27-16 五人のシノノメ
視界が広がる――違う.映画館で映画を見るときの様に,視野が横に――ワイドスクリーンのように広がっていく.
そしてさらに――自分の後ろ側が完全に見える.
「な,何これ?」
唖然としているのは,ウォーロンと機獣人たちも同じだ.
口をぽかんと開けて,自分を見ている.
視界の中に,自分の手が四本見える.
戦いの真っ最中だったが,思わず後ろを振り向いた.
すると,自分の顔を覗き込むもう一人の自分がいた.
「ひゃあ!」
自分が二人に増えている.
「そんな馬鹿な……」
そう言っているのは,ウォーロンだ.
「えーい,よく分からないけど,グリル・オン!」
ドカン,と四本の火柱が同時に立ち昇った.
機獣人たちがたちまち粉々になる.
不思議な感覚だった.
どちらの自分が見ているものも,意識にある.
どちらの手も,どちらの脚も自分が動かしている.
だが,不思議と混乱しない.
シノノメはノルトランドの戦士,パーシバルの事を再び思い出した.
彼は特殊技能,ドッペルゲンガーという技を持っていた.
もう一人の自分を作り出し,二本の大槍で相手を攻撃するのだ.
だが,彼の場合は一つの能力を二つに分けたことで武技の冴えが鈍り,シノノメに敗れた.
何故それに似たスキルが自分に発現したのか分からない.
突然レベルが上がったのか,機械人を倒すと何かスキルが得られるルールなのか.
細かいことを考えている暇はない.
呆気に取られていた機獣人が再び接近してきた.
四方向から巨大なチェーンソーが迫る.
あの人は二つの身体をコントロールするのに手間取ってたけど……
「これならいける!」
ブブン,とシノノメの身体が揺れた.
残像を残しながら,五人に増える.
「にゃん丸さんの分身の術みたい!」
いや,正確には違う.にゃん丸の分身は,高速移動による残像を使った目くらましの術だ.
動かせる身体――実体が本当に五人に増えている.
自分の身体がまるでTVゲームのキャラクターのように思える.
五人のパーティーメンバーを,俯瞰しながら一つのコントローラーで操作するイメージだ.
五人のシノノメは一斉に右手を振った.
「グリルオン! そして,健康第一スチームオーブン! ナイアガラビート!」
水と水蒸気,そして炎が機獣人たちを圧倒する.
チェーンソーの刃はバラバラに砕け,閃く五本の魔包丁に両断された.
「いちょう切り! 賽の目切り! みじん切り! 久しぶりの,ノンフライヤー!」
たちまち粉々になった機械の部品が魔法院の庭に山積みとなった.
「だけど,門を塞がないとね.他のみんな,お願い! 私はマルミット!」
一番門に近いところのシノノメが,両手で地面を叩いた.
ぐるぐると渦を巻きながら地面が隆起していく.
シノノメが唯一得意とする土の魔法,“土鍋錬成”である.
みるみる壁と鐘楼を巻き込みながら出来上がった巨大な土鍋は,見事に開け放たれた正門を塞ぐバリケードになった.
「危ない!」
「ぎゃっ!」
不慣れな造形魔法を操るシノノメの背後に,再びウォーロンが迫っていた.
アドルファスの弾丸が杖を振る手を撃ち抜いたのだ.
「畜生!」
鬼気迫る表情でウォーロンがシノノメを睨む.
地面に落ちた杖を慌てて拾い上げた.
連射しようとしたアドルファスに背の高い機獣人が襲い掛かった.クレーン車の様に伸びる長い手を持っている.先に鈎爪がついているのだ.テラスの上まで伸びた腕を振り回すとガリガリと石材が削り取られ,テラスの縁が崩れ落ちた.
「ぬあっ!」
土煙を上げて崩れる煉瓦の中に,アドルファスも巻き込まれる.
「アド何とかさん!」
五人のシノノメが一斉に振り向く.
勝機とばかりに,ウォーロンが血の滴る腕で杖を構え,呪文を唱えた.
「サラマンドラ・マグヌス! ゲヘナの火よ,奴を焼き尽くせ!」
主の血を吸った杖は呪文に応え,空中に口を大きく開けた巨大な炎の蜥蜴が出現した.
むき出した炎の牙を突き出そうと,シノノメに飛びかかる.
「ビートウォッシュ!」
「お掃除サイクロン!」
「ノンフライヤー!」
「切れちゃう瞬間冷凍!」
「Wおどり炊き!」
五つの呪文が乱れ飛ぶ.
水が,竜巻が,炎と風が,冷風が,そしてなぜか白米の嵐が吹き荒れた.
渾身の火蜥蜴は瞬時に消火され,強烈な風と炎に翻弄されたウォーロンは吹き飛ばされて壁に激突し,ホカホカと炊き上がった米飯まみれになった.
「あっ! お米は粗末にしちゃいけないんだよ」
「そうだよ.作るのに八十八日かかるんだよ」
「もったいないなあ」
「駄目じゃない!」
宙に炊飯器を発生させたシノノメは他の四人に叱られた.
「ごめんね,間違えちゃった」
自分に自分が叱られるというのも変だが,叱っている自分の感覚も叱られている自分の感覚もある.
「くそぅ,くそっ……こんなの,チートじゃないか.お前は,クルセイデルは,何でそんなに強いんだよ」
MPとHPのほとんどを使い果たしたウォーロンの前に,五人のシノノメが並んで立った.
「だいたい,そのスキルは何だよ.分身の術か? 違う,実体を伴う……一種の分裂増殖じゃないか.どうしてこんなことが出来るんだ」
五人のシノノメは一斉に首を傾げた.
「うーん,それはよく分からないよ.私が沢山いたらな,って思ったらこうなってたよ」
「馬鹿な……」
「名付けて,スキル“家政婦は見た”とかかな? ……うーん,“セルフお手伝いさん”の方が良いかしら」
シノノメは腕組みをして,同じ顔を付き合わせながら考え込んだ.
「ああ,何でまた現実世界に帰らなくっちゃいけないんだ.向こうの世界に帰れば,単調な流れ作業が待っている.……僕はこの世界で,有名になって,お前みたいに,お前みたいになりたいのに……」
ウォーロンの身体は徐々にバラバラのピクセル状になっていく.まるで岩が砂になって砕けていくようだった.
「私は誰かみたいになりたいなんて,思ったことがないよ.私は私.そして……そうやって帰れるあなたが羨ましい」
シノノメがそう言うと,ウォーロンは意味が分からない,というように眉を顰めたままログアウトしていった.
「……きっと,あなたにはずっと分からないよ」
ぽつりとそう言ったシノノメは,いつの間にか元の一人に戻っていた.
次回は大晦日にアップします。




