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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第26章 世界の浸食
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26-2 機械仕掛けの神

 兵士たちは次々と正門になだれ込んでいた.

 槍を持った歩兵と騎馬が怒涛の勢いで突進する.

 正門の周りの市街地は火の海だ.

 シノノメとリュージの激闘が残した爪痕だった.

 ガイウス軍は残った兵士たちを再編成し,かろうじて一軍を仕立て上げていた.

 鬨の声が狂気の声に聞こえる.

 攻城戦で鬱屈してきた思いが,政府軍に向かって爆発したのだ.

 暴走したシノノメから被った被害も,メムの兵器に味合わされた苦渋と恐怖も,全てがないまぜとなって激しい攻撃衝動に変わっていた.


「ガイウス将軍! ロトヴァイル殿! 敵軍の兵士にも慈悲を」

 そんなクマリの忠告が虚しく響く.


 反乱軍の副将,ロトヴァイルはクマリを一瞥しただけだった.彼はデモノイドの攻撃で傷ついたらしく,片目を血で染まった布で覆っていた.

 共和制の象徴であった公会堂の窓という窓は撃ち破られ,中に避難していた守旧派貴族たちは家族とともに引きずり出された.

 小さな子供や女性の悲鳴が聞こえる.

 もう誰にも止められない.

 魔法使い――プレーヤー達はその様子を,青ざめた顔で見ているしかなかった.

 誰言う事も無く頷いていた.


 幻想世界――魔法共和国が終わったのだと.

 そこにあるのは,自分たちが所属している現実世界で,かつて何度も繰り返されてきた暴力と残虐の歴史に似たものだった.


 一人,また一人とログアウトしていった.

 そのうち何人かは,もう二度と魔法院――あるいは,人工の異世界に帰ってくることはないかもしれなかった.

 クマリとリリス,そしてわずか数名が呆然と立ちすくんでいる.

 シノノメはグリシャムと二人でゆっくり近づいて行った.


「シノノメ……」

 普段は快活なクマリが,泣きそうな顔でシノノメを見た.

 門の奥から悲鳴と絶叫が聞こえる.


「ひどい……こんなの」

 ファンタジーじゃない,といつもの様に言いかけて口を閉ざした.

 正門前の街を破壊し,ガイウス軍の恐怖と怒りに火を注いだのは自分ではないのか.

 ふと隣に立つ親友の顔を見た.

 グリシャムは小さく首を横に振った.


「恐ろしい負の感情の爆発ね.ウェスティニアが内に抱えて来た膿が,一気に噴き出たようなものね」

 リリスは静かに言った.感情の起伏の乏しいリリスだが,それでも悲しそうに見える.


 みんなを平和な気持ちにさせて,仲良くさせるにはどうすればいいだろう.

 何の魔法を使えばいいんだろう.

 冷凍? でも,NPCの人は死んじゃうし.

 シノノメは考えたが,良い考えは浮かばなかった.カカルドゥアの人々はシノノメを神のように崇めている.だが,ウェスティニアで,自分が戦争を止めろといったとして,聞き入れてくれるとは思えなかった.

 何よりひどい罵声と喧騒で,自分の声は届かない.

 それでも…….


「みんな,やめなさい! ひどいことはやめて!」

 門の中に向かって叫んでみたが,誰も聞いている風は無かった.

 聞き覚えのある怒声が響いた.


「何をする,こんな無法が許されるとでも思っているのか?」

「貴様が子供のハラワタをアメリアに密売していたことは,もう誰もが知っているのだぞ」

「馬鹿な,そんなことはあるものか.カカルドゥアの奴隷商人に子供を斡旋したことはあっても,そんな事は知らぬ」

「お前の屋敷から出て来た,アメリアの不思議な入れ物は何だ」

「あ,あれは食料を保存するのに便利だと言われてもらったもので,あれが何だというんだ」

「言い逃れは無用だ.ならば,何故隠れていた」

「追い立てられれば隠れるのは当たり前だろうが!」


 見れば,執政官(オクティヤヌス)が両腕を掴まれ,引きずり出されているところだった.

 兵士たちは地面にオクティヤヌスを突き倒し,剣を首筋に押し当てていた.

 馬に乗ったガイウスが冷たい目でそれを見下ろしている.

 シノノメは思わず走り寄っていた.


「ガイウスさん,将軍さん,ひどいことをやめるように,みんなに言って」


 ガイウスは一瞬の間の後にゆっくりシノノメの方を振り向いた.自分に抗議する声がシノノメの物だと知りつつ,それにどう応えるべきか考えていた――そんな仕草だ.


「これは東の主婦殿.ひどい事とはいかに? ご婦人には見るに堪えぬ光景かもしれませんが,これは戦場の常です.ましてこのオクティヤヌスは人身売買に手を染める極悪人ですぞ」

「濡れ衣だっ.正当な裁判を要求する」

「黙れ.我が故郷の人々は,お前が肩入れするメムに虐殺されたのだぞ」

 兵士の一人は犬人だった.怒鳴りながら槍の石突をオクティヤヌスの脇腹にこじり入れたので,オクティヤヌスはぐぬっとうめいた.

「やめなさい!」

 シノノメが睨むと,兵士はたじろいだ.

「おう,シノノメ殿.破壊の女神のような戦いぶりでしたな.あなたにそのように言われれば我々は黙るしかない.力ある者には屈服せざるを得ない.それが戦場の論理だ」

 ガイウスはそう言いながら,門の外の悲惨な街並みにわずかに目を遣って見せた.

「我々の軍も貴女の戦いの巻き添えを食いましたしね」

 シノノメは胸を突かれて言葉に詰まった.

 暴走してしまったとはいえ,破壊の限りを尽くした自分に,彼らの暴虐を止める権利があるのだろうか.


 ――シノノメ,この世界を導くんだ.


 視野の隅で,金色の鱗粉を持つ何かが囁く.

 自分がこの国を――この世界を統べれば,全ての悲しみの連鎖も,負の感情も無くすことが出来るのだろうか.

 もっと力があれば.でも,それは本当に正しい事なのだろうか.


「でも……こんなのは許せないよ」


 そう思った瞬間,雄々しい羽ばたきと馬のいななきが聞こえて来た.


「静まれ,静まれ」

 炎と煙が立ち上る空に,涼やかな声が響き渡る.

 兵士たちは思わず空を見上げていた.

 天馬と光る甲冑を身に着けた騎手が上空で旋回している.


「ハイ・エルフの名のもとに,矛を収めよ.剣ではなく話し合いで事を収めるのだ」

 天馬は次々と枢軸区の広場に降り立った.

 兵士たちは慌てて首を垂れ,剣を鞘に納め,槍先を地面に伏せた.

 虜囚となっていた貴族とその家族たちは身をすくめながら救い手たちを見上げた.

 羽を畳んだ先頭の天馬からひらりと降り立ったのは,クルマルトだ.甲冑の擦れる音を立てながら小走りに近づくと,シノノメの隣に立った.

 それを見たガイウスは,面白くなさそうに頭を下げた.

 オクティヤヌスは突き付けられていた剣の切っ先を押しのけ,肩凝りをほぐすように首を回した.


「エルフの女王エクレーシアは,戦乱など望まぬ.ガイウス将軍,オクティヤヌスの罪は正当な裁判で裁きたまえ」

「ハイ・エルフの方々にそう言われると,そうせざるを得ませんね」

 ガイウスは鷹揚に頭をボリボリと掻いた.

「流石ハイ・エルフ様だ.公正でいらっしゃる」

「黙れ,オクティヤヌス.貴殿の非道は知れているのだぞ.生命を冒涜する行いは断じて許さぬ.その首を即座に落としても許されぬ罪だ.エクレーシア様と……シノノメ殿がそれを望まぬからこその慈悲だと思うがいい」

 クルマルトはそう言うと,そっとシノノメの肩に手を置いた.

 力に加え,圧倒的な権威.

 シノノメを後見するハイ・エルフの存在を見せつけられ,ガイウスは小さく、だがあえて見せつける様に苦笑した.

「武装解除して連行しましょう.守旧派の貴族院議員には,しばらく十分反省してもらわなきゃならん.……新政府の樹立には,金が掛かりますしな」

 ガイウスはそう言ってひらひらと手を振り,部下に指示を出した.


「なかなかの狸オヤジね」

 ふと見ると,グリシャムとクマリ達もそばにやって来ていた.誰もが安堵の顔をしている.表情に乏しいリリスまでもだ.


「クルマルト殿!」 

 クマリは走り寄ると,シノノメの肩に載せられていた手を握り,ぶんぶんと上下に振りながら礼を言った.

「場を収めて下さり,誠に感謝申し上げる」

「ど,どういたしまして」

 折角シノノメに触れていた手をむしり取られたせいか,クルマルトは少し残念そうに苦笑した.

「クマリらしいけど,鈍感」

 リリスが目を細める.

 枢軸区は次第に静かになっていた.物を壊す音が止み,後ろ手に縛られた人たちが門の外へと連行されていく.

 魔法院の魔法使い達はほっとしながらそれを見守っていた.もう理不尽な暴力をふるう者はいない様だ.

  サミアはとんがり帽子を脱ぎ,埃を払っていた.ガザトジンは石畳に腰を下ろし,細長いパイプを口に当て,一服している.先から紫色のガスがもくもくと立ち上った.


「デウス・エクス・マキナのようね」

「デウス? リリスさん,マギカ・エクスマキナでなくって?」

 小さなつぶやきだったが,シノノメは妙に気にかかった.

「意味は,機械仕掛けの神.古代ギリシャの演劇では,神様を出現させて,話を唐突かつ強引に終わらせる脚本があった.その時の舞台装置――空から現れる,人形の神様――あるいは,そういう物語の事をそう呼ぶ」

「ご都合主義ってこと?」

「そう……感じない?」

「確かに……」

 悲惨な戦場を嫌ったシノノメの意志にまるで呼応するかのような,唐突な展開だ.

 リリスの言う通り,出来すぎた物語のようにも思える.

 そして――その意味からすると,この物語の主人公は自分ということになる.

幻想物語ファンタジーが帰って来た……?」

 ガザトジンの吐く煙は,鳥の形になって空を飛んで行く.牧歌的な光景を見ながら,シノノメはそんな事を想った.

 だが,どうなっているのだろう.

 ソフィアは自分に何をさせたいのだろう.


 バリバリバリ.

 そんな疑問を吹き飛ばすように,突然空に雷光が閃いた.


「雷?」

「今度は何だ?」

「雲はないぞ?」

 突然出現した雷にNPCの兵士たちは慌てた.

 やがて雷球が渦になり,空間にぱっくりと口が開いた.

「これは!」

 うろたえるNPCとは対照的に,魔法院の魔法使い達は,一斉に胸に手を当てて頭を下げた.座って煙草をふかしていたガザトジンも慌てて立ち上がった.

「どうしたの?」

「シノノメさん,クルセイデル様よ.しかも――これは,緊急通話の時の」

 グリシャムがすぐに答えた.そういう彼女も胸に手を当てて会釈している.魔法院の最敬礼なのだ.

 宙に出現した光の窓に,影が映り込んだ.

 影は二人分だ.二人ともとんがり帽子をかぶっている.一人は少し丸みを帯び,ひしゃげた妙な魔法使いの帽子だった.シノノメにもすぐに分かった.ネムとクルセイデルだ.ネムが自分の頼みをクルセイデルに伝え,早速行動してくれたに違いない.


「クマリ! リリス! そして,シノノメ!」

 クルセイデルは凛と響く声で叫んだ.いつも静かな微笑をたたえている顔が,蒼白だった.

 隣に立っているネムも,いつもの寝ぼけまなこだが表情が固い.


「急いでフィーリアを止めて!」

「フィーリアを? フィーリアは謹慎中の筈では?」

 最も仲の良いクマリが眉をひそめた.


「フィーリアの部屋でこれを見つけたの」

 クルセイデルは羊皮紙に書かれた図形を示して見せた.クマリにとっては見覚えのある図形だ.丸に四つの柱が突き立っている.フィーリアに依頼されて錬成された,特殊な合金の容器,その設計図だ.


「それが何か?」

「あの子はこれを使う気だわ.きっと――マギカ・エクスマキナをそれこそ……消滅させてしまう.いいえ,それだけでは済まない.ミラヌスの東半分――さらには,ウェスティニアの中心部は死の世界になってしまう」

 こんなに動揺しているクルセイデルを見ることは滅多にない.いや,初めてといっても良い.だが,どれだけ強力な魔法であるとはいえ,金属容器一つで,メムの移住者全てを消してしまうなど,ましてウェスティニアにそれだけの破壊をもたらすなどとは,到底信じられなかった.


「クルセイデル様?」

「……お言葉ですが,それは」

 クマリとリリスにはクルセイデルの言っていることが理解できなかった.自分の意に反した魔法院の参戦に,混乱しているだけではないのか.

 口ごもる二人に変わって,シノノメは前に進み出た.


「クルセイデル,やっぱりフィーリアさん……レラさんはそうする気だったんだね」

 自分の悪い予感とクルセイデルの戦慄が直結している.確信していた.

 真剣な表情でクルセイデルを見るシノノメを,クマリとリリス――いや,全ての魔法使いが怪訝な表情で見ていた.

 二人は何に対する恐怖を共有しているのだろう.

 クルセイデルは固い表情で頷いた.


「クルセイデル,それは何? フィーリアさんは,何を作ったの?」

 ごくり,とつばを飲み込んでから,クルセイデルは口を開いた.


「熱核兵器.魔法科学による,水素爆弾だわ」

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