表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第25章 魔法共和国の終焉
197/334

25-8 風使いの爪

「ユリウス・カエサルが歴史の表舞台に飛び出したその時と,現在のウェスティニアは,状況的にも似ています.共和国内で貧富の差が大きくなったことや,腐敗政治.共和制ローマは領土の拡大に伴い,周辺国から安い物資が流れ込んで経済格差が進んだのです」

 ガイウスこそは共和制ウェスティニアの終焉をもたらす人物である.レラは自説の根拠を説明していた.


「変え猿……? 見ざる,言わざる,聞かざる」

 歴史に弱いシノノメは眉間にしわを寄せ,眼と耳と口を順番に押さえた.


「?……シノノメ殿はこの事実を無視するのですか? では,ガイウス将軍が北方方面軍でトロルの集団を倒したエピソードはどうです? ――これは,カエサルのガリア戦記,ゲルマン族制圧にあたる功績なのでしょう」

 シノノメは自分の言葉に納得していない――そう勘違いしたレラは,さらに言葉を継いだ.


「神社にいる……おうちに帰る守り神の蛙さん?」

 シノノメの頭の中では緑色の蛙が一匹跳びはねていた.


「帰る? ローマ凱旋のことですか? 確かにローマ市民はカエサルを熱狂的に称えたと言いますが」

 今度はレラが首をかしげた.


「ジュリアス・シーザーよ.シノノメさん.ブルータス,お前もか! の人」

 シノノメはカエサルのことが全く分かっていない.それに気づいたグリシャムは慌てて耳打ちした.


「ああ! シーザー・サラダが好きな,昔のローマの王様でしょ.えーっと,ぶる歌すって何だっけ?」


「確かにそういう俗説があるが,違う.シーザーズ・サラダの由来はアメリカのレストラン名,あるいはそのオーナーだ.シーザーあるいはカエサルは帝政ローマの基礎を築いた人物.それまで共和制だったローマを打倒して,皇帝――独裁官が治めるシステムに変えた.自分自身は帝政に反対する若者,ブルータスの凶刃に倒れて皇帝にはなれなかった」

 リリスが静かな声で説明した.こんなにたくさん喋ることは珍しいので,ヴァネッサが面白がった.

「なんだ,サラダを発明したのかと思ったら違ったんだ」

「ひゃはははは,シノノメって面白い」

 ようやく事の次第を察したレラは呆気にとられている.その顔を見て,ヴァネッサはついに吹き出した.

「ごめんね,私歴史に弱いから.エジプトが攻められたとき,クレオパトラが裸で絨毯にくるまれて誘惑した人でしょ.あそこは物語的で好きなエピソードだな」

「そ……その人物に相違ありません」

 赤くなったシノノメに,レラはコホンと咳払いをした.


「でも皇帝っていいの? ベルトランはろくでもなかったよ」

「独裁制には多くの問題があります.ですが,素晴らしい君主――例えば優しい王様が治めれば,よりよい社会が生まれることも確かです.カエサルは優れた統治者として,貧富の差をなくす努力をしましたし」

 レラはため息を一つついた.やっと会話がかみ合って安心したのだ.


「そうなんだ……じゃあ,あのおじさんの人が勝つんだ.でも,国が良くなるんだったらいいのかな」

 シノノメの印象では,あまり強そうに見えない中年男だった.彼がウェスティニア最強の軍団を率いているようには見えなかった.

「ガイウスは部下の信頼も厚いし,自分の統治領では民衆の評判も良い.確かに,あいつがこの世界のシーザーなのかもね」

 ヴァネッサが頷く.

「確定ではありませんが,その様に進行してウェスティニアの改革が起こるはずです.ところが,今朝からの戦況報告を聞く限り,ガイウス軍は圧倒的な苦戦を強いられています」

「そんな事はナイはず……それがつまり,メムのせいってことなんですね」

 グリシャムが膝を打った.

「マギカ・エクスマキナという異物――あり得ない要素が,この世界の歴史の進行に悪影響を及ぼしているのかもしれない」

「じゃあ,あのおじさんの将軍に味方するの? でも,さっきは中立って言ったでしょ?」

「今の政府のジジイ達の味方なんて,あたしはヤダね.まして,メムの奴らがその味方をしてるなら,なおさらだ.政府ごと燃やしてしまえばいい」

 ヴァネッサはそう言うと,赤いネイル――魔方陣が書き込んであるらしいのだが――のついた指先を上に掲げた.一瞬で人差し指の先から小さな炎が吹きあがったので,羽根妖精ピスキーたちが震えあがって逃げていった.レラが顔をしかめる.


「クルセイデル様の様に……陰に隠れて支援する?」

 リリスがつぶやくように尋ねた.

「今回ばかりは無理だろ.ウェスティニア国内だし,奴らの武力から考えて,やるなら徹底抗戦さ.みんなまとめて燃やす」

 燃やすという言葉を発するたびに,ヴァネッサの目がギラリと輝いた.


「……ヴァネッサはああ言っていますが,シノノメさんはどう思いますか?」

 レラは目だけを動かし,シノノメを見つめた.

「え……なんで私に訊くの?」

「シノノメさんなら,クルセイデル様のお心をよくご存知かと」

 シノノメは戸惑った.

 レラの表情があまりに複雑だったからだ.基本的に彼女はそよ風の様にいつも穏やかで,激しい感情を表に現わさない.

 目は真剣なのだが,どことなく苛立っている様でもあり,悲しんでいるようでもあり,その全部が混じり合っている様な気がした.


「……みんなが仲良くして,戦争なんてなくって国が良くなるようにしたいけど……あくまで魔法院は中立が正しいんじゃないのかな.さっきのメッセージを見たとき,さすがレラさんはクルセイデルの気持ちがよく分かってるな,って思った.」

「ふん,みんな仲良くなんて無理だよ.今のウェスティニア政府がどれだけ腐ってるか,シノノメには分からないね.クルセイデル様がメムのことに心を痛めているなら,心が安らかになるように叩き潰せばいいんだよ」

 ヴァネッサは鼻で笑った.

 尊敬する先輩ではあるが,シノノメの友人としてグリシャムは癇に障った.


「失礼ですが,ヴァネッサ様,そうは言ってもメムとまともに戦う事は簡単ではありません.私はメムの街を実際に見ましたし,彼らが持っている兵器――空飛ぶパワードスーツみたいな甲冑も見ました.彼ら移住者と,私たち魔法院の魔法使いが全面対決すれば,それは」

 グリシャムはごくりとつばを飲み込んだ.

「間違いなく,魔法大戦とでも呼ぶような,巨大な戦争になってしまうでしょう」

「そうだよ.全面戦争なんて,危ないよ.魔法院も無くなっちゃったらどうするの?」

「へっ.あんな奴らに負けるもんか」

「負けるとかじゃなくって……」

 シノノメは魔法の庭園に並ぶ墓標を見つめていたクルセイデルの横顔を思い出していた.

 勝ち負けの問題ではない.彼女が守っている大事な物の多くが,メムと戦うことによって失われてしまわないだろうか.

 シノノメはそれを心配しているのだが,ヴァネッサには伝わらないようだった.

 レラには分かってもらえるかもしれない.そう思って見つめたが,レラは眉間にしわを寄せて何かを考えている様子だ.

「でも……もし,マギカ・エクスマキナの背後に,巨大な悪意がいるとすればどうでしょうか?」


「え?」

「悪意?」

「ああ,レラはそれを心配してるんだよ.あいつらが何であんなに機械の部品や武器を扱えるんだと思う?」

「それは……」

 そう言えば,この前巨獣兵と呼ばれる歩行戦車と戦った時に,聞いたような気がする.

 確か,ココナといったか――イマジナリー・フレンドの少女が自分のパートナーに口止めしていた.

 それは,メムの秘密だと.


「単純に考えれば,アメリアが背後にいるとしか思えない」

 平坦な口調でリリスが言った.

「でも,ブリューベルクは内陸にあるし,アメリアから貿易船が来たなんて話聞いたことナイです.確かにミラヌスにはアメリアに行けるゲートがあるけど,出入りは監視されているでしょう? 貿易するとなれば,それなりの人数と準備が無いと無理だし」

「魔法の国に,魔法が全然使えないプレーヤーが来ても楽しくないよ?」

 グリシャムとシノノメの言葉にレラは頷いたが,レラは同意しているわけではないようだった.

「確かに,機械人が大量に侵入した痕跡はありません.……ですが,私はクマリから聞きました.シノノメさんがマギカ・エクスマキナと戦った時に,奇妙なものを見たと」

「えーっと?」

「彼ら‘移住者’の胸に,銀色の金属板の様なものがついていて,それはノルトランド王,‘人間の王’ベルトランの義眼に酷似していた.それに相違ありませんか?」

「あ,うん……それは,そう言ったけど」

 

 不思議な物だった.イマジナリー・フレンドはあの金属の板に触れることで魔法を解除したり,パートナーを回復させたりもしていた.その質感はベルトランの‘ソロモンの目’によく似ていたのだ.彼はその力によって部下の会話や通信を監視し,さらにレーザー光線まで放った.ユーラネシアには全くそぐわない超精密機械だった.


「……アメリアの影」

 リリスがまた囁くように言った.


「機械大陸アメリアは,移住者を利用してユーラネシアを侵略しようとしているのではないでしょうか」

「そんな可能性があるんですか?」

「機械の人たちが何のためにユーラネシアを侵略するの?」

「カカルドゥアで彼らは何をしていましたか?」

「ニャハールのお店でクッキーの買い物を……」

「アメリアの機械人間は,生体材料――人間の臓器を買い取っていた.あるいは,脳に作用するプログラム――一種の戦闘高揚薬や,シックスセンスと呼ばれる脳改造プログラムを持ち込んでいた」

 リリスが目を細め,呪文を唱えるような低い声で言った.その言葉はシノノメの答えを簡単に打ち消してしまった.

「闇魔法は,負のエネルギーや呪詛,心の闇や負のエネルギーに近づかなければならない.だが,それに飲み込まれてはならないというのがクルセイデル様の教え.私たち闇の魔法使いはそれを誰よりもよく知っている.彼らは忌むべき存在」 

「マギカ・エクスマキナはアメリアと結託している.私はそう推測しています.魔法院もただ黙って見ているわけにはいかなくなるかもしれません」

 レラは厳しい表情で言った.

「魔法大戦,上等じゃない.あいつらと私たち,どっちが優れているか目にもの見せてやる.あんな紛い物の魔法は全部燃やして,片付いた後にクルセイデル様にお知らせするんだ.きっとお褒めの言葉を下さる」

 ヴァネッサは唇の両端を吊り上げて笑った.それは獰猛で,猛獣が笑えばそうなるだろうというような笑みだった.シノノメは思わず身震いした.

「でも,でも,そんな戦争,クルセイデルは喜ぶと思えないよ……」

 そう言ったが,もう五大の魔女たちは耳を貸しているように見えない.


「私たちがそうしたいわけではありません.でも,身にかかる火の粉は払わねばなりません.この幻想世界ユーラネシアを守らなければならないのです.シノノメさん……もし,そうなった時には私たちに力を貸してくれますね?」

「私が?」

「ええ,魔法院に近しい,最強の第三勢力.あなたが立ち上がれば,ハイ・エルフの軍団も味方してくれるでしょう.戦況は一変し,メムを圧倒できる」


 レラの灰色がかった瞳は,自分の心の奥底を覗き込むように見つめている.

 シノノメは悟った.

 この部屋に呼ばれたのは,全てこの言葉のためなのだと.

 魔法院は表向き中立を守る.そして,シノノメを先頭に立たせてメムを打倒することにより,ガイウスのウェスティニア改革を援助する.

 シノノメに好意を寄せているクルマルトは,きっと協力してくれるに違いない.

 もし紛争介入が明らかになったとしても,高貴な種族であるハイ・エルフと‘東の主婦’が魔法院の側に立っているのだ.民衆はきっと魔法院の行動を支持するだろう.

 さらに,レラの言う通り戦争がガイウス側の勝利に終わった暁には,新しい政府と魔法院に太いパイプができる.旧政権打倒の影の援助者というわけだ.


「ベルトランの圧政と恐怖政治を,カカルドゥアの悲劇を,知らないあなたではないはずです」

 レラの‘風詠む言葉’だ.

 人の感情と場の雰囲気を捉え,自分の意のままに討論を進める話術.

 おそらく,自分の言葉でヴァネッサとリリスが,さらには自分やグリシャムがどんな反応をするかも予測済みだったに違いない.

 チェスか将棋の様に,一手一手確実に積み重ねた言葉だったのだ.

 ヴァネッサの言動は危険で,炎の様な熱を感じる.だが,レラの言葉から感じられるのは吹雪の様な肌を凍りつかせる怖さだった.

 アメリアが幻想大陸ユーラネシアを侵食するなら,それは防ぎたい.

 メムがそれに手を貸しているなら,食い止めるべきだろう.

 ハイ,と答えざるを得ないのだろうか.

 だが,どうしてもそう言いたくないと思う自分がいた.

 何かが間違っている.

 だが,レラの言葉に抗うことができない.


「それは……」


「ちょっと待って.ネーネー,ハイ・エルフが味方するって,どういう事?」

 ネムはぷはーっと息を吐き,盛大に煽っていたカフェオレボウルを机の上に置いた.


「そ……そうです.ハイ・エルフが何でシノノメさんの味方をするんですか? いえ,ウェスティニアに今,天馬騎馬団ペガシオンが駐留してるのは知ってます.でも,あれはオルレワンの仲裁をするためじゃないんですか?」

 ネムの言葉にかぶせるようにグリシャムも尋ねた.彼女は当惑するシノノメの表情を横で窺っていたのだ.

 レラは少しだけ片眉を動かし,変わらぬ口調で話を続けた.

「シノノメさんはお友達に話をしていなかったんですか? 天馬騎馬団ペガシオンの軍団長,クルマルト殿にプロポーズされたことを」

「えーっ! プロポーズ! シノノメ! モテモテだネ!」

 ネムは頬を赤くして目をキラキラさせ,粗い鼻息を吹き出した.

「ひゃーっ,エルフってことは,かっこいいんでショ? もーっ! 秘密にしてないで教えてヨー」

 興奮してシノノメの肩を何度も叩き始めた.

「い,痛いよ,ネム」

 だが,救われた.

 思わずほっとしたような顔になったのをグリシャムは見逃さなかった.

「まーっ,この子ったら! シノノメさん,私たちに秘密はナイです! 早速恋バナに花を咲かせようじゃありませんか」

「そーそー! あたし目が覚めちゃったヨー」

「で,でも……」

「今日は私早くログアウトしなきゃいけないから,忙しいの.すぐにお願い.何,五大のお姉さまがいるから恥ずかしい? もう,しょうがないな. じゃああっちで話しましょう.善は急げ! あ,お姉さまたち,すみません!」

「レラ様,お茶ごちそう様ー」

 そう言うとネムとグリシャムはシノノメの両脇を抱え,半ば無理やりという形でレラの部屋を出て行った.

 ドアが少しだけ乱暴に閉められ,後には笑うヴァネッサと無表情なリリス,そして眉をひそめたレラが残された.


「逃げられたね,レラ」

 ヴァネッサがわらった.

「だが,彼女が魔法院にいる限り,この戦争と無関係ではいられない」

 リリスがティーカップをソーサーの上に戻して呟いた.

「茶葉占いでは……エヌ.否定ノーなのか,それとも,ノワールを意味するのか……」

「私は風使い.風を捉えそこなう事はないわ」

 ドアの向こうを見つめるレラの瞳は,風の眷属――猛禽のように鋭かった.


  ***


 同じ階の反対側で,クマリは青水晶でできたドアを叩いていた.

 三回繰り返して叩くと,戸は少しだけ開いて,少女の声がした.

「誰?」

「私だ,フィーリア.開けて.頼まれたものを持ってきた」

 ドアの隙間からフィーリアはそっと顔を出した.

「ありがとう.頂戴」

 フィーリアはそう言って手を差し出したが,クマリは首を振った.

「無理だ.手渡せる重量のものじゃない.中に入れて.ログインしてもずっと部屋の中にこもりっきりで,一体何をしてるの?」

「分かった」

 フィーリアはドアをもう少しだけ開くと,クマリを部屋の中に招き入れた.

 昼だというのに窓は全て閉め切られ,薄暗かった.

 ぼんやりと室内は青い魔石で照らされている.

 部屋の中央には水盤があったが,周りのテーブルには書物や巻物スクロールが所狭しと散らばっている.

「きれい好きのあなたの部屋とは思えない散らかり方ね」

 少しおどけた調子でクマリは言ってみたが,フィーリアの返事はなかった.

 その代わりに部屋の奥からワゴンを押して来た.

 よろよろと台車を押す姿が幽鬼の様だ.

 アバターだというのに,目の下には隈が浮き,肌が病的に青白くなっている.

「この上にお願い」

「あ,ああ」

 クマリは部屋の中を改めて見回した.羊皮紙に魔法術式が書き散らかされているが,それでは足りなかったのか壁にまで落書きの様に書きなぐられている.

「これは一体……?」

 見る限り,何かの魔法研究に没頭しているように見える.

 だが,これは……?

 すぐそばのテーブルに乗っている紙に書いてあるのは,火の魔法の計算式だ.

 その隣のものは,風の魔法について.……内圧の上昇?

 ふと目を奪われたのは,奥のテーブルの上に置いてあるガラス容器だ.

 中には小さな――クルミほどの石が入っていた.

 色からして水の魔石なのだろうが,色が深い.黒に近いくらいである.

 石の中にはキラキラ光る結晶が見える.

 おまけに,硝子の中で時折小さな青い閃光を放っていた.

 一体何なのだろう.

 少なくとも,フィーリアの得意な水魔法の範疇を越えた何かだ.

 クマリは促されるままに,頼まれたものをワゴンの上に出した.あまりの重量にワゴンがきしむ.

 「これでいいの?」

 「ええ」

 クマリがアイテムボックスから取り出したのは,土魔法で錬成した物だった.

 バスケットボールほどの大きさの球体と,細身の水筒くらいの筒が四本である.全て金属で作られており,表面はなめらかで赤銅色の光沢を放っていた.

「こんなもの,何に使う気? 頼まれた通り,アダマンタイトとミスリルの合金で作ったけど」

「これは,真球?」

 クマリの質問には答えず,フィーリアは質問した.

「う,うん.間違いない.現実世界の工業製品よりも高い精度だと思う」

「ここに取り付けて呪文を唱えたら,くっつくのね?」

 フィーリアは球に開いた四つの穴を指さして聞いた.どうやら球と筒は繋ぎ合わせて使うらしいのだ.つなぎ合わせれば,ボールと テトラポットを組み合わせたような形になるように注文された.


「完全に密閉される.そうしてって頼まれたから,そうなるようにしてあるよ.くっついたら魔法的に解除しない限り,もう完全に一体化しちゃう.あとはフィーリアのウォーターカッターだろうが,ヴァネッサの炎だろうが受け付けない」

 球体は中空なので,接合すれば一つの容器になる.

 魔女が薬草を作るときの鍋というよりも,錬金術師が使う練炭炉に似ているのだが,こんな超硬度で作る意味が分からない.


「そう……ありがとう」

礼を言うと,フィーリアはドアを開いてクマリに部屋を出るように促した.

「ちょっと,フィーリア,みんな心配してるんだから……」


 だが,フィーリアの表情は固く,言葉を受け付ける様子がない.

 今はそっとしておこう.こうやって,コミュニケーションをとろうとするだけましだ.

 クマリは仕方なく部屋を出た.


「クマリ……本当に,ありがとう」


 ドアが完全に締まる前に,フィーリアの声が聞こえた.

 とても小さな声だった.

 だが,何故かその言葉は――ドアが完全に閉じた後ですら――クマリの耳の奥にずっと残った.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ