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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第25章 魔法共和国の終焉
205/334

25-16 起こりつつある危機

 シノノメが壊れた門をくぐると,屋敷の庭にはクレーターの様な大きな穴が開いていた.

 砲弾が着弾して爆発した跡だ.

 白い陶器の植木鉢が割れて,散乱していた.

 土がぶちまけられ,可憐な花々が根をさらしてしおれている.内戦が始まる前は,家の主自慢の庭園だったに違いない.

 紫色の裂けた花弁を見ていると,今のウェスティニアのようで心が痛んだ.

 花を踏まないようにそっと避け,シノノメは足を進めた.

 壊れそうになった屋敷を補修するのと流れ弾を避ける目的を兼ねてか,エンタシスの石柱の間に丸い壁が挟まってくっついている.

 壁にくりぬかれた穴――窓をそっと覗くと,大勢の魔法使いが座って休んでいた.

 室内は魔石ランプのオレンジ色の光に温かく照らされていた.

 奥の方で話し声がする.

 見ると,壁際に褐色の魔女服を着た魔女――クマリが腕を組んで唸っていた.

 その前にはテーブル――といっても,壊れた壁を横にしたものらしい――があり,三重の円を描いたようなミラヌス市の地図が置いてあった.

 時折地面がひどく揺れた.

 竜車が放つ大砲か,メムの魔法兵器の弾丸が,近くに着弾したのかもしれなかった.


「クマリ様,やっぱりダメでした」

 屋敷の床には地下に通じる穴が掘られていた.

 そこから頭を出したのは,クマリの愛弟子まなでしガザトジンだ.

「ガス爆発を狙いましたが,南側も‘枢機の壁’はびくともしませんでした.地下から穴を掘っても向こう側には到達できません」

「やはりか……魔法院の歴代の先輩方が魔力を結集して作った物だからな」


「クマリ様,こっちも,もう無理です」

 今度はもう一人の愛弟子,サミアがドームに入って来た.他にも数人の魔法使いを連れているが,みんな肩を落として元気がない.

「北側の壁に階段を作る計画,失敗です.対魔法防御が強力すぎて,傷一つつきません.モタモタしてたら光る矢で狙い撃ちされました.この前銃で撃たれたときのことを思い出して,ぞっとしました」

 サミアは身震いしながら報告した.


「そうなると,やはりリリスの時限爆弾――解除符術の発動を待つしかない.リリス,あとどれくらいかかる?」

「月の光を吸って,壁の魔力そのものを吸収して……そうね,護符に気づかれて,はがされなければ……あと二,三十分かしら……でも,闇の分子が分解できる直径は,せいぜい二メートル.壁の自己修復能力が発動するまでに潜り抜けなければ,意味はない」

「ナイですね.しかも,あの猛攻撃の中を潜り抜けていかなきゃならない」

「銃で撃たれるのはもう嫌よ……」

「ヴァネッサ様か,せめてフィーリア様がいれば……」

 魔法使い達は全員ため息をついた.


「あっ! グリシャムちゃん!」

 親友を見つけたシノノメは,思わず場違いに明るい声で窓の外から呼びかけてしまった.


「シノノメ……?」

「シノノメだ」

 床に座って休んでいた魔法使い達の視線が一斉に集まる.


「シノノメさん,来てたんだ! そんなところにいないで入っておいでよ」

 他の魔法使い達の視線を気にしながらグリシャムが言うと,クマリが指を鳴らした.

 たちまち土壁にアーチ状の滑らかな線が走ったかと思うと,ドアが出来た.

 少し丸みを帯びた扉を開き,シノノメは中に入った.

「シノノメ殿,ログアウトしたんじゃなかったのか? 突然難民キャンプから姿を消したから……」


「ごめんね,クマリさん.ちょっと色々あったんだけど……でも,大事な話を聞いたよ」

 シノノメは森でサバタイオスにさらわれそうになった事,メムがやがて投降するつもりであることを説明した.


「何だって? じゃあ,ああやって戦ってるのはガイウス軍に自分たちを売り込むセールスみたいなものだって言うのか?」

 ガザトジンが憤った.

「自分たちは好きなだけ暴れて,いいタイミングで投降する気なのか」

「ふざけてる!」

「そんな自分たちの都合で,あんな残虐行為をしてるのか!」

「あんたたちの目論見はばれてるんだから,ブリューベルクに帰れって,言ってやりたい」

「私たちのウェスティニアで,こんな勝手,許せない!」

 たちまち部屋の中は魔法使い達の怒りの声で充満した.


「みんな……?」

 戦争が勝手に終わるのなら良いのではないか.

 そう思って知らせに来たシノノメは,事の成り行きに少しびっくりしていた.


「それにしても,よく無事だったね.どうやって逃げてきたの?」

 もしかしてまた黒騎士が現れたのかもしれない.

 彼の正体を知るグリシャムは,戸惑うシノノメに尋ねた.

「うーん,それが分からないの.誰かがエルフのクルマルトさんの所に送ってくれたらしいんだけど」

 シノノメは屈託のない様子で首を傾げた.

「でも,すごくいい夢を見ていた気がする……」

「そう……」

 何が起こったのだろう.だが,現実世界で尋ねても黒騎士――黒江,シノノメの夫は沈黙を守るばかりだ.

 レベル百.

 この仮想世界最強の生物.

 幻想世界では無力な,異形の鬼.

 一体彼は何をどうしたいのだろう.

 シノノメを守りたいというのは分かる.

 彼がやって来るタイミングには,何か一定の法則性があるように思う.

 これは予想だが,基本的にサマエル,あるいはそれに関わる者と対峙している時なのではないだろうか.カカルドゥアで,激闘にもかかわらず,相手が五聖賢の時には現れなかった.

 欲望の塔の最上階で,一体何を見,何を知ったのか.

 願ったこと――それは間違いなく唯が目を覚ますことに違いない.

 だが,仮想世界でそれを願ったとして,現実世界でそれが叶うのだろうか.

 シノノメにとってどうか悪いことが起きなければいいのに――そして,目を覚ますことが出来ればと,祥子グリシャムは無邪気なシノノメの横顔を見ながら思った.


 魔法使い達が口々に怒りの声を上げる様子を,リリスは黙って眺めていた.だが,不意に長い睫毛を上げ,シノノメに鋭い視線を向けて言った.

「なるほど.分かった.不可解な点はたくさんあるが,彼らの意図はそういうことか.要は勝ち馬に乗って勢力を広げたいと…….だがシノノメ,メムを野放しにはできない」


「どうして? もうやめようって言えばいいんじゃない?」

 厳しい口調に圧倒され、シノノメはおずおずと言ったが,その言葉が火を付けたように魔法使い達は一斉に反論してきた.


「いや,無理でしょう.奴らは強さを見せつけるつもりで暴れてるし,それまでにたくさんの犠牲が出る」

魔法院こっちにもやられた奴が出たんだ.復讐心を控えなさいってクルセイデル様は言うけど,黙っちゃいられないよ」

「やられっぱなしは嫌!」

「シノノメさん,一緒にあいつらをやっつけましょうよ」

「いいところを見せる間もなく倒してやれば,あいつらの鼻っ柱が折れて気持ちいい」

「そのくらいしたって罰は当たらないでしょう」

「NPCの人たちもたくさん死んでるんだ.助けてあげる意味もある」

「私たちの気持ちは別として……特に魔法機械を操っている連中には,嗜虐心の様なもの持っている.単に力をひけらかす以上の暗い情念を感じるわ」

 リリスがそう言うと,クマリは頷いた.他の魔法使い達も同じように首を縦に振っている.

「そう.やはり彼らは倒さねば.シノノメ殿,協力して欲しい」


「……そうなのかなぁ」

 もしかしたら,この流れもレラの筋書き通りなのかもしれない.シノノメは思った.

 魔法院に犠牲者が出ている以上,彼らの怒りも理解できた.それに,暴れる魔法機械を放置すれば,仮想世界の住民に多くの被害が出ることも間違いない.

 こういう状況だと,自分がクマリたちに手を貸さざるを得なくなることも,レラは予想していたのではないだろうか.

 シノノメは家の中を見回した.

 疲れた表情の魔法使い達が,期待を込めた目で自分を見ている.

 そして,壊れた調度品が目についた.

 腕のとれたぬいぐるみと木の竜が床に転がり,破れたカーテンが揺れている.

 花を愛したこの邸宅の主には,子供がいたのかもしれない.幻想世界ファンタジーの平和な生活を取り戻す――この戦争を早く終わらせなければならないと思う.


「……そうね,確かにメムが暴れてるのは何とかしないと……」

「シノノメ殿が来てくれれば百人力だ」

 クマリは嬉しそうに言った.

 他の魔法使い達も喜びの声を上げる.

 だが,クマリの言葉に何か引っかかるものをシノノメは感じた.

「……あれ?」

「どうしたの? シノノメさん?」

 グリシャムが様子に気付いて尋ねた.

「どうしてここには……攻撃系,火とか風とかの属性の魔法使いがいないの? メムの魔法機械なんて,ヴァネッサさんならやっつけちゃうんじゃないの? これってお城を攻めるような戦いなのに,クマリさんとリリスさんが来てるなんて……どうして?」

 レラの人選にしては,あまりに不自然に思えた.

「ああ,その事か.ヴァネッサには別に任務があるらしい……詳しくは知らないんだけど,まあ知恵にかけてはレラが一番だから任せてる」

 クマリは特に疑問もなさそうだ.しかし,この人員配置もレラが命じたことに間違いない.

「火の魔法使い……」


 シノノメは思い出した.

 魔法院を飛び出す直前に聞いた,レラの言葉だ.


 ……メムはこの世から無くなる.跡形もなく.

 ……ブリューベルクは殲滅する.


 どうやって?

 火の魔法使い全員でブリューベルクの街を攻撃する?

 たしかに圧倒的な攻撃力を誇るヴァネッサの信奉者は多い.魔法院の三分の一は彼女の部下で,炎の部隊と呼ばれることもある.総攻撃となれば,まさに炎で焼き尽くす灼熱地獄を現出させるだろう.

 だが,無理だ.

 どう考えても跡形もなく消してしまうなどということが出来るわけがない.

 いくらヴァネッサが強くても,それが可能とは思えない.

 ふと閃いた.


「フィーリアさんは……フィーリアさんはどうしてるの?」

「フィーリアの水魔法は確かに強力だけど,謹慎中よ? 第一あの様子じゃ…….今頃,自分の部屋にこもって研究だと思う」

 分かり切ったことを聞くシノノメに,クマリは首を傾げた.

「あれ? 今朝外に出てましたよ.おはようって挨拶したけど,どこか遠くを見ているような目つきでした……」

 サミアが言った.

「そうか? この前,頼まれた研究の機材を作って持って行った時には,挨拶してたんだけど」

「クマリ様,それはどんなものですか?」

「魔法金属で作った合金の――そうだな,とても強度の高い容器だったんだけど.何に使うのかはさっぱりだった」


「研究……」

 何かおかしい.

 何かとても危険なことが進行している.

 頭の奥で何かがそう囁いている.


「それより,もう少しでリリスの解除魔法が発動するはずだ.シノノメ殿,一緒に来てくれ」

「……ちょっとごめんなさい.ほんの少しだけ時間をちょうだい.必ず行くから」

「分かった.よし,再度隊列を組んで行くぞ.今度こそ壁を突破して,中から完全に魔法を解除しよう.メムの奴らに目にもの見せてやれ」

 クマリは立ち上がって檄を飛ばした.

 元気をとり戻した魔法使いが再び隊列を組み,屋敷を出て行く.

 グリシャムは最後尾で,少し心配そうにシノノメを振り返ってから出て行った.

 残ったシノノメは,急いでメッセンジャーを立ち上げた.


「ログインしてたらいいけど……いや,起きてたらいいけど」

 音声通話とメールでシノノメはネムに呼び掛けた.

「ネム! ネム! お願いだから答えて!」

「……はーい?」

 果たしてネムは起きていた.いつもの眠そうな声だが,興奮気味だ.

「ネム,あのね」

「シノノメ! いいところに電話かけて来たネー! あのネ,三毛ちゃんがついに卵からかえったんだヨ.早く見においでよ」

 ネムはいつもシノノメの部屋に入り浸って,空飛び猫の卵を温めている.どうやらそれが孵ったらしい.

 視界の隅に立ち上がった小さなウィンドウの中で,しきりに手を振っている.

「モー,可愛いったらないヨ.早く早く」

「ちょっと待って,それどころじゃないの.えーっと,それは見に行きたいけどね」

「なーにー?」

「クルセイデルに急いで連絡をとって!」

「えー? クルセイデル様? ……誰もできないヨ?」

 ネムは一瞬押し黙った.


「そんなことない.ネムは,ネムだけはクルセイデルに連絡がつけられるんでしょう?」

「どーして分かったの? ……これ,秘密なんだヨ」

 ネムは困った様な,嬉しい様な声で答えた.

「何となく」


 確信していた.

 ほとんど直感だが,いくつかの理由はあった.

 ネムは魔法院の落ちこぼれだが,全く劣等感が無い.

 他の人と違う,特別な何かを持っている.

 それは,クルセイデルに特別に愛されているという自信なのではないか.

 思えば,カカルドゥアでたった一人,クルセイデル直々の命で派遣されてきたのはネムだった.

 それに,仮想世界マグナ・スフィアに再び帰って来たシノノメに,クルセイデルはメッセージを送ってきた.この時もネムのメールに仮託しての物だった.

 編み物師という,人を傷つけることが決してない能力スキルを彼女が愛したのではないだろうか.


「凄いナー.でも,みんなには内緒だヨ」

「うん,分かったから.事は一刻一秒を争うの」

「なーに?」

「クルセイデルに……フィーリアさんに会ってもらって.ていうか,部屋を調べてもらって!」


 魔法院の参戦を決めた,レラの采配をどう思うかは分からない.

 悲しむかもしれない.

 嘆くかもしれない.

 それでもクルセイデルは怒ることなく,自分の愛する教え子たちのしたことを受け入れ,ともに歩もうとするだろう.

 しかし,おそらく.

 何か途轍もなく危険で,取り返しのつかないことが始まろうとしている.


「フィーリア様の? うーん.分かったヨ」

「急いで! お願いね!」


 手を振るネムのウィンドウが真っ暗になり,ぷつんと消えた.


「急いで……ネム,クルセイデル」

 だが,今の自分はこの場で出来ることに集中するしかない.

 少しでも犠牲者が少なく.

 少しでも町を破壊せず.

 早くこの戦争を止めるのだ.

 シノノメは小走りにクマリたちの後を追った.

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