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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第30章 A Kind Of Magic
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30-1 Thunderdome

 遠くから遠雷に似た音が聞こえてくる.

 シノノメはアイエルと顔を見合わせた.


「何だろう? 地響き?」

「ゴロゴロ言ってるね」


 床が微かに震えている様な気がする.

 うすぼんやりとした青い光に包まれた,だだっ広い空間は,見渡す限り金属でできた建造物ばかりだ.

 どれも鋭角的で,積み木を乱雑に積み上げたようにも見える.

 天井には武骨な金属の骨組みが広がっていた.

 巨大な投光器がグルグルと回っているのは刑務所を思わせる.

 欲望の塔の外に広がる町並みをそのまま屋内に持ってきたのと変わらない.違うのは屋内ということだけだ.塔の内周らしく外壁は緩やかな曲線を描き,楕円形の階層の中央には高い塔があるのが見える.

 塔の頂上は天井と繋がっているので,あれがおそらくゲーム上のゴール――上につながる道なのだ.塔というよりも階段とかダクト,エレベーターシャフトと言った方が良いのかもしれない.

 それにしても,無機質で生活感が全くない.


「こんなとこ,人が住めるのかな……テレビか映画のセットみたい」

「それを言うなら,私たちの“場にそぐわない感”ったらナイでしょ」


 グリシャムが肩をすくめた.


「エルフと魔法使いと,着物姿の主婦がそれを言ったら,俺なんかどうなるのさ.撮影スタジオを間違えた時代劇の登場人物?」


 にゃん丸は本物の猫の様に手で顔をグルグルと撫でた.

 アイエルが尖ったエルフの耳をヒクヒクと動かした.


「タイムスリップした中世の人か,現実世界に紛れ込んだ異世界人か……いずれにしろ,何だか居心地が悪いね」

「おしゃべりはそこまでだ.レラさんに意見を聞こう」


 キョロキョロ見まわしているシノノメ達に,ランスロットが注意した.

 兜のバイザーを上げると,涼やかな目元が見える.

 ユーラネシアではほとんど兜を被っていなかったが,ここは銃器の発達したアメリアだ.狙撃を警戒してフルフェイスマスクのついた重層型鎧を身に着けている.だが,身ごなしはその重さを感じさせず颯爽としている.

 レラが参謀役を買って出たが,ランスロットは自然にリーダーになっている.

 ノルトランド帝国の騎士団長であった彼は,さすがに様になる.

 レベルと強さからすればシノノメが今やトップなのだが,シノノメは率先してリーダーシップをとるのが得意でないというか,苦手だ.いつも一生懸命やるとなぜか目立ってしまうだけなのだ.

 背後に開けた穴はすでに修復されつつある.

 レラはすらりとした長身を折りたたみながら,金属の壁にあったくぼみに進んで手招きした.

 しきりに辺りを警戒している.

 特に彼女が鋭い目を送っているのは,投光器のついた柱だった.金属の天井――その高さは空と言っても良い――に向かって何本も突き立っている.

 よく見ればそこかしこにタラップがあり,何か黒い影がもぞもぞと動いている様な気がする.

 シノノメは手招きに従って壁のくぼみに身をひそめた.

 後にグリシャムとアイエルが続く.

 ネムはいつもの呑気な調子で,毛糸で出来たゴーレムを連れて歩いているので,にゃん丸とランスロットに急かされていた.


「狙撃手がいるの?」

「分かりませんが,味方であるはずはない.注意しないと」


 金属の建物がゆっくりと動き,壁との間に隙間が出来た.

 どうやら定期的に建造物の配置が変化するらしい.


「壁が動く……こういうダンジョンあるよね」

「迷路がどんどん組み変わっていくタイプ……ウェスティニアの東の方にあるよ」

「迷宮? あたし,糸玉ならあるヨ」

「経路が組み変わるんじゃ意味ないでしょ」


 アイエルはふと壁を触って気づいた.


「これ……何だろう.壁がひっかき傷だらけだよ」

「レラさん,ここは何階?」


 レラは眉を顰めた.この戦いが始まる前に,“欲望の塔”に関するデータをかき集め,頭に叩き込んできたのだ.


「少し待ってください.金属の床に,あの塔のような建物……そして,あの音」


 そう言っている間に,雷の様な音が次第に大きくなる.


「おそらく,第七十六階層.雷球の檻――サンダー・ドーム!」


 雷のような音とともに,物が破壊される凄まじい轟音が近づいて来た.

 壁のくぼみから音のする方を見ると,巨大な――直径二十メートルはあろうかという球が回転しながら進んで来る.

 建造物が巻き込まれ,削り飛ばされて吹き飛ぶのが見える.


「な,何!? あれ?」

「あれが雷球サンダー・ボール.表面には超高硬度の金属のスパイクがあり,触れれば削り潰される.それがこの階層を縦横無尽に走り回っている.プレーヤーはあれを避けながら迷路の中央に行かなければならない!」

「まずい,ネムが!」


 ネムは約束の様に,ボテッと床に転んでいた.

 あわててランスロットが引き起こす.

 にゃん丸も飛び出していくと,二人で抱えて壁のくぼみに飛び込んだ.

 ノソノソと赤い編みぐるみの熊――ケプラー線維で出来た,ネムお手製のゴーレムが後を追う.

 だが,動くものを見つけた雷球は急速に速度を上げて迫って来た.


「あっ! 赤くまちゃん!」


 身長二メートルにはなる赤熊――毛糸のゴーレムは,立ち上がり,転がる球体に一瞬抵抗した.

 ほんの一瞬だけ球体の動きが止まる.

 雷球の表面にはレラの言った通り,鋭いスパイクが無数に生えていた.

 その一本一本がさらに回転している.

 キュン,という音とともに赤熊は削り飛ばされた.

 赤い前足が瞬時に消失し,大きな頭が,太い胴体が球に巻き込まれ,その形を失っていく.


「あー,ああ!」


 手を伸ばそうとするネムを慌てて押しとどめた時には,赤熊の姿は完全に消失して糸くずも残らなかった.

 さらに球体は回転を続け,壁に向かってくる.


「うわっ! こっち来る!」

「もっと奥に詰めて!」

「むぎゅっ!」

「ランスロット! 鎧が痛い!」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」

「うわわわ,何だかゴメン,オイラ!」


 にゃん丸はアイエルの顔とシノノメの胸に挟まれ,一瞬幸せを感じたがそんな場合ではなかった.

 雷球は壁にぶつかり,凄まじい火花を散らした.


「うわっ! 熱い!」

「火がつくよ!」

「気を付けて! 帯電しています!」


 くぼみの縁は熱を帯び,光一つないくぼみの中がスパークする火花で照らされる.

 悪夢のような時間はあっという間に過ぎ,再び雷球は轟音とともに去って行った.

 再びくぼみの中に外の明かりが差した.


「ひええ……」


 シノノメはそっと頭を出し,雷球が去ったことを確認して外に出た.

 レラがくしゃくしゃになった帽子を整えながら出てくる.

 ネムとグリシャムはランスロットに助けられながら這い出てきた.

 にゃん丸は手を貸したそうだが,アイエルはしっかり立っている.

 よく聞けば雷球の転がる音は一つや二つではなかった.


「一,二……十二個かな……?」

「あの球体が,ランダムパターンで動きながらプレーヤーに襲い掛かって来る」

「トラップとか落とし穴とかじゃないんだ」

「ただ人を殺すためだけの仕掛けですから.そして……危ない!」


 レラは杖を振った.

 白く光る四角い文様が空中に展開する.

 風の元素を操って作られる超高密度の気体の層――防御魔方陣だ.

 ガキン,と音がして地面に銃弾が転がった.


「狙撃?」

「あっち! 壁の上!」


 即座にアイエルが石弓を放った.

 金属の壁の上に火がつく.

 だが,火焔を飛び越え,射手は飛び跳ねるようにして逃げた.

 八本の脚が見える.

 赤い機械の目が四つ.顎足がある部分には,人間に似た手が生えている.

 ずんぐりとした胴から突き出しているのは銃身に見える.


「蜘蛛?」

「ぶるぶる,キモイ! ぞわっとする」


 グリシャムはシノノメの様子を見て,ユルピルパ迷宮での大暴走の事を思い出した.


「シノノメさん,暴走しないでね」

「さすがに機械だからそれは無いよ」

「この階層に特化した姿になり,さらに上を目指す――その姿があれか」

「あの形態が最もここでの戦闘に適しているということですね」


 機械人の姿はハエトリグモそっくりだった.中途半端に人間型の頭部が平坦な体に接合されているので,不気味この上ない.


「ケケケ……幻想大陸ユーラネシアから,能天気な奴らがやって来たな」


 クモのような機械人は目を明滅させながら笑った.


「お前たちを倒せば,ボーナスポイントがもらえる.そうすれば,もっと強い体がもらえる」


 ゆっくり動く壁を伝って,同じ形をした機械人がゾロゾロと姿を現した.

 無数の赤い目が不気味に光る.


「餌どもが来たぜ」

「サンダー・ドームで俺たちに叶うと思うなよ」

「一時休戦――いや,こいつらを誰が仕留めるかの競争だな」

「競争――ゲームか」

「そうだ,ゲームだ」


 キュイーン.

 キュイーン.

 アクチュエイターが動く音が不気味に響く.

 ガシャガシャと機械の脚が音を立てる.

 蜘蛛の様に飛び跳ねながら壁を降り,床に着陸する.


「死ね!」

「抜け駆けか! 俺も!」

「負けるかよ!」

「剣と魔法? 馬鹿馬鹿しい」


 蜘蛛の身体を上下左右に展開しながら,銃撃が始まった.

 統制の取れた攻撃ではない.他の誰よりも早くシノノメたちを仕留めようとしている.

 火線がたちまち銃弾の雨となる.


「鍋蓋シールド!」

風精盾シルフェード!」


 シノノメとレラがすぐに防御結界を張った.

 にゃん丸とアイエルは迎撃を開始した.手裏剣と石弓クロスボウだ.

 特に打ち合わせをしたわけではないが,全員が高位のプレーヤーだ.

 機械人たちとは対照的に,あっという間にバランスの取れた連携が出来上がる.


「ぎゃっ!」


 ランスロットは一瞬の隙をついて魔方陣の後ろ側から突入した.

 クモ型機械人の頭を切り飛ばす.

 セキシュウ仕込みの縮地,神速の踏み込みだ.


「うぎゃっ! この野郎!」

「馬鹿! 俺に当たる!」

「全員,進め! 俺が先を薙ぎ払う!」


 ランスロットはそう言いながら階層の中央に向かって走り始めた.

 シノノメは防御の魔方陣を移動させる.


「先は迷路だよ!」

「大丈夫! 風精シルフェ!」


 レラは小さな紙片を宙に放った.

 白い小さな鳥が数羽,舞い上がっていく.


「道先案内です.俯瞰して作成した地図情報を把握します」

「さすがレラ様!」

「銃弾から身を守りつつ,魔方陣バリアの内側から敵を攻撃! グリシャムは鳳仙花を使いなさい! アイエルは右側面に弾幕を張って! にゃん丸殿はそう,前後の遊撃を! ネムは後方に毛糸のゴーレムを展開!」

「ふぁーい」

「私は防御シールドだけで良いの?」

「シノノメはHPもMPも温存してください!」


 レラの鋭い指示が飛ぶ.

 ランスロットは先頭に立ち,白銀に光る剣を軽々と振った.

 剣が閃くたびに機械人たちが次々に倒れていく.

 剣先がカシュン,という軽い音を立てると,機械人たちの首が,足が,腕がボロボロと切断される.


「剣で切れるだと!?」

「くそっ! レアアイテムの剣だ」


 滑らかな曲線を描いた両刃の剣は,聖剣アロンダイト.

 ノルトランドの最終戦争で失われたエクスカリバーに替わる佩刀だ.

 近接距離から狙ってくる銃のついた腕は,“湖の盾”でかちあげて軌道を反らし,すかさず鋭い剣の一撃を見舞う.

 額に揺れる前髪が一筋かかるかかからないか――ほんの一瞬で,あっという間に機械人たちがスクラップになっていくのだ.


「……美しい」


 緊張しながら魔方陣を張っていたレラが,思わず嘆息する.

 流れるような動きで,無駄がない.

 身をひるがえすたびに鎧の放つ光が,水中で輝く魚のように見える.


「さっすが,ランスロット!」


 同じパーティー“永劫旅団アイオーン”に所属していた頃を見るようだ.

 シノノメはほっとしていた.

 ノルトランドでベルトランに監視されていた時は粗暴を演じていたし,自分をヤルダバオートから救う時にはとんでもなく無理をしていた.

 美麗な外見に,意外なまでの実直さ.

 騎士の中の騎士.

 今も胸の奥に押し殺した何かを感じるけれど,少なくとも昔のランスロットに近いと思う.


「ヤバい! 下がれっ」

「強いじゃねぇか!」

「撤退!」


 ピョンピョンと飛び跳ね,床に飛び降りていた機械人は,蜘蛛の子を散らすように撤退し始めた.

 その背中を容赦なくアイエルの弾丸が撃ち抜く.

 魔法弾は機械の背中を貫通し,あるいは装甲に食い込んで炎を放ち,雷を放った.

 アイエルの弾丸を追うように,にゃん丸も走る.


「機械大陸って言ったって,魔法が使えれば,レベルはこっちの方が上なんだから!」

「こんなモブに負けるもんか!」


 にゃん丸の忍者刀が逃げる機械人の脚を薙ぎ払った.

 丸くぼってりとした胴には動力回路があると見えて,刀の先が当たると火を噴いて爆発する.


「仕留めた! そこが弱点か!」

「ちいっ! 逃げろ,逃げろ!」


 機械人たちは鋼鉄の壁を駆けあがり,建造物のギリギリに身をひそめた.

 平べったい体を壁の縁に押し付けるようにして様子を窺っている.

 建物の上にはずらりと光る赤い目が並んだ.


「進もう.レラさん,この先は?」

「右右,次は左です」


 迷路を進むシノノメ達の速度に合わせるようにして,機械人はじわじわとついて来る.

 隙あらばいつでも襲い掛かるつもりだ.

 レラのほうが背が高いので,シノノメは背伸びして囁いた.


「こうなると少し厄介だね」

「ええ」


 レラも同じことを考えたらしい.

 敵は持久戦に持ち込む気だ.

 自分たちには時間がない.一刻も早くこの“欲望の塔”の天辺に行かなければならない.

 現実世界では同時にサマエルを破壊する手立てを探っているという.

 時間がかかれば,サマエルは新たな対抗策を次々と打ち立ててくるだろう.

 シノノメの仲間たちはこの数日に賭けている.

 短期決戦にしか勝機は無い.


「でも,レラさん,少しあの人たちおかしくない?」

「というと?」

「何であんなクモみたいな形なんだろう.あんなに外には飛べるタイプの機械人がいたのに」

「……確かに」



「こっちは先を急ぐのに,出て来なくてイライラするな」


 にゃん丸は忍者刀を鞘に納め,機械人たちを見上げた.

 進行方向の壁がゆっくり右に動いて行くのが見える.


「この高さなら!」


 敵は上から飛びかかるのに慣れている.背中側からの攻撃に弱いに違いない.

 弱点も分かった.


「いける!」


 迷路の角に差し掛かる寸前,にゃん丸は飛んだ.

 左右の壁を蹴り,軽々と舞い上がる.


「忍忍!」

「あっ! にゃん丸さん,駄目!」


 嫌な予感がする.

 シノノメは叫んだ.

 だが,敵の死角を巧みについたにゃん丸は,すでに壁の上まで上がっている.


「頂き!」


 忍者刀を抜き放って飛んだ瞬間,轟,と凄まじい音がした.


「うわああっ!」


 にゃん丸が見たのは,視野いっぱいに広がる巨大な球体だった.

 壁と建造物,そして壁の上にへばりついていた機械人たちを削り飛ばし,飛んで来たのは雷球サンダー・ボールだった.



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