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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第27章 魔法院の最後
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27-18 プランB

「総員退避! 敵が侵入した.第五層を破棄する.総員退避!」


 魔法で拡声したクマリの声が魔法院に響き渡る.


「退避! 退避!」


 らせん状の回廊から,フルオートで放たれる甲高い銃声が聞こえてくる.

 銃声に混じって,逃げ遅れた犠牲者の悲鳴が聞こえる.


「上に,上に逃げるんだ!」


 魔法使い達が慌ただしく回廊を駆けあがっていく.

 クマリは第四層の境界で院生の避難を助けていた.


「レベル五十未満の者は,即時退避.一刻も早くログアウトするんだ.それ以上の者は,魔方陣の点火・起動次第,即刻持ち場を離れなさい!」


 プランB.

 魔法院の最下層,第五層を破棄して第四層以上を結晶化させて封印する.

 大気を元素転換して琥珀やオパールの様に変化させ,中の物を封じ込めるのだ.

 一歩間違えば中にいる人間は敵だけではなく味方まで――全員もろとも結晶化してしまう.

 魔法院内に敵の侵入を許し,闇の元素による多重魔方陣の起動に失敗した時,残る四元素で可能な最後の手段.

 それこそ,最悪の事態に備えたリリスの提案だった.

 ついさっきそれを告げるメールを読んだクマリは,一瞬で体が熱くなるのを感じた.


 まさか仲間が裏切るとは.


 自分はどれほど甘かったのか.

 クルセイデルの封印が上手くいくことだけを信じていた――いや,信じたかったのかもしれない.

 クマリは唇を噛み締めていた.

 レラもヴァネッサも,フィーリアもいない今,リリスがどれほど悩み,考え抜いたのだろう.

 その事を考えると,悔しく,悲しくなる.


 回廊の外から見下ろすと,第五層は黒い池の様になっていた.

 リリスが最後の力を振り絞って,闇の元素を暴走させたのだ.

 海上から魔法院に侵入しようとする者を飲み込む,常闇の沼だ.

 外壁が徐々に闇に落ちる.魔法障壁が完全になくなるのも時間の問題だろう.

 闇の沼を逃れ,逃げる魔法使い達を追ってメムの兵士たちも上がって来る.

 徐々に軍靴の足音と,銃声が近づいて来る.

 最期の時が迫る.


「だが,魔法院を秘める宝玉の中に,汚らしいお前たちを入れるつもりはない!」


 仁王立ちになったクマリは,黄土色の“大地の杖”を握りしめた.


 ***


 闇の向こうに光が見える.

 足元には柔らかい土を踏みしめるような感覚がある.

 だが,全ては黒い闇だ.

 光に向かって数歩歩くと,いつの間にか明るい部屋の中にシノノメは立っていた.

 背後の壁に自分の影が映っている.

 栗の木色のフローリングの床と,見覚えのある本棚が見える.

 魔法院の最上層にある,クルセイデルの院長室“魔女の部屋”だ――そう直感した次の瞬間,息を呑んだ.

 変に明るい理由は,齧り取られたように亡くなった,天井の穴のせいだった.

 魔法障壁が弱まったせいで,屋根の一部を吹き飛ばされてしまったのだ.

 部屋の中央には見覚えのある小さな背中が見えた.

 その周りの空間には,赤,青,黒,白,黄色,緑の幾何学模様――魔方陣が浮かび上がっている.


「クルセイデル!」


 クルセイデルは黙ったまま,シノノメの方を振り返ると微笑した.


「魔法院はどうなっちゃうの? リリスさんは,封印は失敗したって……プランBって何?」


 リリスの名を耳にして,クルセイデルはわずかに表情を曇らせた.

 クルセイデルが左手を動かすたびに,魔方陣は明滅したり小さくなったり大きくなったりした.まるで機械の計器を操作しているようにも見える.


他者ひととのコミュニケーションが上手くないだけで……リリスはレラにも匹敵する賢明なだった」


 すでにリリスがどのような最期を迎えたかを知っている様な口ぶりだった.


「リリスは私が何を考えているか,悟っていたのね.魔法院がある空間を結晶化してしまうの」

「結晶化?」

「虫や恐竜の身体を封じ込めた琥珀や,オパールになった恐竜の化石の話を聞いたことはない?」

「それは,あるけど……」

「スノーボールの様に,この魔法院の建物を結晶体の中に封入してしまうの」

「でも,それじゃ,もう解除したりできないよ? 機械の人たちがいなくなっても,封印は元に戻らない……」

「そう.永遠にね.……ここは,宝玉の墓になる」

「お墓?」


 その時,シノノメはこの封印計画が始まった時から抱いていた違和感の事を思い出した.

 もしかして.


「クルセイデル,もしかして……」


 そう言いかけたとき,崩れ残ったドアを叩く音がした.


「どうぞ」


 魔方陣を操作していた左手を下ろし,クルセイデルはドアの方を向いた.

 こんな時でも恭しくドアが開けられ,とんがり帽子を胸に抱いた魔法使い達が現れた.

 一人はシノノメも知っている,ハクナギだ.


「クルセイデル様,一言お別れを申し上げに参りました」

「あら,ごきげんよう」

 クルセイデルはにっこり微笑む.

「束の間のお別れです.私たちは――魔法院のことを理解して,力を貸してくれる戦士を探します」

「険しい道……でも,ハクナギ,マーシャ,ユンファ,リアド……あなた方に祝福がありますように」

「必ずや機械人たちからウェスティニアを取り戻して見せます.その時にはもう一度ご挨拶に参ります」

「ありがとう」

「では,失礼します」


 クルセイデルが頷くと,箒にまたがって魔女たちは飛び去った.

 ほとんどの院生が通常のセーブポイントを魔法院に置いている.脱出して外部にセーブポイントを置かなければ,次にログインした時は宝玉の中になってしまうのだ.

 空に機銃掃射と砲弾の音が響く.

 銃弾の嵐の中,ハクナギたちは消えていった.


「クルセイデル様,ありがとうございました.また会いましょう」

「クルセイデル様,お元気で.しばしのお別れを」

「クルセイデル様,私たちはエルフの森に脱出します.エルフに助力を願い出ます.きっと来てください」

「クルセイデル様,カカルドゥアの商人たちに働きかけます.あの国は今,教育熱がさかんです.魔法院の分院を建設できるように働きかけますので,ぜひそちらに来てください」

「クルセイデル様,素明羅スメラはまだ安全です.魔法使いにも寛容です.お待ちしています」

「クルセイデル様……」


 次々に院生が姿を現し,クルセイデルに挨拶して去って行った.

 そんな彼らをクルセイデルは優しい笑顔で送り出す.


「クルセイデルさま~」

 泣きながらやって来たのはネムだ.

「ほら,泣かないの.立ちなさいってば! ガジュマルの木で無理やり歩かせるよ!」

 グリシャムに腕を引かれながらやって来たのはネムだ.

「あたしの大好きな魔法院が無くなっちゃうよ~」

 ネムはしゃくりあげている.

「ネム,グリシャム……」

「クルセイデル様……恐縮ですが,魔法院が終わる最後の時まで,ここにいさせてもらえませんか」

 クルセイデルはグリシャムの申し出に,一瞬息を呑んだ.だが,シノノメの方をちらりと見ると頷いた.

「……そうね……では,お入りなさい」


 涙と鼻水でグシャグシャになったネムを引きずりながら,グリシャムは恐る恐るといった様子で院長室の中に入った.

 特にクルセイデル自身が禁止したわけではないのだが,一般の院生が普段入るには畏れ多い場所なのだ.


「へへへ,院長室だぁ」

 ネムは鼻水をすすりながら,天井に穴の開いた院長室を嬉しそうに見まわした.

「全く,喜ぶんだが悲しむんだかどっちかにしなさい」

 そうは言うものの,初めて入る院長室にグリシャムも感慨深げだ.


「本当はお茶の一つも出したいところなのだけれど,ごめんなさいね」

 クルセイデルは左手を上げ,魔方陣の回転速度を調節した.


「クルセイデル様! 失礼します」


 力強いノックの音がした.声の主はクマリだ.

 彼女は返事を待たずにドアを開けて入ると,いきなりひざまずいた.


「この度の失態,お詫びいたします.リリスがここまで深く考えていたことも知らず……」

「いいのよ,クマリ.お立ちなさい.それより,これで院生は全員避難できたのね?」

「はい.現在結晶化は第二層まで進行中です.あと十五分ほどでここまで進むかと」

「よくやってくれました.ありがとう」


 クルセイデルの言葉で救われたというように,クマリは顔を上げた.

 だが,その目にはうっすら涙が光っている.


「クルセイデル様は脱出されないのですか?」

「船の船長は,最後に船を後にするものよ」

「それは……」


 クマリが少しだけ眉を顰めて言葉を継ごうとしたとき,着弾とは異なる大きな振動が魔法院を揺らした.

明日も連続でアップします。

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