表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第29章 Change The World
254/334

29-3 Defying Gravity

「畜生,うじゃうじゃ湧いてきやがる」


 男爵バロンが吐き捨てるように言った.

 海を切り裂くようにして浮上したバハムートの周りは,機械の群れに埋め尽くされている.

 爆音が閃き,貝殻の船体に艦砲射撃が浴びせられた.

 バハムートの貝殻は水中では半透明だが,水を出ると黒みを帯びてマジックミラーのようになる.

 海上に浮かぶ兵器が一斉に火を噴き,貝殻の表面で炸裂して火花を上げた.


 舳先の彼方,爆炎と銃弾の嵐の向こう――水平線の向こうに天地を貫く黒い線が見える.

 それこそが目的地,機械大陸アメリアの“欲望の塔”である.

 二百キロ離れても肉眼で見えるという事実が,その威容を物語っている.

 砲撃を受けながらバハムートは進んでいた.

 水柱と爆炎が立ち上り,船体が激しく揺れる.


 ソナー兼レーダー係,“耳”のオルヴァスが叫んだ.


「バロン! 進行方向にどんどん敵が集まってる!」

「数は?」

「百二十!」

「ちっ……侵入者の阻止っていうより,シノノメの首を取りに来てるな」


 進路をふさぐ方向に,ぞろぞろと無数の機械兵器が集結する.

 敵の形は様々だ.

 魚のような形のもの.

 水生昆虫――アメンボのような形で,海の上を歩く物がいる.

 蛇の様に体をくねらせて進む物がいれば,空を蝙蝠の様に滑空する物もいる.

 蒸気を出しているものがいれば,ホバークラフトの様に浮上しているものがいる.

 水面いっぱいにブリキのオモチャをぶちまけたようだ.

 船体そのものはタンカーなみのバハムートの方がはるかに大きい.

 本来は相手も目から隠れる“蜃気楼”の能力もあるのだが,レーダーで捕捉されては何の意味もない.

 大きさで無理やり圧倒しながら突き進む.


衝角ラムを出せ! 目の前のデカ物にぶつけるぞ!」

「ヨーソロー!」


 尖った舳先がずんぐりした半球形の機械兵器に叩きこまれた.

 火花と爆発が同時に起こる.

 途切れ途切れに混じるのは肉声と電子音を混ぜた様な悲鳴だ.


「あんな形でも,人間なんだ……」

「シノノメ,感心している場合じゃない.急ごう」


 もちろん感心しているのではなく,不気味さに圧倒されていることは承知している.それでもランスロットはシノノメを急かした.


「そうだ,色男の言う通りだ.船のことは任せて,お前たちはさっさと船倉に行って準備しろ! ブレイトン,上外殻展開!」

「了解!」


 力自慢のブレイトンが巨大な糸巻きに似た起重機を操作し始めた.

 バハムートは巨大な二枚貝だ.その貝の割れ目がゆっくりと開く.


「じゃあ,行くね!」

「おう!」


 シノノメは船倉を走った.

 時折爆発で揺れ,足元が滑る.

 左側には柔らかな肌色の壁がある.貝の本体だ.表面が震えている.高度な知能のある生き物ではないが,怯えているのかもしれない.

 壁にぶら下がった伝声管から,バロンの怒声が響いた.


「時間を稼ぐぞ! アドルファス,バートポルト!」

「はーい」

「わかってるよ」


 シノノメ達とは別の方向に二人が走って行った.

 貝殻の縁だ.

 一メートルほど空いた間隙から,波打つ灰色の海水と黒い煙を吐く機械が見える.

 アドルファスは船の縁に座り込むと,アイテムボックスから自分の背よりも長い銃を取り出した.


「魔法銃――対戦車ライフルモードだ.ぶっ放してやる」


 じりじりと貝殻の上の部分――上外殻が開いて行く.

 バハムートの本体と船室が外にさらされる最も無防備な状態になろうとしている.

 早速と言わんばかりに海中から機械人サイボーグが飛び出した.

 カニと河童を混ぜたような形をしている.

 長い鈎爪になった腕の中央に銃口が開いていた.

 銃口が船体の中を向いた瞬間,アドルファスの銃が火を噴いた.

 赤いカメラアイのついた頭が粉々に砕けて海に落ちる.


幻想大陸ユーラネシアに銃使いがいないと思うな!」


 叫びながらアドルファスはボルトアクションを操作した.連射が出来ないところが悩ましいが,それを補う素晴らしいスピードで次弾を装填している.

 隣ではバートポルトが自分の脚についた鎖を外し,ピョンピョンと跳ね始めた.


「バート,爆弾持っていくのを忘れるなよ」

「うん!」


 導火線のついた丸い爆弾に火をつけると,バートポルトはそれをボールの様に抱えた.そのまま貝殻の隙間から,海に向かってぴょんと飛び出した.


「バート!?」


 ぎょっとしてシノノメは思わず叫んだ.

 銃弾が飛び交う外に飛び出すのが危険なのはもちろんだが,導火線は一センチもなかった.


 そもそも,海にそのまま飛び込むなんて……


 そう言おうとした矢先,百メートルほど先にいた機械が爆発した.


「はーい.次の爆弾いくよ」


 バートポルトはそう言いながら船内に駆け戻って来た.


「えっ!? まさか,海の上を走ったの?」

「そうだよ.右足が沈む前に左足を出して,それが沈む前に右足を前に出せばいいじゃない」


 軽く足踏みをしたバートポルトの足先が消えた.ハチドリの羽根と同じで,あまりの速さに目がとらえられないのだ.


「むむっ! できるな! 忍術水蜘蛛」

「へへー,猫忍者さん,違うよ.行ってきまーす」


 バートポルトはにこやかに両手に爆弾を抱えると,再びあっという間に姿を消した.

 たちまち遠くで二本の火柱が上がる.

 貝の蓋――上外殻は跳ね上げられ,徐々に灰色の空が見えて来た.


「シノノメ,私たちに感心していないで,早く!」


 グスタフが長い髪をなびかせながら,外に向かって盛大なくしゃみをした.

 海水が逆巻き,機械人が空に舞う.

 ジェットスキーの様な乗り物で船にとりつこうとしていたのだが,“奇跡の肺活量”グスタフの鼻息はそれを吹き飛ばしてしまうのだ.


「うん!」

「シノノメ,こっちだヨー!」


 船尾側でネムが手招きしている.その後ろには大きな水色と白の編み物の山があった.

 赤と青の大きな熊――ネムの編みぐるみ,毛糸のゴーレムが編み物の山を手繰たぐって持ち上げ,ぽっかりと袋の口を開けている.

 その奥にシノノメの描いた魔方陣があるのだ.

 シノノメは編み物の入り口に飛び込んだ.

 レラ,ランスロット,にゃん丸,グリシャムとアイエルが後に続く.

 奥にはすでにヴァネッサがいる.

 流石に目を覚ましていたが,所在無さげに編み物を中から眺めている.


「東の主婦,これ,本当にうまくいくのか?」

「大丈夫! ネム,じゃあ中に入って!」


 全員が編み物の中に入ったのを確認してから,シノノメは今朝書き込んだ魔方陣を確認した.

 ほとんど子供の落書きの様に見える.

 丸い頭にひれ,尻尾がついた生き物の絵だ.


「金魚?」

「違うよ,クジラだよ!」


 シノノメはチャコペンを取り出し,魔方陣の最後の仕上げ――クジラを囲むように円を描くと,叫んだ.


「召喚! 出でよ,タンゴ!」


 魔方陣から光が溢れた.

 円の中から白い半球が姿を現す.

 それは徐々に大きくなり,ボールほどの大きさがやがて小山ほどになった.


「みんな,上に乗って! しっかりつかまって!」


 まだまだ大きくなる.

 シノノメ達は山の上に乗ったままどんどん押し上げられていく.

 白い山はムクムクと高さと幅を増し,巨大な流線型の背中になった.

 数瞬の後,バハムートの船倉に出現したのは,水色のセーターを着た白いクジラだった.

 全長五十メートルの巨体に,丸い頭とつぶらな瞳,そして洞穴のような巨大な口を持っている.


 これこそシノノメの操る最大の召喚獣“砂クジラ”だ.


「うへ! 何だこりゃ」


 編み物の縁をまくり,ヴァネッサは顔を出して外を覗いた.

 クジラの後頭部――背中の部分にやはり編み物で作られた楕円形のドームがあった.ちょうど親亀子亀の様に,クジラの背中にクジラの子供が乗っている様な意匠になっている.


「ヴァネッサ様,ちゃんと窓があるからそっちからも覗けますヨー」


 ボタンのついた編み物の窓を開け,ネムが顔を出した.

 見ればドアもある.

 シノノメはボタンを外してぺらりと編み物のドアを開き,出現した召喚獣を満足そうに眺めた.


「しばらくだね,タンゴ!」

「ボエー」


 クジラはのんびりした霧笛の様な声でシノノメに応えた.


「ひとまず成功!」

「うわーっ! こんな大きな召喚獣,見るの初めて」

「私は西留久宇土(シルク―ト)の攻防戦の時以来,二度目よ!」

「オイラも,オイラも」


 目を丸くするアイエルに,グリシャムは少し得意げに胸を張った.

 西留久宇土(シルク―ト)の攻防戦とは,ノルトランド対,素明羅スメラの大戦である北東大戦のきっかけとなった国境紛争だ.

 シノノメにとっては初めてグリシャムと出会った場所であり,にゃん丸と初めてともに戦った場所でもある.

 数万人の群衆の脳を操る軍事実験が行われた一戦であり,強制的に脳機能を遮断するサマエルの実験が行われたのだ.

 それは現在の現実世界の危機に繋がっているのだが,その時は誰もそんな事を想像すらしていなかった.


「しかしシノノメ……これ,砂漠の中を潜水艦みたいに泳ぐ生き物じゃないのか?」


 ランスロットが首を傾げた.

 四方はおろか天井まで毛糸でできた部屋なので妙に温かい.レラは帽子をとってパタパタとあおいだ.


「ええ……私もその点はシノノメに言ったのですが」

「そんなの,大丈夫に決まってるよ」

「何故だ?」

「だって,ファンタジーだもの.ファンタジーの世界では,クジラは空を飛ぶよ! ねぇ,ネム!」

「そー,そー! ジョーシキ!」


 ネムとシノノメは目をキラキラさせながら断言した.

 レラはそれでも納得できないという顔をしている.


「だって,ネムの編み物を着たら空を飛べるじゃない.ましてやそれが空の模様で,着るのがクジラとなれば空を飛ぶに決まってるよ」

「まあ,私の“風の船”には防御力がほとんどないので,これに賭けるしかないのです……」


 レラはこめかみを押さえた.

 空飛ぶクジラに乗って,一気に欲望の塔までの百キロを突っ切る.それがシノノメの作戦なのだ.


「さすがはクルセイデル様がお認めになった……奇想天外」

「タンゴは何万のゴブリンに攻撃されても平気だったし,蟹の怪人に殴られても痛いだけだったんだよ.すごく丈夫なんだから」

「すごく丈夫,か」


 ランスロットは苦笑した.しかし,この天真爛漫さも含めて,シノノメの“全て”を守ると誓ったのだ.

 

「うわっ」


 大きく揺れた.

 水中からも魚雷攻撃を受けている.

 外殻からはビシビシという音がする.

 連射砲が貝殻にめり込んでいるのだ.

 アイエルは愛用の石弓を取り出して構えた.


「急がないと.さっきから敵の数が増えて来たよ」


 敵の砲撃は一層激しくなっている.

 上外殻は先ほどよりさらに開いている.

 バハムートの外殻は鋼鉄以上の強度を誇る.しかし,水平に閉じていてこそ,その曲線の効果で銃弾や砲撃を受け流すことが可能だ.

 このまま敵の攻撃を受け続ければ外殻が粉々に砕かれるのは時間の問題だ.

 しかも,飛び立つ瞬間は外殻を全開にしなければならない.最も無防備な状態になってしまうのだ.

 陸に近づく程,より強大な兵器人間が待ち受けている.

 シノノメの言葉通り,一刻の猶予もない.


「おーい,アドルファスさん! みんな,早くこっちに乗り移って!」


 だが,アドルファスは軽く手を挙げただけだった.

 船の外を睨んで射撃の手を止めない.


「ふう,ふう……」


 濡れねずみになったバートポルトが貝殻の隙間から倒れるように戻って来た.

 むき出しになった脛から血がにじんでいる.


「撃たれたの!?」


 シノノメは砂クジラの頭を滑り降り,慌てて駆け寄った.

 犬人のバートポルトは耳と尾を垂らし,ゼイゼイと肩で息をしている.


「バロン,みんな! 早く来て! 準備できたよ」


 伝声管の蓋を開け,シノノメは叫んだ.

 船内の全員に伝わるはずだ.

 だが,意外に近いところから返事が聞こえた.


「いや,俺たちは行かない」


 見ればブレイトンと男爵バロンが並んで立っている.


「早くタンゴに乗って! 船を脱出しようよ」


 バロンはゆっくり首を横に振った.


「何で? 急がないと貝殻に穴が開きそうだよ!」


 不気味な震動が続く.

 シノノメには爆音がひどく遠くに感じられた.

 レラとランスロットがクジラの頭から降りて来る.


「レラさん! ランスロットも! 説得してよ!」

「ミュンヒハウゼン卿,やはり……」

「残るつもりだな」

「お前さんたちは分かってたか.さすがはクルセイデルの秘蔵っ子と,ノルトランドの竜騎士ドラグーンだな」

「そんな……」

「シノノメ,あのクジラはどうやって浮上する気だ?」

「それは,ふわっと……」

「そんなことすりゃ蜂の巣だ」

「じゃあ,どうするの!」

「俺たちに任せろ.俺たちが奴らを引き受ける」

「囮になるってこと!? 」

「奴らの攻撃が集中してるのは正面だ.右回頭して外殻を防壁にする.そして,上装甲板――上外殻を展開すると同時に,蜃気楼を発生させる.爆発にカモフラージュして,お前たちは行け」

「そんなの駄目だよ.バロンたちも一緒に行こうよ!」

「それはできない.どうみても出来る状況じゃねえ」

「でも,でも!」

「シノノメ,それ以外に方法はあるか?」

「それは……でも,何か考えれば……」

「ミュンヒハウゼン卿の言う通りです.私は風魔法を使うつもりでしたが……この状況では,悠長に船を離脱することが出来ない……となると」


 レラは銀色の睫毛を伏せて言葉を継いだ.


「急速に離脱するためには,カタパルトの様に射出してもらうしかありません」


 目を上げた先には腕を組んだ大男――ブレイトンがいた.ブレイトンはその言葉を待っていたかのように頷いた.


 半ズボンのバートポルトが,尻尾をパタパタさせた.脚からは出血が続いているが,気丈に笑っている.


「僕たちがそんなに弱いと思ってるの?」


 オルヴァスの声が伝声管から聞こえた.ぶっきらぼうだが,耳まで赤くなっているに違いない.


「シ,シノノメに侮られるほど弱いわけじゃないですからね」


 グスタフが長髪を掻き上げながら笑った.


「思い切りくしゃみが出来ますよ」


 シノノメはそれでも逡巡している.


「でも……そんな」


 アドルファスは煙草をくわえ,銃の連射を続けながら言った.

 

「シノノメ,敵は全員お前を狙っている.お前は大将首なんだ.お前を取られるわけにはいかねぇんだよ.ここは,法螺吹男爵団ミュンヒハウゼンズに任しとけ」


 バキン,と大きな音が響いた.

 外殻の貝殻に大きな亀裂が入ったのだ.すでに潜水はできない.


「シノノメ,みんなの意志を無駄にするな」

「……うん」


 ランスロットに促され,シノノメはやっと頷いた.

 アドルファスの言う通りだ.

 この戦争ゲームはシノノメが倒れればお終いなのだ.

 自分が前に進むことでしか,終わらせることはできない.


「よーし,お客さん達! 準備しろ! 上外殻,さらに開け!」


 レラとランスロットが砂クジラの背に上る.

 シノノメもそれに続こうとした.

 クジラの頭はつるつるしているので,セーターの襟元につかまらなければならない.

 毛糸に手をかけたところで呼び止められた.


「シノノメ!」


 振り向いた瞬間,シノノメはバロンの胸の中に抱きしめられていた.

 トン,トン.

 驚くシノノメの肩の上で,バロンの指がピアノを弾くようにリズムを奏でる.

 何故か懐かしく,温かい.


「お前は必ず向こうに帰る.お前を愛してくれる人たちの所に」

「え……えっ?」

「法螺吹き男爵が言うんだ.必ず叶う」

「……?」


 何か言おうとした瞬間,バロンはすでにシノノメを腕の中から離して背を向け,歩き去ろうとしていた.


「ブレイトン,頼む」


 ブレイトンは軽々とシノノメを持ち上げると,人形の様にクジラの上に放り投げた.


「わっ……! もっと優しくしてよ!」


 そう言うシノノメの頬を,湿った潮風が撫でる.

 すでに船は進路を変え,大きく傾いていた.

 頭上を覆っていた天蓋――上外殻と呼ばれる貝殻が大きく開かれて輝いている.だが,その中央には痛々しい亀裂が走っていた.


「シノノメ,こっち!」

「シノノメさん,早く!」


 後ろ髪惹かれながらも,シノノメはクジラの背中にできた毛糸のキャビンの中に飛び込んだ.

 バロンはずっと背を向けているので,表情は分からない.


「全員,しっかりつかまれよ! ブレイトン,オルヴァス,グスタフ! やれ!」


 凄まじい爆発が起こり,黒煙があたりにたちこめた.

 それとともに紫の煙が上空に立ち昇る.

 黒煙を映した蜃気楼は巨大なキノコ雲のように空へ空へと伸びていく.


「今だ!」


 帆船でお手玉をするという男,ブレイトンはクジラを一気に方まで担ぎ上げると,空高く投げ上げた.

 黒い煙の中,水色のセーターを着た白いクジラが空に昇っていく.


「うひゃあ!」


 凄まじい重力だ.

 シノノメ達はクジラの背中に必死でしがみついた.

 厚い雲を抜けると,クジラはふわりと空に浮かんだ.


「やった!」

「飛んでる!」


 流れる雲を後に,空模様の白鯨は空を滑るように進み始めた.


「ボエー!」


 鳴き声は歓喜している様ですらある.まさに空を泳いでいた.


「上手くいったよ!」


 全員が思わずシノノメとネムの肩を叩いた.


「ふにゃ……良かった」


 ネムは力を使い果たしたように,大の字になって倒れた.

 窓の外を見ながらレラが称賛する.


「これで飛んでいける……シノノメ,本当にあなたの空想力はすごい……」

「正直,俺も半信半疑だったよ」


 ランスロットはほっと溜息をついた.


「シノノメ?」

「あ,うん……」


 シノノメはふとバロンの腕の温もりを思い出していた.

 あの指の動き…….


「ううん,まさかね」


 シノノメは首を振って,白クジラが向かう先――水平線の彼方にそびえる,黒い塔を見据えた.


 ***


「あーあ,バロン.行っちまったぜ.本当にあれで良かったのか?」


 アドルファスは銃を構えたまま,左手で軽く帽子を押し上げた.

 黒眼鏡の奥から横目で男爵バロンを見ると,まだ空の向こうを目で追っていた.

 派手に立ち昇った爆炎が徐々に晴れ,再び外殻は閉じ始めている.

 亀裂が入って強度が著しく落ちてしまったが,さらにこれからこの大軍団と戦い続けなければならない.

 水柱と立ち込める炎の中,船は進む.

 ブレイトンは持ち場に戻ると,黙々とボウリングの球の様な爆弾を遠投している.

 グスタフは吹き矢を手にして機械人を狙っている.

 誰もが淡々と自分のすべきことをしながら,それでいてバロンの様子を気遣っている様に見えた.

 シノノメにもらったポーションで回復したバートポルトがぽつりと言った.


「ほんとに,いいの?」

 

 バロンは目を細め,口角を上げた.

 まるで無理やり笑顔を作っているようにも見える.


「……あいつを捨て……さらに,現実世界に負けて……それすら捨てちまった父親が,何を言えばいい?」


 バロンはさっと帽子を取って雲の彼方に向けて振った.


「さあ,行くぞ.野郎ども,一世一代の幻想ファンタジーを,機械人に見せつけてやろう.重力を振り切り,現実世界のことわりを越えて進む,奴らのために!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ