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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第29章 Change The World
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29-6 Appetite For Destruction

「向こうはどうやら始まったぜ」


 黒騎士の肩に乗った“ミニヴァルナ”が言った.

 シノノメ達がついにアメリアの沿岸に到達したということだ.

 沖合百キロほどから,機械人の攻撃が始まるはずで,そのことを言っているのだ.

 欲望の塔は機械大陸アメリア――ひいては,このマグナ・スフィアという巨大な仮想世界の

 最終到達点があることになっている.

 あらゆるプレーヤーはそこを目指し,その周囲は厳重に守られている.

 かつてその頂点に上った黒騎士――黒江は良く知っていた.


「近づく程危険なんだろ?」


 その通りだ.

 本来塔の内部を一層一層登る様にできているので,外壁から上がっていく行為は違反チートなのだ.

 外壁にはハリネズミの様に兵器が配備されている.

 特に厄介なのは,空からの侵入を防ぐために存在する機械生物だ.

 機天竜マシンドラゴンと呼ばれる生物は,幻想世界ユーラネシアの竜の数倍の大きさがあり,狂暴で,塔に近づく物には見境なく襲い掛かる.


「急ぎます……」


 黙々とミラヌスの中心部に向かって歩いていく.

 ウェスティニア共和国は壊滅的に破壊されている.

 水の魔女フィーリアの水素爆弾だけではない.街という街は機械人の猛攻を受けたのである.


「そうだな」


 ヴァルナこと風谷は,現実世界と連絡をとりながらマグナ・スフィア内にログインしている.

 これは極めて異例な事だった.

 攻略本を持ち込んだり,他者からの助言をもらったりとする行為を禁止する――ゲームとしての公正性を保つため,マグナ・スフィアは完全に独立した世界ネットワークになっている,ということになっている.

 しかし,確固たる異世界を作り上げ,他者からの一切の干渉を許さないためのシステムであったとも言われている.

 その世界の“壁”を守るのは,世界最高水準のスーパーコンピュータだ.

 風谷がやっているのはその世界の壁に小さな穴を開ける行為だった.


「錐で開けたほどの穴だ」


 特に解説は求めていないが,風谷は黒江に話しかけ続けている.

 技術的には相当難しいもので,病院のVRPIと“最強のプレーヤー”という二つの駒が無ければ出来ないことだという.

 そして,自分たちに接触してきた瞬間を狙って,疑似人格プログラムである“サマエル”の破壊を試みる,というのが彼の計画だ.


「お,すごい数だな」


 様々な形の機械人が,ミラヌスの奥の院にある“ゲート”から湧き出すように歩いて来る.

 機械大陸アメリアと,ユーラネシアを繋ぐ転位門だ.

 門の向こうはアメリアの死使徒ロスト・エンジェルに通じている.

 通り抜けた機械人たちは,隊列を組み,あるいはバラバラに廃墟となった大通りを進んでいく.

 ある者は半身に機銃をつけ,ある者は粒子ビームのライフルを小脇に抱えている.

 機械の脚で歩いている者がいれば,車輪やキャタピラになった足で走行している者がいる.

 より激しい――あるいは,より簡単な戦闘を求め,ユーラネシアにやって来たのだ.

 中世世界のユーラネシアに比べれば,銃一つとっても圧倒的優位に立てる.

 ポイントを稼ぎ,自分の身体のグレードを上げる.

 幻想世界の生き物相手なら,それが簡単にできる.

 カメラ・アイを明滅させ,電子音を立てているのは,興奮して喋っているのに他ならない.


「まるで機械人の川だ」


 黒騎士は一般的な機械人に比べて,頭一つ大きい.

 肩に乗ったミニヴァルナは,呆れたようにため息をついた.


「それで,どうやって行く?」

「まっすぐ行きます」


 黒騎士は無造作に川の流れ――機械人の軍団に体を割り込ませた.

 無理やりだ.


「お,おい」


 ミニヴァルナはあわてて黒騎士にしがみついた.

 黒騎士は彼らがやって来る入り口,ゲートに向かってずんずん進んでいく.

 進行方向が完全に逆で,流れに逆らって歩いている様な物である.

 ぶつかった機械人がよろめいて倒れた.

 だが,黒騎士は振り返らない.

 泳ぐように手を振り,かき分ける.

 黒い腕に押し倒された機械人がガチャガチャと音を立てて積み重なったが,子供が玩具を放り投げるのと同じように見向きもしなかった.


「てっ! てめえ!」


 憤った灰色の機械人が,背中に担いだ大口径の銃を突きつけた.


「……」


 無造作に黒騎士は銃身を掴むと,片手で引きちぎって捨てた.引き金にかけた指まで一緒にむしり取られ,機械人が吼える.


「おっ! おい! 貴様! 死機人都デッド・ロイドのダッジを知らねえのか!?」

「おい,旦那! 流石にヤバいんじゃねーの!?」

「やっちまえ」


 ダッジの仲間たちが歩みを止め,一斉に武器を構えた.

 ミサイルランチャーからニードルガンまで様々だ.

 軍隊的な規律などないのだ.

 ギャング――愚連隊の様な集団の寄せ集めで,勝手に殺し合ってもお構いなしの無秩序集団なのである.

 戦闘が始まって立ち止まって見物を始める者もいたが,幻想世界での虐殺に心躍らせる機械人たちのほとんどが,一瞥するだけで歩き去って行く.


「関係ありません」

「って,おい!」


 背を向けて黒騎士はゲートへと歩いて行く.

 重火器が一斉に火を噴いた.

 爆音が轟き,凄まじい爆発が起こる.巻き添えになった機械人の身体が吹っ飛んで行く.

 肩の突起――武装格納庫ウェポンベイの陰に隠れていたヴァルナはそっと目を開いた.

 黒騎士は全く無傷で,ぽかんと口を開けたダッジたちがどんどん小さくなっていく.

 ゲートに近づく程機械人の密度が高くなるので,黒騎士の身体がガチャガチャとぶつかることが多くなった.

 ゲートまであと数メートルだ.

 気を取り直したダッジたちが機械人の群れをかき分けながら追って来る.


「ほら,要らないケンカを買うからついて来たぜ」

「このゲートがあると,アメリアに敵が戻ってくる……」


 ヴァルナの言葉よりも,その事が気になった.


「面倒だ……」

「面倒って,おい,人の話を聞けよ……」


 黒騎士の背中の箱――背面のバックパックが展開した.

 ヴァルナがぎょっとする.

 中にあるのは無数の発射孔である.

 閃光に包まれ,辺りが真っ白になった.

 発射孔が一斉に火を噴いたのだ.

 数百条のレーザー光線と,数千発の小型ミサイルが発射された.

 黒騎士の背面,百八十度全方向だ.

 光が止むと,見渡す限り残骸となった機械人が転がっていた.

 すでにダッジとその仲間がどれかも判別できない.


「うっげぇ!」

「進みましょう.風谷さん,つかまって下さい」


 黒騎士は同時に脚部のスラスターを作動させた.

 宙に浮き,高速で飛ぶ.ゲートから入って来た機械人たちが驚愕している.

 機械の顔なのにそれだけは分かる.

 自分の前にいる機械人を大量のスクラップにしながら,黒騎士はゲートの中――歪んだ異空間の門に飛び込んだ.

 数瞬で通り抜ける.


「ぬ,抜けたっ!」


 振り返れば後ろに機械の門が見える.

 複雑な電子機器が絡まった機械の塊だ.

 出た先にもゲートに入るために並ぶ機械人たちの大集団がいる.

 少し開けた広場には同型の機械人がずらりと並んでいた.


「くそ,まだこんなにユーラネシアに向かってるのか」

死使徒ロスト・エンジェルの正規軍――都市攻略軍ですね」


 向かう先から逆に飛び込んできた黒騎士に,誰もが驚いている.


「貴様,どこの所属だ!? 名乗れ!」

「進軍を邪魔する者は,どけ! 射殺するぞ」


 名前を尋ねたのに,返事を待つことなく攻撃して来た.

 無数の火線が閃く中,黒騎士は避けもせずに進む.

 肩に乗っているヴァルナは身を隠すので精いっぱいだ.


「おい,少しは回避しろ! あぶねぇ!」

「……破壊します」


 黒騎士の腰についた棒のような物がガチャガチャと組み変わった.


「何だ!?」


 空中で軽く体を捻り,後方に向かって無造作にその砲口を向けた.

 特に目標を決めていないように,何となくに見える.

 バリバリっ,と音がした.

 光球が三つ,機械人の集団とゲートの中ほどに落ちた.

 あっという間に地面に光のドームが出来る.

 光越しに蒸発する機械人たちが見える.

 ゲートがねじ曲がり,溶け落ちている.

 これでユーラネシアに増援を送ることはできないし,本拠地――欲望の塔を攻められてもユーラネシアに進行した部隊が戻って来る事はない.


「何だこれっ!」

「反応弾です」


 黒騎士は説明する間も惜しいというように,そのまま空を飛んでいた.

 機械大陸では自由に飛べるのだ.

 風を切る.

 ヴァルナは目を細めて辺りを見回した.

 汚い.

 それが町の第一印象だった.

 地平線の果てまで灰色で,地面は機械とコンクリートに覆いつくされている.


「これからどうする? どうやって欲望の塔に行くんだ?」


 死使徒ロスト・エンジェルは,機械大陸アメリアの西海岸にある.

 シノノメ達が向かう新棺都ニュー・アークとは大陸を挟んで真反対なのだ.


「西海岸に新棺都ニュー・アークに繋がるゲートがあったっけ?」

「あります.ですが,使いません」

「それで間に合うのか?」

「使った方が遅くなります」

「どういうことだ……? おい,なんか来たぞ」


 地上からいなごの様に機械の群れが上ってくる.

 本物のイナゴの様に,ブンブンと羽音が聞こえた.無数の飛行装置――プロペラやジェットエンジンが立てる音なのだ.

 スモッグで汚染された暗い空を飛ぶ黒い機械の魔神と,それめがけて襲い掛かる羽虫の様な機械の群れは,黙示録の光景を彷彿とさせた.


「ハルマゲドンじゃあるまいし……あいつら,あんたのことが最強の戦士だって分からないのか?」

「運営が僕の存在を公表していないせいもあるかもしれませんが……そもそも,アメリアで参戦する者は,そんなこと気にしません.隙あらば自分の上をいくものを引きずり落し,貶め,自分がその上に上がろうとするんです」

「えげつねぇ……」

「あれは軍飛兵レギオン型の機械人です」

「軍飛兵?」

「遠隔では集団で実体弾の攻撃を行い,近接戦闘では昆虫の様に鋭い顎で相手に食らいつきます」

「い,イナゴかよ」

「奴らは全部で一つの群体です」

「つまり,あれで一人!?」

「頭が残っても食らいついて,そのまま爆発する……」

「それでも勝ちたいのか……狂ってやがる……でも,それがこの世界に賭けて一発逆転を狙う奴らの考え方か」

「クリティカルポイントである,頭も全部つぶすのは,少々時間がかかります」

「どうする?」

「唯は……シノノメはどうしていますか?」

「もう随分欲望の塔に近づいている.馬鹿でかい銀色の……ウツボみたいな生物が,あいつらの乗ってる空飛ぶクジラを襲ってる」

「機天竜だ.早く行かなければ」


 黒騎士はそう言うと,胸の装甲版をガクンとはね上げた.


「この中に入って下さい」


 ミニヴァルナは中に飛び込んだ.

 中にはクマとウサギの“あいの子”の様な人形――コアが座っている.

 手足全てを完全サイボーグに変えた黒江は,本体だけでは歩くことも出来ないのだ.

 ミニヴァルナは外部――現実世界のマグナ・ヴィジョンにつながるウインドゥを立ち上げた.これで外が見える.

 見れば,黒騎士は周囲をすっかり囲まれていた.

 軍飛兵たちは雲霞の様に空を舞い,高速で周回して球状に黒騎士を包み込んでいる.

 今にも襲い掛かろうとしているのだ.


「これ,やべぇんじゃないのか?」

「時間が惜しい.そのまま突破します」

「どうやって?」


 顎をギチギチと鳴らす軍飛兵レギオンたちに目もくれず,黒騎士は空中で身体を翻した.

 東の方に頭を向け,機械の声で吼える.


「ウオオオオオオオオオオオオオオン……」


 たちまち体が変化し始めた.

 肩のミサイルポッドが前側に移動し,反応弾を放った銃身は左腰にスライドした.

 腕がコンパクトに折りたたまれ,膝は逆関節になる.

 足が大きく展開し,胴体を中心に脚がV字状に広がった.

 ヴァルナの身体に唐突に重力が加わった.


「うぎゃっ! 何だっ!?」


 超加速だった.

 狭いコア収納庫の壁に,ヴァルナの体は押し付けられた.壮絶な重力に押し潰されそうになる.


「ぐぐぐ……」

「超高速形態に移行します.スラスターの八十パーセントが後方に移動しました」


 機械的な声が淡々と報告する.

 黒騎士の身体を管制するプログラムの声だ.

 たちまち軍飛兵レギオンたちが粉々になった.

 追いすがろうとする者は衝撃波で吹き飛ばされる.

 それでも黒騎士は加速を止めない.

 まだ早くなる.

 さらに早くなる.

 ヴァルナは声を絞り出した.


「ぐえ……一体,何キロ出てるんだ……」

「音速の二十倍」


 マグナ・スフィア最強――“世界の外にある”素材,マグナタイトの装甲で覆われた黒騎士ならではの加速だった.

 空気との摩擦熱がどれだけ加わっても,彼の身体は燃え尽きることは無い.

 マグナ・スフィア世界の物理法則を超越した移動方法なのである.


「まさか,こんな手があったなんて……」

「これなら,アメリア大陸の東海岸まで,約十分で到着する……します」



 衝撃波が地面を抉り,赤熱化した大気が爆風を呼ぶ.

 追いすがろうとする者は粉々になり,挑もうとする者は瞬時に灰になった.


「こりゃすげえ……」


 ヴァルナの呟きがどこか遠くに感じられる.

 視野は真っ赤だ.

 

「……どけ」


 いつの間にか黒騎士の呟きは,獰猛な獣が唸るような殺気を帯びていた.


「邪魔する奴は殺してやる」


 激しい感情が黒騎士を突き動かしている.

 病院で唯を奪取しようとした兵士たちと対峙した時と同じだ.

 欲望がすべてを決着するという機械大陸アメリアで,頂点に立った.

 その過程は自分の精神にも影響を来してしまったのかもしれない.

 黒江はそう思う.

 元から自分の中にこんな感情があったのか,それとも意識が変容してしまったのか.


 ……俺はひとりの修羅なのだ.

 こんなきままな魂と,だれが一緒に行けようか.


 “春と修羅”だったか.

 ゆいが好きだった宮沢賢治の詩が脳裏をよぎる. 

 

 全ては彼女ともう一度会うため.

 俺は黒い獣になってしまったのだ.

 だが,彼女ともう一度言葉を交わしたとき――俺は,彼女が愛した存在ではすでになくなっているのではないだろうか.

 蒼暗い,この強烈な破壊衝動が,彼女と出会えば満たされるのだろうか.

 唯と会う.

 もうすでに,それしか考えられない.

 それ以外の感情が無くなり,人間らしさを失っていくような気がする.

 破壊獣の心の中に,一輪だけ咲いた花の様に.

 真っ黒な混沌と地獄の黒い劫火の中に,彼女の笑顔が見える.


 唯.

 

 君をもう一度抱きしめるためなら,僕は全てを――世界すら破壊するだろう.  

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