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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第5章 迷宮の主婦
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5-1 アイエルの来訪

 日が傾き始め,マンマ・ミーアに射す光も刻々と黄昏時の訪れを告げる柔らかさになっている.


 全ての行事が済んで店に帰って来たシノノメは,ぐったりしながらセキシュウとの会話を反芻していた.


 『しかし,シノノメ.どうする?』

 『ランスロットがレベル95,国王のベルトランも95か,それ以上かもしれない』

 『レベル上げする必要がある』

 『俺が一緒に行くとしても,どう考えてもメンバーが足りない』


 流石にもう‘姫’のドレスは脱いでいる.白のTシャツにジャンパースカートという楽チン服に着替えていた.

 今日は臨時休業なので,店にはシノノメとミーアしか残っていない.三毛美たち従業員は仕事もないということで早々にログアウトしてしまった.


 「遅くても大丈夫の日」なので,行き場のないシノノメはカウンター席でグダグダしている.厨房の奥ではミーアが仕込みを行っているようだ.


 セキシュウの言い分はこうだった.

 

 どう考えても今回の訪問要請は,鉱山の権益を餌にした,罠だ.

 そうすると,こちらもそれなりの武力を整えてノルトバルトを来訪する必要がある.

 しかし,ノルトバルトは軍事大国だ.

 国王と竜騎士ドラグーンはそれぞれレベル95以上.

 さらにその下に竜騎士の地位を目指す騎士団がいる.

 レベル75以上の竜騎士補が複数名.

 レベル92のシノノメの力も凄まじいのだが,それを補う戦力が必要になる.

 しかし,素明羅は職業ジョブの多様性がありすぎるせいか,レベルの突出した戦士が少ない.

 自分が一緒にノルトに行くとしても,シノノメ自身のレベルを95まで上げておかないと危険なのではないか.


 さすがセキシュウである.理路整然,一点の曇りも間違いもない.

 さらに言うと,友人になったユグレヒトという男の濡れ衣を晴らし,公開処刑であるケルベロスの刑を阻止するためには,少しでも早く――処刑の予告日,一週間以内には準備していかなければならない.


 「はあ」

 シノノメは,何回目かになる大きなため息をついた.


 「シノちゃん,あんた,まだ悩んでたのかい? もうやることは決まってるだろ! 素明羅のためにノルトに行くって決めたんだから,やる事やるしかないじゃない!」

 シノノメのため息を聞きつけたミーアが厨房から顔を出した.


 「いやね,やることは分かってるのよ.3日くらいでレベルを上げてノルトランドに行く,と.そのためにやることも」


 さらにセキシュウは言った.


 レベル92のシノノメが,ちまちまモンスターを倒しても今さらレベルは上がらない.

 攻略し残した最後のダンジョンを攻略すべきだ.


 「そのダンジョンがね……」

 「ダンジョンが何?」

 「東南の迷宮,ユルピルパなのよう!」

 シノノメは両手で顔を覆った.

 「ああ……」

 そういうことか.ミーアは納得した.

 

 ユルピルパ.

 ‘蟻の穴‘という意味を持つこの迷宮は,モンスターが何とすべて虫である.

 雑魚キャラはアリ,中ボスはカマキリ,中ボスが生み出すゾロゾロキャラは卵鞘から生み出された子カマキリ,というように.


 「あたしはクリアしたことあるけど,そんなに難しくなかったよ……って,それが問題じゃないんだな,あんたの場合は」

 「ああ,やだやだ,黒くて大きくって髭の長いツヤツヤした奴とか出てきたらどうしよう!?」

 「チャバネゴキブリ? あれは確か第五階層くらいに……」

 「やっぱり出るんだ! もうやだ,ああー,王様にあんな大見得切るんじゃなかった……うーぶるぶる,ぞわっとするよう!」

 シノノメは二の腕に出た鳥肌を必死でこすっていた.

 彼女は大の虫嫌いである.動物は五本以上脚を持ってはいけないというのがシノノメの主張であった.


 「じゃあさ,あんたは後衛に徹して誰かに前衛頼めばいいじゃない」


 シノノメは魔法も剣も使える.自由に前衛と後衛を行き来すれば良いのだ.あと,あまり得意とは言えないが,治癒ヒール役に徹するという方法もある.


 「セキシュウさんも同じこと言ってた……」


 セキシュウ曰く,


 というわけで,ユルピルパを攻略するならば,パーティーを組まねばならない.

 しかし,メンバーが足りない.

 自分が一緒に参加して,近接戦闘の前衛職に徹してもよいが,後衛に長距離攻撃型の人間がいなければ,勝てない.


 「さすがセキシュウさん.分かってるね」

 ミーアは腕組みをして唸った.

 例えば,店を休業にするか誰かに任せて,自分が参加しても良い.

 しかし,自分は僧侶ムンク.これまた近接戦闘型だ.シノノメが全く役に立たない可能性がある今回,どう考えても速効型の長距離攻撃ができる人間が絶対に必要だ.

 弓か,ボウガンか.あるいは銃か.

 あるいはシノノメ並みの速さで魔法が使える人間……これは無理だ.


 「あんた,ほんとに前衛型の知り合いが多いんだねぇ」

 「グリシャムちゃんは魔法使いだけど,呪文詠唱に時間がかかるし,エルフのアルタイルには連絡が取れない……うう,私は友達が少ない子でした」

 シノノメの目はウルウルしていた.悩みすぎて少し痛い子になっているシノノメである.

 だが,実際にシノノメは単独行動が多く盟友と呼べるような友達があまりいないのだ.

 内心,他人とのコミュニケーションに苦手意識を持っている.

 仮想世界の方が気兼ねなく話せる友達がいる,と言うプレーヤーも多い中で,シノノメの様な人間は珍しい.


 「こんにちはー!」

 カラカラと入口の引き戸が音を立てた.

 「はーい,今日は閉店だよ!」

 「すいません,突然お邪魔しまして.私はアイエルといいます.シノノメさんに用事があって来ました」

 少し遠慮がちにダークエルフの少女――アイエルが入ってきた.


 「シノノメさん,あたしのこと覚えていますか?」


 虫の事を考えすぎて抜け殻になっていたシノノメの目の焦点がアイエルに合う.

 褐色の肌に,切れ長の目で,瞳の色は緑.形の良い唇は薄い桃色だ.耳は通常のエルフと同じで長くて尖っている.

 髪はブルネットで,少し癖があるショートカット.

 体つきや全体の印象は,しなやかな黒猫を思わせる.丈の短いワンピース風のミスリル銀の着込み――鎖帷子をつけ,黒いオーバーニーソックス風の皮鎧を履いていた.

 左の肩には弓を背負っていたが,矢を持っていなかった.代わりに腰にやや大きいウェストポーチのような鞄をつけている.


 「えーっと,ごめんね……誰だっけ?」

 毎度の反応にがっかりするかとシノノメは思っていたが,アイエルの反応は違っていた.


 「ははは,噂通りの反応ですね! グリシャムとユグレヒトに聞いたのと同じだ.あの二人と一緒にラージャ・マハールで会いましたけど,忘れてるんですよね!」

 何だか逆にアイエルは嬉しそうだ.


 「あ! 思い出した! えーと,あの時のダークエルフの子だ!」

 「はい,アイエルです」


 シノノメはあわててきちんとメッセンジャーの友達申請を了承した.

 アイエルをテーブル席に案内し,自分もグダグダしていたカウンターから席を移した.


 マグナ・スフィアでダークエルフを選択するプレイヤーは決して多くない.

 魔族の属性とエルフの戦闘能力を持つ優れた種族だが,操作性があまりよくないと言われる.どちらかの種族の属性に偏ってしまうと,逆に真の魔族やエルフほどの強さを発揮できないので,バランス良く両者のスキルを伸ばしていく必要があった.

 アイエル自身は事前にその難しさを知っていたわけではなく,『悪魔とエルフの禁断の恋によって生まれた混血児』という乙女設定に惚れこんで選択しただけであった.


 「レベル65か.結構頑張ってるんだね」

 シノノメはアイエルのステイタスを見て言った.


 「この前シノノメさんの戦いを見て,短剣2本使いからこの弾弓に武器を変えたんです」

 アイエルはその竪琴にも似た武器を撫でた.

 弓には細かい月桂樹の彫刻が施してある.名のある弓職人が作ったものらしい.

 弾弓は,矢ではなく,弾丸を発射する弓である.構造はパチンコ(スリングショット)に近いが,より大型で,殺傷能力の強い物を狩猟につかう部族もいる.

 「これなら,魔法弾や,小型の矢を撃つこともできます.私のキャラクターもシノノメさんみたいに魔法と武術のスキルをバランスよく使えることが必要ですから」


 「あんた,良く研究してるね.えらい!」

 ミーアがお茶と焼き菓子を持ってきて,自分も一緒にテーブルに着いた.

 小さい一口サイズのフィナンシェだった.ほんのりアーモンドの香りが香ばしい.

 「で,用事って何だい?」


 「実は,シノノメさんにお願いがあって来たんですが……あまりにも厚かましいお願いかと……」

 アイエルは肩をすくめる.よほど恐縮しているようだ.

 「お願いって何?」

 「うちの駄目な奴らと一緒に,ダンジョン攻略をしてもらえませんか?」

 「駄目な奴ら? どこのダンジョン??」

 話が見えない.シノノメは首をかしげた.


 「ユルピルパです」

 

 アイエルが口にしたそのダンジョンの名前に,シノノメとミーアは顔を見合わせた.

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