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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第27章 魔法院の最後
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27-15 裏切りの魔法使い

「あ,痛たた……」


 シノノメは茂みの中から体を起こした.

 突然の爆発で吹き飛ばされたが,落ちた場所が灌木の上だったので大きな怪我にはならなかったらしい.

 咄嗟に受け身をとったこともあって,背中を少し強く打っただけだった.

 帯が緩み,着物のあちこちに木の枝が突き刺さっていたので払い落とした.

 和服の帯は案外丈夫だ.それも衝撃が少なく済んだ一因だった.

 帯を直しながら辺りを見回した.

 記憶が確かならば,“門の魔法使い”のエマは爆発の直撃を受けたはずだ.

 いた.

 鐘楼の柱の下に,うつぶせに倒れている.

 あわてて駆け寄ると,エマはうめき声を上げた.


「うう……」


 思わず絶句する.エマの背中は真っ黒に炭化していた.

 首筋にかけての皮膚は焼けただれ,剥がれ落ちて白くなっている.

 圧倒的にリアルな高度熱傷のむごたらしい状態だ.

 これまで見てきたような,小さなブロックが欠けたピクセル状のダメージではない.

 ヒューヒューと壊れた笛の様なかすれ声を出しながら,エマは何かを言おうとしていた.


「な,何? エマさん?」


 声を出すのがやっとで,当然ポーションを飲める状態ではない.

 高温の爆炎を吸い込んで気道熱傷を起こした状態なのだが,シノノメはしゃがみこんで言葉を聞き取ろうとした.


「か……鍵を……」

「鍵!」


 エマが首から下げていた,魔法院正門の鍵が無くなっている.

 外側から掛ける鍵ではなく,内鍵として働き,魔法障壁を作動させる鍵なのだ.


 限界が来たらしい.

 荒い息をしながら苦しそうにエマがログアウトしていく.

 狂暴な意志を持つ集団が自分を取り囲もうとしているのに気づいたシノノメは,気を配りながらゆっくりと立った.

 体を起こして背筋を伸ばし,開け放たれた門の方に視線を送る.


「どうしてこんなことをするの!?」


 視線の先には門の鍵を握りしめ,肩を震わせるウォーロンがいた.

 門からは次々と不格好な機械人が入って来る.先ほどカニの様に無様に海に転がり落ちていた者達だった.


「俺だって……俺だって……この世界で上に行きたいんだ!」

 絞り出すようにウォーロンは叫んだ.


「だからって,仲間を裏切るなんて!」

「だったら,何がいけないんだ! マギカ・エクスマキナは,地位を保証してくれるんだ!」

「許せない!」


 シノノメが軽く一歩踏み出すと,ガシャガシャと音を立てて機械人たちが身構えた.

 どの機械人も色はくすんでいて,体のバランスが不ぞろいだ.

 よく見ると,機械の体の間に,肉色の物が見える.

 シノノメは息を呑んだ.

 元々人間の肉体に,機械をずぶずぶと突き刺すように取り付けて作られた身体なのだ.

 眼の場所に無理やりカメラをねじ込まれたような機械人がいる.

 頭頂部に巨大なパイプの様な腕を食い込ませた機械人もいる.

 股関節から先に捻じれた四角い鋼材がついている機械人がいた.

 手には武器と思しきものがついているが,正直言って見た目では何なのかよく分からない.

 消火器のような物もあれば,水鉄砲のような物,大きなハサミのような物もある.

 どれも生身の肉体との接合部から,薄い赤色の体液が流れ続けている.


「あなた達は……?」

「機械人の最下層,機獣人だよ」


 涼やかな声にシノノメは聞き覚えがあった.

 一人の機獣人が声の主を乗せて門をくぐり,入って来る.

 背中に打ち付けられた輿こしに座っているのは,銀髪の美少年だった.


「現実世界の罪人たちさ.彼らは刑事罰として,苦しむような体に変えられたんだ.身体を抉る機械が常に苦痛を与えるが,彼らはこれが無いと生きていけない」


「アスタ何とか……」

「ふふ,東の主婦にしてはよく覚えているじゃないか.アスタファイオスだよ」

「あなた,生きてたの?」

「僕たちの実態は,あってないような物――あの銀蛇ウロボロスだからね.あれがある所,どこにでもいてどこにもいない」

「あなたの言うことなんて,聞かないよ.こうすれば聞こえないし」


 シノノメはイヤーマフを装着した.


「ははは,君は相変わらず愉快だね」

「あなたの言葉の力で,ウォーリーさんを操ったのね!」


 ウォーロンがびくりと体を震わせ,機械人の陰に隠れた.


「違うよ.彼の自由意思さ.僕たちは提案しただけ.マギカ・エクスマキナの軍門に下れば,地位を保証するってね.彼は栄えある可塑性機械人間ヘルメス・トリスメトギスになれる」

「あんなメタルスライムみたいな物になって,何が嬉しいの!」

「君は知らないよ.現実世界の彼を包む過酷さを.彼がこの世界に求めた希望を.だが,理想を求めた世界でも救われない人たちはどうすればいいんだい? クルセイデルの魔法院は,所詮ヒエラルキーの世界じゃないか」

「クルセイデルはそんな人じゃない!」

「そうかい? 我々の側に来て――そして,電子情報人間ホモ・オプティマスになれば,永遠の生命,永遠の幸福も夢じゃない」

「そんなの,まやかしだよ! もう,あなた達の意図は分かってるよ」

「ほう?」

「こうやって機械の人たちを送り込んで魔法院を攻めてくるのは」

 シノノメは中指と薬指をたたみ,右手を振った.

「グリルオン!」

 ドカン,と爆音とともに青い火柱が立ち上がった.

「クルセイデルと――そして,私を手に入れるつもりなんでしょう!」

 それだけ言い放つと,シノノメは走り始めた.

 青い火柱に吹き飛ばされた機獣人が地面に倒れ,緑色の泡を吹いている.

 決して強くない.

 だが,アスタファイオスに迫るシノノメに,次々と立ちはだかった.


「簡単便利! お掃除ラララ!」


 赤い掃除モップを取り出すと,機獣人を叩き飛ばした.

 だが,それでもあきらめない.

 倒れるはずみで無理やり接合された武器や体の一部が外れる者もいたが,シノノメに飛びかかって来る.

 二メートルほどの機獣人は,モンキーレンチに似た腕を振り回して来た.

 シノノメにはあまりにも無造作すぎる.

 たちまちモップの柄で腕を絡めとると,くるりと腕の下をくぐった.

 あっという間に腕の関節が決まると,肩のパーツが引っこ抜けて地面に飛び散った.


「この人たち! このっ!」


 一体一体は全く強くない,だが,多勢に無勢だ.しかも,体が壊れても壊れても食い下がって来る.


「しつこいなあっ! お掃除サイクロン!」


 魔法院の壁に三体の機獣人が叩きつけられた.それでも体を起こして迫って来る.


「ははは,彼らは苦痛を伴う今の身体から逃れたいのさ.マギカ・エクスマキナに尽くし,我々のために働き,機械大陸の版図を増やせば増やすほど――要は,レベル上げをするほど新しい,良い機械の体がもらえるようになっているのさ.彼らの執念はすさまじいよ」


 スクラムを組むように,五体の機械人がひと固まりになって突進してきた.


「あっ!」


 躱しきれず,モップの柄が大きくたわむ.


「それにどいつも凶悪な犯罪者だ.見境がない」


 頭半分にケトルの様な部品を食い込ませた男が,生身の口を開いて吼えた.

 すでに人間の言葉ではない.獣の声に近い.

 生臭い息を吐きかけられ,シノノメは思わず顔をそむけた.

 草履をはいた足が滑る.

 たああん,と高い銃声が響いた.

 二人の機獣人が同時に頭を撃ち抜かれ,崩れ落ちた.


「助かった!」


 身体をさばき,スクラムから脱出する.

 銃弾は次々と機獣人を貫いた.即座に発火する者や,電に包まれて痙攣する者がいる.

 魔弾の狙撃手,アドルファスの援護射撃だった.


「ちいっ!」

 アスタファイオスは口惜しそうに唇を噛みながら,シノノメの進行方向から徐々に移動していく.


「待ちなさい!」


 殺到する機獣人を薙ぎ倒しながらシノノメは叫んだ.アスタファイオスの向かう先は,玉ねぎ型の建物――“闇の工房”だ.

 リリスたち闇の魔法使い達が,封印起動の最終準備をしている場所である.魔法院を永遠のモニュメントにしてしまおうとするクルセイデルの計画を阻止しようとしているのだ.


「計画は全てウォーリーがばらしたのね!」

「グフフ,女,おんな……」

「殺す,コロス……」


 機獣人たちが不気味な声でつぶやく.

 まともな思考能力が残っていないのか,それとも元からそう言う人間なのか,呟くのはそんな言葉ばかりだ.

 不気味な武器となって掴むことも出来ない手先をシノノメの方に伸ばして来る.


「ヘンタイ! あっち行け!」


 それにしても多すぎる.

 アドルファスの援護射撃があっても,敵は次から次に門から入って来るのだ.

 そもそも,シノノメの魔法や体術は,個対個,少数の敵に対応したものが多い.

 かといって,電子レンジの魔法やスチームオーブンの魔法では威力が強すぎて,魔法院の壁ごと吹き飛ばしてしまう.巨大な召喚獣,砂クジラは魔法院の建物を壊してしまうだろう.


「もう! こうなったら,猫の手も借りたい!」


 そう言った瞬間,三十体はあろうかという機獣人が突然倒れた.

 地面から猫の手――前足が生えている.

 稲穂の様に生えた大量の猫の前足は,しきりにおいでおいでをしていた.

 どうやら一斉に機獣人の脚をひっかけたらしい.


「え!?」

 シノノメがびっくりした瞬間,猫の手は姿を消した.

 何だかよく分からない.

 だが,転んだ機械人がよろよろと立ち上がるのを見逃すことはできない.

 すかさず取り出した魔法の布団叩きで叩いた.モグラたたきの要領だ.

 こうすれば,叩かれた相手は布団になってしまうのだ.

 今までなら機械人に魔法は通用しなかっただろう.しかし,マグナ・スフィアのルールが変わった今,機械人たちは機械柄のせんべい布団に変わっていく.

 それでも新手が次々に門から入って来る.


「何とか門をもう一度閉じないと……でも!」


 アスタファイオスが闇の工房に迫っている.

 シノノメは背後を狙う敵の殺気に反応し,お好み焼きのコテを投げた.


「ぎゃっ!」


 手首に刺さった銀色のコテを引き抜こうとするのは,杖を握りしめたウォーロンだった.


「あなた! どこまで卑怯なの!」

「お前なんかに,俺の気持ちの何が分かる!」


 コテが刺さったまま,ウォーロンは赤い杖を振った.

 塊になった炎が空気を焼きながらシノノメに向かって迫る.

 鍋蓋型の魔方陣はそれを弾き飛ばした.

 炎に包まれた機械人が数体爆発したが気にしてはいられない.


「分かるもんですか! 分かりたくもないよ!」

「この世界に移住すれば,人工知能の補助なんかしなくてもいいんだ! 誰かに必要としてもらえるんだ!」


 ウォーロンの炎の魔法は決してレベルが低いものではなかった.

 ボウリングの球ほどの火炎が一度に十個ほど乱れ飛んでくる.


「グリルオン! お掃除サイクロン!」

 火焔を青い火柱と竜巻で吹き飛ばす.こうなったら機械人もろともだ.

 それより気になるのは,工房に迫るアスタファイオスだ.


「これだけ魔法が使えるのに……努力せずに自分の仲間を裏切るなんて!」

「したさ! だが,努力が報われない事だってあるんだ.だけど,誰もそう言ってくれなかった.努力すればいつかは何とかなるなんて,嘘じゃないか!」


 背後にした門からは,また新しい機獣人が入ってきた.

 構えているのは手持ち式のロケットランチャーだ.

 シノノメめがけて砲弾が飛ぶ.

 左手で魔法防壁を展開しながら,右手でウォーロンの火炎を切り飛ばす.

 瞬きをする暇すらない.

 着物の袖は穴だらけだ.

 ふと思い出した.

 ノルトランドで対峙した大槍の戦士のことを.

 彼の特殊なスキルは……


「もう,私がもう一人いたらいいのに!」


 ぐにゃり.

 そう思った瞬間,シノノメは目に異常を感じた.

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