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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第5章 迷宮の主婦
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5-3 攻略! ユルピルパ迷宮

 素明羅スメラと南のカカルドゥアの国境,やや南の砂漠地帯.

 赤い土の砂漠には,灌木が所々に生えている.

 日中は気温五十度に達し,ゴブリンや砂男サンドマンの生息する巣が所々に見られるが,人間が住める場所はきわめて限られている.

 ここに迷宮ダンジョンユルピルパはあった.


 ユルピルパ.

 オーストラリア原住民の言葉で,蟻の穴を意味する.


 この迷宮ダンジョンは,地上部分は二十メートルほどの土で出来た蟻塚である.垂直の壁のようにそそり立った岩のカーテンを彷彿させる外観をしている.蟻塚は昆虫の分泌物と砂でできており,コンクリートよりも固い.

 しかし,迷宮の本体は地下にある.

 北向きの斜面に人二人ほどが並んで通れる穴があり,これが二十五層の迷路への入り口である.


 とは言え,ユルピルパはゲーム内のクエストの一大拠点である.現実世界の秘境とは異なり,近くには冒険者用のオアシスとゲートがあった.


 シノノメ達はゲートからユルピルパへと向かう中間地点の木陰で,パーティーの装備点検を行っていた.

 何分急ごしらえ,寄せ集めのパーティーである.


 アイエルは弾弓の弾丸や小型の矢の数を調べている.通常弾だけでなく,魔法の効力を封じ込めた貴重な弾丸もある.すぐに取り出せるように,腰の鞄の内側には弾帯とポケットが設けてあった.ポーションの本数,オリハルコンの短剣一振り.着込み(鎖帷子)にほころびはないか,も念入りにチェックしている.


 金髪碧眼のエルフ,グリシャムは魔法の杖――白木の若木の杖と肩掛け鞄をチェックしている.

 魔導書ネクロノミコン一冊,護身用の銀の短剣一振り.特に念入りに杖の先から 泡状のものが出ることを確認していた.これは彼女が編み出した新しい魔法だった.


 シノノメは茶色に白い水玉の着物を着て,カフェエプロンをつけている.彼女の場合アイテムは山のようにあり,魔空間にある’クローゼット’――要はアイテムの入ったフォルダだが――からいつでも取り出せるので,自分の道具を確認することはない.

 ちなみに,他のメンバーには内緒だったが着物は洗える着物だった.万が一虫の体液がついたときに即座に洗い落とせるための備えである.


 「これは,ヒヒイロカネ製のトツカノツルギ」

 シノノメはカズマに白銀に光る両刃の剣を渡した.

 「あと,フツノミタマと夫差ふさの剣」

 コーセイとユータも剣を受け取る.

 「好きに使ってね.私は持ってるだけだし.それと,防具がいるね.えーと,オリハルコンの小手があったなー,三つでいいかなあ」


 「うわっ何これ,全部伝説のアイテムじゃん! 完全にチートだわ,こりゃ.」

 アイエルが唸る.

 「クサナギノツルギとナナツサヤノタチは流石に無理があるから,そっち使ってね」

 「で,出ましたね.九百九十のアイテムの一つ,いや六つか……」

 グリシャムも唸る.

 「こら,危ないでしょ!」

 三人の勇者はテンションが上がりすぎ,チャンバラを始めたのでアイエルに怒られた.


 「はっはっはっ,男の子らしくていいじゃないか.ただ,右手と右足は同体にして袈裟切りにしないと足を切ってしまうぞ」

 そんな三人をセキシュウは,にこやかかつ大らかに見ている.

 今日のセキシュウはゆったりしたカンフー服で,四尺のじょうを持っていた.


 「あ,あのー,セキシュウさん,すみません……こんな馬鹿な用事を手伝って頂いて.セキシュウさんって,あの‘まろばしのセキシュウ’,のセキシュウさんですよね」

 アイエルが恐縮する.

 セキシュウも知る人ぞ知る有名な戦士だ.シノノメが一年程で最強クラスになったこととは対照的に,彼の場合は五年もプレーしているベテランだ.自然,知っている人も多い.


 「今日は日本刀を使わないが,そうだな,そう言われたこともある」

 セキシュウは静かに笑った.

 まろばしは新陰流剣術の奥義とも言われるものだ.一つの武術に居つくことなく,臨機応変に戦い方を変える彼の戦闘スタイルに対する賞賛の二つ名である


 「セキシュウさんは子供好きだからね,でも,来てくれてありがとう」

 シノノメが礼を言った.

 「ふん,シノノメも子供みたいなものだな.しかし,いいなあ.夏のカブトムシか,男の子だなあ」

 懐かしそうな,優しくも遠い目になっているセキシュウである.


 「はぁ……セキシュウさんって渋いわー.ね,かっこいいでしょ?」

 目がハートマークになっているグリシャムがアイエルに同意を求める.

 「渋いというより,ちょっとお爺さんっぽくない?」

 「ナイスミドルだって,絶対! あの余裕,包容力……! でも奥様がいる感じがしないから,早くに奥様を亡くして,孤独,そう,何だかバーの宿り木でウイスキーのショットグラスを一人で嗜んでいるような……素敵よね」

  うっとりと語るグリシャムの想像には願望と妄想が入っていた.


 「そうかなあ……」

 アイエルはグリシャムとは好みのタイプが違うので,ちょっと返事に困った.


 「シノノメさんはセキシュウさんに現実に会ったことがあるんですよね?」

 「ないよー?」

 シノノメの答えにグリシャムは首をかしげた.


 『ただ,あの子の幸せなど……あれは幸せとは言えん』

 セキシュウのあの言葉は何だったのだろう.

 確かにセキシュウは現実世界でシノノメに会った事があると言っていたはずだ.


 シノノメはキョトンとしている.嘘をついているようには見えない.


 「シノノメさんは……えーと」

 グリシャムは質問に詰まった.

 「……どうしていつも着物を着ているんですか?」

 「これ? 私,着物女子だから」

 なぜ聞かれるのか分からない,と言うようにシノノメは答えた.

 シノノメは子供のような,大人のようなところがある.それが彼女の途方もない魅力となっているのだが,それ以上詮索してはいけない気がしてグリシャムは口をつぐんだ.



 とりあえず勇者三人の攻撃力を無理やり上げた一同はユルピルパの入口へと向かった.

 赤い砂漠には陽炎が揺らいでいる.


 蟻の穴と言うには随分大きな穴が見えてきた.

 穴の上にはアボリジニアン・アートに似た素朴で力強い線描の蟻の絵が描かれている.

 古代語で,ユルピルパの意味だという.


 「それでは,えーと,勇者君たちには私が防御の魔法をかけます」


 グリシャムは杖を振った.

 「フルーラ・バブル」

 杖の先から大きな泡――シャボン玉が出て,子供たちを包む.

 「これで,防御力が格段に上がります」


 三人とも丸い透明な風船の中から手足を出しているような恰好で,微妙に格好悪い.だが,重い武具を付けて素早く動けるほどのレベルではないので仕方がないのだ.

 さっきフルセットの甲冑をコーセイに試しにつけてみたら,素早さがゼロになってしまった.


 「バブルサッカーみたいだ!」

 少年達は泡をぶつけ合って面白がっている.

 「他のみなさんは……いいですね.もちろん,後方から適宜治癒魔法と防御魔法で支援しますので」

 シノノメを除く全員が頷いた.


 「じゃあ,出発!」

 「おう!」

 少年達は元気良く気勢を上げた.


 ぞろぞろと三人組を先頭に,アイエル,セキシュウの順に穴に入っていく.

 グリシャムは自分が最後尾のつもりだったが,シノノメがなかなか入ろうとしない.

 「シノノメさん? 私が先で良いんですか?」


 「グリシャムちゃん,虫よけスプレー的なものはない?」

 シノノメはしきりに二の腕をこすってブルブルと震えている.


 「虫よけ? 魔物除けの魔法は分かりますが,虫よけしちゃったらモンスター退治にならないのでは?」

 「だって,この奥にはあのおぞましい黒くてつやつやしている奴が……」

 「ゴキブリ?」

 「あー,それを言った,言っちゃった! うー,やだよぅ」

 シノノメは,とうとう入口の前でうずくまってしまった.


 「こら,一体何をしてるんだ」

 後衛がなかなかついて来ないのでセキシュウが様子を見に戻って来た.


 「セキシュウさん……私やっぱり無理かも……」

 シノノメは体育座りで丸まりながら,涙目で言った.


 「ここまで来て何を言っているんだ.レベル上げは必須だぞ.今のままではベルトランとランスロットに勝てない」

 セキシュウが腕組みをして顔をしかめる.


 「え……もしかして?」

 グリシャムがシノノメとセキシュウの顔を見比べて言った.

 「シノノメさん,虫が駄目?」


 「重度と言うか,重症のな」

 セキシュウはため息をつきながら頭を抱えた.


 「あ,そう言えば……西留久宇土シルクート砦でも,ごちゃごちゃしているものが嫌とか言ってましたね」

 「うー,たくさん小さいのがウジャウジャしているのとか,絶対ダメなの.どうして脚が六本とかイッパイあるんだろう.四本なら可愛いのに……」


 他人にはあまり理解できないシノノメ理論が展開されている.失礼,虫嫌いの人には同意できるのかもしれない.


 「お前,もしかして皆にこの事を言っていないのか?」

 「だって,みんな,あんなに喜んでいるのに言えないよ……」

 「いや,まさか無敵のシノノメさんにこんな可愛い弱点があるとは……」

 グリシャムは小さな子供にするようにシノノメの亜麻色の髪を撫でた.


 「こいつの虫嫌いを知っているのは多分俺とマンマ・ミーアのミーアさんくらいだ.」

 セキシュウは大きくため息をついた.


 「だ,大丈夫ですよ! ほら,現実で虫を潰すと体液がグチャッと出たりとか,脚が千切れたりするやつ,あれは私も苦手ですけど,ゲームのモンスターだから,綺麗に砕けてコインとか魔石になりますし! いけると思います!」


 グリシャムはシノノメを慰めてみたが,慰めにならなかった.‘体液’とか‘千切れた足’といった生々しい表現が逆に彼女を震え上がらせた.


 「わーん,やだやだ! バルサン焚いてから呼んでー!」 


 「そんな物あるか! ええい,もう構わん! グリシャムさん,そっちの手を持ってくれ!」

 セキシュウは無理やりシノノメの左手をつかんだ.


 「はいっ!」

 グリシャムは慌ててシノノメと腕を組んだ.


 「うー,やだー! ぞわっとする! ぞわっとする!」


 こうして素明羅スメラ皇国最強の戦士は,迷宮の中に無理やり連行されていった.


ユルピルパ攻略ですが,長くは続きません.

6章から本来中心となっている物語に戻ります.

ですが,いくつかの伏線が入っているので,ちょっと寄り道して読んで頂ければ幸いです.

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