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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第25章 魔法共和国の終焉
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25-11 黒い守護者

「長かった.ようやくこの時が来たか」

 サバトの顔には歓喜の笑みが浮かんでいた.

「エローアイオスが功ならず,ヤルダバオート,アドナイオスが失敗し――ヤオーは同一化して……ついに」

 五人のサバトが列を作るように並ぶと,ゆっくりと溶け合うように一体化して一人になった.

 目の前には高さ二メートルほどにもなった蠢く銀色の籠――蛇の様な鱗のある触手が絡み合ってできたものだ――がある.この中には意識を失ったシノノメが捉えられているのだ.

「夢の中で夢を見続けた君が――ついに,夢の中に生きる存在になる――いや,世界を夢見る神か――」

 サバトは籠の表面を撫でた.触手がそれに反応するようにブルブルと震える.その蠢動はどこか艶めかしく,快美感に震えるように見えた.

 だが,頬を染めて喜びに浸るサバトの頭は突然何者かに掴まれた.

「何だ!?」

 銀髪の頭に食い込んでいたのは,機械の関節ジョイントを持つ五本の指だった.

「ぐわっ,痛い,放せ!」

 指がギリギリときしみを上げ,万力の様に頭を締め上げる.

 サバトは何とか手の主を振り返って見ようとした.だが,そんな抵抗を全く無視するように,鋼鉄の腕の持ち主はそのままサバトを宙に吊り上げた.

 手に抱えていた竪琴が地面に落ち,玄が虚しい音を立てた.

「き,貴様っ! 放せ! この目が見えなくても,この,言霊が効かないのかっ! 放せ! サバタイオスの名において命じる! 命じているんだぞ!」

 二メートル以上の高さに吊り上げられたサバトは必死にもがいた.そして,引きずり上げられる動きが止まったと思った瞬間,次に強烈な横への重力を感じた.

「うわあああっ!」

 サバトは銀の籠に頭を叩きつけられた.彼の頭部の右半分は削り飛ばされ,銀色のピクセルになって消し飛んだ.だが,鋼鉄の腕からは解放された.地面を二転三転し,体を再生させながら赤い瞳で敵を睨んだ.

「お前……アメリアの機械人間か」

 対峙する敵も,赤い瞳を持っていた.黒い甲冑を思わせるごつごつした機械の頭部に刻まれたスリットから,赤く光る単眼が覗いている.光があまりにも強いせいで,ほとんど白に近い赤だ.

 身長は約二メートル.ユーラネシア大陸の生物で最も近いのは,黒い甲冑をまとって完全武装したオークかもしれない.


「ブオオオオオオオォン」

 黒い機械人間は一瞬威嚇するように吼えた.

だが,次に躊躇なく――それが間違いなく彼の目的なのだ――銀色の籠に手をかけた.家庭用のホースほどの太さがある銀の触手を掴むと,ほとんど無造作に引きちぎった.

 銀の触手には自己増殖能と防御能がある.赤い単眼を持つ膨らんだ頭で鎌首をもたげ,黒い機械人間に絡みついた.機械の体に牙を立てるような動きをするのだが,葦束をちぎるように機械人間は引きむしり,壊し,踏みにじる.


銀蛇ウロボロスが侵食できないなんて? こいつの身体……全身が不撓鉱マグナタイトなのか」

 呆気にとられるサバトの足元に,ボール大にグシャグシャに丸められた触手の塊が落ちて来た.

 銀の籠は食い千切られたように壊されているが,ぞろぞろと地面から触手は生え,また籠の形をとろうとする.

 サバトはよろめきながら体を起こした.不可解だった.なぜこの機械人間の攻撃――というよりも,本当に無造作に殴られたようなものだが――こんなに体にダメージを残すのだろう.

「そんなことをしても,無駄だ.俺たちの末端なんていくら壊しても」

 だが,サバトの言葉などまるで耳を貸していない.機械人間は身体に無数の触手をまとわりつかせながら,籠の中に潜り込んでしまった.

「シノノメを助ける気か……ちっ!」

 サバトが目を細めると,それに呼応するように触手の先端――蛇の頭が一斉に口を開けた.口から銀色の粒子を吐いたかと思うと,単眼から赤い光を放った.

「ウロボロス,装甲の隙間を狙え!」


 細い熱線が機械人間の黒い装甲を焼いた.無数の白煙が上がったが,機械人間は全く無関心のように動きを止めない.両腕の中に目的のもの――シノノメの身体を収めると,今度は急激に身震いするように体をよじらせた.

 触手がブチブチと千切れ,赤色レーザーの光が乱れ飛んだ.


「おのれ!」

 憤るサバトとは対照的に,機械人間は静かにシノノメの顔を見ていた.瞬時,目の輝きが赤から青に変わる.意識を失ったシノノメが大きく肩で息をするのを見て,どこか安堵しているようでもあった.

「貴様,シノノメを返せ」

「ブビュン?」

 口にあたる部分のスリットが小さく開き,電子音を立てる.そして,いぶかしむように少しだけ首を傾げた.

 たちまち目の光が真っ赤に戻った.

 大事そうにシノノメを抱えると,自分の身体を確認するように単眼のカメラ・アイが左右に動いた.それとともに,黒い装甲のそこかしこにオレンジ色の光が灯り始めた.

 装甲が隙間を作り,その継ぎ目部分が光っているのだ.隈取りの様に黒い体に橙色の線が走った.

 フィイイイン……という低い電子音が森の中に響いた.

 呼吸をするように大気――いや,触手が吐き出した銀色の瘴気を吸うと,再び装甲は継ぎ目を閉じ,また体は完全な黒に戻った.


「し,しまった……」

 サバトは眉にしわを寄せたが,目を見開いて叫んだ.

「だが,付け焼刃の力など!」


 鎌首をもたげた幾百の触手が,一斉に機械人間に向かって赤い光を放とうとした瞬間,黒い機械人間――黒騎士の身体が爆発した.

 いや,爆発したように感じた.

 武骨な手足の突起についていた蓋が開き,そこから全方向に一斉に粒子ビームを放ったのだ.

 黒騎士を中心に球を作るように樹木が焼けただれ,地面はえぐれてくぼみを作った.

 傍にあった巨大な岩塊は粉々に粉砕され,砂塵と化した.

 大気を震わせる爆発的な力の放出だったが,その範囲は決して広くなかった.

 十メートル程度だろうか.森を球状に切り取り,光は止んだ.

 シノノメを捕えようとしていた銀の触手は地面ごと削れ,跡形もなかった.

 人間ですればため息をつくように――黒騎士が上体を少し動かすと,両の手足で展開していた兵器庫ウェポン・ベイがバクンバクンと音を立てて閉じた.


「ブウン……」 

 すでに黒騎士の目は静かな水色だ.腕の中に大事そうに抱えられたシノノメは,まだ意識を取り戻していなかった.

 サバトは咄嗟に身を伏せて逃げようとしたらしい.左の半身を吹き飛ばされながらも,地面で呻いていた.その断面はやはり銀色のピクセルで,すでに再生が始まっている.ただ,自分では動くことが出来ないのは明らかだった.


「何だ? なんでこんな奴がこんなところにいるんだ? こいつ……記録ログが無いじゃないか……ソフィアが消しているのか? 畜生……再生限界か……アスタ! アスタ!」

 サバトが苦しそうにアスタファイオスの名を叫ぶと,高熱で融解し黒いガラス質に変わってしまった地面の一部がせり上がった.

 地面を割って頭を出したのは,一抱えほどもある銀色の卵の様なものだった.卵というより,花のつぼみと言った方が良いかもしれない.四つの花弁の様に先端が開き,中からサバタイオスと同じ顔をした相棒――アスタが現れた.

 学生服の上に丈の短いローブを羽織った,マギカ・エクスマキナの制服を着ている.

容姿は厳密には全く同じではない.アスタファイオスの方が静かな物腰で,銀髪はわずかな青みを帯びていた.

 アスタが踏んだ地面がキシキシと音を立て,小さく砕けた.革靴で踏み出すと,薄氷を踏み割ったような音がする.


「サバト.僕は向こうの用事で忙しいのに,何をしてるんだい.移住者たちに見せ場を適当に作ってやって,政府軍から手を引くタイミングを計ってるんだ.どうせ君はまたふざけてたんだろ」

アスタは体の一部を失ってもがく双子を見下ろした.

「ふざけてる……もんか」

「……なるほど」

 サバトが震える手で指さす先には,シノノメを抱える黒騎士がいた.アスタの表情が途端に険しくなった

「ソフィアの伏兵か.どうやって今まで隠れてきたのかな」

 アスタは値踏みするように黒騎士とシノノメ,そして焼け焦げた森を見た.

「だが,確かに分が悪い.サバト,忘れたのかい? 僕たちは末端なんだよ.ようやく歪なこの惑星マグナ・スフィアの在り方を補正する目途が着いたばかりなのに」

「シ,シノノメを手に入れるところだったんだ」

 下半身の再生が終了したサバタイオスは,ふらつきながら体を起こした.アスタが手を貸し,何とか立ち上がる.まだ左腕が再生されていないのでバランスがとりにくいらしく,よろめいた.

「……欲が出たのか.確かに」

 アスタの目の奥に不穏な光が宿った.

 黒騎士はシノノメを守るように,わずかに体をよじった.

「僕の銀蛇ウロボロスを使うかな」

 アスタが乗って来たカプセルが,ズルズルと伸びあがった.卵の様に見えていた部分はほんの先端で,管状の長い胴体が地中に続いていたのだ.細かい縞状のひだが入ったその姿は,大蛇か巨大なミミズが体を伸ばした様に見えた.

「そこの機械人間,どうしてシノノメを守るんだい? 僕たちはアメリアの言葉も――まあ,要は仕様設計の問題なんだけど――分かるよ」 

 だが,黒騎士は何も答えなかった.

「シノノメをこちらに渡してよ.別に,僕たちは彼女に危害を加えようとしているんではない.そうだな,言ってみれば,彼女にもっと相応しい姿があると思ってるんだ.AIをしのぐ演算能力と,稀有な想像力――一介のプレーヤーでいるには勿体なさすぎる.この出会いは運命なんだ.だから,僕たちが思う理想の姿になってもらいたいだけ」

 友人に話しかけるような甘く親しげな声色だった.明らかに彼の能力――言霊であり,扇動アジテーションの魔力を込めた言葉だ.

「取引しようじゃないか.アメリアのプレーヤーなら,何か欲しいものがあるんだろう?」

 からめとる様な声を避けるように,黒騎士はじりじりと後ずさりした.

「逃げるのかい? 僕たちともう一度戦う気? それはあまり得策ではないよ」

アスタはぐるりと指で円を描き,球状に消失した森の茂みを指さした.

「さっきはどうやら蛇たちが放った‘生命子ゾーエー’を利用したんだね.でも,またはない.マグナタイトの装甲にはびっくりするけど,君はこのユーラネシアでは,ただの丈夫なブリキ人形さ」

 黒騎士はそれでも何も答えず,膝を軽く曲げた.走り出そうとしているらしい.

「おいて行かないなら,力づくで奪ってやる」

 アスタの頭上高くに銀色の蚯蚓サンドワームが鎌首をもたげた.禍禍しいその先端は四つに割れ,ぽっかりと黒い口腔を見せていた.

 黒騎士はシノノメを守るように体をすぼめた.今にも走り出そうとしている.

「無駄だ.ウェスティニアにいる限り逃げられないぞ」

 アスタは端正な顔を不気味に歪めて嗤った.


「おやめなさい」

 森の中に凛とした声が響いた.

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