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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第30章 A Kind Of Magic
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30-4 All I Can Do

 肩に金属質の物が触れたと思ったら,体がふわりと浮き上がった.

 レラはそっと目を開けた.


「ら,ランスロット殿!」


 黒い甲冑を身にまとった騎士は,レラを抱き上げて黒いグリフォンに乗っている.

 左手はグリフォンの頭につけられた手綱を引いていた.

 グリフォンは獅子の後ろ足で機械人たちを蹴散らし,黒い羽を羽ばたかせて宙に浮く.


「何故来たのです!」

「グリルオン!」


 爆炎が襲い掛かる機械人を焼き払う.

 ランスロットの背中越しに見えるのはシノノメだった.


「シノノメまで! あなたは一刻も早く上に行かなければならないのに!」

「レラさんも一緒に行くの」

「馬鹿な! 私はここで捨駒になる.それでいいのに」

「良くない!」


 シノノメは着物の袖を振りながら,続けざまに爆炎を放った.

 青い炎,ガスレンジの炎だ.


「君の力がまだ必要だ.無駄に死ぬ必要はない」


 ランスロットはそれだけ言うと,端正な横顔をレラに見せ,鋭い目で行く先を睨んだ.

 シノノメがお菓子に変え,グリシャムの巨大樹が叩き潰した迷路の壁は,まだ修復されていない.階層中央まで,グリフォンはまっしぐらに進む.

 壁の高さを越えないぎりぎりの低空飛行だ.越えれば殺人機械,雷球サンダー・ボールが飛んで来る.

 逞しい腕の中から振り返ると,機械人たちも破壊された迷路を追って来る.

 クモ型の機械人はこの時とばかりに地面を飛ぶようにして走っている.

 速い.

 幻想世界ユーラネシアの早馬や馬車は比較にならない速さだ.


「無駄とは……でも,こんな非効率的なことをしてはいけません」


 上階層とを結ぶシャフトの根元は,三角フラスコの底のような形をしていて,アポロ宇宙船の先端――司令船コマンドモジュールに似ている.

 中で手を振っているのはアイエルとにゃん丸だ.

 早く早く,と叫んでいる.

 スライドドアを開け,ランスロットとシノノメ,そしてレラを待っている.


「効率なんて,関係ないもの!」

「俺たちの目標は,シノノメを上に上げることだ.だが,一人でも多く上に上がるんだ」


 ランスロットはそう言ってレラを抱く腕に力を込めた.


「痛い……」

「ランスロット,力強すぎ!」

「失礼!」

「もっとお姫様みたいに大事に持って!」

「ひ,姫ですか?」


 レラの目が大きく見開かれ,丸になった.


「シノノメ,来たぞ!」


 見れば,残った迷路の壁を横走りにしてクモ型機械人が迫っている.あわよくば自分たちも上階層に上がるつもりなのだ.


「あっち行け! 虫軍団! グリルオン! お掃除サイクロン! 切れちゃう冷凍! ノンフライヤー」


 シノノメの手から魔法がほとばしる.

 炎が,風が,冷気が機械人を薙ぎ倒す.

 ランスロットの抜群の手綱さばきとともに,完璧なユニゾンだ.


「本気のシノノメの戦闘力……これ程とは!」

「魔法院ではレラさんにかなわなかったけどね!」


 いまや迫りくる機械人たちは黒い群れとなっていた.


「一体どこにこれだけの数がいたの! 隠れてたのかな?」」

「この広さの巨大建造物です.迷路のあちこちで彷徨っていた者も,非戦闘区域で引きこもっていた者も,千載一遇のチャンスだと思っているのでしょう」

「確かに,シノノメが“ステージのルール”だの,“設定”だのをぶち壊して近道を作ってしまったからな」

「失礼な! 一生懸命やっているだけでしょ! ヴァルナみたいなこと言わないでよ」

「お前はいつもそれだな」

「あの機械人たちを一緒に連れて行くわけにはいかないよ!」

「任せろ!」


 ランスロットは強く手綱を引いた.

 グリフォンが急上昇する.壁の高さを越え,サンダー・ドームの空に舞い上がった.

 レラはあわててグリフォンの首にしがみついた.胴をランスロットの腕が支える.

 シノノメはランスロットの肩につかまった.


「ランスロット! これじゃ雷球が飛んで来るよ!」

「それでいい!」


 空に舞い上がったランスロットめがけて,轟音が近づいて来た.

 転がる巨大な丸い影だ.

 四つの雷球が激突し,グリフォンごとランスロットたちをすりつぶす.

 ほんの一瞬早く,グリフォンは急降下していた.

 雷球はそれを追うように地上に落ちてくる.

 グリフォンが吼えた.

 地上ぎりぎり,機械人の群れをかすめるように方向転換すると,翼を畳んで前足――鈎爪のある鷲の足で床を蹴った.

 そのまま“出口ゴール”に突進する.

 雷球は地上に落ち,凄まじい勢いで回転する.追いすがる機械人を粉砕し,床と残された壁を削りながらグリフォンを追おうとする.

 だが,巨大な球体である.四つも同時に落ちてきたので互いにぶつかりながらだ.道にひっかかり,絡まりながら進んで来る.


「ランスロットも十分無謀だよ!」

「ですが,うまい! 雷球が互いに密集して,勢いが相殺されています!」

「じゃあ,レラさん,しっかり俺につかまって! シュヴェン! ご苦労だった!」


 ランスロットが叫ぶと,召喚獣は姿を消した.

 猛スピードで飛行した勢いそのままに,ランスロットとレラ,そしてシノノメは宙に投げ出される.


「うひゃあっ!」

「きゃあっ!」


 ランスロットの甲冑の踵が床を削り,火花が上がった.レラを横抱きにしたままスライディングしていく.レラはつかまるというよりも,ランスロットにしがみつくのが精いっぱいだ.

 シノノメはくるりと床に降りる前に一回転し,着陸するなり走った.

 引き戸の内側にいるアイエルとにゃん丸が手を伸ばす.

 後ろには機械人の破片をまき散らしながら雷球が迫る.


「早くっ!」

「お掃除サイクロン!」


 シノノメの手から竜巻が放たれた.雷球のスピードを少しでも弱めるのだ.


「MPの無駄です!」

「無駄なんて無い! 早く入って!」


 にゃん丸とアイエルに助けられ,ランスロットとレラは円錐形の建物の中に引っ張り込まれた.

 それを追うようにシノノメが走り込む.


「閉まれ!」


 スライドドアのそばにある大きなボタンを押した.

 まるでゲームセンターだ.手のひらほどある赤いボタンを叩くように押すと,ゆっくり金属のドアが閉まっていく.


「連打連打! 連打! うんもーっ! 早く締まりなさい!」


 ゴトン.


 ドアが閉じた.橙色の非常灯の様な明かりがつく.

 雷球がぶつかったらしく,円筒形の部屋は一度大きく揺れた.


「ひゃっ!」


 出口部分は安全地帯として強固に作られている様だ.二,三度光が明滅しただけだった.

 円錐形の部屋の広さは六畳間程で,武骨なパイプが壁の上下左右に配置されている.

 シノノメはため息をついた.


「良かった……間に合った.ランスロット,ありがとう」


 ランスロットは頷きながら汗をぬぐった.


「しかし,私を助けに来るなんて」


 言いかけたレラの口をシノノメは塞いだ.


「駄目! レラさんがいなかったら,私たちはどうしたらいいか分からないもの」

「そうです.シノノメさんはいつも行き当たりばったりなんですから.レラ様がいなかったら大変です」


 壁にもたれかかったグリシャムはポーションを飲んでいた.黄褐色の液体が入った瓶は,例によってシノノメが提供した高級ワイン風である.

 ぐったりしていたが,顔にほんのり赤みが差し始めていた.


「行き当たりばったりはないよ,グリシャムちゃん.いつも一生懸命なんだよ」

「えー? でも,一生懸命やったら何とかなると思ってない?」

「そうだけど」

「シノノメ,そういうのを,行き当たりばったりって言うんだ」


 ランスロットが苦笑した.


「もーっ.グリシャムちゃん,シャトー寿限無ジュゲム返して」

「やーよ.頑張ったんだから,このくらい良いじゃない.こんな高級ワイン……じゃなかったポーション,めったに口にできないんだもの」

「シャトー寿限無ジュゲム? 妖精の女王が朝露の雫で作るという貴腐ポーションですか?」

「あ,レラさん知ってるんだ.さすが」

「シャトー・ディケムの造り手が聞いたら激怒するんじゃないかと思って,覚えてました.うっ……」

「大丈夫か? シノノメ,レラさんの怪我ダメージは深いぞ」


 体を支えようとしたランスロットの手をレラは拒んだ.


「大丈夫です.私にも手持ちのポーションがあります」

「ううん.任せて.すごいの出すよ.うーんと,悶悶モンモンラッシェはどうかな?」


 シノノメは猫型ロボットの様に,エプロンについたポケットの中を覗き込んで物色した.そこはアイテムボックスになっている.


「……変な名前ですね」

「私のせいじゃないもの.高級ワインのモンラッシェをもじって,誰かがつけたんだよ.私が集めたポーションって,こんな名前ばっかり」

「ふふ,リクエストが出せるならシャルドネ――いえ,今はトロッケン・ベーレン・アウスレーゼみたいなのが良いですね」

「おお! ドイツワインの最高峰! シノノメさん,私それも飲みたい」

「グリシャムちゃんはもう回復したでしょ.レラさんだからさわやか系だと思ったら,極甘口のデザートワインって意外だな.これどうかな? アンペルマンTBA!」


 シノノメは帽子をかぶった人物の絵がついた瓶を取り出した.絵の人物は二人で,一人は赤色で手を左右に伸ばし,もう一人はちょうど歩き出したところだ.


「……ドイツの信号機のマークみたいですね」

「うーん,多分それとひっかけたのかな.あと,回復してない人も飲んでね.アイエルちゃんは未成年だっけ? 牛乳味にする?」

「え? それは無いよ.仮想現実なんだし,私にもちょっとだけちょうだい」

「わ,大人だね」


 シノノメは目を細めてアイエルの隣に立つにゃん丸を見た.意味深なシノノメの視線を受けて,にゃん丸の尻尾がピンと立った.

 グラスにポーションをつぎ,全員に配った.レラの分は少し多めだ.


「とりあえず,欲望の塔に入れたね.それに,一階層突破.みんなありがとう.小さく乾杯しようよ」

「へへ,乾杯だネー」

「こんな時に乾杯か?」

「オイラ,飲まないとやってられないってのもあるなあ」

「シノノメさんらしいや」

「これもアリよ.乾杯プロージット! こんな時のお酒もまたいいじゃない」


 ガクン.

 ゆっくり床が動き始めた.

 窓の向こうには取りすがるクモ型機械人が見える.

 その後ろにはパーツを拾い集めるシュモクの姿が見えた.

 あさましくもおぞましい第七十六階層を下に見ながら,円錐形の部屋が上昇していく.


「この部屋自体がエレベータになっているんだね」

「どうりで階段とか見当たらないわけだ」

「上に上がるまでの間は大丈夫になってる――休憩時間ってことなのね.本当にゲームチックで……憎らしくなる」


 回復したグリシャムは立ち上がり,窓から下を見下ろした.グラスの中の貴重なポーションをちびちびと舐めている.

 地上には迷路の幾何学模様が広がっている.また機械人たちの血で血を洗う争いが始まるのだろう.


「こんなのがずっと続くなんて,ぞっとするなあ.でも,ここまで来ちゃったし」

「にゃん丸さん,そう言いながらも大活躍だったじゃない」

「迷路のスイッチを入れたのはオイラだから,アイエルちゃんにそう言われると恐縮するよ」


 ふと見ると着物がボロボロだ.シノノメはボロボロになった着物を取り替えることにした.


「みんな,ちょっとあっち向いててね」

「出た,シノノメさんのステージ突破名物の着替えだ」

「今度は何?」

「動きにくいから,大正モダン風にしようと思って.えーっと,銘仙がいいよね.青緑の縦縞と……」

「お前,いつもこんなことしてるのか?」

「ノルトランドの時も……あ,ランスロット,こっち見ないでよ」

 

 振袖にして,下には袴を履くことにした.草履よりも編み上げブーツの方が動きやすい気がする.

 レラは一同から少し離れた場所に腰を下ろし,少しずつ液体ポーションを口に運んでいた.

 香水のような芳香が部屋の中に広がっている.

 すでに彼女の左大腿の傷は閉じている.右肩も小さなピクセルが集まり,あとわずかで回復しそうだ.

 自分たちと距離を保とうとしているようにシノノメは感じた.

 確かに魔法院からのこともある.

 シノノメの方にも,心にわだかまりが全くないというわけではない.

 しかし,クルセイデルが信じたレラを好きになりたかった.


「次は……炎の階層だったよね,レラさん」

「ええ.皆さんの様子を見ていると,深刻感が無くって調子が狂いますが」

「ごめんね.私いっつもこんな感じなの」

「ですが……ここから先も厳しい階層ステージが続くのですよ? 私はすでに,あなたのために犠牲になる覚悟をしています.あなたをこの欲望の塔の頂上に送り届け,幻想世界ユーラネシアを勝たせる.それに全てを賭けている」


 厳しい口調だった.薄い唇は固く引き結ばれている.


「うん,分かってるよ.でも,できればみんな一緒に行こう」

「それは戦略的でない.現実的でもない.あまりに甘い考えです」

「だけど,私はそうしたいの.自分のできることはみんなやりたい」

「どこまでも平行線ですね」


 レラは黙ってグラスのポーションを飲み干し,少しだけ顔をしかめた.


「そのポーション,やっぱり甘すぎた?」

「ええ.とても,とても甘いですね.でも,……好きです」


 レラは小さく,しかし嬉しそうに微笑した.

 レラの間にあった氷のような壁が少しずつ溶けていく気がする.

 シノノメはそう思った.

 ほんの束の間の平穏.

 このゴンドラなのか,エレベータなのか分からない昇降機が次の過酷な階層ステージに着くまでの間だけだけど.


「ふう……」


 ポン! 


 突然頭の中に響いた音に,シノノメは背筋を伸ばした.

 マグナ・スフィアのプレーヤー間で使われる通信ソフト,“メッセンジャー”の着信音だ.

 宙に目を泳がせる.


「ようよう,元気か?」


 チャットモードで話しかけてきたのは,もう一人の“風使い”,聖騎士パラディンヴァルナだった.

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