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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第27章 魔法院の最後
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27-10 欲望の守護者

「おのれっ!!」


 この様な状況でなければ,その声だけで身震いしてしまうだろう.

 猛獣の雄叫びにも似た声が魔法院の尖塔に反響した.

 声の主は轟々と燃える,対岸の丘陵地帯にいる様だ.


「何?」

 もうびっくりすることに疲れそうになる.シノノメは目を瞬かせた.

「あそこだ,向こう岸の,丘の上だ!」

 クマリが目ざとく見つけて指さす.

「魔法院を攻撃するために布陣していた,パーティの宿営地ね」


 クルセイデルが左手を動かすと,空気のディスプレイは炎に包まれた丘の上を映し出した.

 周囲はクレーター状に無残にえぐり取られ,武器が地面に転がっている.

 炎の中,ゆらゆらと体を揺らしながら立ち上がる長身の男がいた.

 男はどうやら長い箱――棺の中に入っていたようで,それで無事だったらしい.

 地面に半分埋まった棺の蓋を蹴り飛ばし,黒い外套をまとっている.

 男は炎の中からボロボロになった旗を拾い上げ,地面に突き立てた.

 白地に赤く尖った十字が描いてある.


「クマリさん,あれ誰?」

鮮血十字団ブラッディ・クロスだ! 吸血鬼ヴァンパイア獣人ライカンスロープの部隊だ」

「え,それ,危なくない?」

「危ないも何も,五十人近い大所帯の超武闘派戦闘集団だ」

「でも,この人しかいないってことは,他の人はみんなさっきの攻撃で倒されてしまったてこと?」

「そう……なるな」


 シノノメは他のプレーヤーにあまり興味を持たないので,よく知らない.もっとも,ついこの前まで人間の顔の区別がつかなかったので,ある程度は仕方がないのだが.


吸血鬼ヴァンパイアがあっという間に倒されちゃうなんて……」


 吸血鬼たちは,身体能力が極めて高い.攻撃に対する耐性は“人間”とは比べ物にならない.


「人間の“兵器”はそれほどにも強力なのよ.あらゆる物語で,結局吸血鬼は倒されるでしょう?」

「でも,よほど高位の魔法でも,一瞬で灰にするなんてできないよ」

「私の土の魔法なら,銀の杭を錬成して……それで心臓を貫けば何とかなるが……呪文詠唱のタイミングを間違えば,勝てないだろうな」


 男は上空の軍艦を睨み,何か叫んでいる.


「クルセイデル,この空中テレビ,音は聞こえない?」

「あなたが望めば」

「?」


 クルセイデルが意味深に頷くと,すぐに音も聞こえるようになった.


「……エクスマキナの手の者かっ!」


 吸血鬼は長い髪の毛を振り乱し,吼えた.

 蒸発するように一瞬で壊滅ログアウトさせられた仲間たちを見回し,こぶしを握り締める.


「あの人,太陽の光を浴びても大丈夫なんだ……」

 シノノメは感心しながら唸った.

 ヴァンパイアにとって日光は天敵だ.

 空を銀色の雲が覆い,うすぼんやりとした日差しだとしても,日光への耐性を獲得するには,かなりレベルを上げなければならないはずだ.

「ギルドマスタークラス.吸血鬼ヴァンパイアの最上級,ドラクル級のプレーヤーか……うわさに聞いたことがある.多分,ブラドというプレーヤーだ.うちのリリスが一度対決したことがあるはずよ」

「ヴァンパイアと,闇の魔法使いの対決……ハロウィンみたい」

 そう言いながら,シノノメは眉をひそめた.

 もうそんな御伽話の様な世界には,二度と戻れない……ミラヌス攻略戦の時に,リリス自身がそう言っていたという.現実世界が幻想世界を侵食し始めたのだと.


「魔法院討伐の背後を突くとは……貴様ら,許しておかぬぞ!」

 目を赤く光らせ,口から牙を剥きだした.

 男は仁王立ちになると,両手を頭上に掲げた.

 みるみる黒い蝙蝠コウモリの群れに変化する.


「喰らえっ! 魂まで食らいつくす死霊の群れをっ! 死蝙蝠レギオデス!」

 蝙蝠コウモリの群れはわらわらと青い稲妻をまといながら軍艦の方に向かって行った.

 まるで黒い嵐だ.


「おおっ! 変化魔法! あの男,かなりの使い手だぞ!」

 クマリは思わず称賛の声を上げた.

 だが,船底に殺到した蝙蝠は,銀色のもやに触れると,勢いを失って装甲を滑り,ボトボトと地面に落下した.


「馬鹿なっ!」


 落下していきながら再び集まった蝙蝠が人間の形になる.

 驚く男の表情を無視するように,キリキリと砲塔が動き,火を噴いた.

 男はあっという間に集中砲火に包まれた.

 身体の一部が吹き飛んでもヴァンパイアは死なないはずなのだが,大口径の砲弾に蜂の巣にされてはひとたまりもなかった.


「うわっ! うわあああああ!」


 断末魔の雄叫びを上げ,男は消え去った.

 ほんの数秒の出来事だ.

 一部の特殊攻撃を除いてほとんど無効の,吸血鬼ヴァンパイアの眷属がこんなにも早く倒されてしまう光景など,目にするのは初めてだった.

 見れば,クマリも青ざめている.


「そんな……普通ならあっという間に生命力(HP)を食いつくしてしまう筈なのに」

「あの銀色のもや……霧みたいなの,何だろう」

「靄?」

「あれが魔法を弱めているんじゃないかな……」

「そこに気付くのは流石ね」

「だとすると,あんなにモクモク出ている煙は……」

「クルセイデル様,どういうことですか?」

「あれは恐らく,生命子ゾーエー.アメリアの機械人たちがエネルギーの素にしている物質.大気中の魔素と拮抗して作用するの.ユーラネシアで機械を動かすために,大量に散布しているのね」

生命子ゾーエー……? で,では,放射能で汚染され,魔素が弱まった地域を拠点として……ユーラネシアを侵略するというのですか……?」

「そう.そして……」


 ブウン.


 その時,ひときわ大きな振動が,空気を揺るがした.

 びりびりと石壁が震える.


『我が名はエローアイオス.アメリアの支配者であり,造物主デーミーウルゴスの一部である』


「何だこの声は?」

「声じゃない.直接頭の中に響いてくるよ!」


 だが,誰もが確信していた.

 その声は空に浮かぶ巨大な黒い眼球から――いや,その向こうにいる何か巨大な,禍禍しい存在からのものだと.

 黒い眼球は時折瞬きしながら,無感情に地上の人々を見下ろしている.

 魔法院の窓という窓から魔法使い達が顔を出し,空を見上げていた.

 入口を守る門の魔法使い達も,魔法院に侵入していた冒険者の生き残りも,全てが手を止め,呆然とその声――その光景を仰ぎ見ていた.


「テレパシー?」

「これはきっと――ユーラネシアに住む,全ての生き物――おそらく,プレーヤーだけでなくNPCのユーラネシアンにまで――語りかけている」

 こめかみを押さえながらクルセイデルが言った.


『我がまたの名は貪欲.我は,アメリアの全てを飲み込み,手に入れてもなお止まぬ欲望の主である.ここに,機械帝国マギカ・エクスマキナの樹立を宣言する』


「何だって?」

「宣戦布告だわ」

「そんな,一方的な……唐突すぎるよ」


『我はこの大陸の地中深くにひそみ,この時を窺って来た.ユーラネシアの民よ,選ぶがよい.我のもとに下るか,抵抗するか,あるいは懐柔するか,共存するか』


「だ,誰がお前らなんかに!」

「負けてたまるか!」


 魔法院のあちこちからそんな叫び声が聞こえた.


『我のもとに下れば,現世と同じ,いや,それ以上の生活は望むままである.この世界の強者として振舞えるのだ.誰もがこの異世界で,弱者を蹂躙する,強者になれる――そして,永遠の命も望むままである』


「永遠の命? ……それって,カカルドゥアの五聖賢みたいに……」

「あるいは,移住者たちの様に,電子情報だけの存在となって,この世界で自分の欲望のままに生きる――そういう選択肢でしょう」


『我は欲望の守護者である.望めよ,さすれば叶えられる』


「マグナ・スフィアはどうなってしまうんだ……」


『魔法院の魔法使い達よ,ウェスティニア大陸を破壊する,最強の覇者としてまずお前たちに問う.恭順か,交戦か.いずれかを選べ.猶予を与えよう.マグナ・スフィア時間で今から四十八時間後に解答せよ』


 その言葉とともに,ぴたりと声は止んだ.

 クマリもシノノメも,夢から覚めたように頭を振り,顔を見合わせた.クルセイデルは目を閉じ,何かを考えている.


「マグナ・スフィアの破壊者!?」

「……そう思われても仕方がないでしょうね.核兵器でこの豊かな世界を破壊し,彼らが侵入してくる穴を開けたのは,私たちなのだから」

「ですが,そんな理不尽な.フィーリアの暴走で,しかも,それは元々奴らが! マギカ・エクスマキナが仕掛けて来たから」


 クマリは唇を噛んだ.だが,その策略に乗ってしまったのは自分たちなのだ.

 そもそも,クルセイデルは中立を指示していた.


「止められなかった……私がもっとしっかりしていれば.レラや,ヴァネッサを説得していれば」

「クマリさんは悪くないよ……」

「だが,シノノメ殿……」

「でも,今はこれからどうするか考えなくっちゃ.ここの時間で二日……現実世界で一日経ったら,従うか戦うか,返事をしなきゃいけないんだよ」

「従うなんて,あり得ない.移住者たちでさえ,あんなむごい世界に変えたのだ.そもそも,アメリアの機械人は,カカルドゥアで生物の臓器を輸入していたんだろう?」

「うん,機械の体には,生き物の身体が必要な部品があって,それを手に入れるために密輸してたらしいよ」

「おそらく,彼らは,欲望のままに振舞おうとするでしょうね」

「ですが,クルセイデル様! 魔法であんな近代兵器に,どうやって立ち向かえば良いのでしょう? 移住者の巨獣兵――生物を改造した兵器にすら,抵抗するのがやっとだったのに」

「魔法は負けないよ!」

「だが,シノノメ殿! シノノメ殿でさえ,あれだけ苦戦したのだぞ.皆がシノノメ殿の様に強いわけではないのだ」


 シノノメは言葉に詰まり,クルセイデルを見た.

 クマリもその視線を追うように,クルセイデルの顔を見つめる.

 ウェスティニア――魔法大陸ユーラネシア最高の魔女は,緑の瞳で静かに二人を見ていた.


「クマリ.今から,魔法院の全院生に声をかけて.できれば一時間後に,講堂に集まってもらってくれる?」

「はいっ!」

「私から直接,みんなに話したいの」

「かしこまりました! 最高魔術師マギステルに秘策あり,ということですね!」

 目を輝かせたクマリは,部屋を飛び出していった.

 クマリの背を目で追った後,シノノメは再びクルセイデルの顔を見た.

 再び目をつむったその睫毛が,かすかに震えている.


「クルセイデル?」


 クルセイデルは静かに頷いた.


「その時が来たの.魔法院を終わりにするときが」


 *******


 プレーヤーの皆様、いつもマグナ・スフィアをお楽しみいただきありがとうございます。

 大きな設定変更をお伝えします。


 マグナ・スフィアの大気は、アメリアの科学操作により、大きく変動しました。

 機械大陸アメリアでも魔法が有効に、幻想大陸ユーラネシアでも機械の作動が可能になります。

 アメリア大陸の機械文明は枯渇した資源を求め、ユーラネシアへの侵攻を開始しました。

 機械文明と魔法文明の対決に主軸が移ることになります。

 その中であなたが何を選ぶか、それは自由です。

 侵略する側か、守る側か。

 服従か、抗戦か。

 逃亡か、進撃か。

 二つの世界の激突で勝利するのはいずれか。

 マグナ・スフィアはプレーヤーの皆様の、全ての想像と希望を叶えるでしょう。

 皆様、ふるってご参加ください。


 なお、重要な注意事項があります。

 戦闘において、知覚の自動感知制限は無くなります。

 感知率の調節はできませんので、十分注意して戦闘に望んでください。


 この戦いの結果は、現実世界の行く末をも決定するでしょう。



 これからも、マグナ・スフィアを宜しくお願い致します。



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 マグナ・スフィア運営

 代表 ルイス・サイファー

 

 これは決定事項の通知であり、このメッセージへの返信は無効です。

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