワーショベルのような腕をシノノメめがけて振り下ろした.


「黒猫ま……」


 魔包丁を抜こうとするより先に,大振りの薙刀が腕を受け止めた.


「シノノメ殿は休むでござる! ここは拙者が引き受けたっ!」


 カゲトラだ.トラ模様の二の腕の筋肉がパンパンに膨らんでいる.


「どけ! 虎もどき!」

「機械に魂を売ったシオマネキごときがっ!」

「行こう! シノノメ!」


 ネムがシノノメの肩を押し,グリシャムが手を引く.


「切り進め! シノノメのためにっ! 主婦さんの道を作れ!」


 剣が金属とぶつかり,あるいは肉が熱線に焼かれる音の合間に,誰彼ともなくそんな声が聞こえてくる.


「あと少し!」

「入れる人は一緒に!」


 扉の前を固める機械人を戦槌で叩きのめしている騎士がいる.腹にはすでに光槍ビーム・ランスが突き刺さっていた.最後の力を振り絞って道を作ったらしい.


「シノノメ殿! ご武運を!」


 名前も知らない騎士が血の泡を吹きながらシノノメににっこりと笑いかけた.


「扉をいったん閉じろ!」

「奴らを上に行かせるナ!」


 もうシノノメの手は扉に届く.それに気づいた機械人たちが走り寄って来た.


「そうはさせるもんか!」


 黒い小さな影と白い大きな影が走る.

 猫忍者と白い人猿ワーエイプだ.


「お猿さん!」

「ハヌマーンだって!」


 カカルドゥアでともに戦ったハヌマーンが駆けつけたのだ.


「お猿さん,いたの!?」

「“アラジンの壺”に登録セーブするときは,友達申請に忙しかったんだよ! 超力金剛杵マハー・バジュラ!」


 光り輝く黄金の武具が出現した.餅つきの杵ほどの大きさがある.

 両端に五つの突起がついている五鈷杵だ.インドの神々が持つ強力な兵器である.

 ハヌマーンがそれを振ると,機械人の装甲はへしゃげてたちまちスクラップになった.さらに扉に五鈷杵をはさみこんだ.ぐいんとたわむが,完全に扉を閉めることはできない.

 大人が体を横にしてやっと通れるほどの隙間が残った.


「シノノメさん,扉の向こうは一本道の階段だ.急ごう!」


 素早く状況確認を済ませたのは,言わずと知れたにゃん丸である.

 にゃん丸は竹筒を取り出すと,上空に向けて尻側についた紐を引っ張った.

 ひゅるひゅると音を立てて弾が飛び出し,空ではじける.

 シノノメが扉に到達した合図の信号弾だ.

 応えるように「おお!」という鬨の声が上がった.

 血まみれの仲間たちが体を震わせて歓喜している.

 シノノメの背中がびりびりと震えた.


「急いで!」

「みんなは!?」

「後続部隊はランスロットさんがまとめて……」

「ひゃあっ!」


 グリシャムの言葉を遮るように飛んで来たのは,両断された黒龍隊の騎士の胴体だった.

 扉とシノノメ達の間に落ちる.

 ずれた顔防具フェイスガードから,虚ろな目が覗く.眼球が数度痙攣して虚空を見つめた.


「あわわっ」


 慌ててにゃん丸が遺骸をどけようとする.あまりの惨たらしさに,おっかなびっくりだ.だが,ピクセルになって分解されるのを待っていてる時間はない.

 仲間と敵の遺体を乗り越え,機械兵たちは迫ってきているのだ.


「おのれっ! 行かせるカ! どけぇ!」


 血飛沫をまとわりつかせながらシノノメの前に立ちふさがったのは,返り血で赤黒くなったバトーだった.

 馬のような顔に光る単眼モノアイは,怒りのために真紅に染まっていた.


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