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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第27章 魔法院の最後
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27-2 恐怖の城

 深い海から徐々に浮かび上がっていくようだ.

 ゆっくり目を開けると,自分を覗き込む顔が見えた.

 逆光の中,とんがり帽子のシルエットと尖った耳が見える.そしてその隣には,はねた黒髪と,やはり尖った耳の人影があった.

 光に目が慣れてくる前に,その二人が誰なのかシノノメには分かっていた.


「グリシャムちゃん,アイエルちゃん?」


 名前を呼ばれた二人は,大きな安堵のため息をついた.


「ここは……?」


 体を起こして見まわすと,見慣れた白い壁と茶色い木の柱が見えた.自室として使っていた魔法院の客間だとすぐに分かる.

 ベッドに寝かされていたようだ.ボロボロになった和服の代わりに,生成り色のパジャマを着ている.

 足元にはいつもながらにネムが眠りこけていた.頭の近くには羽のある三毛猫が丸まってすやすやと寝息を立てていた.


「魔法院に帰って来たんだね……あれからどれくらい経ったんだろう」

「2週間――こちらの世界で言えば,1カ月くらいずっと目を覚まさなかったの」

「すごく……心配したよ」


 二人とも,二度と目を覚まさないのではないかと心配していたのだ.

 だが,その言葉をぐっと我慢して飲み込んでいる.ノルトランド崩壊の時には,仮想世界のシノノメは完全に姿を消していたという.今回はそれに比べればまだまし,という黒江からの説明を受けていたが,それでも不安だった.


「一人で核爆発を止めに行こうとするなんて,ナイよ」

「そうそう,いくらシノノメさんだって無理だよ」

 二人が一生懸命怖い顔を作って睨むと,シノノメはしおらしく頭を下げた.

「……ゴメンね」

「大丈夫?」

「うん」

「本当に?」

「ホントのホントだよ」

 シノノメはステイタスウインドウを立ち上げながら答えた.レベルは97に上がっている.HPとMPはどちらもフル状態に戻っていた.

 ふと右手を下ろしながら気づいた.2週間もずっと眠っていたというのに,この体はしなやかで痛みも無い.やはりこの世界は仮想世界で,本物の世界ではない――そう実感する.

 目を覚ました時に,現実世界のベッドだったらどうだったのだろう.

 本当に自分にとって喜ばしい状況なのだろうか.

 ヤルダバオートに強制ログアウトさせられた時の様に,見知らぬ白い天井が見えるのか.

 そしてその時,自分が本当にそばにいて欲しい人がそこにいるのか.

 ふと不安になる.


 ……あの言葉のせいかな.


「本当に君は――帰りたいのか? あの世界に?」


 サマエルの言葉がどうしてこんなに気になるのだろう.

 シノノメは軽く頭を振った.

 グリシャムが心配そうな顔になる.

「どうしたの? 頭が痛いの?」

「ううん,大丈夫.それより,あれからどうなったの――あ,私,爆発の時にとんでもないものを見たんだよ」

「とんでもない物?」

 グリシャムとアイエルは目を瞬かせた.

「ブリューベルクの地下には……銀色のミミズか,蛇みたいなのがうねうねしてたの.メムの人たちは,そいつの胴体――パイプみたいになってるんだけど,それを使って機械大陸アメリアから物を運んでたんだよ」

「パイプ?」

「病院にある,書類を送る空気のチューブみたいなの」

 グリシャムとアイエルが顔を見合わせて頷いた.

「そうか……ハイパーループみたいなものね.地下を通って――大陸間輸送をしてたのか」

「なるほど.それで……」

 納得した,という顔だ.

「一体どうなったの? ……ミラヌスの町は? みんなは?」

 そう言った瞬間,大きな音とともに部屋が揺れた.

 ネムが目をこすりながら起き上がる.

「ふにゃ……まだ眠いヨ」

「あの音は?」

「あれは……でも,どうしよう.見た方が早いかな」

 アイエルが同意を求めてグリシャムを見た.

「そうね,百聞は一見に如かず.シノノメさん,立てる? あそこのドアからテラスに出れば,全部見渡せるはず」

 もちろん立てる.シノノメはベッドから飛び降りると,ドアを開け放った.

 ドアを出ればそのまま石畳のテラスだ.

 海の中に建設された魔法院は,いつも潮風が吹いている.だが,漂ってきたのは淀んだ空気だった.


「これは……?」


 テラスの向こうには,対岸の牧草地帯と,そこからさらにミラヌス,そして山脈地帯の山影が見渡せるはずだった.

 だが,目に飛び込んできた光景にシノノメは絶句した.

 どこまでも灰色だったのだ.

 葉を落として枝だけになった森に,枯草となったヒースの地面.遠くに見える筈のミラヌスのオレンジ色の瓦屋根は全て灰色と黒に染まっている.

 その向こうには銀色のもやがかかっている.靄の中には黒鉄色の物がいくつも見え隠れしていた.靄とその黒鉄色の――塊と言えばいいのだろうか.幾何学的で細長いそれが空に向かって伸びているせいで,ウェスティニアの美しい山々は見えない.黒い岩山がつい立ての様に遮っているとでもいうのか.


 ……いや,岩山? あれは,もっと.


「爆発が起こってから,放射能を含んだ粉じんと黒い雨が降って,森はみんな枯れてしまったの」

「ミラヌスは西半分が壊滅的な状態になって,首都機能は失われてしまったのよ.魔法院の周りだけ気流――風の防壁を作って放射能汚染を極力防いでいるけど……こんな風景ナイよね」


 それは予想していた死の世界だ.だが,あれは……どうしても納得できない.

 シノノメは銀色の靄を指さした.

「うん,今シノノメさんの話を聞いて納得したんだよ.あの塔のようなものは爆発の後に……そう,ニョキニョキ生えるように地面から出て来たんだ」

「ううん,でも,あれ……塔? 違う,あれは」

 その言葉を,この幻想世界ユーラネシアで発していいのか.

 だが,ネムがあっさり声に出した.

「ビルだよネー」

 グリシャムは逡巡しながらネムの言葉を継いだ.

「……高層ビル群.そうよね.そうとしか言えないよね.今のところ何もしてこないけど,不気味……」

 靄の向こうに見えるものは,都会の高層建築群にそっくりだったのだ.

「今,あちらは汚染地帯で調べに行くわけにもいかないし,それに,そんな余裕も……」

「余裕?」


 再び大きな音がして,それとともに床が揺れた.

 異様な光景に気をとられていたが,音がするのは魔法院の下の方だった.シノノメはあわてて音の発生源を追った.


「何? あれ」


 魔法院は海の中の島,小山に沿って作られた中世式の要塞都市だ.

 干潮になると道が現れる遠浅の海なのだが,対岸の崖が崩れて地形が変わっている.

 驚いたのはそれではない.

 徒歩で,あるいは船で.魔法院を囲むように武器を持った人々が集まっていたのだ.

 一目でプレーヤーと分かる.

 一個の軍勢が多くて二十人程度で,制服でなくそれぞれがまちまちの職業ジョブに応じた服に身を包んでいるからだ.

 槍を持った者がいれば,剣を持つ者,魔法の杖を持つ者,様々である.NPC――ユーラネシアンの軍隊ではない.


 緑色の魔方陣が海上に浮かび上がった.見れば,北部ドルイド魔術の集団が杖を天に掲げているところだ.二,三度明滅した後,彼らは杖の先を魔法院の壁に向けた.


 ドン.


 轟音が響き渡る.火炎の塊が魔法院の壁に向かって飛んで行った.


「危ない!」


 シノノメは叫んだが,火炎弾は壁に当たる前に阻まれ,空気中ではじけ飛んだ.魔法院の周囲には強力な防御魔法,魔法障壁が張り巡らされている.余程レベルの高い魔法使いでなければ,突破することはできないのだ.


「もう無駄だから,止めたらいいのにネー.グラグラ地震みたい」

「でも,だんだん滅茶苦茶になって来てる.魔法院の防壁が鉄壁だからって,最大奥義クラスの魔法を振り絞ってるんだね」


 ネムは魔法攻撃に全く動じていない.アイエルはそれを越して,どこかうんざりしたような口調だ.

 こんな攻撃が一体いつから続いているのだろう.ネムやアイエルの口ぶりでは,もう何度も繰り返されてきたかのようだ.


「一体,どうなってるの? どうしてプレーヤーたちが魔法院を攻撃してるの?」

「それは……」

 応えようとしたアイエルの言葉をかき消すように,再び爆発が起こる.

 見れば,破城槌まで持ち出してきている.

 魔法のかかった金属の門のこちら側では,魔法院の門番である“門の魔法使い”たちが杖をふるって応戦していた.

 グリシャムがため息交じり答えた.

「爆発が起こって,一週間くらいしてからずっと,こんな調子よ.門の魔法使い達が大忙し」

「よくやるよネー.何だか,ムキになったみたいに攻撃してるネー」

「あ! リリス様だ」


 グリシャムが指さした先には,漆黒のローブを羽織った魔女が立っていた.

 波打ち際の石段に――かつてシノノメが試練を受けたときの様に,静かに立って海を見つめている.

 しばしリリスは手を動かし,海に向かって右手を差し出した.

 海面にぽっかりと黒く巨大な穴が開く.

 穴はあっという間に攻撃者たちを飲み込むと,再び波打つ水面に戻った.

 爆音は止み,潮騒が聞こえてくる.

 見下ろすリリスの後ろ姿は,どこか疲れているように見えた.


「ああやって,クマリ様とリリス様が交代でたまに追い払ってるの.いくら門の魔法使いがいるからって言っても,多勢に無勢だからね.それに」

 グリシャムは言葉を詰まらせた.

「それに,みんないなくなっちゃったしネー.継続的に魔法院に参加してるの,半分くらいかナー」

 自分には関係ないとでもいうように,ネムが三毛の空飛び猫に向かって言った.

「ヴァネッサさんとフィーリアさんはともかく……レラさんは?」

 クルセイデルの名代,風のレラのすらりとした姿をシノノメは思い出していた.

 少し怖いくらいだが,彼女はこの難局に見事に采配を下すことのできる人物だと思う.

「レラ様は……自分で魔法院を去ったの.責任をとると言って……」

「責任……」

「まだ,空にもいるね」


 アイエルが睨んだ空の先には,何者かが乗った飛竜ワイバーンが飛んでいた.編隊を組んで旋回するその様子は,間違いなく攻撃の機会を窺う態勢だ.

 だが,魔法院の上空にも強力な魔法防壁はある.うかつに手は出せないに違いない.


「これじゃ,魔王城みたいだネー」

「魔王城? どういうこと?」

 グリシャムは眉を顰めた.アイエルは悔しそうに唇を噛んでうつむく.

「ウェスティニアを破壊した張本人,禁断の兵器を開発した悪魔の城.魔王クルセイデル率いる,悪しき魔女の住処.……全プレーヤーに向かって,魔王追討のクエストが発布されたの」

「死の森と死霊の都市の向こうにそびえる,恐怖の城を落とせ,だって.私のメールボックスにも来たよ.多分,シノノメさんのにも,入っていると思う」

「そんな……それじゃ……死霊の都市? ミラヌスが?」

「枢軸区以外は,夜になるとアンデッドが徘徊してるんだよ.だから,枢軸区に救護所を作って,傷ついた一般市民や軍人,魔法動物を収容してる.でも……」

「死霊の都市だからって,それを攻撃するおバカさんがいるんだヨー」

「市民……! そう言えば! クルマルトさん! 私をここに連れてきてくれた,クルマルトさんはどうなったの?」

「……」

 アイエルとグリシャムは――ネムまでも,顔を見合わせてうつむいた.

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