5-2 三人の小勇者
「ちょっと待っててくださいね」
ダークエルフのアイエルはそう言うと,席を立ってマンマ・ミーアの外に出て行った.
引き戸が一旦閉まる.
「ユルピルパ? って言ったよね? でも,ダメな奴らってどういうことかな?」
「うーん,見当もつかないねえ」
シノノメとミーアが話し合っていると,再び引き戸のカラカラという音がして,アイエルが戻ってきた.
「こら,ほら! 早く入りなさい!」
アイエルに促されておずおずと入ってきたのは,三人の男の子だった.どう見ても中学生くらいだ.
三人とも甲冑をつけて腰に剣を帯びており,戦士の格好である.だが,お世辞にもレベルの高い装備とは言い難い.
「ほら,ご挨拶して!」
「こ,こんにちは!」
目のくりっとした,少し小柄な男の子が大きな声で挨拶した.
「こんちはー」
「ううっす」
やや元気のない声で,隣の二人が挨拶する.ひょろりと背が高い眼鏡をかけた男の子と,ころりと太った男の子である.
「はい今日は,そんなところに立っていないで,こちらに座りなさい」
ミーアに促され,三人はテーブルについた.
「ちょっとお茶を追加で持ってくるわ」
パタパタと小走りでミーアは厨房に向かった.
黙りこくっている三人.
若干気まずい雰囲気が流れる.
「えーっと,アイエル,これは……」
「こ,こいつらがダメな奴らです」
アイエルは申し訳なさそうに言った.
「駄目って,そりゃないだろ,姉ちゃん!」
「あ,こら,数馬!姉ちゃんって言うんじゃない!世界観が台無しでしょうが!」
アイエルは弟――数馬の頭を殴った.
「何でだよ!俺なんかそのまんまカズマだぞ,姉ちゃんの名前だって簡単じゃん! 石嶺璃子だから,アイエルだ!」
「だから,本名バラすな,馬鹿数馬!」
アイエルは再び数馬の頭を殴った.
「僕も堂々とコーセイのままだ.この名前を有名にするんだ」と,ヒョロヒョロ君が言った.何故か眼鏡を押し上げて格好つけている.
「オイラもユータだ」太った少年がのんびり言った.
「カズマくんと,コーセイくんと,ユータくんか.仲がいいんだね」
三者三様で面白い子供たちだ.シノノメは思わずクスクス笑った.
シノノメのこぼれるような笑顔に,三人は照れて少し赤くなった.
「そうだねぇ,男の子はあんまり名前にこだわらないね.そう言えば,うちの息子も自分の名前でMMORPGやってるわ.」
ミーアが戻ってきて,三人の前にオレンジジュースの入ったコップを置いた.
「あ,ジュースだ」
「僕はお酒でお願いできませんか?」
眼鏡のヒョロヒョロ,コーセイが生意気を言ったので,アイエルに殴られた.
「年齢制限があるから,未成年には出せないに決まってるだろ.実際のお酒でなくても,脳に酔ったのと同じ刺激を送るんだよ.あんた達くらいの脳みそには良くないでしょ」
ミーアは豪快に笑った.
シノノメはそろそろ本題に入ることにした.
「うーん,でも,みんな,本当にユルピルパへ行く気?」
三人組の態度は少し改まった.
「ほら,カズマ,自分の口で言いなさい!」
アイエルが肘でカズマをつつく.
「う,うん,俺たち,もうすぐ受験で,もうそんなには一緒にゲームができなくなるんです.俺はサッカーの推薦入学の準備があるし,コーセイは進学校を受験するし……」
カズマがコーセイを見る.
「そうです,僕たち,幼稚園の時から家が近所で,だから,最後に一緒に冒険がしたくって……」
さっきの変に格好をつけたコーセイではなく,真剣な態度だった.
ユータはおっとりしていて口下手なようだが,二人の言葉に大きくうなずいた.
「でも,何でユルピルパなの?」
「だって,あそこのダンジョン,ラスボスはヘラクレスオオカブトなんでしょ!」
三人の少年たちはキラキラした目で言った.
「はぁ……そうなんだ?」
シノノメは今まで極力ユルピルパ迷宮を避けていたので,あまりよく知らない.
だが,カブトムシなら何とか大丈夫そうだ.シノノメが平気な昆虫は蝶とカブトムシくらいである.ただし,カブトムシの幼虫は触われない.
何故男の子はこんなに虫が好きなんだろう,と不思議に思うシノノメである.シノノメにすれば全く理解できないのだった.
「何とかクリアして,みんなでラスボスを見てみたいんです.勝てなくったっていいんです.姉ちゃん――じゃない,アイエルに協力して欲しいって頼んだんだけど……」
カズマがアイエルの方をちらりと見た.
「私一人の力じゃ,絶対無理です.だってほら」
アイエルは三人のステイタスウィンドウを指して言った.
コーセイ レベル35.
ユータ レベル25.
カズマ レベル15.
「おまけにですね,」
コーセイ 職業勇者.
ユータ 職業勇者.
カズマ 職業勇者.
「勇者馬鹿とはこのことで,前衛ばっかり.一人くらい魔法使いになればいいのに」
「嫌だ! そこは譲れないもん!」
「そーだ,そーだ!」
「男は勇者だ!」
「あのね,体が小さい子はスピードを生かして,体重のある子は重い攻撃に特化してスキルを伸ばしていくんだよ」
シノノメが諭すように説明した.
「あのー,では,ヒョロヒョロはどうすれば……」
コーセイが眼鏡を押し上げて質問する.
「……」シノノメは言葉に詰まった.「……君は,本当は魔法使いとかになるべきだよ」
「いや,そこはやはり勇者で」
コーセイはあっさりシノノメの提案を断った.
「姉ちゃんだって元の世界の体格と違うところがあるじゃねーか!」
カズマはアイエルの胸のあたりを横目で見ながら言った.再びアイエルの鉄拳が飛ぶ.
「……こんな調子です」
アイエルはため息をついた.
「で,でも俺たち真剣なんです!」
カズマは殴られすぎた頭をさすりながら言った.
「そうです.ユルピルパに行きたいんです!」
「行きたいです!」
「それで――グリシャムとこの前話していて,シノノメさんのことを思い出して……厚かましいお願いとは思ったんですけど……ほら,もう,三人とも,お願いしなさい!」
アイエルはぐりぐりと三人の頭を押え,礼をさせた.
「俺たちに,力を貸してください! お願いします!」
「僕たちと一緒に来てください! お願いします!」
「お願いします!」
三人はテーブルにつくほど頭を下げた.ずっと頭を上げない.
見ていて,一生懸命なのがよく分かる.
「すみません,私からもお願いします」
アイエルも頭を下げる.口では色々言っているが,彼女が普段三人を可愛がっていることが伝わってくる.実の弟の数馬だけでなく,三人にとって良い‘お姉ちゃん’なのだろう.
「分かったよ! 私も行くつもりがあったし,一緒に行こう!」
こんな風に頼まれると,断れないのがシノノメであった.
「え! 本当に!」
四人の顔がたちまち満面の笑顔に変わる.
「やった!」
「これで無敵,無双だ!」
「最強だ!」
「良かったー」
アイエルも胸をなでおろす.
子供たちは緊張でよほど喉が渇いていたらしい.それまで手を付けていなかったジュースを口にすると,喉を鳴らして一気に飲んだ.
「ちょ,ちょっと待った,シノちゃん」
ミーアが,シノノメの肩を叩いて,ヒソヒソ声で耳打ちする.
「そりゃ,あんたも行くべきだよ,レベル上げが必要だし.この子たちだけで行ったら即死さね.でも,根本的な問題をどうするのさ? あんた,虫がダメじゃん」
「あ……忘れてた」
シノノメの顔面は蒼白になった.脳裏を恐怖の生物――黒くて艶々した,長いひげのモンスターがよぎる.
「とにかく,シノちゃんだけじゃパーティーは組めないよ.後衛の治癒係が要るだろ?」
ミーアは慌ててアイエルに尋ねた.
とてもシノノメの弱点について打ち明けられない状況である.四人の喜びに,滝のような冷水を差すことになりかねない.
「それは,グリシャムに頼んでます.シノノメさんが協力してくれるなら,自分も行くそうです」
アイエルは即答した.
「むむむ……しかし,前衛が足りないよ」
「え? シノノメさんなら必要ないのでは? たった1年足らずで‘東’最強の座に登りつめた,前衛後衛,剣術・魔法,攻守万能の戦士ですよね?」
アイエルがシノノメを見るが,シノノメの目は宙をさ迷っている.
「いや,バックアップということもね……ユルピルパのモンスターは数で襲ってくるから」
ミーアはもっともらしく腕組みをして言う.
シノノメはミーアの言葉の「数」と言う部分に震え上がった.
「……セキシュウさんに頼むよ」
シノノメは弱々しく言った.
そんなシノノメの様子に首をかしげながらも,抱き合って喜びあう四人組だった.