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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第28章 機械大陸アメリア編 序章 Across the Ocean
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28-5 Don't Stop Believing


 街はずれの停車場にそりを置き,シノノメ達はダンジョンの中に入っていった.

 氷でできた入口からずっと雪洞が続き,氷の山の最深部に向かっている.

 氷柱が垂れ下がった天井も,梁を支える太い柱も,全てが氷と万年雪を削って作られている.

 ひっそりと静まり返っている.

 先頭はオルヴァスだ.

 その次に速足のバートポルトと驚異の肺活量人間グスタフ.

 シノノメ,そしてネム,バロンと続いている.

 バロンはニヤニヤ笑って,まるで散歩に来たような足取りだ.


「もーっ,本当に,一体あなた何しに来たの?」

「静かに!」


 少し苛々したシノノメを制するように,オルヴァスが言った.

 オルヴァスの職業ジョブは基本的に魔法使いだ.

 杖を掲げ,先端に光を灯している.

 真剣な顔で闇の向こうを見つめ,口を軽く開けて片方の手を尖った耳に添えている.

 シノノメも暗闇で相手の位置を聞き分ける“超”聴力を持っているが,それとは性質が違う.

 シノノメのそれは脳で処理する能力であり,音の音質を聞き分けて頭に立体的な画像を作り上げる.

 オルヴァスの聴力は言ってみれば蝙蝠の耳――レーダーのように働く物らしい.


「静かすぎる……」

「どういうこと?」

「入口から数百メートルはアイススライムと獰猛な豹アザラシの住処なんだ」

「アザラシって,あんまり怖くないネー」

「違うよ,ネム.豹アザラシはシャチを襲うくらい獰猛なの.首がニョロッと長くて,丸っこくなくって,とっても怖いんだよ」

「アザラシなのに?」

「可愛いのはゴマフアザラシやタテゴトアザラシ,バイカルアザラシだよ」

「シノノメ詳しいネー」

「ふふっ! アザラシマニアなので」


 氷の床に開いた穴は,豹アザラシの巣穴なのだ.だが,首を出して襲ってくる気配は無かった.


「第二ステージまで耳を澄ましても,第三ステージも……」

 オルヴァスが呟く.

「ちょっと,僕走って来るよ」

「ま……」

 ビュン,と音を立ててバートポルトはいなくなった.

「……ちなさい」

「ただいま」


 シノノメが言い終わる前にバートポルトは戻って来た.


「ざっと五キロほど走って来たよ.第五ステージまでモンスターはいない.一匹だけスノーゴーレムがいたけど,走り抜けて来た」

「第五ステージ?」

 何という馬鹿げた速さだろう.

「つまり,俺たちが来る前に来た誰かが,モンスターを片っ端から片付けて,最深部に到達しちまったってことだ.それもステージリセットが起こる前に,ごく短時間で突貫突破した」

 バロンがニヤリと笑った.

「それって……」

「直線距離で三キロ! 最深部――氷魔竜の部屋で,戦闘が開始された!」

 オルヴァスが叫んだ.

「甲冑の音と剣の音――これは達人の物だ」

「どうしてわかるの?」

「音無しの剣だ.スノーゴーレムの棍棒や,スノーゴーストの剣と剣を合わせる音がない.剣で武器を受け止めずに抜き胴で切り捨ててる」


「じゃあ!」


 シノノメはオルヴァスを追い抜いて走り出した.

 期待に胸が膨らむ.


「おい,待てよ!」

「待ってヨー」


 凍てついたレンガの床を,氷の床を走り抜け,奥へ奥へと進む.

 オルヴァスの言った通り,スノーゴーレムやスノーウルフといったモンスターに会わない.

 やがて開け放たれた氷の扉が見えて来た.

 氷の獅子細工がついた閂は外され,中から狂ったような竜の唸り声が聞こえる.

 目に見えない速さで走って来たバートポルトが,門の横に立っている.

 シノノメは部屋の中に飛び込んだ.


「みんな!」


 倉庫ほどもある氷の洞窟が広がっている.

 その中央に君臨するのは,三つの首を持つ白銀の竜だ.

 小さな家に匹敵する太い胴から四本の脚.背中には白銀の蝙蝠の羽が生えている.

 

 氷魔竜だ.


 首をうねらせ,各々の口から吐き出す吹雪が猛烈な音を立てている.

 その足元を走り抜けた武士――正確には,武士の形をした影が腰の刀をチンと鳴らした.

 納刀の鍔鳴りだ.

 音とともに,氷魔竜の切断された足がはね跳んだ.

 残心から身を起こした人物が,ゆっくりと入口――シノノメの方を振り返る.


「セキシュウさん!」


 氷魔竜の背中で爆弾が炸裂する.くるくる回る人影は,飛び跳ねながら左の翼を切り落とした.

 猫人特有のアクロバチックな動きである.


「にゃん丸さん!」


 ギラリと光る矢が宙を切り裂き,次々と固い氷の鱗を貫く.

 緑衣の射手が雪洞の中を走っている.


「アルタイル!」


 見れば巨大な植物が氷を割って枝を伸ばし,胴を絡めとろうとしているではないか.

 絞め殺しのイチジクだ.他の植物を殺し,生命力を奪い取って倒す必殺の植物魔法――放ち手は当然の様に深緑色の魔女服を着たエルフだ.


「グリシャムちゃん!」


 複数の剣が,槍が閃き,氷魔竜に次々とダメージを与えていく.

 凛々しいダークエルフの横顔に,シノノメの身体に鳥肌が立った.


「アイエルちゃん! フレイドさん! パーシンバルだっけさんも!」


「いい加減名前を憶えろ! 主婦め!」

 パーシヴァルの怒声が飛んだ.


 断末魔の氷魔竜が体をよじらせ,全ての物を凍らせる氷結息吹アイスブレスを吐き出した.


「しかたねーな,俺も働くか」


 たちまち冷風は巻き上げられ,遥かな天井の方に飛んで行く.

 風に乗って氷魔竜の頭を蹴り飛ばしたのは,ヴァルナだ.

 足元の影が揺れ,伸びあがると氷魔竜を縛り付けた.

 影使いがゆらりと影の中から姿を現す.


「友達の友達ということで,参りましたぞ」


 大きな目をグルリと動かし,黒いひげを撫でているのはカカルドゥアの宰相,ジャガンナートだ.


「友達なら,あたしが先だあ!」

 逆袈裟に巨大な鯨包丁――俱利伽羅剣クリカラ・ソードを振り回し,氷魔竜の胸を叩き切ったのは赤い髪の女剣闘士だ.

 その後ろに金毛の猿人ワーエイプが飛び跳ねているのが見える.


「アーシュラさん! お猿さんも!」


 氷魔竜はなかなか倒れない.

 脚を切られ,首を一つそぎ落とされてもまだ口から雹を吐いて攻撃しようとする.

 触れれば瞬時に凍結されてしまうのだ.


「じゃあ,私も! グリル……」


 右手で印を作り,振り上げようとしたシノノメの手は,後ろからきつく握られた.

 見れば,追いついたバロンが立っている.

 妙に真面目な顔だ.


「駄目だ.お前は」

「どうして……? ちょっと,手を放して!」


 手を振りほどいた反動で倒れそうになったシノノメを,人型の紙片の群れが支えた.

 宙に浮いた人型――式神はたちまち姿を変え,眼鏡をかけた陰陽師が姿を現す.

 男の胸にもたれかかる形になった.


「そうです.シノノメさん.貴女の戦闘記録を残してはいけない」

「ユーグレナ……じゃなくって,ユグレヒトさん!」


 シノノメの顔を見下ろすユグレヒトの頬は,心なしか赤かった.

 軽く肩を抱いてシノノメを支え,そっと自分の胸から引き離した.


「こんなに危険な状況なのに,みんなが来てくれるなんて……」

「積もる話は後でしましょう.ここはみんなに任せてください」

「でも,氷魔竜は結構強いし!」

「心配無用.ジャガンナートさん,例の物は?」

「ここに.あの駄猫はいい加減な奴だが,錬金術の腕は確かだ」


 するりと影を通って姿を現したジャガンナートは,懐から持ち手のついた壺を取り出した.

 一見するとポットに似たそれには,立体的な細かい文様が張り巡らされている.

 ジャガンナートは壺の腹をごしごしとこすった.


「みなさん,出番ですよ!」


 壺から光が溢れた.

 光の中に人影が浮かび上がる.

 僧衣を着た大柄な女性がいる.

 日本刀を構えたドワーフの一軍がいる.

 巨大な斧を持った少年がいた.

 とんがり帽子をかぶった魔女たちが現れた.

 そして一際巨大な黒い影にまたがって,黒い甲冑を着けた騎士が飛び出した.

 かつての敵もいる.

 ずっと味方でいてくれた人もいる.

 全てがシノノメの知った顔だ.


「ああ,まさか!」


 アイスダンジョン最終ステージの広間は,冒険者プレーヤーで溢れかえった.

 部隊パーティーというよりも,それはすでに軍団レギオンと言える規模だった.


「それ!」

「ユーラネシアのために!」

「シノノメのために!」


 全員が雪崩の様に氷魔竜に突撃していった.

 炎と風が竜の身体を切り裂き,鋭い斬撃が致命的な一撃を加える.

 黒いグリフォンの乗り手は,広間の天井高くに舞い上がった.


地王竜殺剣クロノス・ドラゴン・スレイヤー!」

 声とともに光を放つ剣と一体化した騎士は,グリフォンの上から飛び降りた.

 騎士の全身が光の剣となり,氷魔竜の頭から胴体までを真っ二つに叩き切る.


 グエエエエエ……


 耳をつんざく絶叫を残し,氷魔竜は水色の光の塊になって砕け散った.

 辺りにドロップアイテム――金貨や氷の魔石が飛び散る.

 宝石の雨の中,黒い甲冑の騎士は優雅に床に降り立った.

 ゆっくりと立ち上がり,金色の髪を掻き上げる.


「ランスロット!」

 ヤルダバオート――サマエルの分身アルコーンに操られながら必死で抵抗し,シノノメを守るために自らを魔法銃キャスターで撃った,ノルトランド最強の騎士.

 その後どうなったかずっと心配していたのだ.

「無事だったんだ!」

 シノノメは思わず駆け寄って行った.


「あ……」

 シノノメに取り残されたようになったユグレヒトは,小さく肩を落とした.


「全く,嫌味なくらい絵になる男だな」

 そんなユグレヒトの肩を,笑いながら男爵バロンが叩いた.

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