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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第25章 魔法共和国の終焉
199/334

25-10 扇動者

「あなた,何でこんな所にいるの?」

 シノノメは咄嗟に半身はんみをとって構えた.同時に両手に掃除モップが現れる.

 シノノメの剣幕に驚いた難民たちが左右に分かれた.

「おやおや,見習い魔女さん.どうしたのかな」

 サバタイオス――サバトは笑いながらシノノメの詰問をさらりと受け流した.

 両手には竪琴を持っている.

「僕が危険なものを持っているとでも?」

 そう言って弦をポロンとつま弾いた.

「音楽が何かいけないのかい? 君の持っている掃除道具よりは危険じゃないと思うけどね.そこの奥さん方も,モップで旦那さんをひっぱたいたことがあるんじゃないですか?」

サバトが大げさに肩をすくめたので,周りにいた難民たちは大笑いした.

 だが,シノノメは油断なくモップを構えていた.もちろんただのモップではない.ノルトランドの四天王,大槍たいそうのパーシヴァルを倒した武器なのだ.先端についたパイルには魔法の吸着剤がついており,ホコリ――もとい,敵をしっかりとらえて離さない.

 サバトはゆったりしたマントを羽織っているが,楽器を演奏するために肩にかけて後ろに流していた.街から街へと訪ね歩く,旅の吟遊詩人の服装である.

腰回りに細いベルトがあったが小さな鞄がついているだけで,武器になりそうなものは何一つ持っていなかった.

「全く,好戦的な魔女さんだ.ほら,竪琴を演奏していれば何もできないよ.もっとも皆さん,私に尻尾があれば別ですが」

 音楽に合わせて軽くステップを踏みながら腰を軽く振って見せ,サバトは振り返って歩き始めた.滑稽な様子に再び笑いが起こる.

「さあさ,魔法院の魔法使い様たちはお忙しくていらっしゃる.家を建て,井戸を掘り,かまどを作る.モップを構えるのも大変だ.これにて私の舞台はお終い.どうも失礼,お邪魔しました.皆様もお家の用事に戻りますよう」

 サバトは竪琴を一段と大きくかき鳴らし,一礼した.

 集まっていた人々はそれで夢から覚めたように,一斉に拍手した.

見れば足元に羽根のついた帽子がさかさまに置いてある.

「心ばかりのお礼が頂ければ幸い.ですがミラヌス市民の方々は,この戦争の被害者でいらっしゃる.お代はまたの機会でも結構ですよ」

 とは言ったものの,少なくない数の市民が小銭を帽子に入れて去って行った.

「ありがとう」

「情報が聞けて良かった」

「ガイウス将軍のことがよく分かった」

 パラパラと人はいなくなり,井戸の傍にはサバトとシノノメだけが残された.

 それでもシノノメはモップの先をサバトに向けていた.

だが,サバトはそんなシノノメを無視するようにふらりと歩き始めた.


「待ちなさい! どういうつもり?」

 後を追いかける.

 サバトは散歩するような足取りで難民キャンプを抜けると,ミラヌス郊外に繁る森の方に向かっていく.

「どういう? みんな娯楽と情報に飢えているってことだろう.殺伐とした内戦が始まったんだ」

 のんびりとした声だ.

「何が目的? 何でメムのあなたがここにいるの?」

「何でって,僕はこういう役回りだからさ.おい,物騒だな.そのモップ,ノルトランドで騎士を倒した武器だろ? 見ての通り,武器なんて何一つ持っていないんだよ」

 サバトは軽く振り返ると,茶化すように言った.

 すでに森のはずれだ.

街道を外れてこんなとことに向かっているのも,怪しいとしか思えなかった.森の中に伏兵がいるのかもしれない.シノノメはモップを握りしめた.


「あなたみたいなお調子者は信用できない」

「かといって,アスタみたいな糞真面目は僕にはできないよ」

「役回りって,どういう事? 答えなさい!」

「なに,こうやって音楽を奏でながら,みんなにニュースを知らせてあげるんだ.今のウェスティニアの置かれている情勢とか,ガイウス将軍の反乱の意義とかね.難しい政治状況も,分かりやすく教えてあげる」

「メムのことも宣伝するんでしょう?」

「そりゃ,少しはね.基本的に我々マギカ・エクスマキナはあまり今回の戦争には乗り気じゃないんだ.正規軍に編入されちゃったから,仕方なく参加はしてるけどさ」

「乗り気でない……?」

 様子が変だ.

 ガイウスの反乱は,メムの力添えによってうまく進んでいないと,レラはそう言っていなかったか.

「あなた達が邪魔してるから,ガイウスさんたちは苦戦してるって聞いたのに」

「そうでもないよ.今は一進一退のいい勝負さ.魔法具はガイウス将軍の軍にもちゃんと売ってあげてるよ.正規の値段だし,君のカカルドゥアの友人みたいに暴利をむさぼったりしてはいない」

「ニャハールの事を知ってるの?」

 考えてみれば,サバタイオスはこの世界の造物主を騙る‘サマエル’の一部なのだ.把握していても不思議ではない.

「まあね.オクティヤヌスは少なくとも知ってるんじゃないかな.彼はカカルドゥアと交易してたから」

「つまり,武器商人をして,お金を稼いでるってことね?」

 いずれにしろ,戦争を激化させる原因だ.シノノメはサバトの顔を睨んだ.

 だが,すぐに目を逸らした.

 サバトの瞳だ.

 彼の目を見ていると,何だか変な気分になる.目の奥に飲み込まれてしまい,考えが鈍ってしまいそうな不思議な感じだ.


「うーん,説明が難しいね.人聞きが悪いなあ.メムだって,馬鹿じゃないんだよ.このまま負ける政府軍についていたって良い事なんかない.そちらは風のレラがもう気付いているんだろう? ガイウスこそは,このウェスティニアの改革者カエサルだって」

「あなた,この世界の登場人物なのに……」

「ははは,僕たちデミウルゴスは,あまねく現実世界に存在しているんだよ」

「サマエル……」

「ふふん,戦記物が好きな冒険者プレーヤーが,ガイウス軍に続々参戦している.メムも頃合いを見てそうするよ.みんな勝ち馬に乗りたいんだ.魔法院だって,参戦したくってうずうずしてるんじゃないの?」

 シノノメの脳裏に一瞬レラの怜悧な顔が浮かんだ.だが,顔を振ってすぐにかき消した.クルセイデルの望みはそうではないはずだ.

「魔法院は――クルセイデルはそんなこと望んでない!」

「おや,君はクルセイデルの味方かい? 随分仲良くなったんだね」

 サバトは目を細め,シノノメに紅い視線を浴びせた.

 

 敵から目を離すのは致命的だ.だが,直視するのも危険すぎる.セキシュウに習った八方目はっぽうもくを心がけてみることにした.武術的に相手をぼんやりととらえる見方の事だが,そのぼんやりとした視界を切り裂くようにサバトの目はシノノメを追っている.

 ……ぐらぐらする.

 それはまるで,ヤルダバオートの不思議な技――銀色の騎士達を介してではあったが――強制的にログアウトさせられる技をかけられた時の感覚に似ていた.

 シノノメは左の薬指に嵌った指輪を握りしめ,呼吸を整えた.


「クルセイデルは……私が目を覚ませるように……協力してくれるって……」 

「クルセイデルはレベル99.この世界の頂点に最も近いプレーヤー.本当にそうなのかな? そうだとしたら,君に先を越されたくないからそう言っているんじゃないの?」

 

 サバトの言葉を聞くと,耳鳴りがした.足元が危うくなり,世界が歪んで見える.

 いつの間にかサバトの指は竪琴の舷をそっとつま弾き始めた.

 音楽とも言えないゆっくりとした調子で,美しい音色が耳に届く.

「クルセイデルは,そんな人じゃない」

「そうかな? あちらの世界での命が尽きた後,こっちで永遠に生きる選択肢があるじゃないか.カカルドゥアの五聖賢の様に――いや,彼女ならもっと賢くこの世界を治められるだろうに」


「……違う.そんなことを望む人じゃない」

 魔法院の墓標を見つめながら哀しそうな表情を浮かべていたクルセイデルが,仮想世界で生きながらえることを望むとは思えない.

 頭がキリキリと痛くなる.まるで,無理やり記憶を取り戻そうと考えこんだ時の様だ.


「シンハの事を覚えているかい? 彼は全知全能を手に入れようとしていた.君ならどうだい? ウェスティニアの戦争を止め,幻想世界ファンタジーを守り,現実世界から零れ落ちた落伍者――メムの移住者すらも平和的にこの世界で受け入れてあげる――君ならできるんじゃないか?」

「……私,なら?」

「マグナ・スフィアは今や君なしでは存在しえない.プレーヤー誰もが憧れ,ライバル心を燃やし,NPC全てが君のことを仰ぎ見ている」


「そんなことは……」

 シノノメはカカルドゥアでハメッドに言われたことを思い出した.

 マグナ・スフィアはシノノメという主人公を得たことで大きく変化し始めた――シノノメにはこの世界を変革する力があるのだと.


「君がベルトランの様に,王になればいいじゃないか.カカルドゥアの大公だってきっと喜んで君の臣下に加わるだろう.人間の女王,あるいは女神.エクレーシア――ソフィアの祝福を受けた唯一無二の神聖皇帝.君ならなれる」


「違う……」

 サバトの後ろの森がぐにゃぐにゃに曲がり,色がにじんで見える.

これ以上この声に耳を貸してはいけない.だが,水のように脳髄に浸透していく.

 駄目だ.

 シノノメは首を振りながらサバトを見据えた.

 サバトは変わらず微笑を浮かべている.

 イライラさせる言葉も,全て計算なのかもしれない.油断できなかった.

 ……そうか.


「……これがサマエルの欠片アルコーンの力なのね」

 言葉と赤い目の力で,相手の考えを支配する.これこそがサバトとアスタ,つまりサバタイオスとアスタファイオスの特殊能力に違いない.

 ヤルダバオートは筋書を変え,ヤオーことナーガルージュナは逃げ道を作る.そして,アドナイオスは予見の力があった.

「オルレワンで暴れてた犬人が言ってた……赤い目を思い出せって.あの人たちを焚きつけて,考えを吹き込んで暴動を起こさせたのは,この力……!」

 シノノメはフラフラしながら,体を一気に起こした.

 歩くのがやっとだ.しかしモップを振り上げ,倒木法の体さばきを使ってサバトに叩きこんだ.

「ぎゃっ!」

 倒れ込むようにしながら全身の力をこめ,フサフサした毛先を額に打ち込んだ.

 サバトは驚いた顔のままで一瞬銀色に変わり,次の瞬間粉々のピクセルになって砕け散った.


「や,やった……」

 意外に呆気ない.シノノメはモップで体を支え,かろうじて体のバランスを保った.まだ体がフラフラする.

「クマリさんたちの所に帰らなくっちゃ……メムは政府を裏切る気だって教えなくっちゃ……」

 帰ろうとしたその時,森の中からガサガサと音がした.

 いけない……味方がいたんだ!

 茂みをかき分ける音は一つではない.

 体の調子が戻っていない.シノノメの額に汗が浮かんだ.

 だが,よほどの敵でなければ後れを取るとは思えない.

 膝に力をこめ,動く茂みを見据えた.

「えっ……」

 だが,姿を現した敵に一瞬ひるんだ.


「いやあ,さすが東の主婦.強いなあ」

 そう言って現れたのは先ほどと寸分たがわぬ姿――吟遊詩人の服装に身を包んだ,サバトだった.照れたように頭を掻いている.

「復元能力……?」

 攻撃の気配はない.すぐに隣の雑木の影にモップの先を向けた.

「違うよ.それにしても,吹き込んだとか,焚きつけたとかはないよな」

 枝を揺らして現れたのは,またしてもサバトだ.

 赤い目,紫色を帯びた銀髪も全く同じだ.

「どうなってるの……?」

 言葉を継ぐ間もなく,森の奥からまた一人姿を現したのは,やはりサバトだった..

「言霊とまで言わなくっても,そうだな,せめて扇動したくらい言って欲しい」

 全く同じ声の抑揚,言い回しだ.

「双子……違う」

 直感的に分かる.兄弟や姉妹――いわゆる別人格ではない.まるでコピーしたように同じ人間が複数いるのだ.

「クローン人間……? でも,そんなのがこの世界にいるなんて」

 戸惑うシノノメを無視するように,サバトたちは涼し気な微笑を浮かべている.

「世論を操り,群衆を動かす」

 また一人現れた.

「そうだ,僕たちは扇動者アジテーターだ」

 そうして,森の中には,五人のサバトが立っていた.

 全員が同じ顔,同じ姿だ.

「あなた達……」

「はははは」

 うろたえるシノノメを見て,同じ笑顔で哄笑した.

「くっ……! グリルオン!」

 青い炎が立ち昇る.

 一番近くにいたサバトがあっという間に焼き尽くされ,銀色のピクセルになって瞬時に砕け散った.

「ふふ,無駄だよ」

 だが,当然のようにまた一人のサバトが木陰から現れる.

「一人ずつ倒せば……ノンフライヤー!」

 二人目のサバトが粉々になった.

 だが,岩陰からゆらりと飛び出して来たのは,涼しい顔で笑う新たなサバトだ.

 モップで叩き潰せばいいのか.魔法で全部吹き飛ばしてしまうか.

 だが,攻撃したときの妙に簡単な手ごたえが,それではこの敵を倒せないことを告げていた.

「きりがない……?」

 一人を倒しても,また次が現れる.

 ……どうやったらやっつけられるの.

 めまいはまだ治らない.

 脚に力が入りにくいし,頭の奥がキリキリと痛む.

「東の主婦――いや,シノノメ.我々とともに行こう」

 五つの同じ声が折り重なり,頭の中で反響する.

 十個の赤い瞳が自分を見ている.

 頭痛がする.

 緑の森が,青い空がぐるぐると回り始めた.

 シノノメはがっくりと片膝をついた.

 とても立っていられなくなったのだ.

「あなた達となんて,誰が……」

「……生体脳と人工物の偉大なる結合.真なる神と神に作られた人間の作った物の,聖なる結婚.我々が望んでも決して得ることのできない,偉大なる創造の能力.偽物の創造主――デーミーウルゴスの嫉妬,羨望……現実世界の肉体を捨て,我々とともにあれ」

「肉体を……捨て?」

 何の事だろう.聖堂や寺院で聞く,意味の分からない祈りの文句の様に心を揺さぶる.

「現実世界を捨てよ,シノノメ」

 軽佻浮薄なはずのサバトの言葉が,いつの間にか司祭のように厳かなものに変わっていた.何故か聞き覚えのある声にも感じる.


「いやだ……絶対に……帰る」

 

 ふと思った.もしかして……気を失えばまた……あの病院のベッドの上で目を覚ませるのだろうか.

「我々の下へ来たれ.そして,私はアイオーンに……」

 

 違う.サバタイオス――サマエルは別の場所にいざなおうとしている.直感でそう思った.


 シノノメを取り囲むように地面がボコボコと動き始めた.まるで地面が沸騰――沸き立つ様だ.

 ぼんやりとした頭でそれを睨む.もうモップにすがることもできない.かろうじて地面に手を突き,体を起こしている.

 沸き立った地面から,銀色の蛇の様な触手が無数に生えてきた.鱗を思わせる多重関節で繋がれた触手の先端には,赤い一つ目の様な光る紅玉が嵌っている.触手は見る見る間に伸びあがり,シノノメを囲み始めた.

「く……黒猫丸!」

 マグナタイトの黒包丁で切り裂くが,後から後から触手は地面から伸びあがる.やがて銀色の蛇は絡み合い,組み合わさってシノノメを包むかごを形作り始めた.

 ところどころが赤く光る不気味な籠目かごめの向こうに,笑うサバタイオスの紅玉の様な目が見える.


「我々とともに行こう.シノノメ.ようやく我々のものに……」

 

 行く……一体,どこへ?

 そう考えた瞬間,視界が真っ暗になった.


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